贈り物
先日、私は十四歳の誕生日を迎えた。一日一日が確実に過ぎていく。それは、ミンティス……彼の《勇者》の期間が終わる日が近づいてくることも示していた。
初めて出会ってから、ミンティスと早くこんな関係を終えたいと思っていた。
でも最近彼と過ごすのが苦痛じゃなくなったというか……楽しく思えてきた。たぶん、彼が本当は優しい人だと分かったから。抱えている事も聞かせてもらったから。
日に日に、よく分からなくなってくる。
「……ふぅ……」
本日何度目かの溜め息を吐き出した。
なんだか今日は朝から身体が重い気がする……。前の誕生日パーティーで疲れたのかしら。
いつもの庭に赴くと、木の傍に視線がいく。
ここはいつもミンティスが座っている場所。
最近、気がついたら彼の姿を探している。その事に気づいて曖昧な笑みを携え、木挟んで反対側に座った。
私一人のお気に入りの場所だったのに、いつの間にか二人の場所になっていた。
あの日、二人して池に落ちた……いえ、正確には落ちた私をミンティスが助けてくれたんだけど……。そう、あの日からちょっとずつ何かが変わった気がした。
まずは私の気持ち。ミンティスが挨拶に訪れるのを楽しみにするようになった。以前は気持ちが落ちて憂鬱だったのが嘘みたいに。出迎える際の笑顔も作らなくても自然と出るようになってきていた。
次に彼の行動。庭に来る所までは同じだけれど、すぐ寝るということがなくなった。会話が弾む、というわけじゃない。でも無言でもなくて、お互いの事を少しずつ問いかけて、答えるというようなやり取りを繰り返していた。
後は……ミンティスがよく笑ってくれるようになった、ということかしら。なんだか楽しそうに見えるのよね。……私の勘違いでなければ。
腰まで伸びた自分の髪に指先を絡め、それをぼーっと見つめた。
ここへ訪れている間、彼の心が休まっていると良いのだけれど……。
そこまで思ってハッ息を呑む。
どうして、いきなりそんな事思ってしまったのかしら。彼の安らげる場所になってればいいだなんて……なんで、そんなこと……。
自然に考えてしまっていた事に少しずつ顔が赤くなる気がする。
ミンティスはあと一年後には《勇者》ではなくなって、私の傍に居る事もなくなる。そうよ、何を考えているの、私は……。
熱を抑えようと両手をそれぞれ頬に当てる。ああ、とても熱いし、胸も速くなっている。
良かったわ、今日は彼が来る日ではなくて。
安堵に胸を撫で下ろし、先日の祝いの席でお父様から頂いたドレスに視線を落とす。
私の好む淡い色合いに花柄のついたもの。いつもミンティスを出迎える服装とは違う。その事を視界で認識して再度自分を落ち着かせようと息をつく。
何度か呼吸を繰り返し、まだ頬は熱い気がしたけど鼓動は収まってきた気がする。
「──うん、大丈夫」
「なにが“大丈夫”なんだ?」
!?
びくりと肩が震え、耳を疑った。
上から降るように聞こえてきた声。最近、低くなって甘さを帯び始めた声。聞き間違えるはずがない。
収まった鼓動が速くなる。
その速さに後押しされ、ゆっくりと肩越しに振り返った。
私の視界に映ったのは見慣れた白い服に青いマント。更に伸びた輝く金の髪は私と同じくらいになっていて、肩から輝きながらさらりと零れ落ちる。
少しずつ男らしさの増す表情で浮かべる笑顔に、私は何度胸が跳ねたことか。そんなこと、彼は全く知らないだろう。
幹に手をついて私を覗き込むよう背を曲げていたのは紛れもない、ミンティス・アーウェルその人だった。
頭が混乱して、呆然と彼を見返す事しかできなかった。
今日は来ないということをさっき私は再確認していたはずだ。それなのに、なぜ彼はここにいるの?
