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第56話 不本意な結末


 ヨシトとナタリーメイがナイーラ村の臨時の避難所に再び顔を出したのは、夜7時を過ぎた頃であった。

彼女は、そこで待機していた村長に面会を申し込んだ。

ナイーラ村の村長は、リコル=グンドという名の人間族の女性で、その申し出を即座に受諾し、村の小さな集会所の一室で二人は話しあう事となった。

それぞれが挨拶を済ました後、狭い部屋の中で事務机を挟み、向かい合わせに座る。

まず話を切り出したのはナタリーメイであった。


「グンド村長、この度の事件について多くの被害、特に多数の人命が失われた事について、心からのお悔やみを申し上げます」

「ウッドヤットさん、真っ先に首都からこの村に訪れた事を村民代表として、心から感謝します。…それで、急ぎ面会を申し込まれた訳は何でしょうか。その顔を見れば、あまり良い話ではないと推測しますが」

「確かに良いとは言えませんが、結果的に見れば、村にとって有利に働く事です」

リコル村長は、興味深げな瞳で「伺いましょう」と返事をする。


ナタリーメイは居住まいを正し、あくまでも事務的に本題を話す。

「恐らく、一両日中に再び魔物がこの村を襲います」

驚いてリコルは質問する。

「あなたは、『託宣』スキルの持ち主なのですか?」

「いいえ、ですが私のギフトに関連する話です」


それからナタリーメイは、自身のギフト『予感』について説明する。

本来『予感』ギフトは不確かであるが、少なくても魔物がこの村を近々襲う事は間違いない事、特に明日あたりが一番可能性が高い事をグンド村長に告げる。

リコルは、その意見を最後まで聞くと深刻な表情をする。


「ウッドヤットさん、確かにあなたの言う事は解ります。ですが、我々ではどうする事も出来ません。20m級なら何とかなりますが、60m級は軍隊でもないと相手になりません。避難するのがやっとでしょう」

悲しげな様子と言うより、あきらめの表情で語るグンド村長。

ナタリーメイはその意見を肯定し、リコルに提案する。


「村長から、正式に中央政府へ軍隊の出動要請をしてください。ここからでは音話は通じませんが、私が直接、貴族院に書状をもって行っても構いません」

グンド村長は頷くと、早速要請書を書く事にする。

それを書きながら、村長はナタリーメイに説明する。

「実は、そろそろ軍船一隻が、こちらに到着する予定です。ですが、60m級を相手にするには心もとない戦力なのです。しかも、駐留は1カ月程度の予定だと聞きます。その間に、村は迎撃態勢を整えなければなりません」

ナタリーメイは首を横に振りながら、その軍隊の対応を非難する。


「ひどい話ですね。それでは、村の復旧もままならないでしょう。結果的に多くの村民がここを離れざるを得なくなります」

グンド村長は、悲しげに皮肉をつぶやく。

「そして、村を捨てた貧しい者は、新たな漁村で危険な場所に居を構える。知ってますか? 今回亡くなった者の多くは、一年前にここに逃げて来た人です。そして、その恐怖が残っている今では、港近くの家は空き家が多くあり、格安で貸し出される。つまり、悲劇は繰り返される」

ナタリーメイは頷くと、力強く宣言する。


「不幸の連鎖を止めましょう。それが今できる最善です。その為には、タルンダ3匹を必ず始末しましょう」

グンド村長はその言葉を聞き、瞳に力を取り戻す。

「ウッドヤットさん、その通りです。本来、60m級が村を襲うなんて悲劇は、過去にほとんど例がありません。今後の防災体制を見直す事は必須ですが、それでも、確実に襲われる事があるのと無いのでは大違いです。私も、此処に駐留される軍人の責任者に掛け合って、必ず魔物を殲滅するように軍備の増強をお願いします」


