表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/69

第61話 ヨシトとラ―ガスと新任教官


 ラ―ガス教授が来てから3日間が過ぎ、今日も特筆すべき事も無く軍務実習を終え、4人の学生達と一人の教官はミルルク村にある仮設医院に帰ってきた。

その医院の中では、今日で学院に帰ってしまうラ―ガスに、それぞれがお別れの挨拶をしていた。

この後奨学生達3人が、実習終了後に学院で彼と会う事は恐らく無いだろう。


まずは、アスラン=ロミーゲが口火を切り別れの言葉を告げる。

「ラ―ガス教官、俺達の危機を救ってくださり、本当にありがとうございました」

ルイス=セスナスも一歩前に出て、握手を求める。

「私は、色々と勉強になりました。何より、多くの魔物の毒のサンプルが手に入ったのが良かったです」

最後に、タルザ=ポポスが軽い口調で話しかける。

「俺も、いい経験になったです。でも、結局一匹も魔物退治できなかったのが、残念っちゃ残念だけど」

ラ―ガス教授は奨学生達と次々と握手を交わし、別れを惜しむ。

もちろん、教官としてここでの最後の仕事となる注意事項の伝達も忘れない。


「諸君、明日は一日休みとなる。だが、あくまでも実習期間中だと言う事を忘れないように。…まあ、村内であれば、多少はめをはずしていい。教官もいない事だしな。ただ、問題が起これば、諸君の評価に直結する事だけは忘れないように」

「「「はい!」」」

ラ―ガスは、ヨシトに向き直る。


「それじゃあ、ウッドヤット君。学院までお願いするよ」

「はい、了解しました。それと先輩方、俺はこのまま教官を送って明日の夜に、新しい教官と一緒に帰ってきます。…だから、二日酔いは駄目ですよ」

小さな笑い声が起こり、タルザは反論する。


「ヨシト! お前、俺っちの顔だけ見て話すんじゃねえよ」

「えーっと、ばれました?」

小さな笑い声は大きい物にかわる。

それがおさまると、アスランがラ―ガスに質問する。


「ラ―ガス教授、次の担当教官は決まっているのですか?」

「いいや、3日前にはまだ決まって無かったよ。まあ、心配しなくていい。誰もいなければ、学院長が来てくださるそうだ」

「げっ、それは緊張する。大丈夫なのかよ」

タルザが思わず叫ぶと、ルイスも首を縦に振っている。

「こら、失礼だぞ」

アスランの言葉に舌を出すタルザ。

とは言え、確かに学院長が教官になるのは色々と不安がある。


「まあ、そんな事は無いと思う。学院長が手を上げる前に、他の教授が立候補するさ。それに、新しく講師を募集すると聞いている。近々、その人が担当教官になるかも知れんね」

ラ―ガスの言葉を聞き、ヨシトは思う。

どんな人でも、ミルトル講師よりはましだろうと。

例え能力ゼロでも、マイナスではないのだから。



医院を出て、二人は村の道を外へ向かい歩いて行く。

時間は、夕方5時半を過ぎた辺りであろうか。

ヨシトは、横に並んでいるラ―ガスに話しかける。


「ラ―ガス教授、俺の移送スキルでは直接ネオジャンヌには辿り着けません。何処かに一旦降りる必要がありますが、何処か希望はありますか?」

「いや、君に任せるよ。…実は、早く帰って休みたい。久しぶりの軍務実習は、さすがに疲れたよ」

彼には、結構な負担をかけてしまったようだ。

だが、奨学生の事を優先していたので多少迷惑をかける事は覚悟していたヨシトは、謝らずに御礼を言う。


「ありがとうございました教授。急に来ていただいた事で、相当予定を変更されたはずですよね。本当に心から感謝しています」

ラ―ガスは優しげな瞳で語り出す。

「なあ、ウッドヤット君。君は、教授推薦を断ったそうだね。本来は、私が聞く筋ではないが、理由を聞かせてもらっていいかね?」

一旦間を置き、歩きながらヨシトは話し出す。


「俺が医術の勉強を始めたのは、自分自身の体に何が起こっているかを知る為でした。医師に対する憧れや崇高な目的などではありません。教授ももうご存じでしょうが、俺は8歳以前の生活の記憶を失っています。でも、それ以外の記憶、例えば医術の知識は残っていました。それは、医術系大学の教科書知識程度の物でした。だから、もう少し医術について詳しく知れば、俺の問題が解決するかと思って医術関係の勉強を始めたんです。だから医師になるには、動機が利己的だと思います」


