ファンタジーは突然に
性懲りも無く、書いてしまいました。
相も変わらず、鈍足投稿になりますがよろしくお願いします。
「……おし!」
私、遠月 ゆきは、出来上がった手編みの手袋を見て、思わずガッツポーズを決めた。
完璧である。
これなら、流行を気にする小学生女子にも通用するだろう素晴らしい出来だ。
……ボロいって言われて気にしてたからなぁ。きっと、喜んでくれるよね。
うん、うん、と一人頷いていると、呆れたような声がかかった。
「ゆき先輩、もう、部活動時間終わりましたよ! 帰りましょう!」
顔を上げると、家庭科室には声を掛けてくれた後輩の都築 秋以外誰もいなかった。
「あ、ありがとう。…他の皆は?」
「もう、とっくに活動止めて帰ってますよ。ゆき先輩、作業中は声掛けても気づきませんから、一段落するまで待ってたんです。先輩、ほっとくと外真っ暗になってもやり続けますし」
ありゃ~、それは悪いことを。
「ごめんね、ありがとう」
呆れたような顔をする秋ちゃんに謝ると、
「そうですよ。作業が終わらなかった私に感謝してください!」
仕方ないなぁという風の、少し上からの発言に思わず首を傾げる。
「……秋ちゃん、今、何作ってるの?」
「彼氏への誕プレです。私の手編みのマフラーが欲しいって言ってくれて」
「……進歩は?」
「三分の二ってところですかね」
「…誕生日はいつ?」
「明後日です!」
「……私に声掛けてくれたのは?」
「だって、もう集中力切れちゃったし、一人で帰るの寂しいじゃないですか!」
はっきりとしたその宣言に、秋ちゃんの顔をじっと見る。
秋ちゃんもこっちをじっと見返し、一拍おいて二人同時に吹き出した。
「もう、秋ちゃんったら!」
「ゆき先輩が、集中したらいつまでだってやり続けるのは事実でしょ!」
笑い転げる秋ちゃんは、ふわふわの髪と大きな目が相まってとても可愛い。
彼氏さんが秋ちゃんにベタぼれで、ラブラブなのは有名だが、とても納得できる。
私の一個下で一年生の秋ちゃんとは、同じ家庭科部で先輩後輩だがとても仲が良い。
趣味とかは違うが、何かと話が合うのだ。
ようやく笑い止み、秋ちゃんが私の手元を覗き込んで、顔を綻ばせた。
「可愛いですね。施設の下の子のですか?」
「うん、そう。割りと出来良くない?」
私は、この高校の近くにある児童養護施設に住んでいる。
小学生の時に、所謂家庭の事情で入れられて以来、ずっと施設暮らしで、今では本当の家みたいに思っている。
ただ、そのせいで何か言ってくるような人も少なくないから、秋ちゃんのように普通に接してくれる人は本当にありがたいのだ。
二人で人気の少なくなった校舎から出て、駅まで歩き出す。
秋ちゃんは電車通学で、私の住んでいる施設は駅の向こうだ。
寒いなぁと、マフラーをしっかり巻き直していると、妙ににっこりした秋ちゃんと目があった。
何だか嫌な予感がするのは気のせいか。
「ところで、ゆき先輩! あのゲームどうでした?」
その質問に嫌な予感が的中したと、顔を逸らしつつ、曖昧に言葉を返す。
「ああ、うん、それね…」
「ゆき先輩、ファンタジー好きでしょ? 面白くなかったですか?」
ああ、確かに好きだけどねぇ。
秋ちゃんと私の趣味は全然違う。
物語の趣味とかでもそうだ。
私はSFとかファンタジーな設定の冒険物やホラー、ミステリーなどが好きだ。
秋ちゃんは恋愛物…、普通の少女漫画からGL、BLと恋愛系なら幅広く大好きである。
もう分かるだろうが、秋ちゃんの貸してくれたゲームは、魔法有り剣有り戦闘も有りな、ゲロ甘な乙女ゲームだった。
私は、恋愛とかは物語の味付け程度じゃないと受け付けない。
現実においても、お察しの通りと言った感じで、さっぱり興味が湧かない。
そんな私が乙女ゲームとか……、ちょっと無理あるんじゃないかなと思うのだ。
せっかくゲーム機ごと貸してくれたからと、やってみたのだが、良さがさっぱり分からず、ほとんど流し読みのような感じでやり終えた。
感想としては、絵が綺麗だったくらいしか特に思い浮かばない。
それを目の前で、感想を話し合おうと目をキラキラさせている可愛い後輩に伝える。
……何とかこの話題流せないかなと思ってしまってもしょうがないんじゃないだろうか。
微妙に顔を逸らしながら、曖昧な返事をしていると、秋ちゃんが軽く頬を膨らませた。
「ゆき先輩、面白くなかったんでしょ」
あっさりとばれていたようである。
「ごめんね。良さがさっぱり」
「……まあ、趣味は人それぞれだからいいんですけどね」
そう言いながらも不機嫌そうな秋ちゃんに、思わず「じゃあ、それでいいじゃん」と小さく呟く。
