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とりあえず、現状把握です

「とりあえず、落ち着こう」


 思いっきり叫び、ひとしきり騒いだ所で、深く息を吸って呟いた。

 突然の異世界トリップだ。

 やらなきゃいけないことは、沢山ある。

 ふと、思い付いて指をピンッと立てて叫んだ。


「ステータス!」


 何も起きない。

 沈黙が場を支配した。

 そっと指を降ろす。

 どうやら、異世界トリップの定番、ステータスチートは備わって無いみたいである。

 うん、そんな楽なことは無いんだろうね。

 チートをくれる神様とも会わなかったし。

 うん、まあ、なんだろう。

 誰もいなくて良かった。


 まあ、いい。気を取り直して現状把握に努めよう。

 とりあえず、最初に知らなきゃいけないことは。

 透けた体を見下ろす。

 ……自分が一体、どのような状況にあるかということだ。


「……一番ありそうなのは、あの時死んで幽霊の状態で異世界トリップってところよね」


 ため息をつきながら、呟く。

 あの事故の衝撃も、全身の痛みも、薄れていく意識も驚くほど鮮明に覚えている。

 あの時、自分は死んだ。

 悲しいくらいに、説得力がある。

 …そして、幽霊だとしたら、


「服は、いつも通りの制服よね」


 くるりと背中の方まで、見て呟く。

 鞄や、コート、マフラーなど身に付けていたはずのものが無くなっているのは、まあいいとして。

 あの事故で負ったはずの怪我がどこにも無い。

 …どうやら、幽霊にありがちな死んだままのスプラッタな姿というのは免れたようである。

 ちょっと安心した。

 ホラー小説は好きだが、自分のスプラッタな姿をずっと見続けるのは、心に来そうだ。


「五感はどうなってんだろ?」


 目は見えている。

 視覚はOK。

 耳はさっきから、森の葉っぱの揺れる音などを聞き取っている。

 聴覚はOK。

 ただ、


「後の三つがなぁ」


 手は草をすり抜けるし、草に顔を近づけて見ても何の匂いも感じられない。

 味覚に関しても、触れないなら分かる訳無いだろう。


「…自分の体には、触れるのになぁ」


 自分の体を抱いて、ため息をつく。

 何かに触っているような感じはするが、いつもよりもずっと希薄だ。

 その慣れない感じに、不意に不安になって涙がにじんでくる。

 幽霊って泣けるんだなぁ。

 でも、泣いても何にもならない。

 何とか落ち着こうと、息を大きく吸った。


「……え?」


 ふわりと、薄くジャスミンのような香りが鼻をくすぐった。

 勢いよく顔を上げて、匂いの元を探す。

 レースのような光の膜から、微かな匂いがしていた。


「…何なんだろう、これ」


 改めて思い出すと、さっきは炎を防いでいた。

 本当に繊細に編まれたレースのようで美しい。

 思わず、手を伸ばす。

 ふわりとまるで泡の中に手を入れたような感覚がして手が通り抜けた。

 ビックリして、思わず目を見張っていると、


「うわっっ?!」


 何かに引っ張られ体が光の膜を通り抜けた。

 振り返ると、その光の膜は以前と変わらずそこにあった。

 どうやら、通り抜けると破れたりするようなものでは無かったらしい。

 良かった、と安堵しながら、あの祭壇をもう一度ちゃんと見ようと通り抜けようと一歩踏み出した。


「痛っ!?」


 思いっきり、頭や体をぶつけて悶絶する。

 おかしい、さっき通り抜けたはずなのに。

 ペタペタと触る。

 先程は泡の中に手を突っ込んだようだったのに、固い壁のようになっていた。


「え? 何で? 一方通行なの?」


 どうしよう。あの祭壇には、手がかりが沢山ありそうだったのに。

 軽くパニクりながらも光の膜を触っていると、後ろでガサッ、と音がした。

 咄嗟に振り返ると、さっきの火を吹く鳥が近くの枝にとまっていた。

 くるりと首を傾げるその姿にデジャ・ビュを感じる。

 

