62話目 昨晩はお楽しみでしたね
望まれるがままシャルを抱いてしまった翌朝、シャルよりも先に俺は目を覚ました。というよりシャルの疲れが取れ切っていないのにこんなことをすればシャルが余計に疲れて起きるのが遅くなって当然だろう。むしろそのまま状況に流された俺の方に非がある。
「もうちょっとやりようがあっただろ俺……!」
シャルを抱いたこと自体に悔いは無い。シャルが俺にとって無くてはならない人であるのはこの二年近くで嫌と言う程思い知っている。そんな彼女から覚悟の決まった目であんなことを言われれば受け入れるしかないのかもしれないけど……、けどさあ、もうちょっと、何かあっただろ俺!
「う……ん……」
うめき声はあげなかったものの、一人でもぞもぞとしていたためか不覚にもシャルを起こしてしまう。反省している最中にすらやらかすとは、流石俺クオリティだな。全く褒められたことじゃないが。シャルがそのまま再度眠りに落ちることを願いつつじっとしてみるが、どうやら完全に目を覚ましてしまったらしく、一度大きく伸びをすると俺に抱きついてきた。
「ししょお、おはよ」
「お、おう、おはよう」
トロンとした目つきと微笑みを浮かべながらそう挨拶をされる。とても八歳とは思えない色気がにじみ出ており、それに圧倒されているとシャルは更に強く抱き着きながら俺の胸元に顔をうずめる。
「えへへ、ししょうだーい好き」
あらやだこの子ったら、愛情と情欲が入り混じった感情が沸き起こってしまうじゃないのよ。やっぱり一線を越えてしまったことで箍が外れてしまったのだろうか? なんだか凄く甘えん坊でいらっしゃる。
そんな彼女に対して『俺も大好きだぞ』と月並みな言葉を返しつつ、彼女の髪をくしゃりと撫でる。シャルは気持ちよさそうにして身を預けてくるので、いつまでもそうしていたくなるがそろそろ朝食を食べねば具合が悪いだろう。動いた分、カロリーは取らなくては。
「シャル、そろそろ朝ごはんにしようか」
「あ、うん、わかった」
シャルはそう答えるとベッドから立ち上がり、その姿を本来の大人の姿に変えると魔法でパパっと身だしなみを整えていく。その手際の良さにちょっとだけ見とれてしまい、その視線に気づいたのかシャルはこちらを振り返った。
「師匠」
「ん? どうした」
「ずっと一緒だからね」
何でもない事のように放たれた一言、先程までと表情は一切変わっていないはずなのに、その言葉に愛おしさを感じるよりも何故か寒気を覚えてしまう。うん、『奴隷にして』云々について詳しく聞こうと思っていたが何だか触れちゃいけない話な気がしてきた。何か実際に問題が起こるまでこの話題は封印しておこう。うん、それがいい。
そして彼女は少しだけ表情の硬くなった俺を置いて台所へと向かう。ん? あんな状態から碌に休んでいない彼女に朝食を用意させるとか駄目じゃね? いやいや、アウトだろ。そこまで考えた俺は急いで彼女の後を追うことにした。
「師匠はゆっくり座ってて! 私が用意するから!」
「え、いやでも、お前昨日倒れてたばっかりで……」
「大丈夫だって! 師匠のお世話をしたいの!」
しかしその結果はご覧の有様である。ニコニコと笑顔を浮かべる彼女に背中を押され、無理矢理席に座らされてしまう。いや、シャルがここにいた時はこれが普通だったけどさあ、いや、えぇ……。押しに弱すぎるだろ俺……。
そうこうして用意された朝食を食べ終えた頃、彼女は予想外の言葉を発した。
「それじゃ、修行してくるね!」
いやいやいやいやいや。
「待って、シャル、ちょっと待って」
「え?」
いや、何でそんな不思議そうな顔してるのよ。
「でも朝ごはん食べたら魔法の修行だよね?」
小首を傾げながら彼女はそう答える。いやまあ確かにいつもだったらそうだけどさ。ちょっと外しちゃいけない用事があるでしょ。
「何があったのか、教えてくれないか」
無論、何についてかは言うまでも無く『外で彼女に何があったのか』だ。俺の言葉に彼女は顔を暗くしてしまい、話したくないことなんだろうと容易に察しが付く。その表情を見せられた俺はこの話題を引き延ばし、いつか彼女が自分から話すまで待つべきではないかと一瞬だけ考えてしまう。しかし昨日の彼女の様子は明らかに普通ではなく、その原因は彼女の身に何があったのか知ることでしかわからないだろう。俺はシャルを弟子としてではなく、恋人として幸せにすると決めたんだ。彼女に生じている歪みが大きくなってしまう前になんとかしたい。
彼女はしばらく口を開こうとしなかったが、やがてぽつりぽつりと何があったのかを俺に語ってくれた。
ピロートークというかそういったのは、童貞のワシにゃあ難易度が高すぎるぜボーイ