「俺の顔に何かついてるか?」
一向に動かない私に首を傾げて問いかけてくるミンティス。
いえ、別に何もついていません。
心の中で冷静に言葉を返し、ようやくぐるぐる回っていた頭が落ち着きを取り戻してきた。
「……ど、どうして……?」
でも口から出た言葉はそれだけ。やっぱり、まだ少し混乱していたみたい。
ミンティスは視線を上に向け少し考えた後、ああ、と声を出し折り曲げていた背を正す。
するとそのまま片膝をつき私と視線を合わせ微笑みを向けてきた。
「突然の訪問、どうぞお許し下さい、姫」
「……ッ」
時折ミンティスはこうやって私をからかう。
初めて彼と会った時のように、礼儀正しく振舞って、まるで本物の《勇者》がそこに居るかのように演じる。
何故そんな事をするのか聞いたら、私の反応が面白いから、と意地悪く言われた事があった。
熱い頬が更にその熱を増した気がして、口元を尖らせ振り返っていた顔を勢いよく前に向けた。
いつもいつもからかって……もう知らないっ。
膝へ手を置いて背筋を伸ばす。
それと同時に、後ろから聞こえる声を殺した笑い。楽しそうな時に聞かせる笑い声だ。
……私も甘い。この笑っている彼にいつも気を許してしまう。私をからかうだけで楽しいのなら、それも良いかもしれないと思ってしまう。
本当に、ミンティスに甘過ぎる。気がついたらこうなってしまっていたのだからタチが悪い。
だから今日は許さないと心に固く決め、瞳を閉じて前を向き続けた。後ろの彼の声は聞こえないフリをして。
ようやく笑いが収まったらしいミンティスは、私の肩をつついてきた。
「おーい、そんなに怒るなよ。今日は機嫌悪くないか?」
誰がそうさせているのよ!
また心の中で言い返す。謝るまで私は振り向かないわよ。
誓いを更に固くした時だった。私の首元に冷たい感触が過ぎる。さすがに驚いて開いた瞳で胸元を見た。
首元の空いたドレス。そこを飾り付けるように銀の鎖が巻かれている。その鎖の先には周囲を綺麗な細工が覆う小さな赤い色の宝石がついていた。
これは……ネックレス……?
私がその飾りに触れた時、すぐ後ろから少し照れたような小さな声が届いた。
「ちょっと遅れたけど、誕生日おめでとう」
「っ!?」
さっきまでの決意はどこかへ飛んでいってしまった。身体ごとミンティスの方を振り返る。
そんな私に今度は彼が驚いて僅かに身体を後ろへ引いていた。構わず、手を地について前に乗り出す。
「どいうこと? 誕生日って、なんで……?」
ミンティスの言葉が信じられなくて、説明してほしくて、縋るような瞳で彼を見た。
私が彼と出会ってから迎えた誕生日は先日で四回目。そのただの一度も誕生日に来た事もなければ、祝いの言葉すら聞いた事がない。それは私も同じで、ミンティスの生まれた日を祝う事は一度もしなかった。
私と彼の関係は偽物。だからそういう事はしないのだと、気にした事もなかったし、考えもしなかった。話題にすらならなかった。
それなのに、言葉だけでなく、こんな……。何故、こんなことを──?
その青い瞳を見つめていると、ミンティスは僅かに視線のみ逸らす。どこか言いにくそうに口を開いた。照れたようにぶっきらぼうに。
「……別に、祝いたくなっただけだ」
何も言えなかった。
どうして……何故、そう思ってくれたの? その為に来てくれたの? この贈り物はあなたが選んでくれたの?