要請書を書き上げたグンド村長は、ナタリーメイにそれを渡す。

「あなたの名前を出してもかまいませんか、ウッドヤットさん」

「私の名が、どれほどの効果があるか解りませんが、それでよろしければ是非そうしてください」

女性二人は、最後に握手を交わすとそれぞれの目的に向け動き出した。



部屋から出て来たナタリーメイは、近くに居たヨシトに話しかける。

「さあ、これから忙しくなります。急いで首都に帰りますよ」

「はい!」

二人は外にある飛空車に乗り込むと、間髪いれずネオジャンヌに帰還した。



それからの、ナタリーメイの行動は迅速だった。

孤児院に帰るとあちこちに音話をかけ、南西港湾部の指揮権を持つ中将宅に直接乗り込んだ。

要請書を出し、事情を説明すると、

「明日一番に命令を発令する」という少将に、

「キュンメ大将がそれを聞けば、残念に思われるでしょう」と答える。

その後も彼女は一歩も譲らず、結果的に即時命令が発令され、新たに軍船3隻が即刻ナイーラ村に送られる事となった。


彼女がこれほど急いでいたのは訳がある。

一応マーキングはしているが、もし魔物がどこかに移動してしまえば、いくらヨシトといえど、再び補足するのが難しい為だ。

予定では明日の早朝、軍船4隻がナイーラ村にそろう事になる。

これは、タルンダ3匹を十分殲滅できる戦力である。


二人は、明日の戦いに備えて就寝を取る。

決して直接戦う訳ではないが、少なくても二人の能力に、作戦の成否がかかっているのは間違いないのだから。


―――――――――――――――――――――――――


次の日の朝、ヨシトナタリーメイは早朝に孤児院を出発する。

ヨシトにとっては短期休暇最後の日である。

今日は、飛空車には乗らず、二人は歩いて町の外に向かう。


「院長先生、司祭服を着ているのは何となく解りますが、どうして大剣を持って行くんですか」

ナタリーメイはニッコリ笑うと説明する。

はくを付ける為ですよ。貴族(軍人)達からすれば、私など小娘も同然ですからね」

ヨシトは、それはどうかと思ったが、彼女が良いなら別にいいかと思い、珍しく突っ込み属性を発動させなかった。


それにしても、ナタリーメイの表情は憂鬱そうだ。

きっと彼女は、今回のギフトを利用した嘘まがいの言動を良くは思っていないのだろう。

もちろん彼女は、嘘など一言もついていない。

『予感』ギフトで魔物の襲撃が解ったとは言ってないのだから。


街の外に出ると、二人は早速ナイーラ村に移動する。

本当にこんな時は、自分の優れた能力に感謝するヨシトだった。

最近は、自分の強化人間の疑いが晴れた事により、目立たない様に積極的に能力を使えればと考えていた。

ただ、ウッドヤットの名に恥じない様な生き方をしたいと同時に考えている為、ヨシトが能力を悪用する可能性は低いが。


ナイーラ村に着くと、ヨシトは直ちに遠隔操作スキルを使い、魔物の位置を確認する。

「良かった、タルンダ3匹は昨日から全く動いていないです」

その言葉に頷くナタリーメイ。


「早速誘導してください。目途がついたら、私が直接責任者に直談判しますので、報告なさい」

「はい!」

ヨシトは、思考念波魔術を使い60m級の怪物の鼻先に攻撃を加える。

海底の石を操作変化させ水流を操りセラミックカッターの渦をぶつける。

だが、ほとんどダメージを与えられない。


(くそ! やっぱり思考念波魔術は威力が足りない)