すると聞こえていたようで、前のめりになって反論された。
「良くないですよ! そんな美人なのに恋愛事に興味無しとか……もったいなさすぎじゃないですか!」
そんな力のこもった言葉に、思わず「…美人ねぇ」と、冷めた口調で呟いてしまった。
私は、イギリス人のクォーターである。
その為、髪は日本人によくある黒だが、やたらと白い肌と琥珀色に近い明るい茶色の目を持つ。
私は、自分の容姿が好きではない。明らかに西洋の血が入っているので、無駄に目立つし顔立ちも好みではないのである。
憤慨している秋ちゃんは大げさに顔を覆って続けた。
「だから、せめて二次元からでも興味持って欲しかったのに! 素敵じゃないですか、カッコいい男の子に口説かれてうっとりできるんですよ! 二次元嫁万歳です!」
その余りに力の入った言葉に思わず呟く。
「彼氏はどうした」
「やだなぁ、現実とは全く違いますよ。現実では、彼氏一筋です」
「…あっそ」
堂々とした惚気に、付き合ってられないと冷めた声で返す。
ようやくトーンダウンした秋ちゃんは、それでも悔しそうに唇を尖らせた。
「面白いんですけどねえ。ネット小説とかでも、乙女ゲー世界に転生とかトリップとかすごい流行ってるんですよ」
「…ああ、そういえばファンタジージャンルでもそういうタイトルときどき見るね」
二人してよく見ている無料小説サイトを思い出して呟く。
「ですよね! 普通にトリップ物とかもすごい流行ってますし。お兄ちゃんが買ってるから、トリップ無双物とかちょっと読むんですけどあれはあれでロマンがありますよね!」
「あ、それは分かる。なんか少し憧れる」
ようやく普通に戻った話に安堵しながら、ふと顔を上げる。
その瞬間、思考が停止した。
車がこっちにすごいスピードで向かってくる。
ブレーキを踏む気配は全くない。
パニックになりかけた思考で何とか体を動かす。
「秋ちゃん!」
叫ぶと同時に思いっきり彼女を突き飛ばした。
その直後、物凄い衝撃が走り、身体が吹っ飛んだ。
「………ゆき先輩?」
秋ちゃんの声が聞こえる。
身体中が痛いが、必死に目を開けた。
少し離れた所に、茫然として座り込んでいる。
良かった、無事だった。
微笑もうとしたが、喉の奥からこみ上がってきた血のせいで失敗する。
周囲の悲鳴が遠くに聞こえる。
「…やだ、やだ! ゆき先輩、死なないで! ゆき先輩!」
秋ちゃんが泣いている。
何か言おうにも、ピクリとも体が動かせない。
だんだんと、意識が薄れていく中、不意に何かに引っ張られるような不思議な感覚を感じたのを最後に私の意識は途切れた。
カチリと、小さな音が立ったのに反応して目を開いた。
そして、そのまま固まる。
「………どこ?」
そこは、駅の側の通りでは無かった。
そして、病院でも無かった。
目の前に広がるのは、森だ。
それも普通の森では全くない。光り輝く葉を持った樹が生い茂っていた。
その上、柔らかく輝くレースのような光の膜が周囲を覆っており、大層幻想的な雰囲気であった。
思わず、手を伸ばして何かに触ろうとする。
「…え?」
触れようとした葉っぱはするりと手をすり抜けた。
いや、違う。
自分の手が葉っぱをすり抜けたのだ。
改めて自分の手を見る。
どうして気付かなかったのだろう。
手の向こうに、森の草木が見えていた。
自分の体が透けていた。
「……ここ、天国?」
透けた体といい、幻想的な森といい、この世のものとは思えない。
自分は死んで天国にでもきたのだろうか。
視界の端を美しい鳥が横切った。
思わず見とれていると、近くの枝にとまり、首を傾げて、
「うわあぁあ!!」
こちらに向けて、火を放出してきた。
光の膜に阻まれて消えるが、驚いた所ではない。
「え? 何? 魔法?」
カチリと再び音がして、後ろを振り向く。
古びた祭壇のようなものがあった。
細かな紋様が彫りこまれていて、はめられた玉がキラキラと光っている。
近づいてみると、大分かすれてしまっている。
比較的、はっきりしている所を見て、目を疑った。
知らない文字だった。
まるで、蔦飾りのような変わった形の文字。
見たこともない。読めるはずもない。
なのに何故か意味の分かるその言葉を読み上げる。
「『界を渡り、新たな世界を楽しまん』?」
光る木々。魔法を使う鳥。古びた祭壇に刻まれた文字。
さっきまで秋ちゃんとしゃべっていた内容が頭によぎる。
つまり、これは。
「…ファンタジーは二次元で充分だっつーのーーーーーーー!!!!」
私、遠月 ゆきは異世界トリップをしてしまったようです。
二話目は18時更新です。