ちょっと分かってきました
煉瓦によって作られた建物。
ちょっと、古風なヨーロッパ風の服を着た人々。
夕方になって薄暗くなってきた街並みを照らすのは、街灯ではなく、光る花の咲いた草だ。
これぞ、正に!
「王道RPGの風景だぁ!」
上から街並みを見渡して、歓声をあげる。
空を飛べるとはいえ、思ったよりも遠かった街に着くには時間がかかってしまったが、来て良かった。
「うわあ、ヨーロッパ旅行とか憧れてたんだよね。図らずもって感じかな」
ふわふわと空中を漂いながら、あちこち見る。
とりあえず、人があまりいない所に降りる。
これからどうしようかなと考えていると曲がり角から人が現れた。
完全に油断していたので、咄嗟にどくことも出来ない。
「あ、すみませ…」
謝った私に目もくれず、その人は私をすり抜けて通りすぎて行った。
「…幽霊だもんなぁ」
ため息をつく。
さっきの鳥に見えていたのは、動物は人間よりも第六感が鋭いとかそう言うことなんだろう。
「…まあ、怪しいヤツって捕まることとかを考えると、却って良かったのかも」
どうしようもないことで、悩んでたって仕方ない。
ポジティブに行こう、ポジティブに。
「ってことで、街の観光といきますか」
ふわふわと漂いながら、露店を覗いていく。
例え見とれて立ち止まっていても、誰かにぶつかる心配はない。
人だかりがあっても、宙に浮けば簡単に覗くことができる。
「結構、便利」
何だか楽しくなってきた。
浮かれた気分で、あちこち飛び回る。
ふと、一段と人が集まっている店を見つけた。
覗き込んで、目を見張る。
光り輝く蝶が鬼灯のような植物に入って並べられていた。
蝶が羽ばたく度に、光の粉がキラキラと散る。
空気までもが輝くようだった。
「さぁ、見てごらん! 街の外れの魔法使いがまたやってくれたよ。光の魔法によって作られた蝶だ! お子さんや恋人の土産にしたら喜ばれること間違い無し。一匹、小銀貨5枚だよ」
店主が大きな声で宣伝している。
興味を引かれた人々が、次々に手に取っていく。
思わず、食い入るように見つめてしまった。
「うわあ、人が魔法使える世界なんだ! ますますファンタジーよね」
テンションが上がり、誰にも止められないことを良いことに、蝶を至近距離で観察する。
ほんの微かな香りが鼻をくすぐった。
「ん?」
更に顔を近付ける。
さっきの光の膜よりも薄いが、確かに匂いがある。
手を伸ばしてみる。
繊細な砂糖菓子のような感触がした。
「……ひょっとして、さっきからの匂いは魔法の匂い? 魔法には、触れるの?」
思わず、手に力が入ってしまう。
ピシッっと微かな音がした。
「え。ど、どうしよう。壊れた?!」
慌てて手を離す。
先程と変わらず、飛んでいる。
ホッと胸を撫で下ろした、その直後、ハラリと蝶がほどけて光の粒になって消えた。
ザッと血の気がひいた。
「…あれ? 消えてる?」
店主も気付いたようで訝しげな顔をして、何も居なくなった鬼灯の籠を覗き込む。
ど、どうしよう。
弁償するにしても、お金なんて渡せるはずもない。
謝るにしても、姿見えないし、声は聞こえて無いっぽいし。
「ご、ごめんなさい!!!」
思わず、全速力でその場をあとにする。
しばらく移動してから、ようやくパニックから落ち着いて止まる。
「……うう、小学生の時に施設でいたずらした時みたい。幾つよ、私」
店主さんには、大変申し訳ない。
でも、かなりの収穫だ。
微かな香りすぎて分かりづらかったけど、あの蝶と光の膜の匂いは全く違った。
おそらく、魔法のかぎ分けができるのだろう。
そして、魔法には触れる。
あの鳥が吹いた火のことを考えると、多分、魔法での攻撃なら普通に効くのだろう。
「魔法とかに突進しちゃう前に気付けて良かった。…あの店には、その内何とかしてお詫びしよう」
心に決めて、ようやく周りの確認をする。
なんかもう、周り見る余裕も無く飛んでたからなぁ。
割りと開けた場所だった。
さっきの商店街みたいな所は、露店でごみごみとしていたから、ちょっと新鮮だなと思っていたらすぐに理由に気付く。
多分、あの森から見えていたのはこの建物だろう。
緩やかな坂の上に見るからに立派なお屋敷が建っていた。
少し遠いけど、庭も美しく整えられている。
そして、庭も含めた屋敷全体がドーム状のレースのような光の膜に覆われていた。
「おお、豪華」
光の膜に近付いて、よく見てみる。
触ると固い。
多分、これは、結界なんだろうな。
さっきの祭壇とか見るからに貴重な物っぽかったし。この屋敷は、多分、貴族の家とかだろうからセキュリティのようなものだろう。
しかし、
「…ちょっと、雑過ぎない、これ?」
レース編みのように、光を編んであるのだが、なんと言うか下手なのだ。
さっきの祭壇にかかってたやつは、綺麗な編み目で整然とした美しさがあった。
でも、これは、あちこち解れが目立つし、いろんな所で糸がよったり、絡まったりしている。
…気になるなぁ。
これでも、手芸部だっただけあって、手先は器用な方だった。
とりあえず、目についた所で解れてしまっているところを直す。
絡まってるところは、いけるかな?
頑張ってほどいてみると、糸が余って穴のようになってしまっていた。
むう、と小さく唸り、余った糸が周りのところと重なるように編み直していく。
裏からの方がやりやすいな。
穴をくぐって、結界の中に入り、修正を続けていく。
ほどなくして、絡まってしまっていた所が分からないくらいに綺麗に直った。
心なしか、整った瞬間、キラリと輝いたような気さえする。
「おしっ。完璧!」
うんうんと、満足気に頷いてから、はたと気付いた。
あかん、結界の中に入っちゃってる。
「え、出れるの、これ」
手を突っ込んでみると、すり抜けることが出来てホッとする。
「あー、良かった。閉じ込められたとかにならなくて」
外に出てから、安心して、結界をポンポンと叩こうとしたが、手がすり抜けて動きが止まる。
そっと前に出ると、難なく中に入ることが出来た。
「あれ? さっきは駄目だったのに、なんでだろ」
不思議に思うが、魔法のことなんてさっぱり分からない。
「んー。まあ、いっか。折角だし、庭でも見てこう」
周りを見渡す。
前の世界じゃ見なかった美しい花がたくさんあり、光る花や草も適度に設置されているので、もう夜で暗くても見応えは充分だ。
色合いや形なども配慮された美しい配置で並ぶ草花は美しい。
ふわふわと浮かんで、近くで見たり、上から見たりして景色を楽しむ。
ふと、気付くと周りが極端に暗い。
どうやら、庭の外れの光る草花があまり無い区画にまで来てしまったらしい。
戻るか、と思った時に微かな声が聞こえた。
小さな小さな、押し殺したような声。
気になって、周りを探る。
「…あ」
更に暗い木々の陰。
周りから見えないようにひっそりと座り込んでいる子どもがいる。
暗闇でも、映える綺麗な白っぽい金髪の髪に、上等そうな白いワンピース。
顔を手で覆って、必死に押し殺してももれてしまった嗚咽をもらして泣いている女の子がいた。