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第58話 明日からがんばるヨシト


 軍務実習は、ある意味まだ始まっていなかった。

何せヨシト達は、魔物と戦うどころか軍事行動さえさせて貰えないのだから。

本来遊撃タイプに参加しているはずなのに、ミルルクという名前の大きな開拓村を拠点にして、そこから一歩も出ない現状なら、単なる出張派遣と変わらない。

魔物による攻撃などほとんど心配無いし、村の見張りだとかは軍人や傭兵達がやってくれるし、村の人達は色々と気を使ってくれるしで、これを軍務実習と呼ぶ訳にはいかないだろう。


ミルトル教官は、学生達となるべく顔を合わしたく無いようで、主に朝と夜の点呼の時だけ現れ、不機嫌そうな表情で指示だけ出して去っていく。

ヨシト達4人は、今日も『マキシム仮設医院』の看板を掲げた、実際は格安で借りた民家の中で、備品整理や在庫の補充、たまに顔を出す村人の治療にあたり、ほとんど缶詰状態を10日間も余儀なくされていた。


今日も4人が、朝からずっと薬の調合を行っているとアスラン=ロミーゲが深刻そうな様子で話し出す。

「これは、ミルトル教官の嫌がらせかもしれん。まさか、このような手で来るとは」

「何言ってんだ。楽でいいじゃねえか。何も戦ってる奴のケツに付いてくだけが仕事じゃねえだろう」

タルザ=ポポスの意見に、ルイス=セスナスも同意し、作業の手を休めず話し出す。

「特に、いま造っている抗毒素薬は、いくらあっても多すぎる事は無いわよ。魔物によって毒の種類が違うから、数と量をそろえておかないと手遅れになるわよ」


この世界には、万能薬など無い。

それは毒消しも同様だ。

唯一あるとすれば、浄化系魔術や、シスタールシアのギフトがそれに近いだろうが、魔術はそれぞれの毒や病巣に合った構成を組む必要があるし、下手に行使すれば患者にダメージを与えてしまう。

更に、浄化系魔術自体がレア系である為、ほとんどの獣人達には完全な構成が組めない。

ギフト持ちであるルシアの場合はその必要はないが、彼女の能力でさえ、全ての悪意に対して有効では無い。


三人の話を聞きながら、ヨシトは思う。

(医師や回復師が薬を造るってのは効率が悪いよな。でも、品質が安定しないから化学工場で造る訳にもいかない。だけど魔術のおかげで、材料さえそろて少し手間をかければ薬は造れる。地球じゃ個人の技で毒消しとか造れないよな。テレビゲームじゃあるまいし。まあ、どっちが良いのかは微妙な所だ。ただ、明らかに医療技術は再生魔術があるこっちの方が上だけど)


この世界では、大量生産品は粗悪品に近い。

値段は、大体3分の1以下だが、質にこだわらない消耗品以外は、相応の値段で良い商品を買うのが普通だ。

品質は、日本の100円ショップより下だと言えば解りやすいかもしれない。

そんな物を医療関係者が使えるはずもない。


ヨシトは、3人を励ますように言う。

「まだ、後30日もあります。さすがにこのまま、村を一歩も出ないなんて事は無いですよ。ただ、最悪の場合も想定しておきましょう。例えば、隊長さんに志願して連れて行ってもらうとか」