聞きたい事が沢山浮かんでくる。どれから聞けばいいのか、何から聞けばいいのか分からない。
胸が苦しくなる。それと同時にじんわりと温かさが広がって、嬉しさでどうにかなってしまいそうだった。
目の前で照れた表情を見せるミンティスに、手を伸ばしたくなってしまう。
私の誕生日は数日前に終わってる。それなのにこんなに嬉しい。ミンティスからの初めての贈り物が。
──ああ、そうか。誕生日だから、とかではない。彼からの贈り物だから嬉しいんだと気づいた。彼が私にくれた物だから、これだけ胸が苦しくて温かいんだと……。
ミンティスを見つめていた瞳を下ろし、再度胸元の宝石を視界に捉えた。すごく、大切な物のように思えた。そっと両手を重ねて宝石を包む。
今、自分の気持ちがようやく分かった。誤魔化そうとして、無理をしていた事も今分かった。
私は、ミンティスのこと──。
そこまで考えて嬉しさに任せて綻ばせた顔を、彼へ戻す。
「ありがとう、とても嬉しいわ。大切にする」
「っ……あ、ああ……」
言葉に詰まりながら、未だ照れたように視線を彷徨わせるミンティス。初めて見るその様子が新鮮で、もっと見ていたいと思う。
でも何故か思考が更にまとまらなくなってきた。胸の鼓動が速くなったせいか、頬の熱に浮かされたせいか……ふわふわとしてきたように感じて、目の前が白くなる。
もっとミンティスを見ていたいのに、視界が霞んでいくのが残念だと思った。
ふらりと自分の身体が揺れる。そんな私を支えてくれた温かい体温。……ミンティスの香りがして、とても安心した。
薄く開いていた瞼を伏せ、しっかりと私を支えてくれる身体へ自分の身を預けた。
私の名を必死に呼ぶ声を遠くで聞いた気がする。
好きな彼の声。こんなに聞けるなんて、それも嬉しいことね。
そんな事を思いながら、私は意識を手放して心地よい夢の世界へ落ちていった。
ふと意識が浮上した。額に冷たいものを感じる。
重く感じる瞼を一生懸命開いて見えた物は、見慣れた自分の部屋の装飾だった。
朝になったのだろうか、とぼんやりとした頭で考えていた。でもそれにしては部屋の中に入り込む光が少ない気がする。
身体がだるさを感じて動かしづらく、呼吸も乱れているのが自分でも分かった。
「……気がついたか?」
この声は……。
静かな声音の主を探すよう顔を横へ向けると、金色の髪を持つ彼を見つけた。
居てくれたことにほっとしている自分が居た。
「ミンティス……」
出た声は掠れ気味だった。自分の想像と違う声に少し驚いたけど、呼ばれた彼は微笑んでくれた。だから私も笑顔を浮かべた。
続けて口を開こうとした私に気づいて、ミンティスは自分の唇に人差し指を当て話さないように促してきた。
大人しくそれに従い、唇を閉じた。彼は私の額へ手を伸ばし、何かを取り上げる。同時に額の冷たくて気持ち良い感覚が消えた。
疑問に彼を見ていると、今度は違う感触が額へ訪れた。温かく、どこか安心するようなそんな感覚。それが彼の掌だった事に遅れて気がついて……少し恥ずかしくなる。
「……さっきよりは下がったか」
なんの話をしているのか分からなくて、声を出さず瞳だけでミンティスに問いかけた。
それに気づいてくれた彼は、再び冷たいものを額に乗せてくれて口を開く。
「熱で倒れたんだよ。覚えてないか?」
熱……?
そう言われて朝から身体が重かったり、頬が熱かったりした事をようやく思い出してきた。あとは意識を失った時のことも。
そうか……恥ずかしさに倒れたんじゃなくて、熱だったのね。それをミンティスが抱きとめてくれて……。
──! そ、そうだった!
いきなり恥ずかしさが増して、被せられていた柔らかな寝具を引っ張り上げて自分の顔を隠す。
私なんてことを……! またミンティスに迷惑をかけてしまった!