最も、至近から思念波魔術をぶっ放しても、致命傷は与えられないだろうが。

それでも、魔物は動き始める。

ヨシトは昨日の要領で、水中で小さな爆発を次々起こす。

始めは方向が定まらず、あちこちふらふらしていた魔物だが、次第に誘導に成功する。

爆発の後を追いかけて、タルンダが動き出すとナタリーメイに向かい報告する。


「院長先生、魔物の誘導に成功しました。ただ、思ったより一直線に進んできます。このペースなら30分もしないうちに顔を出します」

「了解しました。それでは一芝居打ってきます。…気は進みませんが」

ナタリーメイは、飛行魔術で軍船の方向へ飛んで行った。


―――――――――――――――――――――――――


ナイーラ村に駐留する軍船4隻の責任者であるリカード少将の元に、司祭服を着て背中に大剣を差した人間族の女性が即座に面会を求めているという部下からの報告を受けたのは、彼がまだ起きて間もない時間であった。

何を寝ぼけた事を言っているのかとは思ったが、提示した身分証明書の名がナタリーメイ=ウッドヤットと聞くと、直ちに面会する旨を部下に伝える。


リカード少将は、ウッドヤットを名乗る人物が顔を出したら丁寧に応対するように上司から言われていた為、テント造りの仮設の本部で面会する事にしたのだ。

ナタリーメイは、リカード少将の顔を見るや否や、

「魔物が来ます。2日前の夜に此処を襲った3匹です」

と言い切った。


リカード少将は、さすがに信じられず、

「ウッドヤットさん、いくらなんでも都合が良すぎますよ」と笑いながら対応する。

それはそうだろう。

そんな事が解れば苦労しないし、ここで殲滅できるのなら長い駐留に耐えずとも良いのだから。


その言葉を無視するかのようにナタリーメイは叫ぶ。

「急いで! あと30分もありません」

リカードは迷った。

ウッドヤット女史は真剣の様だし、だからと言って何の根拠も無しに艦隊を動かせば、もの笑いの種になるだろう。


「ウッドヤットさん、落ち着いて。何か飲まれませんか? コーヒーぐらいしかありませんが」

その言葉に対する、ナタリーメイの対応は過激だった。

彼女は、鞘から大剣をスラリと抜くと、リカードに突きつけたのだ。

本部内に、緊張が走る。


「時間がありません。論理的な説明も出来ません。ですが、魔物は来ます。そして対応が遅れれば、村の被害は大きくなります。ただちに警報を鳴らし事態に備えなさい!」

「…全艦に伝えよ、海からの魔物を迎撃する!」

その真摯な表情とあまりの迫力に、リカード少将は彼女の意見に従う事を決めた。

そして、それこそが正しい決断だった。


「ウッドヤットさん、ブリッジに同行してください。あなたの所見が聞きたい」

その言葉に、一瞬迷った様子のナタリーメイだったが、すぐに決断した。

「解りました、ただ、そこの筆記用具をお借りしたいのですが」

不思議に思ったリカードだが、即答した。

「そんな事で良いならどうぞ。さあ急ぎましょう」


本部のすぐ横には、リカードが乗り込む軍船が停泊している。

既に、起動準備が始まっている様子だ。

地球の軍船とは違い、10分もしないうちに飛び立てるだろう。

指揮船に乗り込もうとするナタリーメイは、辺りを見回す。

ヨシトの姿を見つけると自ら持つ筆記用具を掲げ、頷く。

彼もそれに了解のサインを返すと、彼女は指揮船に乗り込み、船は間もなく発進した。



ブリッジ内で、ナタリーメイは他のクルーから奇異の目でみられていた。

それはそうだろう、司祭服を着て背中に大剣を差した女性は、いかにもこの場にはしっくりとはこない。

ちなみに、ブリッジへの武器の持ち込みは禁止されていない。

この世界では、魔術こそが最大の武器だからだ。


リカード少将がナタリーメイに尋ねる。

「ウッドヤットさん、先ほどから盛んにメモを取っておられるようだが、何か気になる事でもおありですか?」

