幕間3
「夜道は危険だ。リッツ。護衛して差し上げろ」
二人の姿がだいぶん離れてから、団員の一人にアリシアはそう指示を出した。
普段は丁寧な言葉使いのアリシアだが、元傭兵団の仲間たちにだけは、こういうぞんざいな口調になるのが常である。……べつに元団長という立場を利用して、横柄な態度をしているわけではない。それは親愛の証であり、ある種の甘えである。
アリシアにとって彼らは戦友であり、仲間であり、家族なのだ。元々この都ではよそ者の彼女にとって、外面を気にしなくていい存在は他にいない。
「了解しました」
命令を受けた小男は頷くと、去って行った二人を追いかける。彼は一人だけ皮鎧なため、誰よりも静かに動けた。闇に溶けるようにして移動する彼の存在は、護衛対象にすら気づかれることはないだろう。
「あの男は何者ですか?」
そのリッツを見送るまで待って、堅物そうな灰色の髪の青年が堪えかねたように聞いた。
「グランセンの同居人でな。わたしも二度会ったことがあるだけだ」
端的な説明だが、実際アリシアはマストのことを詳しく知らない。それに彼のような人間がこのような形で自分たちに関わるなど、予想すらしていなかった。
「なら小僧が詳しいか」
ごつい禿頭の大男がグランセンを振り向く。
注目を受けて、栗色の髪の少年はへらりと笑って見せた。
「まあ、マスト兄ぃのことはよく知ってますよ。そりゃあ同居人のことっすからね、嫌でも分かりますって。好きな食い物から苦手な虫までなんでも聞いてくれていいっす。あ、でもあんな気の強い女が好みとは知らなかったっすね。マスト兄ぃ、いつもその辺は興味なさそうで……」
「グランセン、銀髪の女性については黙っていろと言ったが、彼に漏らしていたな?」
「……あーっと、おいらちょっと腹が痛くなってきたんで、今日はそろそろ帰ってもいいっすかね?」
「セロ、メルバス」
灰色髪の青年と禿頭の大男が、グランセンを両脇からがしりと拘束する。獲物の年若い少年は情けない声をあげた。
アリシアは静かにため息を吐く。こんなのでも、戦友で、仲間で、家族である。ダメな弟分の面倒を見るのは姉貴分の役割だろう。