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《勇者》 後編

 兄上……? 今そう言ったの? ミンティスの……お兄様?

 彼の尊敬する人であり、苦手な人である、あのお兄様?

 ということは私は既にお兄様に会っていて……あの時慰めて下さったのが……。

 新たに発覚した事実に、グラスを持つ片手を外して自分のこめかみ部分へ添える。先ほどから色々思考を巡らせていたせいか、少し頭痛がしてきてしまった。

 唐突の事に再び思考を懸命に動かした。驚きのまま固まってしまった私の視界は三人の姿を映したままで。

「いつ、お戻りに……?」

「姫の祝いの日には帰ると連絡していただろう?」

 そうだ、そういう話だった。でも、お兄様は少し前には帰っていたのだ。

 ミンティスがこれだけ驚いているということは、今日まで姿を見かけていなかったのだということが容易に予想できた。

 あの時、レティウスさんはお父様に用があったと言っていた。ということは二人は顔見知りで……その後も連絡を取っていたということだろうか。

「クレシアよ、ここに参れ」

「っ、あ……」

 びくりと肩が震える。

 いきなり自分の名が父の声で呼ばれた。完全に意識を三人に向けていたから私に来ると思わなかった。

 周囲の人々が今度は私の方へ視線を向けてくる。祝福の時とは違う眼差しに、気後れしそうだった。でも、出て行かなくては。

 私は手にしていたグラスを手近なテーブルに置き、背筋を伸ばしてお父様の方へ近づいた。

 傍へ行くと、ミンティスへ向けていた冷たい瞳ではなく、幾分か和らいだ瞳に出迎えられた。それでも厳しさの色は失われてはいない。だから正した姿勢は崩さなかった。

「お父様、これは一体……?」

 努めて冷静に、ミンティスとレティウスさんを見比べながら尋ねた。

 私も姫という立場を見失ってはならない。取り乱してはいけない。

 でもお父様からの答えの前に、別の場所から声が上がる。

「クレシア様、またお会いしましたね」

 優しいその声音に私はレティウスさんへと視線を向けた。

 浮かんでいるのは以前と違わぬ温かな眼差し。このような状況にも関わらず、私を励ましてくれた時と同じ雰囲気を纏っていた。

 視線を横に流すと、膝を着いたまま驚いた表情で私を見返す青い瞳があった。

 胸が掴まれたように苦しかった。

「……また……?」

 疑問のミンティスの言葉。

 それはそうだ。私は彼と出会った事をミンティスには言っていない。言うほどの事でもないと思ったし、お兄様だなんて夢にも思わなかった。

 言葉を探し、口を開いた所でレティウスさんに言葉を被せられた。

「新しい姫の《勇者》として、顔合わせをするのは当然だろう?」

 ミンティスの方へ顔を向け笑顔で言い放った言葉。でも、驚いたのは私だった。

 違う、《勇者》としての顔合わせではない。

「それに、泣いている姫を放ってはおけなくて……最後は愛らしく微笑んで下さいましたよね」

「っ、ち、ちが──……」

 私の同意を求めるよう顔を向けられ、思わず出そうになった言葉に慌てて片手を口に添えた。

 違うところばかりではなくて、否定しづらかった。それに、否定したところでどうしようと言うんだろう。

 驚きの表情のまま私を見て固まっているミンティスの視線。その瞳を見ているのが辛くて眉を寄せ顔を逸らした。

 お兄様が新しい《勇者》。それはミンティスが話してくれた最初の通りのまま。本来ならレティウスさんだったのだから、元の鞘に収まっただけのことだ。

「クレシア、彼ならばお前を悲しませる事も、苦しませる事もない。正しい《勇者》として、お前に仕えてくれるだろう」

 私が悩んでいるように見えたのだろう、お父様が気遣わしげに私の肩を軽く叩く。

 ……正しいって、どういうこと? 私にとってはミンティスが私の《勇者》で、それ以上でも以下でもない。相応しいとか、相応しくないとか……関係ない。

 けれど、彼の事を考えたらそれを口にする事はできなかった。

 下唇をぎゅっと噛み締めた。

 そう……これで彼が自由を手にして、幸せになれるのなら私はそれでいい。

 元々覚悟はしていた。計画とは違って驚いてしまったけれど、目的が一緒なら構わないだろう。