「いいえ、それより魔物は港から1kmまで近づいてきています。もう時間がありませんよ」

その言葉に驚くリカード。


「ただちに艦隊を展開せよ! ウッドヤットさん、どの方角か解りますか?」

「まっすぐ南です。そろそろ影が見えるかもしれません」

そのやり取りに、ブリッジクルー達は驚く。

まるでオカルトまがいではないか。

リカード少将はどうしたというのか。


しかし、その疑問は直ぐに解消された。

海に大きな影が映ったからだ。


「海に魔物の影が見えます。40m級、いやそれ以上。数は1」

次々各艦から報告が入る。

「魔物の数は3。大きさは60m級1、 20m級2.恐らくこの村を襲った魔物タルンダ3匹と思われます」

その声に、ブリッジ内では感嘆の溜息がもれる。

ナタリーメイ=ウッドヤットの意見は完全に正しかったのだから。


「よし、湾内に上陸させ四方から砲撃、一気に殲滅する。いいか、一匹も逃がすなよ」

「了解しました」

ブリッジ内を嬉々とした声が繰り返される。

完全なる待ち伏せ作戦が実行出来るのだ。

教科書に載せても誰も信じないほどの完璧なタイミングで。


もう結果は言うまでも無かった。

ナマコに似た魔物タルンダ3匹は、そろって港に上陸し、愚かにも強者に攻撃を加えた小さき獲物を探し求める。

だがその場所こそ、鋼鉄の巨体に狙いを定めた狩人達が用意した舞台上であった。


「撃て!」

リカード少将の号令が、ブリッジ内に響く。

4隻の軍艦から放たれるウラン砲弾の雨の中、怪物たちは何も出来ないまま息絶えた。


その姿を確認したナタリーメイ=ウッドヤットは、この村で亡くなった多くの人を偲び、その瞳に涙をにじませる。

そして、ブリッジ内に彼女のとなえる聖言が、ただ静かに流れる。


その姿を見たクルーの誰かが、尊いものを称える声でつぶやく。

「…聖女だ」

その声は、ひたすら鎮魂を願う彼女の耳には届かなかった。


―――――――――――――――――――――――――


その事件が終わって2日後、ヨシトが学院から帰宅すると、珍しい事にナタリーメイが疲れた表情で頭を抱えていた。

驚いて、何があったかを尋ねるヨシトに、タラチナ=イシュタリアは黙って新聞を差し出した。


それは今朝の新聞で、ある記事が紙面の片隅に掲載されていた。

タイトルは『聖女現る』


ナイーラ村で起った事件の詳細が書かれた記事には、当然ナタリーメイの事が載っており、今回の魔物討伐の立役者であると書かれていた。

そして、最後にこう締めくくられている。


『ブリッジに乗り込んだ彼女は、魔物の位置を天啓のように指し示し、それはまるで奇跡のようだった。リカード少将の指揮のもと、怪物たちが殲滅されると、彼女の瞳からは一筋の涙が流れた。大剣を抱え、司祭服を身にまとい、全てが終わった後に、失われた命すべてに慈悲の心を示す神々しい姿は、聖女ネオジャンヌそのものだった』


ヨシトは事情を理解すると、一言「お気の毒さまです」

ナタリーメイはポツリと「私は、マリアネア様を信仰しているのですが」

タラチナは、「朝から音話が鳴りやまない。仕事にならない」

三人は顔を見合わすと、同時にこうべを垂れた。


三人の気持ちはともかく、これは第三者から見れば英雄的な行為である。

後日、この記事のおかげで孤児院への寄付金が増え、ナイーラ村への義援金も多く集まった。

「子供達を遊園地に連れて行ける。院長先生、グッジョブ!」

結果的に一番喜んだのはタラチナであった。

事件が起こったのが漁港なので、漁夫の利と言えるかもしれない。


こうして、ナイーラ村の事件は無事終結した。

ナタリーメイの名声を斜め上方向に高めて。

タラチナさんの場合は、漁夫の利じゃなく、棚からぼたもちの方が近いですね。

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