「ウッドヤット君、始めはそのような物だよ。私の場合も、母親が医師だったから何となくこの道に進んだに過ぎない。だが、今はそれで良かったと思っている。今回の実習で思い知らされたが、私は現場タイプではない様だ。それにね、立場が人を作る事も多い。確かなのは一級回復師より、医師の方が選択の幅が広がるだろう?」

ヨシトは苦笑気味にその意見に反論する。


「確かにその通りなんでしょうけど、教授推薦がなくても医師にはなれます。もちろん国家試験でなく、一級回復師の10年実務経験と医師の推薦が必要ですから回り道になるでしょうけど、それは別にいいんです。ただ、いずれの場合ももれなく半年間の講師研修が付いてきます。俺の場合、何よりそれが嫌なんです。研究はともかく、俺に講師は務まりませんよ」

少し驚いたような表情で、ラ―ガスは意見を述べる。

「自己に対する見方は、他者からの物とは違うのだな。私が一番君を評価しているのは、医師に必要とされる能力の内の教師としての部分なんだがな。あくまでも私の所見だがね、君は全ての人種に対して偏見が無いように思える。それは恐らく、君の境遇に関係しているのだろうが、これは得難い資質だよ。今回のミルトル君の件でもいかにそれが重要かは、君なら言わずとも解るだろう」


それはそうかもしれない。

歴史的背景もあり、人間族は獣人に対する偏見が強いのだから。

だが、今まで彼が見て来たほとんどの医師達には、そんな様子は無かった。

ヨシトは質問を返す。


「ラ―ガス教授は、ミルトル講師が特別では無いと考えているんですか?」

「ある意味そうと言えるが、そうでないとも言える。それは多くの医師達が自制しているからだよ。理想と自らの抱える偏見との間に苦しんでいると言える。…なあ、ウッドヤット君。私は思うのだが、自分以外の他人を理解するのは大変だ。種族が違えば、より理解に苦しむ事柄もある。恐らくそれは個人個人を見極めるより、レッテルを張って画一化した方が楽だという理由からだろう。そして多くの人が、それが理屈では良く無い事だと解っていても、他者に対してその労力を使う事を惜しむ。自らの判断に対する責任を取りたくないだけかもしれない。人の気持ちより、自分のプライドを優先しているのかもしれない。つまりこうだ。理解できない物は怖い、めんどくさい、自分が傷付きたくない、高みに立ち、相手を貶める事で心の安定を得る。それが、人の本能かも知れんね。せっかく優れた頭脳を持っているのに、本性を捨てられないのは残念な事だよ」

苦々しげに話す言葉を聞きつつ、ヨシトは思う。


つまりラ―ガスは、そんな本性を制御できない奴は獣と変わらない、だが、それほど簡単でもないと言いたいのだろう。

人は、自分だけでは生きていけないのに悲しい事だと彼も思う。

その考えには異論が無かったのでヨシトは黙って教授の横を歩いて行った。


しばらくして村の外に着くとヨシトは話し出す。

「教授、俺は医師にならないと決めた訳ではありません。ただ、今は人を教える立場ではないと思っています。だけど将来的には考えは変わるかもしれません。その時は、相談に乗っていただけますか?」

