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茶会

「というわけで、演ってくれ」

「ざけんな?」


 この都では有名な、曰く付きのスポット。魔が潜むとされ、侵入者は死をもって歓待すると噂の朽ちかけた館。通称、人喰い屋敷にサロウドはいた。

 仕事用の女装。ドレスは一番のヤツで、飾りの羽根は少し多めに。

 手には使い慣れたリュート。調律はきっちりと済ませてきた。

 曲の指定はされなかったから、こういう場にふさわしそうな何曲かを練習してきている。

「命を賭けろ、か」

 そんなものを賭けて演奏したことはない。そんな腕はないことは自負している。

 場末の酒場の賑やかし。それがサロウドに与えられた役割であり、所定の位置だ。こんなところ、場違いにもほどがある。

「馬鹿を言うな、って話だぜ。凡才には超えられない壁がある」

 へらり、と笑って見せる。軽薄に嘲笑する。

 自分は凡才だ。だから、そんな賭けには勝てない。

 けれど人間ならば、分不相応に憧れた姿を追ってみたくなるものだ。

 ならば、ここが自分の死に場所で相違ない。

 音楽で殺されるなら本望だ。いっそすっぱりやってほしい。

 どうせこの世界は腐っているのだ。

「……いや、違うか」

 はあ、とため息を吐いて、サロウドは鏡を取り出す。

 化粧をした自分の顔を映す。肌に塗りつけた女性の仮面。

 腐っているのは世界ではなく自分だ。命を賭けた場ですら、己の素顔で臨めない臆病者。

「ほう、良い物を持っている。歪みもなく、気泡も入らず。少々小さいが、携帯するなら最上の物だ」

 背後から突然声をかけられ、サロウドの心臓が驚きに跳ねた。聞いただけで高貴な身分と分かるような、凛とした声。慌てて振り向き一礼する。

「し、失礼しました。準備に集中していまして、気づかず……」

 これは嘘だ。集中なんてしていなかった。ただ沈んでいただけだ。むしろ気は散漫だった。

 なのに、すぐ後ろに立たれても気づかなかった。

「ほう、声まで女物にできるか」

 側に居るだけで圧倒される女性だというのに。

「そなたのことはマストより聞いている」

 彼女はおもしろそうに、サロウドを値踏みする。

「なりは面白いが、アレに比べれば凡夫よな。あの男の相手はさぞかし苦労するだろう」

「……友人がご迷惑をおかけしているのですね」

 こんな人に対してすら、マストは我が道を行っているに違いない。危うくはあるが、羨ましくもある。あの馬鹿は曲がらない。馬鹿だから、そういうことを知らない。

「楽しんでおるよ。ああいう壊れものはなかなかいない。我ながらなかなかの掘り出し物を見つけたものだ。……だが、壊れていては見れぬものもある。凡夫のあがき。生への執着。人というものの本質だ。今日はそなたにも期待しているぞ」

 ああ、この女はダメだ。俺の好みとはかけ離れている―――サロウドは下唇を噛む。

「…………恐れながら、お聞きしたいことがあります」

「申してみよ」

 即答。口を開くことすら寿命を削るような錯覚に見舞われながら、声を絞り出す。

「命を賭けろと申されるたならば、もちろん賭け品に見合ういずれかをご用意のことと存じます」

「ほう」

 意外そうに、シルバーブロンドの髪の女は笑った。

「金貨では不服か? 前金でそれなりに渡したと思ったが」

「貨幣で命を賭けるのは傭兵でしょう。しかし我々は芸術家。黄金よりも価値のあるものを知っています」

「そなたの腕にその価値があるのか?」

「示さねば、どのみち生き残れぬものと存じます」

「なるほど」

 女主人は至極真面目に頷き、ちらりとどこかを見た。

「それで、何を望む?」

「あらましを」

「あらまし?」

「はい。詩想にします」

 射貫くように、ヘテロクロミアの眼光が鋭くなる。

 怖ろしい。そして、美しい。死毒の花より背筋が凍る。死神の鎌が首筋に触れても、これほどには凍えまい。

 視線を受けただけで、言わなければ良かったとサロウドは後悔した。

「貴様が、私を歌うと?」

「い……いけませんか?」

 問われた彼女には、一拍の間があった。それから小さく息を吐き、口を開きかけ、

「迷うとは、らしくありませんね」

 からかうような青年の声に目を細める。声のした方向に視線を向ければ、いつから聞いていたのか、マストがゆったりとした足取りで近寄ってきた。

「今は演奏家と話している。絵描きは黙っていろ」

「僕も望みましょう。絵の題材になりそうです」

 その言葉に銀髪の女主人は、明らかに鼻白んだ。

「私は見世物ではないぞ」

「我々も傭兵ではありません」

 むぅ、と女性が唸る。サロウドはいっそ生き生きしているマストを横目に、表情を歪ませていた。

 やはりコイツは頭がおかしい。こんな女の元で何日も仕事して、どうしてこうも普通でいられるのか。

「良いだろう。そなたらの望み、契約しよう」

 やがて押し切られるかのように、女主人はため息交じりに頷いた。

 そして、クスリと笑む。

「やれやれだ。絵は全て囲うにしても、歌はそうもいくまい。いずれ場末の酒場で広まると思うと頭が痛いな。今宵の茶会、貴様の失敗を期待してしまいそうだ」



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