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第54話 ヨシトの恩返し


7月初旬の春うららかな、ある日の午後。

単位取得試験を終えたヨシトは、マキシム医術専門院の中にある座談室で、獣人の友人達を待っていた。

彼らを待つ間にヨシトは、ここしばらくの事を思い返す。


ヨシトは入学してからの一年半の間で、論文以外の卒業に必要な単位を全て取得していた。

もちろん、試験の自己採点の結果が大きく間違っていないと言う前提だが。

レミル=ブラットも同様で、彼はここからの半年は、医師を目指す為に卒業研究のみに力を入れるだろう。

ポルプ=レクイダは既に卒業を果たし、恐らく一級回復師の資格を取るだろうが、もうそれはヨシトに関わりの無い話だ。


彼は、強化人間の件が立ち消えになった後に、お世話になった親しい友人達に、何かお返しが出来ないかと考えた。

なにしろ、彼らがいなかったら、これほど自分の心が穏やかであったとは思えない。

もちろん自分が逆の立場だったら、笑って、「気にするな」と言っていただろうが、今の立場だからこそ気が済まない事もある。


そこで、今季卒業予定、後は軍務実習を残すだけの数人の獣人の先輩方には、相手の希望を聞いた上で、専門の医学書か治癒魔術に役立つ魔黄白金製のアクセサリーをあくまでも卒業祝いとして贈った。

レミルにも何か贈ろうとしたが、母親の件があるからと断る彼の意思を尊重し、結果、何もしなかった。

リンダ=ハミルトンには、学院での試験の傾向と対策をヨシトが教える事になっている。


そして、他の獣人の在学生には何をするか悩んだヨシトが、彼らに直接聞くと、ほとんどが「飯でもおごれ」との返事だった。

多くの友人達にはそれで済ましたが、ポルプをおびき出す為に噂を流してもらった、特に親しい5人に対しては(さすがにそれは無いだろう)と思い、忙しい所を集まってもらうよう頼んだのだ。



そんな事を考えていると、ミコン君を始めとして次々と彼らが現れる。

男子3人、女子2人全員がそろい、それぞれが着席すると、ヨシトはある提案を持ちかける。

それは、友人達が驚くには十分すぎる内容だった。


神聖リリアンヌ教国には医学生に対する一週間程度の短期研修制度がある。

目的は、最新の医療技術を体験してもらい、今後の治療に役立ててもらう為で、多くの学生達が参加する。

参加者にはもれなく、最新の医学書や道具が配布され、もちろんそれは個人の持ち物となる。

ヨシトも学院入学前に既に体験しており、非常に有意義な経験だったと思っている。


だが、何せ参加費が高い。

一週間(8日)の格安の物でも50万ギルはする。

この後の日程は、学院が始まるまでの間に10日ほどの休みがある。

ヨシトの話は、費用は一切自分が持つから、それに参加する意思があるかどうかを確かめる物だった。


それを聞いた友人達は、まずは断った。

「それはいくらなんでも、やり過ぎじゃないの。俺らはそんな大したことしてないし」

ミコン君の言葉をあえて無視して、ヨシトは短期研修制度のパンフレットを広げる。


「この中に、誰か似たような制度を利用した事がある奴はいるか?」

誰からも手が上がらない。

当然だろう、彼らは苦学生だ。

それを確認すると、ヨシトは話し出す。


「これは、一番ランクが下のタイプだ。相部屋だし、移動は3等客室だし、飯は朝一食のみ。それでもそれ以外は、俺が体験した物と変わらない。そして、俺は参加してよかったと思っている。だから、お前らにも体験してほしい。もちろん予定が入っている場合は仕方無いけど、俺に遠慮して断るのだけはやめてほしいんだ」


彼らは考える。

ヨシトは、これを正当な御礼と考えているのだろう。

強化人間に関する会議の議事録を見た彼らに、その理由は解る。

獣人である彼らに、その実感は無いがポルプ=レクイダがあれほど騒ぎまくっていた事を考えると、ヨシトがそう思うのも無理無いのかもしれない。


「俺は行く! 考えてみれば、お前が俺らにほどこしを与えるつもりでやってるはず無いしな。それなら俺は参加したい」

ミコン君の言葉に、次々と参加希望の声が上がる。


「俺も、バイトの調整をしてみる」

「おれは大丈夫だ。参加する」

「私もそうしたい。ねえ、最小単位は二人からよね。女性二人で参加しない?」

「そうね、私も何とか調整して見るわ。ヨシト君、いいわよね?」

その言葉に頷くヨシト。


「じゃあ調整は、二日あればいけるか。三日後に参加の最終確認をするが、それでいいか?」

全員が頷くのを見て、ヨシトは説明する。

「最終参加締切日は5日後だ。三日後ここで集まった後に、そのまま手続きする為に事務所に直行するから。1時間程開けていてくれ。じゃあ一旦解散だ」


こうして、ヨシトの提案は実行された。

5人全員の参加が決まり、彼らは期待に胸ふくらませて旅立って行った。


満足したヨシトだったが、自分の休みの間の予定を入れていない事に気付いた。

つまり、10日間ぽっかりと予定が空いた事になる。

暇である。

もちろん、ゆっくりすればいいだけだが、何もしないと罪悪感を感じるという自分の性格を理解していたヨシトは、無理やり予定を入れてみる事にする。


卒業まで残り半年の学院では、卒業研究と軍務実習がメインとなる為、魔物の生態や対処法を熟読し、卒論はゲルギッチ教授の元で、魔道具を応用した、魔力体と肉体に関する研究をする為に、ある程度の準備をしておく。

