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第07話 ヨシトは災難に遭う


「お腹がすいた、それに寒い。なんで、はだかなの」

目が覚めるとヨシトは、手術台のようなベットに拘束具でくくりつけられていた。

始めは混乱したがすぐに理解した。

つまり、悪い予感が当たったのだ。


 しばらく考えて、とりあえず拘束具を外すことにする。

渾身の力を込めるがダメだ、外れない。それに、体の調子が少し悪い気がする。

それでもあきらめず、何とか抜け出そうとする。

どう考えても、悪い予想しか思い浮かばない。

はっきり言って、命の危機である。


どんな理由かは知らないが、子供の誘拐は極めて罪が重い。

そして、自分は孤児で、マリアネア第二孤児院にもお金が無い。

しかも、昨日の今日で犯行に及ぶという割には妙に計画的というか、そもそも罰を恐れていないという感じだ。

なんと言うかおかしい。

ここに来るまでにいろんな人に見られているのに、これだけの事をするのだから捕まる覚悟もあるかもしれない。


 そんな事を考えていると、扉を開けて実験機材を抱えたアレクが入ってきた。

「おや、もう目が覚めたのかい。本当に君は規格外だね」

「先生、何でこんな事をするのですか。外してください」

「君は強化人間だからね、年寄りが相手するのは大変なんだよ」

その言葉に、ヨシトはあっけにとられる。そしてなんとなく彼の目的を推察する。


「何をするつもりですか。僕はそんなんじゃないです。孤児院に返してください」

「とりあえず、検査をするよ。時間が無いから手早くやらないと。それと、君は強化人間か、少なくてもそれに類する何かだよ。怖がらなくても、すべて終わったら帰れるよ」


「僕には解りません。お母さんに聞いてください。お母さんを知ってると言うのは嘘だったんですか」

「もちろん嘘だよ。君の母親ほど優秀ならば、心に留め置かないはずがない。なにせ、私の理想を実現した人物だからね」


「全部嘘だったんですね、母さんの事や写真の事も、今日偶然あったのも、待ち伏せしていて夕方にまでに返す気もなかったんだ」

「その通りと言いたいが、待ち伏せはしていないよ。孤児院に向かう私と君が、たまたま出会ったんだ。おかげで無関係な者に被害を出さずに済んだ。まさしく、神の思し召しだろう」


なんだか、まともじゃない。黙々と検査器具を点検する姿に戦慄を覚える。

このままズルズルいくとまずそうなので、少しでも先生の興味を惹けないかと話しかけてみる。


「先生は何が知りたいんですか」

「君の体に起こったすべての事だね」

「それなら、僕を調べるよりお母さんを探してください。僕からお母さんに教えるようにお願いしますから」

「間に合わないよ」

「今日の事は誰にも言いませんから。それでお母さんを見付けたら先生に連絡しますから」


「ヨシト君はいい子だね。でも、それは聞けないんだ。もう私には……、いや、言っても仕方ない事だね。ただ、君にもっと早く会っていれば違う選択肢もあっただろう」

「先生、今何時ですか、今帰れば夕食に間に合いますか。お腹もすきましたので返してください」

「今は夕方の5時すぎだよ。お腹については検査するからダメだよ。最後にたっぷり食べさせてあげたいが時間が無いので我慢してくれ」


つまり、生きて返す気はないのだろう。

何となく予想はしていた。

人間に魔術改造を行った場合、その内容を知る最も有効的な方法は、生きたまま解剖して魔力体について調べ、記録を取った後に組織サンプルを取って魔力紋を記録し、術式を推察する事だ。動物実験でよく用いられたり、過去には魔獣を解剖して固有の魔法を知ろうとした事があるらしい。


 どうしようかと考える。魔術の知識はあっても、神託を受けるまで『かせ』が掛かっているからうまく使えない、それでなくても圧倒的な経験の差があるのだ。つまり、体力勝負に持ち込むしかない。

相手は自分の体が目的なのだから、魔術攻撃は出来ないだろう。少しでも時間を稼ぐため逃げ回ろう。

そのためにも何とか拘束具をはずさなくてはならない。


「先生、トイレに行きたいです」

「我慢出来ないならそこでしなさい」

「大きい方ですよ」

「一向にかまわんよ」

本当にしてやろうかと考えたが、最後の手段に取っておくとした。


 その後も色々試みるも成果は得られず、着々と準備が進み、ついに完了した様子だ。

(イチかバチか魔術を使うか、いっそ脱糞するか)

そこまで追い詰められていたが、唐突に

『そこまでしなくても、このままもう少し時間を稼げば大丈夫』な気がしてきた。

それからのことは、はっきりとは覚えていない。

まるで、自分に何かが乗り移ったように。


「検査の前にあなたの研究の事が知りたいです。何でこんな事をするのかも、それを知れば解るかもしれません」

「なるほど、時間稼ぎの方法としては最良だな。時間は惜しいが、確かに君にはそれを知る権利があるだろう」

「始めから教えてください。あなたの研究について」

「よかろう、あれは遥か昔、私が20歳くらいのことだ……」

彼は、何かに取りつかれたように語り始めた。


 若かりし頃、長年続いていた獣人たちとの戦争は、何とか下火になってきたが、世に満ちた負の感情に触発されるかのように、魔力災害や魔物の被害が多発する時期があった。

特に怖いのがホットスポットと呼ばれる火山のように地中から高温高圧の魔素が噴き出す災害で、周辺には強力な魔物が沸き、都市の近くに発生すると、都市そのものが失われる事もあった。