その言葉にタルザは苦笑する。


「まあ俺っちは、ミルトルが教官になった時点で、ある意味諦めてるんだわ。逆に言えばよ、下手に危険な事させられるより気が楽ってもんさね」

「それは同感ね。それに、薬造りは私は好きよ。5年間のお勤めが終わったら、私は薬学専門の回復師になるんだ」

タルザとルイスの言葉にアスランも気を取り直す。

「そうだな、奴が直接何か言ってこないのは不気味だが、こんなのも悪くないな」


そのまま4人は、黙々と作業を続ける。

何事も無く、夜の点呼時間が来るとミルトル教官が不機嫌そうな顔で現れる。

「ふん、ようやく在庫が一杯になったか。明日からは村を出て、開拓団の護衛として軍事行動を行う。そのため、班を2つに分ける」


その言葉に、学生達に緊張が走る。

いよいよ明日からが本番と言う訳だ。

ミルトルの声が響く。


「ポポス、ロミーゲ、セスナス、貴様らは私と共に行動する。ウッドヤット、貴様は軍医であるソリトン=アレイム氏の指示を仰げ」

アスランがミルトルに質問する。


「教官殿、ウッドヤットは単独と言う事になりますが、宜しければ理由をお聞かせ願えますか?」

心底、軽蔑した目でアスランをにらむミルトル。


「貴様ら獣人の魔力量では、3人がかりでも人間にはかなわんと言う事だ。教官としての合理的な決定に不満でもあるのか、ロミーゲ」

「いいえ、ありません」

「せいぜい、私の足を引っ張るなよ。明日の朝7時に此処に集合だ。慣例により、それまでは自由行動を許可する。悔いが残らんように楽しんでおけ。それでは解散!」

「「「「はい!」」」」


ミルトルがその場から立ち去ると、真っ先にタルザが文句を言う。

「まったく、気に食わねえ。俺達三人はともかく、ヨシトが1人っきりとはな。それにアレイムさんは獣人で22歳の回復師だろうが。本来は指導できる立場じゃねえぞ」

アスランが静かに怒りを込めて話す。

「ただでさえ少ない人数を2班に分けるのも非論理的だ。魔力量については文句など無いが、ヨシトの負担が大き過ぎるだろう」

ルイスが、うんざりという顔で言い放つ。

「よっぽど、この10日間のヨシトの態度が気に入らなかったみたいね。ついに、さじを投げたって事よ。言うまでも無く教官失格ね。それに、反抗的な者がいない間に、私達3人をいびり倒す気満々みたいね。あいつの黒い瞳は、心の中を映しているに違いないわ」


いちいち最もな意見に、ヨシトは苦笑いを浮かべる。

だが、これもどうしようもない。

一見異常そうでも、どんな裏事情があるかは、そもそも医院にこもりっきりだった4人には解らないのだから。


「先輩方、逃げる事を行動の選択肢に入れといてください。確か皆さんは飛行魔術は得意でしたよね?」

ヨシトのその言葉に、タルザは反論する。


「いや、それは無理じゃねえか。評価が不可になっちまう。ヨシトの気持ちは嬉しいがな」

「ですが、命は大事です。ミルトルは小物ですから、それほど大胆な行動は取れないと思いますが、最悪の展開は頭に入れといた方がいいです。あくまで最後の手段として、余力を残しておいてください」


ヨシトは狼人ガイヤルの教えを3人に伝えたのだ。

『傭兵にとって一番必要な事は、死なないこと』

まさに至言である。

人生に、リセットボタンは無いのだから。


奨学生達は、それぞれ思う所があったのだろう。

それぞれが、肯定の返事をヨシトに返す。

そして、微笑みながらそれぞれが忠告する。


「客観的に見れば、君が一番負担が大きい。この際、お人よしは抑えておけ」

「…まあ、あれだ。おまえこそ、やばかったらとっとと逃げろ」

「あなたは未成年なのよ。いくら力があっても、それを忘れないで」

「はい、肝に銘じます」

4人は円陣を組み、それぞれ右手を突き出し十字に重ね合わせると、リーダー格であるアスランが号令をかける。


「みんな、何があっても無事でまた会おう。がんばるぞー!」

「「「ファイト!」」」

いかにも、体育会系のノリだ。

はたから見たら恥ずかしいが、4人が良いなら問題ないだろう。


それぞれが手を離し、ふっと、緊張が途切れるとタルザが陽気に話し出す。

「さてと、俺っちは一夜のお相手を探しに行こうかね」

「またそれ? ほとんど成功しないじゃない!」

「確か、前回は美人局つつもたせに引っ掛かったんじゃなかったか?」

ルイスとアスランが茶々を入れると、弁解するタルザ。


「いや、でもよ。酒を飲む訳にもいかんし、遊廓ゆうかくに行く金もねえ。今からの時間じゃ他にする事もないだろうよ。…なんなら、ヨシト。お前も一緒に女をひっかけるか?」

ルイスが、すごい表情でタルザをにらんでいる。

それを完全に無視して、彼は手招きをする。

ヨシトは(半分以上は、本気だな)と思ったが、冗談っぽく返す。


「別の意味でおっぱいが恋しいので、やめておきます」

その返事に「ぎゃはは!」とタルザは大ウケだ。

「何だよ、人間族はもてるんだぜ。お前と一緒なら、成功間違いなしなのにな」

「もう、いいかげんになさい! ヨシトもこんな馬鹿、相手しなくていいから」

ルイスの剣幕に、タルザは気にした風も無くアスランに話しかける。


「しゃあねえな、アスラン、付き合えや。どうせ暇だろう。うまくいけば楽しめるぜ」

「お前は、俺を当て馬にする気だな。よし、目にもの見せてやる!」

なんだかんだで、二人は気が合っている。

ルイスはやれやれと言った表情で「勝手になさい、せいぜい病気を移されない様にね!」と、さっさと自室に帰っていく。


ヨシトは、その様子をうらやましそうに眺める。

なんせ、心は40過ぎのおっさんなのだ。

ナンパはともかく、盛り場には出たい。

すると、去り際にタルザが声をかける。


「ヨシト、いいこと教えてやるよ。この国じゃあ、10歳以上は酒も女も買えるんだ。人間族はアルコールに強いんだよな? 二日酔いにもなんねえよな? 酒でもかっくらって楽しんじまえよ」

