第55話 ナイーラ村で起った事
ヨシトとナタリーメイがナイーラ村に着いたのは、昼の3時を少し回った頃だった。
村の北口近くに飛空車を止め、早速村の中に入っていく二人。
漁村と言っても比較的大きめのナイーラ村は、湾に沿った細長い蹄鉄状の形をしていた。
入り口から300mも行くと、そこはもう中海で、辺りを見渡すと、いくつか家が破壊されているのが見える。
「この配置じゃ、海からの攻撃には不利ですね。どうやって魔物から防衛するつもりなんでしょう」
ヨシトのつぶやきにナタリーメイは答える。
「こういうタイプの漁村は、通常は海から離れた場所に生活の為の家を持ち、昼間は仕事場として利用される場合がほとんどです。襲撃は夜だったと聞いていますので、人的被害は少ないかもしれません」
だが、ナタリーメイの期待は脆くも崩れ去る。
予想以上に、被害が大きかったからだ。
ヨシトが現場の写真を取りに行く為に、村の被害現場に向かっている間に、彼女は近くに居る難を逃れた人達に詳しい事情を聞いて回った。
すると、日常的に繰り返される不便さには勝てず、最近は海の近くに家を建てる人が増え、そして、完全に不意をつかれた為に、犠牲者は100人程にも上ったそうだ。
実に、村の人口の一割近くが死亡した計算になる。
合流後、ナタリーメイの話を聞いたヨシトは絶句する。
「ミランダでの民間人の死者より多いなんて…」
ナタリーメイは、厳しい表情でヨシトに説明する。
「60m級のタルンダが一匹いたそうです。それでは防壁は役に立ちません。それに、残りの20m級二匹は、よりによってタルンダの亜種で、毒を放つタイプだった様です」
「60m級なんて、めったに襲ってこないクラスなのに。…タルンダの固有魔術は雷撃ですから、麻痺した所を毒にやられたんですね。まるで計ったように」
「それに問題は、ほとんど無傷で海に逃がしてしまった事です。この場合、近々再び襲ってきます」
そうだ、魔物は一度集落を襲うと、必ずそこに現れる。
それが、例え1000年後であっても。
「ここまで不意を突かれるのは異常ですよね。見張りはいなかったんでしょうか?」
「警報が鳴らなかった事を考えると、恐らく、役目を果たしていなかったのでしょう。その人物も行方不明だそうですから、確認のしようがありません」
この場合の行方不明者は、海にさらわれたか魔物に食われた事を意味する。
魔物は人の脳や魔蔵を食らう。
ただ、20m級以上なら丸呑みだろう。
ヨシトは考える。
魔物が、生きる為に人を殺すわけではない事は、研究で解っている。
同種以外の魔物同士でも殺し合うくせに、ミランダの場合のように徒党を組んで襲ってくる場合もある。
人を襲い喰らった後、卵を産む事が多いのも解っている。
このままではナイーラ村は、魔物の襲撃におびえ続け、直ぐに閉村の危機に見舞われるだろう。
ヨシトは、大きな溜息を吐く。
だが、悲しんでばかりしてもいられない。
ヨシトは、本来の目的についてナタリーメイに尋ねる。
「院長先生、孤児は何人か出ましたか?」
「…一人もいません。現在までの所、確認できません」
一瞬喜びそうになり、だが、全く逆だと気付いた。
「…何人、亡くなったんですか?」
「…確認できているだけで12名です。そして3名が行方不明です」
つまり、親ともども全滅したのだ。
逃がす暇もなかったのかもしれない。
「院長先生、俺、怪我人がいないか見て来ます。臨時の治癒院は何処ですか?」
「それも必要ありません。今回は、亡くなったか逃げたかのいずれかです。つまり重症者などほとんどいません」
「…援助の手は足りているんでしょうか。ただ、そこまでの状況だと車に積んだ荷物も無駄になるかもしれませんね」
「そうですね、ここの担当者にどうするか尋ねてみましょう。その間にあなたは、この村の位置情報を覚えておいてください」
「わかりました」
それぞれの場所に向かい、ヨシトとナタリーメイは歩き出す。
実質、二人が急いでこの村に来た意味は無かったのかもしれない。
(写真、無駄になっちゃったな。後で院長先生に、どうすべきか聞いてみよう)
暗い気持ちのまま、ふと振り返り、海を見つめる。
(本当は、海の魔物が一番厄介なのかもしれない。不意打ちを受けやすいし、逃げられると追い打ち出来ない)
そして、村の擁壁を見る。
(空堀を含めても高さ4,5mといったところか。ミランダと比べると、いかにも脆そうだ。しかも村を覆いきれてない。こんな状態で海の近くに住むなんて、どういうつもりなんだろう。漁師が魔物を軽視しているとは思えないんだが)
不思議に思ったヨシトは、近くに居る獣人に訳を尋ねてみる。
