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第08話 ナタリーメイ=ウッドヤット参上


 轟音と共に現れたのはナタリーメイ院長であった。

別の突入口から飛び出した数名の男たちは、ヨシトの元に走る。

彼らは治安担当貴族、つまり警察官である。

ナタリーメイはアレクに対して大剣を付きつけつつ、油断なくヨシトとアレクの間に入る。

そして、ヨシトを締め付けていた拘束具が外れる音を背後に聞く。

治安貴族の「人質確保」の声を確認すると、ナタリーメイはアレクに向かって言い放つ。


「観念しなさい。これ以上の争いは無意味です」

「いやはや、一体どういう事ですかね。いずれは解ると考えてはいましたが、最速の予想より半日は早い。一体どんな魔法きせきを使ったのですか」

「あなたに言っても信じないでしょう。それより、おとなしく投降しなさい」

「犯罪者に教える気は無いと……、仕方ありませんね」


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それは、彼女にとっても信じられない出来事だった。

そもそも、昨日から何となく嫌な『予感』がしていたのだ。

彼女のギフト『予感』はそれほど万能な物でもない。自分にとって不都合な事が起こる時や逆に良い事がある時に漠然と感じ、それが、自らの命の危険がある場合が最も強く感じる。しかも、必ずしも当たるとは限らない。逆に自分以外の事については、たとえ大切な存在であっても非常に弱く、彼女も若いころからこのギフトには精神的に苦労させられた。


何となく帰った方がいいとは感じていたが、さすがにそんな理由で予定をキャンセル出来ず、悶々としていた所、いきなり今日の昼過ぎに、まるで天啓のように『ヨシトが危ない』と感じたのだ。


 それからの彼女の行動は早かった。

まず、孤児院に音話機(電話機)で連絡を入れるとヨシトが買い物に出かけた事を知り、すぐに探す様に指示。その後の予定をキャンセルし、相手に簡単だが心のこもった詫び状を書き、次の連絡でヨシトが文房具屋にも行っておらず行方不明なのを知ると治安事務所(警察署)に連絡を入れる事と、職員総出で捜索するように指示し、自らは滅多に使わない権限を使って、たまたま暇にしていた『移送』ギフト持ちの男を捕まえて、すぐに首都へ帰還する。

その後、聞き込みにより、大きなカバンを抱えた男がヨシトと一緒に行動していた事をつきとめ、ルシアとタラチナの話より、その男がアレク=バーストと断定し、ルドルフ医師に連絡をとり、彼の立ち回りそうな場所を聞き、その中から自らのギフトに従い、彼が以前使っていたひなびた研究所にヨシトがいると確信を持った。ここまでわずか、4時間程しか掛かっていない。


その後、強引に治安事務所にねじ込み、『移送』ギフトの都合上、従軍経験のある屈強な男たちを4人ほど借り受け、同行したいと言うルシアを恐らく荒事になるという理由で待機させ、自ら昔取った杵柄である大剣と共に計6人で研究所に到着後、中の様子を魔術で知ると、壁を破壊して5人で三方から突入したのである。そして、冒頭に至る。


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「まだ終わってないよ、君たちを排除すれば済む事だ」

研究所内に緊張が走る。

「強がりはおやめなさい。以前のあなたならともかく、たとえあなたが勝ったとしても目的は達成できない事は理解できるはず。あなたの、その髪は染めてますね」

「……やはり、君が一番の障害だったわけだね、ウッドヤット司祭。すべてお見通しか」


「あなたの残りの人生の間に、果して望むことが得られる確率がどれほどあるかは解りませんが、今に至っては、それに期待する事が最も論理的ではないですか」

「なるほど、違いない」

彼は驚くほどあっさりと捕まった。


 人間族は老化が始まると、魔力が急激に落ち、わずか数年で死亡する。

髪を染め、手袋をして顔のしわを伸ばす魔術を使ってまで今回の事件を起こしたアレクの寿命は、後わずかだった。



 今回の一連の事件は、新聞紙面をにぎわした。

高名な医師が晩節を汚しただとか、人間族による子供の誘拐事件そのものが珍しい上に、目的が人体実験による殺害だったため、しばらくは極めて強い非難の記事がおどったが、その後の精神鑑定の結果、彼の刑事責任が問えないほどの異常性が解ると、一切報道されなくなり、表面上は事件は終息した。

事件に関わった者たちに苦悩を残して。


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 8月、ヨシトの入学を無事終えた後、今回の事件に関わった大人たち3人が孤児院の一室で落ち着いて話し合っていた。

