愛しき君の肖像 2
アリシア・セルマ・ノルンサーフが二日間の作戦を終え山賊退治から戻った時、マスト・ポートは行方不明となっていた。
マストの同居人であるサロウド曰く、彼の絵描きはアリシアたちが出立した夜に姿を消したとのこと。アリシアは領主への報告や捕らえた賊の引き渡しを部下に任せ、同日の内に単独で捜索を開始。しかし足跡は掴めず。やがて夜の帳も落ちて、「はては自分たちのいない間に、事件に巻き込まれたのか」と無力感に打ちのめされているところ、人喰い屋敷のテラスに明かりが灯ったと報告を受けた。
「ま、そんなわけで、おいらにそれとなしに様子を見てこいって命令が下ったわけっすよ。いや元気そうでなによりっすわ。まあおいらはあんま心配してなかったっすけどね? マスト兄ぃひょろっちぃのに図太いししぶといっすから、どうせどっかで絵でも描いてるんだろうなって思ってたっすよ。それで結局近況どうっす?」
「まったくそれとなくない気がするけど、まあいいや。いろいろあってもう一度描かせてもらえるようになったから、またここに戻っただけの話だ。そっちは? 山賊退治は被害無く終われた? 今聞いた話だと、少なくともアリシアさんは帰ってるみたいだけど」
「一人死んだっすね」
「……そうか。サロウドはどうしてる?」
「あー、なんかげっそり痩せてたっす。昨日とかマスト兄ぃみたいに陰気な顔で。でも、今朝マスト兄ぃに会いに行くって言ったらふらふら出かける準備してたっすけどね」
「そっか」
マストは一つ頷いてから、もう一度頷く。
「それならいいんだ」
そんな同居人の様子を格子の門ごしで見て、グランセンは目を細めた。
「マスト兄ぃ、なんかあったっすか?」
「何か……って、なんで?」
品のないおしゃべりな美少年は、頭を捻って考え込むと、やがて納得のいく言葉を探し出す。
「なんか、すぐ死にそうなヤツの感じがするっす」
「どういうことだよ」
傭兵の感覚が絵描きに分かるはずもない。マストを呆れるが、グランセンはいつもの軽薄な調子でへらりと笑った。
「酒を飲むと良いっすよ。大声で歌って、踊って、月に向かって乾杯すると最高っす」
「君が何を言ってるのかまったく分からない」
「嬉しいことがあったらお祝いしなきゃ」
鼻白むマストに背を向けて、グランセンは肩越しに手を振る。
「んじゃおいら帰るっすわ。用は果たしたんで。師匠にはなんとか言っておくんで、早いとこ絵、完成させとくっすよ。保って数日だと思うっすからね」
「何を理由に?」
「お茶を飲みに」
うへぇ、とマストは脱力する。
それは防げない。問答無用で問答の時間だ。
あのアリシアがそんな手段に出るなら、そうとうおかんむりなのだろう。