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第57話 ヨシトは軍務実習に向かう


 惑星ルミネシアでは全世界的に初夏である10月中旬、

ヨシト=ウッドヤットは、担当教官であるゲルギッチ=ブルブルド教授に卒業論文の内容についての了承を得て、マキシム医術専門院の来年1月の卒業が確定した。

わずか12歳での卒業は過去に例がなく、ゲルギッチから教授推薦により医師になる意志があるかどうかの最終確認を受けたが、半年の講師研修を受ける気が無いという理由であっさりと断った。


それを聞いたゲルギッチ教授は「でゅふっふっふ」と笑うと、

「君は変人のたぐいだね。実に愉快だ」と体を発光させ、恐らく喜んだという。

(心外な!)とは思ったが、そんなことよりヨシトの気持ちは、今後の予定である軍務実習についての事に興味が占められていた。


軍務実習は、この学院の最大の売り物だ。

首都ネオジャンヌにある医療系の学校の中では、唯一此処だけが行っている講義実習である。

ほとんどの参加者は獣人の奨学生で、比較的安全な魔物狩りに教官とチームを組み参加する極めてハードなものだ。

例年人間族の参加者は一人いるかどうかであり、ゲルギッチのヨシトに対する評価はあながち間違っていないのかもしれない。


これまでの2か月間で、ヨシトは軍務実習の座学にあたる講義や基礎軍事教練を済まし、いよいよこの後40日間は、魔物のはびこる地帯へ実習に向かう事になる。

今回の全体参加者は70名程で、その実習内容は大きく二つに分かれる。


一つは、拠点防衛タイプ。

これは実際の軍隊の駐屯地に行き、そこで回復師として働く物で、一時的にだが下士官として貴族(軍)組織に組み込まれる。

担当教官は、現地の従軍医師がその任につく。


もう一つは、遊撃タイプだ。

傭兵や軍人達と100人ほどのチームを組み、魔物討伐に同行する。

身分は軍属ではなく、国から依頼を受けた傭兵という事になる。

そして、学院から担当教官が同行する。


一見、前者の方が安全そうだが実はそうとも言えない。

実習の目的は、学生達が現場で回復師として役に立つかを確かめる事でもあるので、前者の行き先は最前線だ。

魔物の襲撃が無ければ確かに楽であるかもしれないが、事実はそれほど甘くない。

怪我人はしょっちゅう運ばれてくるし、一旦拠点が襲われると、さすがに戦闘に参加する必要はないが、軍人として職務を全うする事を求められるので逃げ出す訳にはいかない。


もう一つのタイプは言うまでもないだろう。

場合によっては、生き残るために戦いに参加する場合もある。

ただ、行き先は最前線ではなく、比較的安全な場所だが。

つまり、卒業後の進路によって学生達は二つのタイプから選択するのだ。


それでは、ヨシト場合はどうだろう。


他の奨学生と違い、奨学金の返済義務も無ければ卒業後に軍務に携わる必要もない。

当初、世界を旅してまわる事を考えていた為、実戦経験を積んでおこうという思惑は既に意味が薄れた。

だが、魔物に対する怒りは逆に強くなったと言える。


自身の能力は今でも隠したいから、大っぴらに目立つつもりはない。

それなら、軍属になり多くの軍人に囲まれるより、比較的少人数で行動する方が良いのではないか。

結論をいえば、彼は遊撃タイプへの参加を決めた。


今回の遊撃タイプの参加希望者は29人。

通常は学生を5名ごとの班に分け、担当教官を含め学院からは一班6人が同行するが、ヨシトの班は一人少なく計5名だった。

そして、担当教官はミルトル講師である。

ヨシト以外の参加者は頭を抱えた。

この班は、ハズレであると。



明日から実習に向かう日の放課後、学院の講義室の片隅で、ヨシト達の班の学生メンバー4名が顔をそろえて話し合っていた。

「しかしよ、例年は数が余ったら6人編成になるはずなのに、4人とはずいぶん思い切った決断をしたもんだ」

メンバーの一人である山犬の獣人の男、タルザ=ポポスが愚痴を言う。

「まあ、聞いた話ではミルトル教官がそれで十分だと言ったらしい」

豹の獣人、アスラン=ロミーゲの情報に全員が顔をしかめる。

「ところで、何で私一人だけが女性メンバーなのか誰か知ってる?」

猿人の女性である、ルイス=セスナスの疑問は最もだ。

彼女以外の10人の女性は班ごとにまとめられているからだ。

この3人は奨学生で、ヨシトの一期上の先輩たちだ。


「何かすいません」

ヨシトはとりあえず謝る。

どう考えても、自分の存在が班分けに影響していると思われる。

ミルトルの存在も含めて、きっと能力のバランスを取った結果であると彼は推察する。

元凶である彼はともかく、他のメンバーにとってはたまった物ではないだろう。


「いいや、ウッドヤットのせいじゃねえさ。恐らくミルトルの陰険野郎の仕業だろうよ。俺達は奴に対して特に反抗的だからな」

タルザは陽気な声で話しかけた。

何と言うか、愉快そうな男だ。