申し訳なさも伴って、彼の顔をとてもじゃないが見られなかった。またからかわれるのか、叱られてしまうのか、彼の反応が怖くて顔を出せずに居た。
でも、一向に言葉が何もなくて、それはそれで不安になってきた。
そっと隠れていた所から目元だけを出すと、見えたミンティスは柔らかく微笑んでいるだけだった。
「それだけ元気なら大丈夫そうだな」
そう一言付け加えて。
……叱るでも、からかうでもなかった。純粋に心配してくれていたんだ。
どうしよう……すごく嬉しい。こうして傍に居てくれてる事も、心配してくれた事も、とても嬉しい。
この気持ちを伝えた方がいいんだろうか。私がどれだけ嬉しいのか。あなたが居てくれるだけで幸せなのか。
どきどきと速くなる鼓動を感じる。熱のせいじゃなくて、私が言おうとしている言葉が原因だ。
私が伝えたら、あなたはどう返してくれるのだろう。さっきみたいに照れてくれるのか、それとも今みたいに微笑んでくれるのか……。
想像してるとそれだけでは足りなくて、やはり伝えたくなってきてしまう。
「あのね……」
「ん、どうした?」
小さな声でもちゃんと聞き取ってくれる。やっぱり優しい。
顔半分を隠していた寝具を下げてミンティスを見つめた。私の気持ちがしっかりと伝わるように。言葉だけじゃなくて心から伝わるように願って。
でも言葉がなかなか出てこない。何かに引っかかってしまったように。言おうして開いた口が閉じてしまう。それを何度か繰り返してしまった。
すると彼は笑って、魚みたいになってるぞ、ってからかってきた。
いつもなら私も応戦するけど、そんな気力が無くてむっと口を噤んで見返すだけにとどめた。
でも、そんな事をしながらも私の言葉を待ってくれている様子に胸が温かくなる。
「……心配かけてごめんなさい。傍に居てくれてありがとう。……嬉しい」
言いながら照れてしまって、最後は誤魔化すように微笑んだ。
ミンティスは一度動きを止めて、困ったように眉を下げ、その姿が遠くなる。……近いなと思っていたら、どうやら座っていたみたいだった。
立ち上がった彼は壁に掛けていた青い布に手をかる。そしてそれを肩の留め具につけ始めた。
「《勇者》代行だし、当たり前だろ? 全うしないと、兄上との約束が守られないからな」
「……あ」
急に胸がざわついて嬉しさの波が引いていくのを感じた。
そうだった。彼は私の《勇者》ではなかった。自分でも分かっていた。何度も確認していた事だったのに、どうしてこの短時間で忘れてたんだろう。
浮かべていた笑顔が消える。彼を見ているのが辛くなって気づかれないようにそっと視線を外し、寝台に備えられている天蓋を見上げた。
自由が欲しいと言ったミンティス。
その願いを叶えてあげたいと思ったのも本当の気持ち。
そうだ、しっかりしないと。私の気持ちだけで伝えていい事ではない。それこそ彼の迷惑になってしまうのだから。
浮かれかけていた気持ちを胸に静かに押し込めた。
彼とこうして話せるだけでも幸せな事だ。そう自分に言い聞かせた。
布をなびかせる音に気づいてミンティスを見た。しっかりとその背に青を纏っていた。帰る準備が整ったのだろう。
……もう少し、話していたい。
私は掴んでいた寝具の柔らかな布に力を入れ、皺を刻んだ。
「ミンティス」
呼び止めると、彼は手を止めて私を見てくれた。
どうしよう……何も話題を考えてなかった。えーと、えーと……。
彼は不思議そうな面持ちで私の言葉を待ってくれていた。
「お、お兄様ってどんな方なの?」
思わず口に出した内容がそれだった。そして、後悔した。
ミンティスは身内の話をしたがらない。それはずっと一緒に居てて分かったから、こういう事は避けていた。
熱で頭が回らなかったり、焦って話題を探したせいで、ずっと聞きたくて聞けなかった質問があっさりと出てしまった。最悪だった。
予想通り固まっているらしいミンティスに、私は身体を起き上がらせた。
「あ、ち、違うの! えっと、それは別にいいから……!」
まだ何も返してこない彼に焦る気持ちが増す。
どうしよう、どうしたら……。
泳ぐ視線で自分の手元を見ていると、頭が優しく二回ほど叩かれた。