「また!?」


 咄嗟に走り出して、近くの木をすり抜けた。

 それにちょっと驚いてから、冷静になる。


「…そういや、私、あの光の膜以外触れないんだった」


 例え、あの鳥が火を吹いても大丈夫だろう。

 何、慌ててるんだ、自分。

 そう思って、速度を落とした瞬間、すぐ近くを火が通り過ぎた。

 かなりの熱さを感じ、髪がかすめて、ジュッと焼ける音がした。


「……え?」


 振り返る。

 髪の一部が短くなっていた。


「嘘でしょ!?」


 鳥を見る。

 再び首を傾げていた。

 血の気が引く。

 咄嗟に逃げ出そうとするが、鳥の方が早かった。

 再び、火球がこちらに向かってきた。


 逃げられない。

 また、死ぬの?

 こんな意味不明の状態で。

 幽霊の上に、更に死んだらどうなるんだろう。

 消えちゃうのだろうか。

 今度こそ、何も残らず。


「……ふざけんなっっ!!!」


 思わず、怒鳴った。

 それと同時に力が体から抜けるような妙な感覚がする。


 周囲に風が巻き起こった。

 火球が急に方向を変え、木々の間を通り抜け、空に消える。

 鳥が嫌そうな鳴き声を残して、飛んで行った。

 周りを見渡す。

 まるで、大きな手で乱暴に押し退けたかのように、木々が円形になぎ倒されていた。


 …これは、よく考えなくても。


「…私がやったの?」


 不意に、前読んだ小説の内容が頭に蘇る。

 よくある幽霊退治もの。

 幽霊は、屋敷の中の物を動かしたりして抵抗していた。

 その現象のことを確かこう言った。

 騒ぐ霊。


「……ポルターガイスト?」


 ひょっとして、チート能力は無いけど、お化け能力は使えるの?


「えーと、何があったっけ、心霊現象。誰もいないはずの場所で音がするは、……ポルターガイストか。発火現象は……」


 手を前に出して、強く念じる。

 何も起きない。


「……無理か」


 ため息をつく。

 すっごい便利そうなのに。

 あとは……


「夢の中にでるとかは、……ここ人いないしな。そもそも、この世界自体に知ってる人もいないし。呪ったりは、する気無いし。実体化は……」


 それこそやりたいものだが……。


「小説とかじゃ、明らかな悪霊しかできなかったよね。しかも、怨みとかが超強力」


 なんか、駄目そうな気がする。

 そもそも、突然の交通事故とかで、そんなヤバい怨みとか無いし。

 あの車の運転手は普通に恨むが、そこまでヤバくは恨めない。

 相手もここにいないし。

 …他には、


「…人が到底立てるはずの無い場所にいる」


 なんで思い付かなかったんだろ。定番中の定番だ。

 さっきから歩いているが、実体など無いのである。


「…って、ことは」


 自分の足元を見おろし、地面を蹴ってみる。

 地面の感覚は無かったが、ふわりと体が宙に浮いた。


「飛べるの? これ」


 軽く念じてみると、だんだんと上に上にと上がっていく。

 森の木々の間から抜け出し、かなりの高さまできた。

 

「うわぁ」


 思わず声が漏れる。

 異世界だからだろうか。

 緑だけじゃなく、青や赤、オレンジに黄色、桃色と様々な木が生い茂る森が広がっていた。


「…絶景」


 ふと、下を見下ろす。


「……あれ?」


 先程までいたはずの、光る木々の並木が見当たらない。

 綺麗だが、周りと変わらずカラフルな配色の木々だけで、光っているのなど、どこにも見つけられない。


「…なんで?」


 不思議に思いながら、前に向き直る。

 キョロキョロと周りを見渡していたが、ある一点で動きを止めた。

 あの木々の間から、微かに覗く三角の屋根とかは…!


「…街!」


 とりあえず、行ってみよう。

 軽く念じて、そっちの方向へと動き出した。






















 

 


 

 


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