「そりゃあ、死んだ奴らのほとんどが新参者だからだ。一年ほど前、でかい襲撃があったのは知ってるだろ。あれで逃げて来た漁師が、格安で港近くの家を借りたんだ。魔物から逃げて殺されたんじゃ浮かばれんわな」
その言葉を聞き、ヨシトはこの世の無情を強く感じた。
(ミランダの悪夢は、まだ続いているのか。そして、最も弱い人達が真っ先に死ぬ。…救われない、厳し過ぎる。それは、地球でもルミネシアでも変わらない)
暗澹たる想いを抱え、ヨシトは村の外に向かい歩いて行く。
適当な場所に着くとマーキングを行い、その上に腰を下ろす。
一番近くの町、ルビナスに向け思考波を飛ばし、位置情報を記憶しながら彼は考える。
(この件には、首を突っ込むべきなんじゃないか。そうしないと納得できない)
彼は、別に聖人君子な訳ではない。
自分の知らない場所で、魔物により今この時点でも多くの人が死んでいる事を十分理解している。
だから普通は、関わり合いになろうとはしない。
だが、ミランダに関連する事は別だ。
彼はあの時、魔物と戦わなかった。
それは当然であり、ナタリーメイの判断は正しかったと今でも思っている。
ただ、目の前で多くの人が死んで行く姿を見ているだけなのは、本当につらかった。
その無念さは、彼の心の隅にくすぶっていた。
そしてヨシトは、ある決心をする。
30分後、ヨシトはナタリーメイのいる臨時の避難所に顔を出していた。
彼女によると、支援物資の中で毛布や食料の備蓄は余裕があるが、魔石や魔素燃料は必要だそうで、それを車から下ろし避難所に運び込んだ。
写真は彼女の提案で、聖マリアネア教会にて義援金を募る為に、持って帰る事にした。
もうここで出来る事は、すべて終わったと言っていい。
避難所を後にした二人は、乗ってきた飛空車の方に向かって歩き出す。
並んで歩きながらヨシトは、ナタリーメイに自分の考えを話してみる。
「院長先生、タルンダ3匹をおびき出したいんです」
「…何を言い出すんです。そもそも、どうやってそんな事をするつもりですか」
「遠隔操作スキルを使います。思考念波を使う魔術ですから、海の中でも把握できます」
納得しつつも、彼女は疑問点を彼に問う。
「そのスキルは、見える範囲が狭いと聞きましたよ。広大な中海を全て調べる訳にはいかないはずです」
ヨシトは頷くと説明する。
「確かに、操作や意志付けする場合はそうですが、物体の形状を知るだけなら範囲は広げられます。形はぼやけますし、30m四方が限界ですが。それに、魔魚で無ければ海底にへばりついてるはずですし、タルンダは上手く泳げませんから、近くに居る可能性が高いです。時間はかかるかもしれませんが、やってみる価値はあります」
ナタリーメイは、立ち止まり少し考える。
ヨシトも足を止め、彼女の答えを待っている。
「それで、例えそれが上手く行ったとして、あなたはどうするつもりですか。まさか、60m級のタルンダと戦うとでも言うつもりですか」
ヨシトは苦笑しつつ否定する。
「いいえ、いくら何でもそんな事はしません。出来れば軍隊に迎撃してほしいんです」
彼女は頷くと、再び歩き始める。
彼も歩調を合わせ、横に並ぶと提案する。
「院長先生のギフトを利用できませんか?」
「そう言うと思っていましたが、実際、気が進みませんね。ですが、私の気持ちを無視するなら、試してみる価値はあるでしょう。ヨシト君、村から少し離れた入江で、あなたの案が実現可能かやってみましょう」
「はい」
そのまま二人は、飛空車には向かわず、5km程離れた入江に魔術を行使し飛んでいった。
砂浜に着くと、早速ヨシトは遠隔操作スキルを使い海の中を探る。
海底を中心に徐々に調べて行くが、さすがに直ぐには見つからない。
15分ほどすると、ヨシトは大きな影を確認する。
「いました! ここからだと7km程南東、深さ約100mの海底に3匹まとまって貼り付いています。動きを把握するため、マーキングを付けてみます。……全く動きませんね。奴らは、思考念波魔術には反応しないのでしょうか。だとすれば、直接攻撃しておびき出すしかありませんね」
「ヨシト君、嬉しそうですね。ですが、それはやめておきましょう。こちらでは無く、再び村に上陸してしまうかもしれません」
その通りだと思い、別の方法を考えてみる。
「小型の魔物を探してみます。そいつを誘導できれば、実現可能性は更に高まります」
ナタリーメイの了承により海底を探るが、魔物は小さい奴も見つからない。
「院長先生、この辺りには小さな魔物さえいません。…魔物って、意外に数が少ないんですね」