驚いてミンティスを見た。呆れたように笑う彼がそこには居て……。
「何を慌てているんだ。自分の《勇者》の事だし聞いて当然だろ。いつまで経っても聞いてこないから興味ないのかと思ってたぜ」
あっさりと返され、拍子抜けしてしまう。
こんなに悩んでいたのに、彼はそれを待っていたという。でも待っていたならそちらから聞いてくれても良かったんじゃないだろうか。
そんな気持ちが込み上げてきて、ちょっと腑に落ちなかった。
「兄上は……そうだな。一言で言えばなんでもできる人だ。何をしてもすぐこなしてしまう。王女さまの《勇者》として、あれ程の適任者は居ないだろうな」
そんなに、優秀なお兄様だったのね……。
初めて聞く内容に私は呆けた顔で聞いていた。
どんな方なのか想像もつかない。ミンティスのお兄様なのだから、彼に似ているのかしら。
そう思ってじっと彼の顔を見ていた。
その視線に気づいたミンティスは困ったようにまた笑った。
「そんな顔しなくても、兄上はあんたの《勇者》を一度は承諾していた。だから大丈夫だ。まぁ、俺が代行してるのは俺と兄上、後はあんたしか知らない事実だけど」
……そういう意味であなたを見ていたのではないのだけど。
見当違いなミンティスからの言葉に私は力なく笑うことで返事とした。
そう、きっと彼のお兄様なら優しい方に違いない。《勇者》の任にも完璧に就くのだろう。私もこんな苦しかったり嬉しかったりする想いはしないのだろう。
「……本当に、俺とは違って優秀な《勇者》様だろうから、安心しろよ」
「え?」
彼の声に覇気がなくなった気がして思わず聞き返していた。
でもミンティスは青を翻して私に背を向け、部屋の扉へと歩いていく。
「さて、偽物はさっさと帰ることに致しましょう。クレシア姫、今宵はごゆっくりお休み下さいませ。またお会いできる日を、楽しみにしております」
いつもの、演技の口調。その背は呼び止めるなと私に告げていた。
何も声を掛ける事ができず、彼はそのまま部屋から出て行ってしまった。
室内がいつもより静まり返ったように感じる。ミンティスが今までここに居た事も夢だったのではないかと錯覚しそうだった。
と、扉が軽く叩かれる音で我に返り返事をする。
「失礼致します」
その言葉と共に入ってきたのは、私の身の回りの世話をしてくれる使用人だった。深く一度礼をしてから黒い服に白いリボンをつけた彼女は、私に近づいてくる。
「クレシア様、体調は大丈夫でらっしゃいますか?」
「ええ……さっきよりはだいぶいいわ」
自分の体調の悪さなんて考えられないくらい、私の心の中に色々な気持ちが渦巻いていた。だから気もそぞろにそれだけを答える。
それでも彼女は安堵の笑みを浮かべ、寝台の傍にある机へ向き直った。そこに置いてある容器に、新しい水を用意し始めた。心地よい水音が耳に届く。
「ミンティス様がクレシア様を抱かれて、連れていらっしゃった時は驚きました。とても慌てたご様子で……あれ程取り乱したミンティス様は初めてでしたわ」
……ん? 連れて……?
何気なく耳に届いていた言葉の一つに反応して、私は彼女を見た。
その視線に気づいていないらしい彼女は尚も続ける。
「私共の申し出を断り、ご自身が看られるとクレシア様のご看病をされて、目覚めるまでお傍にいらっしゃるなんて……素敵な《勇者》様ですわ」
その時の情景を思い出しているのが傍目からでも分かる。うっとりとした表情を浮かべる使用人に私は目を瞬かせ、先刻までここで話していたミンティスの姿を脳裏に思い出していた。
さっきの彼はそんな素振りは一度も見せなくて、今までと変わらなくて……。
え、えーと……。
懸命に理解しようとすると、私の頬はまた熱さを取り戻してしまった。
彼の事になるとこんなに一喜一憂してしまう。
……重症だと、自覚があった。
押し込めなければならない想い。
でも……言えなくても、想うのは自由。
あなたが自由を望むのなら、私にもその自由を分けてもらってもいいかしら。せめてあと一年……あなたが私の《勇者》で居てくれる間は……想わせてね。
この場に居ない彼に問いかけるように、胸元の贈り物にそっと手を添えた。