彼の故郷もそれに巻き込まれ、壊滅の危機にあった。

当初は魔物の討伐にあたっていた人々を『治癒』のギフトを使って助けていた彼だが、次第に高濃度の魔素汚染が広がり、魔力の弱い人間は魔素酔いをおこし、故郷を放棄せざるを得なくなった。


「私は考えたものだよ、人間とは、かくも弱きものかと」

「それが、強化人間を造ろうとした理由ですか」

「話は最後まで聞きたまえ。それがすべてのきっかけだったが、故郷を取り戻すためなんて理由とは、もちろん違う。その時は確かに悲しかったが、君は知っているかい。規模にもよるが50年もすれば災害は終息する。何もしなくても100年以内には人が住めるようになる。人間族の寿命からすれば、大した事でもない。今思えば、若気のいたりというやつだね」

それを理由に説得しようと考えていたので、彼の話の続きを聞くことにした。

そして、続けて語られる、真の目的を知り、あっけにとられた。


 その後、彼はホットスポットについて研究するようになる。そして、ある日考え方が180度変わった。

「ホットスポットは、極めて魅力的な場所でもある」と言う事に気が付いたからだ。

自然界にある天然魔素の量は尽きる事は無いとされているが、欠点として術者が魔術を行使するに当たり、一日当りの使用量に制限がかかっている。それは魔術機械や魔術陣、ギフトに付いても言える事である。魔術の場合、その地域で使われた天然魔素の量が一定ラインを越えると効率が加速度的に悪くなる。つまり、魔術自体が発動しない。

 更に、魔素自体に思考性があるため、同じ条件で魔術使用を行っても術者が違うと同じ結果が得られない。天然魔素の中でも自由魔素と呼ばれる物質と結合していない魔素を使った機械や魔術陣を用いる場合はその制限がほとんどあてはまらないとされるが、自由魔素のみを集める事は難しい。それに対して、ホットスポットから湧き出る魔素は自由魔素と同じくらいに制限が緩い上に簡単に集められる。実際に、都市で使っている調理器具やボイラーに使われる魔素の由来は比較的安定したホットスポットからの物である。


 つまり、地中より吹き出る高濃度の魔素は、品質も均一で制限もほとんど無いという優れた特長があった。これは、平均的な人間族はともかく、魔術行使の苦手な一部の人間族や多くの獣人族には欠かせない。


「私は人工的にホットスポットを作り出し、その管理に強化人間を充てようするために研究を続けて来たのだ。戦争の為になどナンセンスだ。そんな事をしなくても人間族は負けんよ。魔物の恐怖など、有り余るエネルギーで一掃すればいい。---そうだ、無尽蔵のエネルギー供給基地、それに伴う大量生産、大量消費による産業革命。素晴らしいじゃないか」

興奮してしゃべる男とは対称的にそれを聞かされる者の心は冷えていった。


「あなたは、サルトス王の悲劇を知っていてそんな事を考えているのですか」


もちろん、過去にも似たような事を考えた人物がいた。それが虎人王サルトスという男であり、戦争目的で1000m級の井戸を三本ほど掘ったところで、結果的に国を滅ぼした愚王。今から800年ほど昔の事実である。


「当時とは技術が違うよ。噴出穴には蓋をして、必要以上に環境に漏らす事は無い」

「たとえそれが成功しても、ホットスポットを中心に魔素ラインが走り一帯は、汚染されます。当然あなたは知っていますね」

「君は、博識だね。それこそ私が強化人間を必要とする理由だよ」


「恐ろしい考えだと思います。最悪、地上に大規模な魔力災害が起きて、たくさんの生物が死にます。わたしは、魔物はルミネシアの意志だと考えてます。この星を傷つける行為は、必ず自分に帰ってきます。それに、決定的に相容れないのは、この世のことわりに反している事です。天然魔素の使用制限量は人間には過ぎた物です。人間は十分に繁栄していますし、使用量にはまだまだ余裕があります。個人が努力すれば全人口が今の100倍になっても平気なぐらいに」

「それが君の…、いや、君の母親の意見かね。聡明な人物だと思っていたのに、実に残念だよ。まさか教会の馬鹿どもと同じ意見とはね」


それから、アレクは取りつかれたように教会指導者たちについての罵詈雑言をつぶやき続けた。

さすがに嫌な気分になって、アレクに言った。

「そんなに文句があるなら、直接言ったらいいじゃないですか」

「そうだね、君を解剖した後、その機会もあるだろう。さあ、まずは検査を始めようか」


「その必要はありません」

その声と同時に三方の壁が魔術によって崩された。



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