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茶会3

 アリシアが椅子に座ると、程なくしてエリサがお茶と可視を用意する。芳醇な香りはそれだけで最高級の葉であることを教えてくれるが、それを楽しむ気分にはなれなかった。

 この場には六人居たが、卓についているのはアリシアとフィオーレだけだ。グランセンはお供としてアリシアの背後に控えているし、メイドもお茶の用意をしてからは下がっている。演奏家は穏やかで静かな曲を奏で、全ての根幹とも言える絵描きは脇役のように端の方で突っ立っていた。

「……最初に会った日を覚えていますか?」

 元より、茶の味などに拘る性分でもない。アリシアは注がれたカップに手を伸ばさぬまま、話に入る。

「覚えているよ。西区の裏路地だった。君は見廻り、私は不審者だ。さすが傭兵崩れ。君らの追跡には舌を巻いたよ」

 対するフィオーレはお茶の香りを楽しみながら、上機嫌に答える。

「あの日、何をされていたのかお聞きしても?」

「さて、なんだったかな。まあもちろん覚えてはいるが、言葉にするのは少々億劫でな」

 堂々としらをきる体の銀髪に、金髪はため息を吐く。そもそもアリシアは、こういうやりとりをあまり得意としていない。

 やはり単刀直入に、最短距離を駆け抜けるのが性に合っている。

「都を騒がせていた行方不明事件ですが、その多くが先日我々が討伐した野党の仕業であると発覚しました」

 アリシアの言葉に動揺したのはマスト一人だった。その意外そうな顔から察するに、犯人は己の依頼人だと思っていたのだろう。

 二重に馬鹿だ。思い違いをしていたのも、そんな相手の元で仕事しているのも。

「討伐の際、都で攫われた人間を一人保護し、さらに尋問で人売りの証言を得られました。先の戦争による影響で、難民問題が未だ残っているところを狙われていたようです」

「すばらしいな。お手柄ではないか。そなたたち治安維持団体はよほど有能と見える」

「あなたは行方不明事件の犯人ではない。その上で聞きます。あなたはあの日、何をされていたのですか?」

 ふむ、とフィオーレはつまらなそうに嘆息し、紅茶に口を付けた。アリシアはその仕草を観察する。つまらなそうで、不満げ。どこか拗ねているようにも。

 茶化されたのかと思ったが、案外、賞賛は本心だったのかもしれない。

「その先は調べたかね?」

「……その先?」

 アリシアは鸚鵡返しに聞き返す。フィオーレはゆっくりと紅茶を味わって、飲み込んだ。

「その野盗どもがどこに人を売っていたか、だよ。尋問したのだろう?」

「それは……」

 まだ分かっていない。野盗たちが口を閉ざしているのではなく、彼らは奴隷商の名前も知らなかったからだ。

「奴隷商はあれでなかなか高度な専門職だ。管理、躾、輸送など多くの業務をこなさねばならん。知識と人手と施設は最低限で、数を捌くなら知名度や信用も重要だ。なにぶんトラブルの多い職業ゆえに、営業するにはもちろん許可証が必要となる。故に正規の奴隷商ほど用心深い。まあ、無許可の業者もいるだろうが」

「……おっしゃるとおりです」

「なので野盗どもが人を金に換えるには一手間かかるわけだが、その一手間を助けている輩がいる。簡単にいえば仲介役だな。ところで奴隷には登録証明が必要なのは知っているか? あれの印を押す権限は、さてどこだっただろうな?」

 アリシアはカップを手に取り、中の液体を一気に飲み干した。味など分からない。分からないが、喉の渇きは潤せる。

「それなりにいい茶葉なのだがね。もう少し楽しんでくれてもいいのではないか?」

「……あなたは、それを調べていたと?」

 不作法への抗議を無視し、頑なに問う。フィオーレは苦笑して、首を振った。

「否ではあるが、調べ物はしていた。私には別の目的があってな。この話は副産物に過ぎない」

「その目的とは?」

 室内に流れている曲目が変わった。アリシアは初めて聞く調べ。音も立てず近寄ってきたエリサが、空のカップにお茶のおかわりを注ぐ。

 フィオーレはゆっくりと紅茶を味わってから、イタズラっぽく笑む。

「彼の者とは縁があってな。かつて同朋だった……いや、同朋になるかもしれなかった相手だ。故に因果調律や霊杭固定の知識を持っていないかと期待したのだが、どうやら益のない昔のことは忘れ去り、ただの肥え太った俗物になっているらしい」

 アリシアには理解しきれない、そしてまた、理解されても問題ない話題なのだろう。故に饒舌に、小馬鹿にしたように、どこか残念そうにフィオーレは語る。

「まあそれはそれで祝ってやらんでもないが、これではしようもない。本当に仕方がないので、宝の持ち腐れを回収しながらせいぜい面白いものでも探そうか、と思うてな。それで、アレを見つけた」

 くい、と首を回して、フィオーレは視線で示す。その先にいたのは絵描きの青年で、話を理解しているのかしていないのか……おそらく理解していない様子で、いきなり視線を向けられてびっくりしていた。ダメだあの男。

「彼をどうするつもりですか」

 自然、声が低くなった。

 他に聞きたいことはあった。宝の持ち腐れを回収とはいったいどういうことか、あの日の血濡れの手はなぜか。

 だが、今日はこの話をしにきたのだ。

「これは絵描きだ。絵を描かせるくらいしか使い道がない」

「一度は放逐したのに、なぜまた迎え入れたのです?」

「そうしなければ無駄死にするからな、この男は。事実、再会したときも死ぬところだった。教会の楼閣から飛び降りたときは、さしもの私も肝を冷やしたぞ」

「え……」

 話の内容が信じられなくて、アリシアはマストを見る。視線を向けられた青年はあからさまに目をそらした。

 なんでそんなことを―――声をかけようとして、口を閉ざす。理由など分かりきっている。彼にとって絵の方が命より遙かに重い。

「こやつは無駄に死なせるのは惜しい。それくらいなら抱えよう。貴重な稀少品は保護せねばならぬ」

「……確かに。彼の技術は失うには惜しい。先ほどの野盗討伐ですが、彼の描いた手配書から手がかりが掴めました。彼の腕は希少価値があり、実用価値がある。ですが、好事家が珍品を抱え込むような扱いはいかがなものでしょうか?」

「聞いておるよ。似顔絵描きの経験が活きたのだろう」

 フィオーレは楽しそうに、世間話のように、呼吸するように。

「だが、こやつは画家だ。手配書描きではない。故にそんなことを褒められても、嬉しくもないだろう」

 急所を、抉っていく。

「そなたはこの男に執心のようだが、はたしてこやつの性質を理解した上でのことだろうかな? ああいや、答える必要はない。断言するが否だ。できることを淡々とこなす生き方など、この男にはそもそも選ぶことができん。なぜなら……」

 ニィ、と笑みを深める。

「マスト・ポートは化物だからな」

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