 私はこの日の為に自分に言い聞かせ、落ち着かせてきた気持ちを思い出す事ができてきた。

 よく考えたら、新しい《勇者》はレティウスさんで良かったのだ。初対面の人ではないわけだし、あの時の事から優しい人だと分かる。誰か他の知らない人よりはずっと良い。

 そうか……だからあの時、知っている人のような感覚がしたのね。ミンティスのお兄様なら納得だわ。二人は面影がよく重なるから。

 レティウスさんとなら、やっていけるかもしれない。

 自分の心と向き合った。一番の望みに蓋をしながらも、受け入れることができそうだ。

 私は深呼吸をして一歩進み出ると、ミンティスの隣に立つレティウスさんに正面から向き合う。

「クレシア・フェル・ティーリウスと申します。改めて宜しくお願い致します」

 微笑みを作るようにして告げた。

 また笑顔を作っていた事が、役立ってしまった。

 私の言葉を受け、ミンティスよりも薄い金色の髪を持つ彼は手を差し出してきた。先ほどまで《勇者》として、彼がしていたのと同じように。

「レティウス・アーウェルです。先日は無礼を承知で失礼致しました。泣いている貴女も素敵でしたが、やはり笑顔がよくお似合いです」

 ミンティスらしい言い回しも同じだ。いや、ミンティスがレティウスさんに影響されたのかもしれない。

 近くに来てよく分かる。ミンティスよりも少し背も高くて大人びた表情をする人だ。面影はあっても全くの別人。

 差し出された手を取る事が躊躇われる。……私が本当に手を取りたい人は隣に居る。けれど、もう辛くてミンティスを視界に入れる事はできそうになかった。

 この胸の辛さはきっと時間が癒してくれるはずだ。

「ありがとうございます。……レティウス」

 変わらぬ笑みを顔に貼り付けたまま、決意して彼の名を呼び捨てる。あとはその手を取るだけだ。

 私はゆっくりと自分の手を──。



「──っ、クレシア!」



 鋭い声音で名を呼ばれた。同時に、差し出そうとした自分の手が温もりに包まれていた。

 少し強い力で引かれて身体の向きを変えると、すぐ近くに居たのはミンティス。

 険しい表情で、揺れる瞳で見つめられた。

 何が起こったのか分からなくて、私は呆然とするしかなかった。

 すると、彼はハッとしたような表情を一瞬浮かべたが、一度瞼を伏せ息を一つ吐き出した。

 その様子を見守っていると、次に開いた青の瞳に乗っていたのは決意。迷いの色は完全に姿を消していた。

「……傍に居たい」

「!」

 静かに紡がれる言葉。私は思わず掴まれた手に力を入れてしまった。それに応えるように彼の指にも力が入れられ、ぎゅっと握られる。

「俺は、君の傍に居たい」

 もう一度同じ内容がはっきりと紡がれた。

 それは私と同じ願い。私だけが願っていると思っていた事。

 ……私の夢ではないだろうか。

 そうとしか思えなかった。だから、首を振った。

「何を……言っているの。だって、あなたは──」

「関係ない」

 迷いなく間を置かず言い切られる。その顔に柔らかな微笑みを浮かべて。

「他の何より、君がいい」

「……っ」

 頬が熱くなるのを感じた。

 こんな言葉、かけてもらえるなんて思わなかった。ずっと真っ直ぐ見てくれる瞳が愛しい。

 彼のたったその一言で蓋をしていた感情が一気に溢れるのを感じた。

 全く大丈夫ではなかった。これだけの言葉ですぐに開いてしまう蓋。誤魔化せるはずがなかった。

 もっと愛しくなっていた。

 目元も熱くなるのを覚えて慌てて下を向いた。

 するとミンティスは私の身体を背に庇うようにして、お父様の方へ向き直った。

「どういうつもりか、ミンティス」

 威圧感の増したお父様の声音だった。

 新しい《勇者》就任の儀式に水を差され、不機嫌になるのも仕方なの無い事。

 それでも、ミンティスは引く事無くお父様の前に立ち続けた。

 なんとか収まった涙に、そっと顔を上げると、目の前には彼の背中しか映らない。真っ直ぐに立つミンティスの背中だった。

 見知った青い布に心が安らぐ。

 空いている片手を背に添え、青を軽く握った。

「申し訳ありません。俺は王に嘘をつきました」

 響くミンティスの言葉に胸が速くなるのが分かる。それを読み取られたように私を握る手に再び力を込められた。

 少し痛いけれど、それが嬉しかった。

