烏と暮らす薬師
烏を不吉な象徴とした街の話。
誰かが死んだ時だけ、烏が屋根に止まる。
黒いというだけで、嫌われてしまう可哀想な鳥。
この国では、烏は死を招く象徴の鳥として忌み嫌われている。その見た目の黒さ、ゴミを漁る姿、そして、何よりが亡くなった者の家に止まっていること。それらが人々を恐れさせる原因なのだ。実際には偶々、そう見られただけなのだが。やはり黒という色が元々、思われていなかったからだろう。
忌み嫌われている烏を多く飼っているせいで、僕は異端者扱いされた。僕も烏も、何も悪いことはしていない。だけど、街を歩けば石を投げられ、罵倒され、挙句の果てには火を投げられる。
遠くの街で金魚と暮らす彼を思い出す。風が死を招くなんて、面白い話である。それが本当なら、彼がくれた風鈴が揺れたのはそうなんだろう。なら、死なんて誰の身近にも平等にいる。ただ、認められないのが性というモノ。
「――誰もが死を恐れるなんて。世界とは人生とは何であろうと、栄枯盛衰なのにね」
薬草や乾燥した木の実、はては研究道具が所狭しと置かれ、熱されているビーカーからは、コボコボと赤い液体が沸騰していた。独り言は何もなく、静かな部屋に響く。
僕は森の奥深く、誰も知らない国と国を結ぶ境界線の上に家を構えている。ここにいれば、誰も近寄らない。なぜなら、僕は異端者と呼ばれているから。薬の研究を続けても、誰も知らないから言われない。それに失敗しても、誰にも被害が及ばない。
時々、どこから聞いたのか薬を求める紙を足に括りつけた鷹や鳩がやってくる。そのどれにも、記された薬を括りつけて帰す。一応、求める人がいれば薬は渡すが、やはり僕が異端者と知ると手のひらを返して罵ってくる。
悪魔、異端者、魔女の弟子、魔に魅入られた者、異教者、邪教者など、数えきれないほどの呼び名がある。ただ、人と違うというだけで迫害する世界なのだ。僕はなんと言われようが構わないが、烏はただ黒い見た目をしているだけで忌み嫌われている。
人々の間に浸透している教会の教えや親から聞いた教育などは、簡単に変えることはできやしない。長く続く習慣なんて、僕はごめんである。そんなモノに縛られるほど、世界に興味なんてない。滅びてしまえばいい。
金魚と暮らす彼のように、僕の理解者はどこか人と違う、おかしな考えを持つ人ばかりだ。どこがおかしいと聞かれても、一概に言えない。だって、僕だって、自分がおかしいとは思ってないから。
「誰も来ないから、好きなだけ研究ができる。どうせ、僕の烏たちが死を招くとか言いがかりをつけるから、ここに住んでやったのにな。異端者とか、言わないでほしいよ。治したくないけど」
今、この世界では疫病が流行っているようだ。どんどん、疫病で死んでいく人が増えているが、未だに対処法が見つかっていないらしい。だからか、黒い見た目の烏が死を招くと伝えられていたのは。病気を運んで、それをばら撒いて殺すと信じられていたのか。
僕は烏が悪いとは思っていない。こんなつぶらな瞳で、賢くて、可愛らしい仕草をする烏が、病を運ぶわけない。絶対にありえない。
そんなことより、疫病が流行っているということは何かしらの感染源があるはず。あるとしたら、ネズミがペストを運んだ可能性もあるし、何か媒介になるモノがあったんだと思う。しかし、僕には調べる手段はない。街には入れないのだから。
「疫病を推考するに、おそらくは生き物を媒介にしているはず。神に祈っても、治るはずはないのにね。そうだな、狩ってきてもらおう」
僕は近くにいた烏に指示する。それを聞いて、窓から飛んでいく。しばらくすれば、ネズミを一匹咥えて運んでくるはず。あとで、消毒してあげなくては。感染すれば、終わってしまう。
そうこうしている間に、さっき飛んでいった烏が戻ってきた。咥えていたネズミを落として、くちばしを開けて待っている。僕は棚から取り出したアルコールを布に染み込ませて、しっかりくちばしを拭ってやる。気休め程度だが、やらないよりはマシである。
さて、ネズミを解剖して研究しなくては。おそらくは、ペストで合っているはず。しかし、まだ治療法が確立されていないから、人々が死んでしまうのが悲しい。僕ができるのは予防法を見つけること、進行を遅らせること。それだけ。
それに、こんな森の奥深くで住んでいる僕なんて、誰も気にしないだろう。異端者が死ねば、さらに神への信仰が強くなる。
信仰なんて食えやしない。まして、邪魔でしかないのだ。誰かを信じるなんて、簡単じゃない。
「ペスト、か……。これは治せないや」
今の技術だと、治すことは不可能な状態。発達していない医療、薬師任せの世界、色々と出てくるが結局は、他人任せの世界だったということ。それなら、助ける必要がない。自分から何かをしないかぎり、僕は手助けはしたくない。
人を異端だと罵った恨みは、そう簡単に消えやしない。
すると、一匹の烏が飛んできた。足には紙が括りつけてあった。紙を取って頭を撫でると満足なのか、カーと鳴いて飛んでいく。それを見送ったら、紙を開く。
「――彼が、死んだ……? それじゃ、僕は誰を信じればいいんだ……っ」
彼と暮らしていた金魚が、最後に教えてくれた手紙。
それは、彼が事故で亡くなり、自分も一時的に身体を持てたが、やはり生命は残されていないと。彼の残した無念を終えたら、消えてしまうから、後のことを頼むと。そして、最期まで彼は僕を思ってくれていたこと。
読み終えた僕は、散らばっていた道具や資料、はては薬草などをバッグに押し込んで、綺麗にしたら家を出る。元々、そんなに多くモノは持っていなかったから、すぐに支度は終えた。鍵を閉めたら、指笛で烏たちを集める。そして、足に紐を括りつけて、そのまま運んでもらう。
「ごめんね、お前たち。本当はこんなことしたくなかったけど、行きたい場所があったんだ」
その言葉に、烏たちはカー、カー、と鳴く。長く共にいて、泣きたい時も寂しい時も、いつも側にいてくれた。どんなに痛い思いをしても、離れることなく付いてきてくれた。
彼が住んでいた家が見えてきた。そして、降りると紐を取ってやり、烏たちを自由にすると、家の中に入った。
中はそのままにされているのか、彼が住んでいた形跡が残っている。いつも、彼が手紙に書いていた部屋に向かう。入ってみると、多くの風鈴が吊るされており、不思議な光景だった。真ん中には、金魚鉢が置かれている。何もない。この中で、金魚が泳いでいたのだろう。棚を探すと、僕宛の手紙が置かれていた。
開くと、自分に何があったら好きに使っていいという内容だった。全く、彼はいつもそうだ。諦めることを優先するんだから。いつになったら、呼んでくれるのか待っていたのに。
『―― 、ごめんな』
そんな声が聞こえてきた。遅いよ、僕は友人なのに。どうして、亡くなったあとにそんなこと言うんだよ。手紙に顔を埋め、声を堪えながら泣いた。いつだって、皆、僕を置いて逝ってしまう。
それから、僕は彼の家に住んで、薬師をしている。どこでも、薬を求める人々はいるけど、完璧を求めないから気楽だ。それに、彼の残した跡を、僕が辿るのも一興かなと思う。
――寂しい独りの世界は、涙に濡れて恋しく思う。
とまあ、書きたかっただけなので。
自作発言以外なら、どうぞご自由に。