「あの人は、この実習が楽しみでしょうがないって噂よ。実習中はよほどの事がない限り、教官の命令は絶対だからね」

ルイスは、ミルトル講師の名前を口にするのも嫌そうだ。

こうして見ると、彼女は地球人の北欧系の女性にそっくりだ。


「奴が軍務実習に熱心なおかげで、学院はあの馬鹿を解雇出来ないという噂もある。まあ、危険な実習を志願する医師は少ないからな」

アスランは落ち着いた低い声で論評する。

いかにも出来る男という感じだ。


次々と意見を言い合う三人は、仲が良い友人であると説明されなくても解る。

ヨシトは、3人に向かい意見を述べる。


「先輩方、何か対策を取った方がいいんじゃないですか?」

アスランは、少し考えて否定する。

「とは言ってもな、実際何も出来んと言わざるを得ん。40日間黙って耐えるしかない」

「そうね、悔しいけど仕方ないわ」

「一発ぐらい殴ってやりたいがな」

ルイスとタルザの話に、アスランは更に所見を述べる。

「腹が立って手が出たら退学になりかねん。それは不味すぎるし、軍務実習の評価は俺達の卒業後の進路に直結する。もし、不可なんて出されたら問題だ。並の成績でも担当教官がミルトルの場合は、先輩方がフォローしてくれるらしいが、さすがに不可は駄目だ」

最もな意見に二人は頷く。

どうやら、アスラン=ロミーゲが3人のまとめ役の様だ。


ミルトル講師は、反抗さえしなければ並以上の成績はくれる。

そもそも、軍務実習で不可を出す場合は、その理由が学院から担当教官に問われる。

ミルトルの性格からいって、理由なく不可を付けるような、そんなめんどくさい事はしない。

問題なのは奨学生3人にとって、この実習の内容次第では、今後の人生の選択に影響を及ぼす可能性が高い事だ。

回復担当の人数が少ないだけでも魔力量の少ない獣人には不都合だが、担当教官がよりによってミルトルに当たるとは、二重の意味でついていないと言える。

ヨシトは、何だかすごく責任を感じた。

もちろん、彼に何の責任もありはしないが。


「俺は先輩方とは進路が違うんで、奴に目を付けられても痛くもかゆくもありません。ミルトルの阿呆がどうしても許せない場合は、俺が代わりに言います。と言うか多分そんな場面を見かけたら、言われなくても口に出ると思いますけど」

その言葉に、先輩3人は笑う。


「そうか、お前は卒業も決まってるし、経験を積みたいだけだと先程言ってたな」

「そもそも12歳で未成年だもんね」

「まあ、俺達の事は気にしたら負けよ。思うようにすればいいんじゃねえか」

アスランとルイスとタルザに意見にヨシトは笑うと、

「はい、勝手にさせてもらいます」と明るい返事を返す。


そのヨシトの返事に「ぎゃはは!」大笑いするタルザ。

アスランとルイスも笑い、結局4人で笑い合う。

(気持ちいい人達だな)とヨシトは思う。

この3人の先輩とは挨拶を交わす程度の間柄だったが、これから40日間楽しく過ごせるだろう。


―――――――――――――――――――――――――


ヨシト達の班4人は次の日の朝、ネオジャンヌの飛空場に集合していた。

これから行く場所は、西の隣国であるネピス共和国の北部にある魔の森の南に隣接する大きな開拓村、ミルルクだ。

その村を拠点として、最近広がりを見せる森を抑制する任務につく。

そこは、ネオジャンヌからは2200km以上西に離れた場所で、ネピス共和国の中でも辺境に近い場所だ。


ちなみに、ガレア地方にある人間族の国やその友好国の間には、パスポートやビザなど無い。

入国審査も無ければ、国境検問所すらない。

唯一あるのが、飛空船乗船時の身分証明書提示や荷物チェックぐらいであるが、これは国内旅行でも行われるので、不法入国や密輸を取り閉まる物ではない。

そもそも、移送魔術が存在し、個人が空を飛べるこの世界では、やるだけ無駄であると言える。

ただ、他国で土地を借りたり買ったりするのは制限があるし、2カ月以上、一所ひとところに滞在する場合は住民登録が必要である。

これは、住民登録している国で税金を納めるのが一般的である為で、行商人のような場合には特別な課税制度があったりする。

つまり、ガレア地方にある国々では国籍の概念があやふやであると言えるが、税金は間接税が半分以上を占める為、国家運営自体は問題なく行われている。

それ以外の地域では、このような制度を取っている国は無いので不法入国は犯罪である。

閑話休題。


4人がロビーで話していると、ミルトル講師が少し遅れて到着する。

彼は、不機嫌そうな表情でヨシト達を一瞥いちべつする。

「相変わらず騒がしい連中だ。里が知れるというものだ。もっとも何処の生まれかも解らん奴もいるようだが」

早速の嫌味に、奨学生達は黙る。

だが、当然黙っていない奴が一人いる。


「いえ、俺が一方的に先輩方に話しかけていただけですよ。ところで、待ち合わせに遅れる人は、時計すら読めないほど馬鹿なのか、それとも単に常識が無いだけなのか、教官はどちらだと思いますか?」