「俺はわけの分からない感情に振り回されたくなくて、考えないようにしていました。自覚してからも、恐れからその感情を見ないようにしていた」

 彼の本当の気持ちが今告げられているのが分かる。

 迷いの無い言い方だから。その背中が安心するから。

 続きを期待していまっている自分が居る。裏切られたら、思い過ごしだったら……それらを考える前に、ただ温かな予感に身を預けるのが心地よかった。

「情けないと笑われてもいい。それでも、クレシアの手を他の者が取るのは嫌なんです」

「──何が言いたい」

 変わらないお父様の声の高さ。決定は変わらないというような響きだった。

 ミンティスの息を呑む音がする。

 私は瞳を静かに閉じた。



「俺はクレシアを……愛しています」



 頬に涙が伝うのを感じる。胸が嬉しさでいっぱいになり、零れたものだ。

 信じられない言葉。ありえないと思っていた。

 だから止められなくて、何も言えない私の代わりに次から次へと溢れていく。

 ミンティスの言葉に、しばらく周囲が静まった。

 その静寂を破ったのはお父様の声ではない。

「姫の気持ちを無視して押し通すのか?」

 それは斜め後ろに居たレティウスさんだった。

 背中に添うようにしていた為、ミンティスの身体が少し強張るのが分かる。

 そうだ、私も言葉を伝えなければ。自分の正直な気持ちを。

 零れていた涙を指で拭き取っていると、少し声音を抑えたミンティスが続けた。

「……想うのは自由です。例え、クレシアが兄上を見ていたとしても」

 !

 彼の言葉に驚いて涙が完全に止まる

 マントを掴んだ手を咄嗟に引っ張っていた。彼の身体が後ろにやや仰け反る。

「違うわ! 私が見ているのはあなたよ!」

 気づけば少し大きめの声で言い返していた。

 遅れて現状を思い出すけれど、発言を取り下げるような事はしない。

「クレシア……?」

 戸惑ったようなミンティスの声。

 恥ずかしさに頬にまた赤みが乗るのが分かる。私はそのまま彼の背の布に額を押し付けた。

「私もあなたがいいの、ミンティス。傍に居て欲しい」

「──!」

 驚いた様子が伝わってきた。私の胸もすごく速くなってて、頭がふわふわしてきてしまった。

 伝わったんだろうか、私の気持ちは。ずっと隠してきた私の願いは。

 彼からの返答が無い事に少し不安になる。すると今まで握られていた手が外された。怖くて、縋ることはせずに私も手を離す。

 その背が私に向き直った。正面から見るミンティスは真剣な眼差しをしていた。

 視線を合わせるのが恥ずかしくて、居心地が悪くて、私は瞳を泳がせる。

「気持ちを……聞かせてもらえますか?」

 いつもより低く感じる声。呼び戻されるように視線を彼に合わせると、その青の瞳に私だけを映してくれていた。

 真っ直ぐと、誰も見ず、私だけを……。

 だから私も同じように見返した。

 そうね。もう逸らさない。きちんと伝えたい。

 ……誤魔化すなんて馬鹿なことをしなければ良かった。傷つくのが怖くて、今の関係を失うのが怖くて逃げてしまっていた。

 生まれた初めての感情を手放すなんて無理だったのだから、素直に告げて決着をつけてしまえば良かったんだ。良くても悪くても。

 それができなかった私達は似ているんでしょうね。

 そんなあなただからこそ、私は──。



「ミンティスが誰よりも大好きです」



 微笑んで伝えられた。

 それを聞いたミンティスは少しずつ笑顔になってくれて……。

 と、そこで手を打ち鳴らす音が近くから聞こえた。

 二人で振り返ると、そこには頷きながら笑顔のレティウスさん。

 不思議に思って首を傾げるしかできない。

「一時はどうなるかと思いましたが、良かったですね、王」

 満足気な声で私のお父様を見る彼。その視線を辿るように今度は二人してお父様へ顔を動かす。

 さっきまでの威厳さはどこへやら、普段のお父様の様子がそこにあり、柔らかな眼差しで私達を見ていた。隣のお母様も微笑んでいる。

「ああ、そうだな。二人共、おめでとう」

「おめでとう。今日はお祝いが二つもあって素敵ね」

 両親から口々に何故か祝福の言葉が送られ、周囲にもそれが次第に伝染していき、一気に雰囲気が賑やかなものへと変化する。

 拍手も大きくなり、気づけば私とミンティスは大きな祝福の渦の中心に居た。

 ……どういうこと?