「ああ、いつでも来たまえ」


学院を卒業しても人間関係まで終わる訳ではないのだ。

ヨシトの提案は、まだ見ぬ未来の可能性を想像させた。

ならば、今は十分だろうとラ―ガスは思った。


そうして、二人は学び舎に帰っていく。

ラ―ガスは日常業務へ。

ヨシトは、新たなる出会いを求めて。


―――――――――――――――――――――――――


二人が、マキシム医術専門院の学院長室に辿り着くと、ラオス学院長からラ―ガス教授にねぎらいの言葉があり、彼は「当然の事をしたまでです」と答える。

その後、少し表情を崩したラ―ガスは、

「でも、疲れましたよ。やはり、現場は過酷ですね」

と正直な感想を言った。


「まあ、今日はゆっくり休みたまえ。ウッドヤット君も、今夜は自宅で休みたまえ」

二人が承諾の返事を返すと、次にラオス学院長は、軍務実習の後任の担当教官が決まった事を彼らに報告する。

「学院長、俺の無理な要望に早速応えていただき、ありがとうございます。それで、後任の方はどのような人物なのでしょうか?」

ヨシトの質問に、ラオスは少し表情を崩しながらこたえる。


「かつて、この学院で講師をしておられた方で、名をブロイア=シンクと言う。既に引退され、老後を楽しんでおられる所を、無理を言って臨時教官として来てもらう事になった。以前は、傭兵として名の知られた獅子人の女性だよ。ウッドヤット君、明日の夕方4時頃に此処に来てくれたまえ」

「はい、了解しました」


「ラ―ガス君は、明日の昼に、彼を君の研究室に向かわせるので引き継ぎを済ませておくように。問題無いかね?」

「はい。しかしブロイア=シンク講師は、確か100歳を超えられていたはずですね。残り30日も無いとは言え、大丈夫でしょうか?」

その疑問に、愉快そうな顔で答えるラオス学院長。


「昨日、久しぶりに顔を見たがね。まあ、何の心配もいらない。あと50年くらいは大丈夫そうに見えたよ」

「…なるほど、相変わらずと言う訳ですか」

二人のやり取りに、少し不安を覚えるヨシト。

年の事もそうだが何となく思うに、少し癖のある人物らしい。


「それでは、二人とも御苦労さま。もう帰りたまえ」

その言葉に、ヨシトとラ―ガスは学院長室を後にした。



ヨシトは、ラ―ガスと分かれると自室のあるマリアネア第二孤児院に帰るため、大型魔動車の停車場に向かい歩いていく。

時計を確認すると、今は夜7時前だ。

見慣れた街並みを眺めながら、彼の気持ちはしみじみとした物になる。


(やっぱり、もうこの街が俺の故郷なんだな。しかし、孤児院に帰るとして院長先生達にはどこまで話そうか?)

本来は全て話すべきだが、自分が酒場に行っていた事まで言うのはまずい。

少し反省した彼は、成人するまで酒は飲まない事に決めた。



孤児院に帰りつくと、まずナタリーメイに会いに行くヨシト。

彼女は、少し驚いた顔でヨシトを迎えると、いつもの院長室のソファーに腰掛け彼の話を聞く。

事情を聞き終わると、深刻そうな表情で感想を述べる。


「危ない所でしたね。あなたが優れた能力を持っていなければ、その教官の罠にはまっていた事でしょう。そして、思考念波魔術の使い手で無ければ、彼がその場で捕まる事も無く、更に問題が起こる可能性は高かったでしょう。本当に、人の悪意は恐ろしい物です」

彼は、わざと明るい口調で自らの保護者に話す。

「でも、そのおかげで軍務実習中にも関わらず、ここに帰ってこれた訳ですから、悪い事ばかりじゃ無かったですよ」

ナタリーメイ院長は、重々しくヨシトに話す。


「本来は、あなたの保護者としてマキシム医術専門院に対して正式に抗議すべきです。ヨシト君はどう思いますか?」

ヨシトは即答する。

「正式な謝罪を学院長からいただきましたし、ミルトル講師も即日懲戒解雇になりました。訴訟も起こすつもりもありませんし、具体的な被害もほとんどありません。ですから必要無いと思います」

それに同意すると、優しく彼を見つめるナタリーメイ。


「あなたが変わらずいてくれて、私は嬉しく思います。そのような愚か者を、本来、相手にする必要は無いのです。ただ、襲ってくる魔は振り払わなければなりません。ヨシト君、あなたはそのまま真っ直ぐに生きなさい」

「はい、院長先生」

その返事に、ナタリーメイは満足そうに頷いた。



それからヨシトは自室に戻り、相変わらずの日課をこなす。

ナタリーメイの言葉は、彼に更なる元気を与えたのだ。

就寝までの間も努力しつづけ、ようやく彼は日課を済ませ、ベットの中に潜り込む。

そして、新たな出会いについて思い描く。


(ブロイア=シンクさんはどんな人なのか。期待半分、不安半分だな)