「ふん、他人の事情も知らんのに、そんな事を言うデカブツよりましだろうよ。さっさと集まらんか! 馬鹿者どもが!」

先程自分が行った事を無視して、ミルトルは怒鳴る。


学生4人がミルトルの前に整列すると、彼は話し出す。

「今から飛空船の乗車券を渡す。代表してアスラン=ロミーゲ、お前が配るんだ。乗り換えの分を含め各4枚ある。…さっさと取りにこんか!」

「はい」

アスランが、全員に乗車券を配り終わるとミルトルは説明し始める。


「いいか、その乗車券はネピス共和国の税金が使われている。役立たずの貴様らに金を出してくれるありがたい国だ。今からその国の開拓村に向かう予定になっているが、貴様らと顔を合わすのも不快だ。勝手に現地集合しろ。集合時間には遅れるな。以上だ」

そう言い捨てると、ミルトルは背を向けて行ってしまう。

4人はそろってガッツポーズする。


それから、乗船チェックを済ましたヨシト達は、飛空船の中の2等客室に腰を下ろす。

「いやぁー、俺っちは半日以上も奴の顔を見るかと思ってたから、せいせいしたぜ。嫌われてるのも、こんな場合は都合がいいな」

タルザが嬉しそうに話すと、ルイスも頷く。

その顔は、非常に嬉しそうだ。


「とりあえず、楽しい船旅になりそうです」

だが、ヨシトの言葉にアスランが釘を刺す。

「そうは言ってもな、ウッドヤット君。チケットをよく確認して見ろ。酷い物だぞ」

その言葉にヨシトを始め、タルザとルイスも乗車券を確認する。


「よく解らんけど、最後に乗る飛空車の乗車券は、見た事が無いタイプだよな」

タルザに言われてルイスは乗車券を確認する。

「これって、集合時間ギリギリなんじゃないの? よくまあ、こんな地味な嫌がらせをしてくるわね!」

怒りより呆れた表情で、彼女が言うのも無理もない。

目的地への直行便こそ無いものの、普通は特急便を使い、半日もあれば到着するのだから。

ちなみに、集合時間は明日の朝8時だ。


この乗車券に従うと、やたら乗り継ぎに時間がかかる。

このままでは、現地到着は朝7時、つまり最後の移動は夜行便になる。

目的地まで待ち時間を含め、半日どころか一日がかりの移動になり、最後の乗り物は定員10人程度の乗り合い飛空車による移動の為、十分な睡眠も取れないだろう。


4人は顔を見合わせ思案する。

いつもヨシトが使う方法では駄目だろう。

彼もネピス共和国の中央にまでは行った事が無い。

せいぜい、リリアンヌ教国に隣接する町までだ。

つまり、移送スキルは使えないのだ。


では、他の方法は無いのだろうかと考え、ヨシト達は気付く。

乗車券が税金だと言ったミルトルの言葉が憎らしい。

今の乗車券捨てて、新しい券を買う事に罪悪感を感じる。

結局全員一致で、悪意ある乗り継ぎをそのまま体験する事となった。


だが、結果的には良かったのかもしれない。

長い待ち時間を利用して、ヨシトはネピス共和国の町の位置情報を覚える事が出来た。

それに地味な嫌がらせを受けた事により、妙に結束が高まり、お互いの名前を呼び合うほどヨシトと奨学生3人は仲良くなったのだから。


そんな感じで何とか無事に目的地に着いた4人は、村での拠点である仮設医院に荷物を降ろすと、寝不足の目をこすりつつも、すぐさま集合場所に整列する次第となった。

そして、ちゃっかりと先に到着していたミルトル教官から嘲笑をもらった。

彼は、実に愉快そうに指示を出す。


「今から、仮設医院を整備する。開設できる状態になるまで休みは無いと思え。…返事はどうした馬鹿者どもが!」

「「「「はい!」」」」

それから4人はぶっ通しで働き、深夜過ぎにようやく作業を終えた。

さすがに文句を言う気力もなく、朝までの残り3時間程は泥のように眠るしかなかった。


まずは、ミルトルにしてやられたヨシト達であった。


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