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フィオーレ3

 絵描きの青年は自分たちを取り囲んだ五人の正体を知っていた。

 短い金色の髪の美女がいた。

 くせのある栗色の髪の少年がいた。

 ならば彼らは、自主的に夜の見回りをして街の治安維持に貢献する、慈善の心に満ちた正義の味方に違いない。

「こんな時間までお仕事ですか? 熱心なのはいいですが、感心しませんね。マスト・ポート殿」

 他より一歩前に出て、代表するように金髪の女性が言葉を掛ける。

「ほう、知り合いか?」

 それに反応したのはシルバーブロンドの方の女性だ。つまらなそうな顔から一転、興味深そうな笑みを浮かべていた。

「知り合いです」

 マストは短く答え、迷惑そうな顔で包囲する傭兵崩れどもを睨め付けた。

「別に、夜間の外出禁止令なんて出ていないでしょう? そちらこそ、武装した複数人で一般人を取り囲む行為について、正当な道理をお聞かせ願いたいところです。アリシア・セルマ・ノルンサーフ殿」

「お答えします。我々は先日、そこにいる女性が返り血で両手を濡らしていたところを目撃しています。よって彼女を危険人物と判断し、事情の聴取を行うべきと考え動いています」

「そうっすよ。つーか、前に言ったじゃないっすかマスト兄ぃ。シルバーブロンドの髪の紅い眼をした女を追いかけたって。なにやってんすか逃げもせずに!」

 間抜けなことに、グランセンは情報漏洩を自分で言いふらしていた。おそらく後でアリシアの罰が待っているだろう。

 そんな愚かな少年をちらりとも見ず、マストはアリシアに向かって口を開いた。

「僕は彼女の指名手配書を見ていません。もし手配がされてなければ、正規の兵でもないあなた方に逮捕権があるとは思えません。慈善団体の長殿はどういう名目で彼女を捕らえるのでしょうか」

 場の空気が一気に冷えた。

 マストは事前に全て承知の上で女性と接触し、そして今は完全にアリシア一行の敵に回っているのである。この空気の変化は、元傭兵たちの意識の変化に他ならない。

 彼らはマストを守るべき一般人から、容疑者の仲間へと認識を改めたのだ。……ただ一人、グランセンを除いて。

「マスト兄ぃ……もしかして、なんかめっちゃ機嫌悪いっすか?」

「君は黙っていろ」

 苛立ちを隠さずに言い放ち、視線でアリシアへと再度問いかける。訝しげにしながらも、彼女は正直に答えた。

「確かに手配書は発行されていません。不思議なことに、あの近辺では殺傷事件の形跡が見つかりませんでした。もしかしたら、ドレス姿で家畜の血抜きをしただけなのかもしれませんね。……その辺りの事情を聞くためにも、是非我々と共に来ていただきたい。無実であるならお受けいただけると思いますが?」

「任意同行という形ですね。ならばお聞きする義務もありません。ええ、もちろん受けるかどうかはこの方が決めることでしょうが、あなた方には強制権はないということで間違いはありませんか?」

「間違いありません」

 良くも悪くも、アリシア・セルマ・ノルンサーフという女性はまっすぐな性質をしていた。嘘も、脅しも、ごまかしさえもしない。清々しいほどに誠実で正直で、周囲の者が知らぬ間に染め上げられるような清廉潔白。

「……分かりませんね。マスト殿はいったい何をそんなに怒っているのですか?」

 その彼女は傭兵たちを束ねる女傑の顔ではなく、子供のようにきょとんとした表情で、不思議そうに問いかける。

 マストは夜が物騒なことを知っていた。アリシアが見回りをしていることを知っていた。そして、そこにいる女性が危険人物かもしれないことを知っていた。

 全てを承知であるなら、マストはこの状況のどこに不条理を感じているのか。アリシアは本当に、ただ分からないという素直な視線を絵描きの青年に向ける。

 答えたのは、この場にいるもう一人の女性だった。

「まあ、己の全霊を懸けた話の最中だ。心底どうでもいいことで余計な邪魔が入れば、この者でなくとも苛立ちくらいするだろうさ」

 愉快そうにクツクツと笑う。一度その場の全員を見回し、アリシアとグランセンへ視線を向けた。

「知り合いならば注意しておけ。この者は間違いなく変人で、もしかしたら狂人だ。この世の全てがどうでもいいという類の馬鹿者よ。せいぜいきちりと見張って、引き留めてやるといい。こういう輩は一歩踏み出せば戻れないような線を、知った上であっさり越えかねんからな」

 アリシアは言われたことを吟味するように小考し、そしてどこか嬉しそうに頷いた。

「……承知しました。なるほど。マスト殿にとって、我々の行いは迷惑なだけの代物でしたか。ショックではありますが、少し痛快です」

「痛快って……というか、そういうわけでもないと思うっすけどね。マスト兄ぃは絵のことになると他が見えなくなるっすから」

 マストの同居人であるグランセンが微妙な顔で口を挟むが、誰も相手にしなかった。シルバーブロンドの女性がいっそ優雅な動作で、絵描きの青年へと向き直る。

「さて、マスト・ポートよ。荷物をまとめよ。貴様の仕事場に案内しよう」

「分かりました」

 即答し、マストは自分の荷物を手早くまとめる。量はあったが、元から外で使うことを念頭に置いた一式だ。慣れた調子で一つに縛り、背中に背負った。

「……では、我々と共には来てくれないのですね?」

 アリシアの静かな確認に、女性は笑みを深める。

「強制ではないのだろう? 残念だが、これから大事な用があるのだ」

「では、ここで二つだけ質問してもよろしいか?」

「言ってみるがいい」

 女性の鷹揚な頷きを認めてから、アリシアは口を開く。

「自分は何もやっていない、とは言わないのですね?」

「それを私が言ったとして、貴様らはその言葉を信じて疑うのをやめるのか? それは唾棄すべき怠慢だ。神への妄信と同じほどに嘆かわしい。私はそんなものを推奨せん。真実は己で確かめ、己で答えにたどり着け」

 口調は相手をからかうようであり、そして叱咤するようでもあった。アリシアは言葉の内容を真摯に受け止めたようで、ふむふむと頷く。

「では二つ目。貴女の名前を教えてもらってもよろしいですか?」

 問いに、女性は答えをすぐに返さなかった。彼女は難しそうな顔をして少し考え、それから不機嫌そうな声と表情で、その名を口にする。

「フィオーレ」

 ―――きっと、彼女はその名前が嫌いだった。

「まあ、名など記号だ。好きに呼べばいい」

 そう言うと今度こそ、フィオーレは歩き始める。絵描きの青年もそれに続いた。


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