それまでは通常業務を含めて、事件の事情聴取や新聞記者への対応、ヨシトの精神面のケアや入学延期の検討も含め、目の回るような忙しさだったからだ。


「ヨシト君に精神的な影響が少なくて、本当によかったです」

ルシアが元気なく話す。

ヨシトはさすがに2,3日は不安定な面もあったが意外なほど元気で、今は全くと言っていいほどいつもどうりであった。

そういう意味では、今回一番ショックを引きずっているのはルシアと言える。

彼女は自らのギフトへの自信が揺らいでいたのだ。

当たり前と言えば当たり前かもしれない。異例の速さでシスターになったとはいえ、彼女はまだ20代そこそこの、うら若き乙女である。ちなみに、タラチナは100歳前、ナタリーメイは233歳である。残り二人も人間族の中では十分若い。


「元気をだして、ルシア。あなたは何も悪くない」

タラチナの慰めの言葉に首を横に振るルシア。

「あなたが居なければ私はあの男の言うとおり、検査を受けさせてた。そうしたら、院長先生は間に合わず、最悪の結果になっていた」

「そんなことを言うなら私も同じ。あの男を警戒していたのにヨシト君を一人で出かけさせたのは大きなミス」


「二人ともおやめなさい。今回の事を反省する事を止めるつもりはありませんが、必要以上に卑下する必要はありません」

「今回の事を教訓とするために、より厳しく自らの責めたい気分です」

「あなたは、より経験のある者の意見に従ったのです。それが間違っていたとは、…いいえ違いますね。シスタールシア、あなたはまだ若い。そのあなたが500歳を超える人間族を相手にするのは確かに難しい。今回は色々と運が良かったのです。そもそも高齢の人間族は多くが怪物です。彼が老化で能力が落ちていなければ、そもそも、我々三人は此処に無事こうしていないでしょう」


「院長先生がいれば大丈夫な気がする」とタラチナ。

うなづくルシア。

「なるほど、確かにあなたたちは現状を認識出来ていませんね。いいでしょう、報告も兼ねて話しておきます。ただし、今から言う事は他言無用です。よろしいですか」

二人がうなづくのを確認した後、ナタリーメイは卓上にある紅茶を一口飲むと、ゆっくりと話し出した。


「まず、タラチナの言うヨシト君が一人の時さらわれたのは逆に運が良かった。彼はあの時、宿屋をチェックアウトし、此処に向かっていたのですよ。彼が持っていたカバンは子供一人を入れても余裕があり当然、重力軽減魔術陣付き、中には数種類の武器や麻痺弾、隷属の首輪等まるで戦場に向かうような装備が詰め込まれていました。おそらく子供たちを含め大きな被害が出ていたでしょう」

二人は絶句する。


「さらに彼は狂っていました。自らの目的の実行の為には、そうする必要があったのでしょう。そうでなければ、タラチナの能力を知る彼が、あなたに言質ををとられるようなミスを犯すとも思えません。ルシア、あなたの能力が通用しなかったのは当たり前です。彼には一片の後ろ暗い感情はなかった。ヨシト君を解剖することこそ彼にとって正義であり社会に対する責任だったのです」


「そんな」

「いいですか、彼は研究者です。女神の加護は魔力や体力だけでなく、思考力の底上げもします。もし無くなってしまえば研究に支障が出ます。逆に理知的である者には加護は損なわれないとされるのです。覚えておきなさいルシア、彼の様なタイプの人間は理性を持ったまま論理的に発狂するのです」

二人は、怪物の意味をいやおうなく理解した。


「さらに言うと、救出時に彼の魔力が万全だったなら、少なくても数名の犠牲を覚悟する必要がありました。なにせ、相手の本拠地です。こちらの魔力展開に気づかないほどヨシト君が相手の注意を引きつけてくれていたからこその結果です。なにか、聞きたい事はありますか」


タラチナが質問する。

「院長先生は20年以上の傭兵経験があるはず。それでも勝てない?」

「えっ、嘘…な訳ないわよね。すごく以外です、院長は武闘派だったんだ」

「昔の話よ、それに主に開拓者の警護任務よ」と笑うナタリーメイ。


「二人に知ってほしいのは彼が戦争時代を生き抜いた強者つわものだという事よ。人をいかに殺すかにかけては、とてもかないません」

二人は、本当の意味で今回は運が良かったのだと実感した。


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二人が仕事に戻った後、一人残ったナタリーメイは考える。

(私のギフトについての問題は、本当に幸運で片付けていいのかどうか)


不思議な体験だった。まるで、幸運の大安売りみたいな展開だった。

特にヨシトの居る場所を特定する時には、自分以外の大いなる意志の存在を感じた。

(幸せな体験だった。ヨシト君には悪いけど)

彼女は生まれて最も強く、選んだ職業とギフトに誇りを持った。



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