彼は、どうせならいい人に出会えるようにと、女神様にお祈りする。

それを最後に済ませると、彼は眠りについた。


―――――――――――――――――――――――――


次の日の夕方、ヨシトはこの場所、ミルルク村にある仮設医院に予定通り戻って来ていた。

彼の横には新しい教官がいて、奨学生3人に向けて着任の挨拶をしていた。

獅子人の女性のしわがれた声が静かに室内に響く。


「ブロイア=シンクだよ、それにしてもみんな若いねぇ」

奨学生達は呆気にとられ、ヨシトは顔を伏せる。

彼らの顔は、雄弁に心の中を表す。

『どうしてこうなった! 説明しろヨシト!』


彼女はどう見ても100歳超えで、小柄で、しかも杖を付いている。

一言でいえば、『よぼよぼ婆さん』である。

これでは、満足に行軍も出来ないだろう。

(予想外の事態だったんだよ。だって仕方無いじゃないか。変わりはいないんだもの!)

彼は学院からここまで、シンク教官を背負ってきたのだ。

現状は言われなくても理解していた。


ヨシトの予想は、ある意味当たった。

確かに、少し癖のある人物だ。

予想とは90度ほど違うが。


「ああ、しんどいね。椅子に座らせてもらうよ。…どっこいしょ」

気を取り直したのかアスラン=ロミーゲが挨拶する。

「シンク教官、これから実習終了までよろしくお願いします」

我に返ったタルザ=ポポスとルイス=セスナスが続けて挨拶する。

それを聞いたシンク教官は、年輪が刻み込まれた顔で笑う。


「かた苦っしいのは抜きだよ。私はもう教官は引退した身さ。まあ、今回は特別なんだよ。だから、教官はやめておくれでないかい」

そう言って笑うしわくちゃな顔は、梅干しを連想させる。

何と言うか、いきなり老人介護施設に迷い込んだ感じだ。

ルイスは覚悟を決めたのか、にこやかに応対する。


「それではシンクさん、私達は明日から何をするんでしょうか?」

「まあ、明日はともかく、ちょっと肩をもんでくれないかい。そうだね、順番に頼むよ」

老人介護施設が、いきなりリハビリ施設に変わった。

だがこれは、回復師としての本業でもある。

これは地球の物とは違い、魔術を使った物で、効果は段違いである。

奨学生達は、文句一つ言わずマッサージを行う。

そうして、いくらかつて熟練の傭兵と言っても、長く現場を離れていると彼女の肉体強度は素人とそう大差ない事を学生達は理解してしまい、更に不安となる。


その証拠に、ヨシトがマッサージに参加しようとすると、すまなそうな様子でシンクは話す。

「お兄ちゃんは魔力があり過ぎるみたいだから、私の体には毒かもしれないねぇ。普通のマッサージなら大丈夫とは思うけど遠慮しとくよ。そのかわり、明日からおぶって移動してくれないかい?」

最も合理的な選択に、彼にも異存はない。

そのままマッサージが終わると、シンクは感想を言う。


「ああー、いい気持ちだった。なかなかどうして良い腕だね。これから毎日頼むよ」

この段階に至っては、全員の覚悟が決まったようだ。

全員が、嫌な顔をせずに明るく返事をする。

彼女はそれを聞くと、ポケットから小袋を取り出す。


「良い子たちだね。おいで、お菓子をあげるよ」

(完全に好々こうこうやじゃないか、女性だけど。えーと? この年になると性別など重要でないから間違いじゃないのか? そもそも、好々婆と言う言葉など無いから仕方がないとも言えるが)

ヨシトが少し失礼な事を考えている間に、先輩方はすっかりとシンク婆さんになじんでいるようだ。


何だかほっこりとした空気に包まれて、時間は過ぎて行く。

ちなみにシンク教官は、宿屋に泊らず、医院のルイスの部屋で一緒に生活すると言う。

やはり、女性は女性だなとヨシトはさっきの考えを改めた。


こうして、かなりの不安を抱えつつも、軍務実習は続くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