 ますます訳が分からなくて周囲を見回すのを止めて、視線をミンティスへ戻す。

 するとその彼は肩を震わせて俯いていた。

「! ミ、ミンティス?」

 この場に似合わない様子の彼に不安になり、声を掛けてみる。が、そんな彼が顔を向けたのはお兄様の方だった。

 少し目が怖い気が……する。その様子に伸ばしかけていた手を引いた。

「兄上……謀りましたね?」

 絞り出すような低い声。怒っているようだ。

 ますますなんのことか分からず、彼に倣ってレティウスさんへ再度視線を戻す。

「私は手伝っただけだよ、ミンティス」

 そのお兄様は悪びれた様子もなく、ただ笑顔を浮かべているだけだった。






***






 月明かりの中、私達はいつもの中庭に座っていた。

 池のほとりに二人で並んでいる。こんな時間にミンティスが居ることなんて初めてで、少し落ち着かない。

 さっきまで大勢の人に囲まれていたのが嘘のように静かだ。

 今もまだ広間では私の誕生祝いが続いているはず。主役が居なくても人は変わらずに騒げるのだと知った瞬間だった。

 私達の場合、お父様に二人で過ごせと言われたから、と言うか……居た堪れなくて出てくるしかなかったと言うか……。

 そこまで思って隣の彼を見上げると、どこか怒った様子で前を見ていた。

 いや違う。怒るというよりは拗ねているような雰囲気だ。面白く無さそうな面持ちで瞳を細めている。

 大広間での大人びた彼とは違って、どこか子どもっぽさが垣間見えて微笑ましい。

 私は小さく声に出して笑った。

「……何か可笑しいか」

 不貞腐れたような声音だ。何故か胸が擽ったい。

 私は首を振った。それを横目で確認したミンティスは深く溜め息をつく。

「すまないな、クレシアまで巻き込んでしまって……」

「ううん、巻き込まれたなんて思ってないわ」

 申し訳なさげに告げられる言葉にはすぐに否定を示した。

 本当にそう思っていなかった。驚いてしまったのは確かだけれど、私達の事を思ってしてくれたのが分かるから。

 私の言葉に一度こちらに顔を向け曖昧な笑みを返してくれた後、再び大きな溜め息を吐き出した。

「まさか兄上と王が……」

 そう、先ほど発覚したことだった。

 やはりお父様とレティウスさんは顔見知りで、遡るとミンティスを《勇者》に、という所から計画がされていたらしいのだ。

 お兄様はミンティスを良く見ていらっしゃった。アーウェル家が嫌な事も、お兄様に対して苦手意識がある事も承知の上だったらしい。

 少しでも気持ちを変えたくて、責任のある《勇者》の話をミンティスに、とお父様に進言したそうだ。これでも気持ちが変わらなければ、約束通り家を出る事に賛同するつもりだった、とレティウスさんは話してくれた。

 お父様もお母様も、彼のその気持ちを汲み取り、《勇者》にはミンティスが就く事となった。

 それからは三人で私達の様子を見守ってくれていたそうだ。

 基本は私達に任せていたらしいのだが、私が泣いてしまったあの時。あれはレティウスさんが見かねて接触してきた、という流れだった。ここまで自分の弟は王族に対して拒否の姿勢なのかと悲しくなったと語っていた。

 お父様も尽力してくれた。それが食事会。けれどそこでも私とミンティスはあのような態度で……。

 そうしてこの日、先ほどの《勇者》強制交代の芝居を考えたということだった。これでも本音が出ないようであれば見切りをつけるつもりで。だから芝居、というよりは……賭け、だったのかもしれない。

 そう、三人は私達のお互いの気持ちに気付いていた。その上でこのような大きな事をした、という。自分で気づいて乗り越え、言わなければ意味がないというお父様の一言がきっかけだったそうだ。