「そうかもしれませんね。人に対して襲ってくる訳ですから、魔物が多ければ、海は安全に航行出来ないでしょう。海の魔物の数が多いなら、理屈に合わなくなります」
「最近読んだ論文に、魔物は思念波に特に強い反応を示すという記述があったんです。思念波は制御しないと、液体中を10mも通過できませんから、海底には届きません。だから海には魔物が多いと考えていたんですけど」
ヨシトの考えをナタリーメイは否定する。
「漁師の中には、素潜りで海底の獲物を取る人もいるそうです。魔物の数が多いと、彼らの漁法は成り立たなくなります。少なくても近海では、魔物はほとんどいないと考えるほうが理屈には合っていますね」
「なるほど、…でも困りました。少し時間がかかるかもしれません」
ヨシトは覚悟を決め、最大距離10kmギリギリの海底を探っていく。
だが、見つかる生物は全て魔物では無い魚介類だ。
見つからないので徐々に距離を縮め、40分ほどかけてようやくそれらしき姿を捉える。
「いました! 南に約3,5km、海底に10匹ほど固まってますね。大きさは2mのが2匹で後は50cm以下です。早速攻撃して見ます」
この距離では、思念波魔術は無理なので、思考念波魔術を使う事にする。
他の思考念波魔術の使い手でも5kmは限界に近いが、ヨシトは自由魔素との親和性が極めて高い為、10kmまでは大丈夫だ。
だったら、地面の中も丸わかりで、金銀財宝も想いのままじゃないかとの意見もあるだろうが、深い穴を掘る事は世界の理により禁止されている。
誰も、サルトス王のような愚か者にはなりたくないので、鉱山などでも500m以上の深さにある鉱脈には手を出さない。
もっとも極地に行けば、穴を掘らなくても恒星ピアから降り注ぐ鉱物が多量に存在している為、そんな事をする必要が無いという理由も大きいが。
ただし、極地の魔物は怪物級がいる為、採掘が命掛けなのは変わらない。
採掘作業に携わる作業者は、主に隷属の首輪を付けた罪人か借金を抱えた人が従事している。
これは、過酷な住環境と合わせてみれば当然のことである。
閑話休題。
とりあえず、ヨシトは海底から石の槍を剣山のように突き立たせ、魔物10匹に攻撃する。
思考念波魔術は、思念波魔術の威力の半分くらいしか出せないが、この際それは関係ない。
辺りに海底の泥が舞い、視界が閉ざされるが彼の遠隔操作スキルにはそんなのは関係ない。
50cm以下の魔物は、その一撃で全滅した。
「8匹始末しました。死骸を一カ所に集め、情報破壊魔術をかけます。……成功しました。残り2匹を誘導してみます」
それから時間をかけて、追い込み漁の要領で、獲物を囲い込むように魔術を行使してこちらに誘導する。
距離が1kmに近付いた時、直接思念波を魔物に向けると、一目散にこちらに向かってくる。
「こちらへ来ます。あと600mほど。大きさは2mのが2匹。タイプはアカモクです。通常なら固有魔法は氷弾です。というか、もう始末しちゃっていいですか?」
「いいえ、そのまま上陸させなさい。…私がやりましょう」
そんな事を言うナタリーメイの顔を見て、ヨシトは驚く。
彼女が、静かだが怒りの表情を浮かべているからだ。
「二匹ともですか? 一匹は俺が受け持ちましょうか?」
「必要ありません」
そして、間もなく魔物が上陸してくる。
形は地球のヒトデにそっくりな2m級のアカモク2匹だ。
砂浜を6本の足を使い、疾走する魔物。
クモのように走る姿が、実に気持ち悪い。
ヨシトは念のため、ナタリーメイの後ろに立ち、『防御』ギフトを発動する。
ほぼ同時に、彼女の結界灼熱魔術が発動され、魔物達はそれぞれ結界に取り込まれる。
すると球状の結界は、周りに影響をほとんど及ぼさず、二つの太陽のように発光する。
結界内部は2000度を超え、アカモク2匹は溶鉱炉並の熱でドロドロに溶け蒸発し、即座に死滅する。
彼女が魔術を解除すると、辺りに熱気が伝わり、後には焼けカス2つが砂の上に音もなく降り落ちる。
(初めて見る魔術だけど、あっさりと2匹を結界に取り込んだ院長先生はすごいな。魔術行使も無駄が無く速い。傭兵経験は伊達じゃないて事か)
彼は感心し、声をかけようとして、彼女の怒りの思考を感じた。
この様子を見る限り、ナタリーメイも今回の件では相当のうっ憤が溜まっているのだろう。
彼女は、後ろを振り返らず話し出す。
「ヨシト君、あなたの考えを実行しましょう。…なるべく早く」
「はい!」
こうして次の日に、ヨシトとナタリーメイによる、軍隊を巻き込んだタルンダ3匹の撃滅作戦が実行されることとなった。
ナイーラ村で失われる命を、これ以上増やさない為に。