ヨシトは驚く。


それは知らなかった。

ヨシトの持つ法律知識は、あくまでもリリアンヌ教国の物だ。

ただでさえ、普段は節制しているのだ。

日本での楽しかった経験を、嫌でも思い出す。


獣人の男二人は、ヨシトの表情を見ると愉快そうに話す。

「まあ、楽しむこった。酒についちゃあ、人間族がうらやましいぜ」

「…ほどほどにな」

そう言い残し、夜の盛り場に消えて行く二人。


一人残されたヨシトは考える。

もちろん、女性関係にも興味はある。

この村にも遊廓ゆうかくはあるが、この国では獣人族は人口の半分近くを占める。

ただでさえ少ない人間族の遊女は、こんな辺境の村ではいないだろう。

相手は獣人族になるだろうが、彼女らにはプレイの習慣がない。

子供を作る以外の場合は、地球人とほとんど変わらない。

これは、魔力体を持たない所以ゆえんであろう。

ただ、倫理的なタブーは少ないので、男女とも性に開放的で、恋人同士になると普通は体を求め愛し合う。

その行為自体も、例外はあるが情熱的とされる。

一夜の相手なら、獣人の遊女がふさわしいと言える。


だが、例えそうであっても、何せ体が望んでいないのだ。

興味があっても、単なる好奇心だと言える。

魔力体が安定していない状態では、恐らくそれほどの快感も得られないだろう。

つまり、遊廓ゆうかくに行くことは意味がない。


そうすると、酒場に顔を出すか?

ヨシトはこの世界で、一度も酒を飲んだ事は無い。

当たり前である、リリアンヌ教国では未成年で、厳格な保護者の元で生活しているのだから。

(成人になるまで、あと3年近く待つか? ありえないだろ! チャンスを逃がすなんて)

論理的だかどうだかは別として、彼は盛り場を探索する事に決めた。


浮かれて仮設医院を飛びだし、しばらく歩いて、さっそうと歓楽街かんらくがいの入口に立つヨシト。

とはいっても、村での夜間営業が許された数本の通りをはさむ区画で、100件程度の店があるだけだが。


(俺、大人デビュー!)

ヨシトは、はしゃいでいた。

ある意味当然だろう。

此処へ来てから4年と少し、実際は彼が大人の記憶を持って約3年間、どこの修業僧だと言うような生活を送っていたのだ。

だが、辺りを見回すと少しがっかりする。


(ネオンサインが無いではないか! 実にけしからん! 呼び込みの兄ちゃんがいないのも活気がなさすぎる。ちっともいかがわしくない。商売する気があるのか?)

メイン通りであるはずの場所にも人影はまばらで、うっすらと外灯の明かりが照らしている程度で、これでは日本の歓楽街を知っているヨシトには、確かに物足らないだろう。

だが、すれ違う人は確かに酔っ払いだ。

獣人男性が圧倒的に多いが、その千鳥足を見て思わず笑みがこぼれる。


(何処へ行くかな? 女の子が接客する所はパスだな。とりあえず、ショットバー的な店を探そう)

ヨシトはいちいち看板を確認しながら歩いて行く。

店内を覗きたいが、こういう所は日本と変わらず、中が見える窓や扉では無い。

キョロキョロとあっちへ行ったり向こうへ行ったり、はたから見ると明らかに不慣れだと丸わかりだ。


ちなみに、ガレア地方の人間族の国では、言語や文字は統一されている。

なまりはあるが、通じないほどひどくは無い。

文化的にも経済的にも、ある意味では共通の価値を持つと言える。


そんな事をしばらく繰り返していると、ある看板が目に留まる。

その店の名を見たヨシトのテンションが上がる。

(ルイーダスの酒場だと! まさか勇者が仲間を探しているのか? 気に入った、ここにしよう)

そんな事で決めるのはどうかと思うが、勝手にしたらいい。


勢いでそのまま店のドアを開け、中に踏み込む。

そこは地球でもよくあるタイプの、カウンターといくつかのテーブルがある小さな酒場だった。


いよいよ、ヨシト=ウッドヤットの未知との遭遇が始まる。

これがばれると、ナタリーメイに怒られる事は請け合いだ。


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