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第06話 ヨシトは写真に興味を持つ


7月26日

午前中に院長の代わりに畑仕事を済ませたヨシトはお昼すぎに、初めてのお使いならぬ、初めての買い物に来ていた。普段の外出時は獣人の職員が付き添っているが、今日は子供の一人が怪我をしてしまい、院長の不在もあり忙しかったからだ。


 獣人職員のエマニエルさんに断りを入れて、商業区にある文房具屋さんに出かける。およそ30分ほどの道のりだ。


 今日の目的は筆記用具、特にノートの買い出しだ。

孤児であるヨシトには10万ギル(およそ10万円)が入学準備金として支給される。その中から2000ギル紙幣を持って自分の好きなノートや色鉛筆を買いに行くのである。それは学校で使うためでなく、前世の記憶で興味深い物を書き留めておくための物で、題して[ヨシトの空想ノート]と名づけようと考えている。


(秘密のノートなんて、何となく大人になった気分だ)

そんな事を考えている時点で大人ではない。

この世界でノートの品質はピンキリで安い物は一冊100ギル程であるが、大事な事を書くので少々奮発して150ギルのノートを10冊程度買おうと考えている。

そして、前世の夢の事は誰にも言っていない。

なんとなく、目立つとろくな事が無いと考えてるからだ。

何より変な奴だと思われたくはない。


そんな時、見知った顔に出会ったのだった。


「あっ、アレク先生だ。こんにちは」

「おや、ヨシトくんかい。偶然だね」

大きなカバンを抱えたアレク医師に挨拶を済ませると文房具屋に再び向かおうとする。

「ちょっと待ってヨシトくん。少し話があるんだ。これも、神様の思し召しだろう」


 ヨシトは少し迷ったがすぐ近くに公園の休憩スペースがあったので、そこで話を聞くことにした。

これは昨日初めて会った時、さりげなく両親の事を尋ねるアレクのことを警戒したヨシトだったが、しばらく話すと特に母親の事をすごく褒めてくれる彼の事に好意を持ったからだ。「すぐれた科学者だ」とか「子供の為に知識を詰め込んだのだろう」とか言われると、それまで誰一人として自分を捨てた両親をよく思ってない大人たちしかいなかったので、すっかり気を許してしまったのだ。


「ヨシト君は両親の顔を覚えていないけど、写真を見たら思い出すかな」

「わかりません。でも解るかもしれません。先生はお父さんお母さんの事を知っているのですか」

ヨシトは驚いた。昨日はそんな話が一切なかったからだ。

「あれからいろいろ考えてみると、はっきりした事は言えないが、何人か思い当たる者がいる事も事実だ」


「先生、見たい。写真、見たいです。」

「見せてあげたいが、研究所の物置の中にしまってあってね。数も多いし此処から遠いので子供の君に来てもらうわけにはいかないしね。わたしも、ニ、三日後にはここを離れるのですぐには無理だよ」


ヨシトはすごく落ち込んだが、次のアレクの一言に目を輝かせた。

「ヨシト君は移送魔術を知っているかい。私は二人ぐらいなら運べる腕は持っていてね。それなら夕方までには帰ってくる事も出来るだろうが……、いや、忘れてくれ、さすがに二人っきりはまずいだろう。君の保護者達が許すとは思えない。どうやら私は彼女たちには嫌われているみたいだからね」


 ヨシトもその事は感じていた。このまま孤児院に帰ってお願いしても、多分無理だろう。

普通ならあきらめる所だがヨシトは写真が見たかった。叶うのならもう一度両親の顔が見たかったのだ。知らない人には付いていっちゃいけないけど、先生は知らない人じゃないし内緒でこっそり行って帰ってくれば、ばれない。


「ぼく、行きたいです。今日はみんな忙しいから、夕方までに帰ってくれば、誰にも迷惑がかかりません」

「私は構わないが、本当にいいのかい」

「はい」

悪い予感はあえて無視した。


 非常時以外の移送魔術は都市内では禁止な上に記録も残るので二人して街の外に出る。

この都市の大門は東西南北に4か所と通用門はそれぞれの中間に2か所づつ、計8か所あり大門は夜7時で閉まるが、通用門は24時間開いており魔獣の襲撃でもない限り閉まらない。また通常、門番のチェックもないため、誰にもとがめられず街を離れる。もっとも誰かの目にとまったとしても、男のひときわ大きなカバンを見て、親子連れが近くの飛空場にでも出かけると思うだろう。

 人目を避けるようにして二人は歩いて5分ぐらいの灌木が茂る場所に着いた。

ヨシトの悪い予感は、相変わらず続いていたが、同時に初めて体験する移送魔術にワクワクする気分もあった。


 移送魔術は自然界に存在する物質と魔素結合していない自由魔素を使って物体を覆い二点間を音も少なく弾丸のように移送するこの世で最速の移動手段である。非常に多くの魔素を使う上に制御が極めて難しいため、通常は特殊な二点間魔術陣を使用する。都市間をつなぐ専用移送場があるが、一日の移動回数に制限があるため、主たる移動手段とはなり得ない。そんな訳で個人レベルでは最も需要のある魔術で当然レア魔術であり、ギフトでこれを持っている人は一生食いっぱぐれが無いと言われている。

 最高速度は術者の能力によるが秒速100kmにも達し、一度の移動距離も1000kmに達する。移動中の内部は完全に外界から切り離された状態になるため真っ暗で無重力であり飛行中に術が破られても慣性力の影響も受けない。

閑話休題。


「先生、帰りの時の為のマーキングはしないのですか」

「君は、本当に魔術の事に詳しいね。だが必要ないよ」

それはすごい。ギフトでないなら初めてきた場所にマーキング無しで帰還することはかなり難しい。

制御を誤ると空の上や最悪水の中に出る場合があるからだ。固体は通過できないので石の中に出る事は無いが。

つまり先生は相当の移送魔術の使い手だ。


 いよいよ、魔術を行使を行う時、ヨシトは大丈夫かなと思った。

自分はまだ子供で魔術は使えないが、アレクが術を行使するのに時間がかかり、展開速度に少々不安を覚えたからだ。

(行きは良いとしても、帰りは大丈夫かな)

しかし、乗りかかった船だ。最悪帰ってこれなくても、音話機(電話機)で連絡すればいいと思う事にした。


次の瞬間、移送魔術が発動し数秒の無重力体験の後、目の前にアレク医師の研究所が現れた。


第一印象はずいぶん古ぼけた、魔物屋敷みたいな草ぼうぼうの建物だった。

周りには人の気配どころか、建物すら無く、ずいぶん人里離れた場所にある気がする。

(でも、研究所なら当たり前かも。それよりも写真)

せっつくようにして、建物の中に入った。


 狭い部屋に通されると、アレクは簡易冷蔵庫の中からジュースを出して

「今から、写真を取ってくるよ。しばらくかかるからおとなしく待ってなさい」

と言われたので、はやる気持ちを抑えて、ジュースを飲みながら待つことにした。


アレクはなかなか戻ってこなかった。


30分ほど待っていたが、いつの間にかヨシトは眠ってしまった。

もちろん、本人の意思とは関係ない理由で。



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