 まさかそうやって見守っていてくれてたなんて思わなくて。怒るよりも、嬉しさと驚きの方が大きかった。

 こんなに私とミンティスは周囲から大切に想われていたんだと分かったから。

 自然と口元に笑みが乗る。そのままの表情でミンティスを眺めていた。

 すると彼はどこか照れたように視線を逸らす。

「……全く、何が期待以上で嬉しい、だよ」

 その言葉は最後にレティウスさんがミンティスに告げた内容だった。

 少しどころか大きく変わった弟の姿が嬉しかったらしい。恋愛はやはり素敵なものだ、と私の方を見ながら言っていた様子が思い浮かぶ。

 恋愛、という言葉を思い出すと恥ずかしさが蘇ってきて、慌てて違う話題を投げた。

「で、でも本当に良かったの? 《勇者》を続けることになって……」

 これで彼は家から出られなくなり、ずっと縛られる事になってしまった。あれだけ語ってくれた自由。それを望んでいたはずなのに、無理はしていないのだろうか。

 まだそう思ってしまう自分が居た。

 お父様に改めて《勇者》はどうするか聞かれ、迷う事なく続ける事を選んでくれた事はとても嬉しかった。でもやはり気にしてしまう心もあって……。

 するとミンティスは人差し指で私の額をつん、と押してきた。

 驚いて押された額を両手で隠す。

「俺が望んだんだよ。言っただろ? 他の何より、君がいいって」

 清々しくそう言い切る彼は、微笑んでいた。嘘のない笑顔だ。

 改めて聞かされると一気に恥ずかしさが蘇ってきてしまう。

 額に当てていた手を下ろし、頬に熱が集中するのを感じながら俯いた。

 どうしよう、緊張してきてしまった。胸が速くなってくる。

 ミンティスも何も話してこないし、この無言の時間が落ち着かない。

 思えば、沢山二人きりにはなってきたけれど、想いが通じ合ってからは初めてで……それを意識してしまうと鼓動は収まりそうになかった。

 ミンティスの視線を感じる。見られていると思うと頬の赤みが全く引かなくて、それどころかもっと熱くなるのが分かって、強く目を瞑った。

「クレシア」

 ふと囁くように、優しく名を呼ばれた。

 同時に頬に添えられる温もり。落ち着かせるようにそっと撫でられる。

 それに誘われ恐る恐る瞳を開いて見ると、彼の手が添えられていた。

 頬の手に僅かに力が込められ、私の顔は自然とミンティスの方を向く。近くで見上げる彼の顔に胸が締め付けられた。

 月明かりの元で輝く金色の髪がとても綺麗。

 その姿に見惚れていると、私の片方の手を彼の手が包んできた。私も彼に触れたくて手を動かす。どちらからともなく互いの指を絡め合わせてしっかりと繋ぎ合った。

「ずっと君の傍に居て、守る事を誓う。《勇者》として……恋人として」

「っ……」

 思わず息を呑んだ。声に出されると、実感する。私はこれからも彼の傍に居て良いのだと。

 また泣きそうになってしまって、それを微笑みにすることで抑えた。

 こんな場面で泣くのは違う。笑って、あなたに想いを伝えたいから。

「ありがとう、ミンティス」

「どうしたしまして」

 何でもない一言なのに、愛しそうな響きが伴うその言葉。こういう声音もできるのだと新しい発見だった。

 ……そうだ、これからも色々なミンティスを見る事ができるのだ。

 そう考えると幸せ過ぎて本当に夢のようだった。

 ふと彼の顔が先ほどよりも近づいている事に気づく。ここまで近いのは初めてだ。かかる吐息が擽ったくて思わず瞳を細めた。

 呼応するように、彼の青い瞳も細められる。閉じかけたその青に、私以外が映されて居ない事を確認して先に瞼を閉じた。

「──……」

 柔らかな感触が私の唇へ落とされた。初めての感覚に倒れそうなくらい、胸が速くなるのが分かる。

 触れていたその温もりが離れるのを感じて、そっと瞼を持ち上げる。するとやはり至近距離にミンティスの顔がある。

 瞳が合うと、彼は愛しそうな眼差しで笑ってくれた。

 沢山の熱に浮かされながら私も頑張って笑ってみた。上手くできていたかは分からないけれど、幸せな気持ちが伝わる事を祈って。



 たくさん遠回りをした私達だった。


 これからもきっと沢山そういうことがあるかもしれない。


 けれど、お互いに踏み出して前に進んでいけると思う。


 この経験が私達を成長させてくれたから。


 一緒に歩いていきましょうね、ミンティス。





 私の──《勇者》。













 END



最後まで目を通していただき、ありがとうございました。

少しでも読んで下さった方に楽しんでいただけたのなら幸いです。

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