同時に、孤児院の子供達に、それぞれにあった指導を行う。

空いた時間で、日課である、思考念波による魔術の修業をする。

週に一度くらいは、ゴルゴダへ行き、リラス老人と将棋を指す。

貧乏性、ここに極まれりといった感じである。

そんな事をしていると、1週間などあっという間に過ぎ、残りはあと二日間となった。


休みの日の昼過ぎに、自室で執筆活動をしているとノックの音がした。

「はーい。どうぞ開いてますよ」

現れたのはナタリーメイ=ウッドヤット院長だ。

驚いて椅子から立ち上がり、彼女の元に近付くヨシト。

ナタリーメイの表情を見ると、良い知らせを持ってきた様子では無い。


「どうされました、院長先生」

「ヨシト君、ナイーラ村に行った事はありますか?」

「いいえ、ありません。ちょっと待ってください。今、地図で確認します」


ヨシトは机に向かうと地図を取り出し広げて、ナイーラ村の位置を確認する。

彼の記憶通り、南南西に950kmほど行った中海に面する小さな漁村だ。

ヨシトはナタリーメイに説明する。


「俺は、その村から70km程北西の港町、ルビナスになら行った事があります。一体何があったんですか?」

ナタリーメイは頷き、少しほっとした様子を見せる。

それから表情を厳しくし、事情を説明し始める。

「昨日の夜、ナイーラ村を3匹の魔物が襲ったそうです。恐らく、1年前にミランダを襲った残党ではないかと思われます。不意をつかれ多くの死傷者が出て、多くの孤児が出た模様です」


数匹の魔物相手には、『託宣たくせん』が下りない場合も多い。

さすがに、そこまで女神も手が届かないのかもしれない。

それでも80m級以上の襲撃の場合は、『託宣』が前もって降りる為、村が全滅と言う事は無いだろうが。


「院長先生は、行くつもりなんですか、ナイーラ村へ」

彼女は、少し考え意見を述べる。

「まだ正式に、依頼が来た訳ではありません。ただ情報が入ってこない為、現地を見ておく必要があると思ったのです。ただ、あなたの先ほど言った、港町ルビナスへの飛空便は明日の昼まで無く、乗り継いで行っても一日がかりになるでしょう。近くの町から救援隊は到着しているでしょうが、どうしてもこのような場合、最も弱い者が後回しになります。何人の子供達に救いの手が必要かを確認し、他の孤児院と連携を取り、受け入れ体制を早急に整えなければなりません」


「解りました、早速準備をします。俺が、何か用意する物はありますか?」

「あなたは、受像機を持っていましたね。現地の写真を取る必要があります。他には、地図や手袋、水、食料、動きやすい服、丈夫な靴、筆記用具、本来は最悪の場合を想定して野宿できる装備が必要ですが、あなたの場合は、とりあえず位置情報さえ記憶出来れば問題無いでしょう」

「解りました、いつ出発できますか」

「30分で用意します。宜しいですか?」

「はい!」


二人は25分後に、孤児院の車庫前に集合していた。

ヨシトの提案で、支援物資をいくらか持って行こうと言う意見にナタリーメイが賛同した為だ。

彼は2カ月ほど前に、例の事件の謝罪の意味も含め、小型の自由飛空車を孤児院に寄贈していた。

大きさは日本で言う、小型バスに近いもので、形状は、一昔前の新幹線の先頭車両に似ているだろうか。

本来は、畑仕事や孤児達の移動に役立つように考えて贈った物だが、何が幸いするか解らないものだ。


荷台に、毛布、食料、水、魔素燃料、魔石等の支援物資を積み込み、ヨシトの運転で町の外に向かい発車する。

このタイプの飛空車は、都市内では燃費節約のため、陸上を車輪で移動する。

購入費用は1000万ギル以上もしたが、ヨシトには痛くもかゆくもない。



広い道に出ると、ヨシトは横に座るナタリーメイに確認する。

「確かナイーラ村の人口は1000人ほどだったと記憶しています。漁村に住む人は獣人が圧倒的に多いはず。孤児がいるなら、獣人の子供になりますね。大丈夫でしょうか、孤児院側の受け入れは」

運転中の為、ナタリーメイの姿は見れないが、力強い声が返ってくる。


「魔物の襲撃による場合、全く問題がありません。慣例により、特に孤児たちは完全に保護されます」

「今回聞いた中で、唯一の良い情報ですね。」

時速40kmくらいの速度で、車はガタゴトと石畳の道路を進む。


「これに乗るのは2回目ですけど、それにしても乗り心地が悪いですね」

「何を言っているのです、ヨシト君。ほとんど揺れずに快適ですよ。こんな高級車は本来、私達には過ぎた乗り物です。本当に感謝していますよ」

(どうも、日本の自家用車と比べてしまうな。悪い癖だ)

ヨシトは気を取り直して言う。


「価格はともかく、維持費がほとんどかからないのが良いですね。このタイプは1日50キロは燃料なしで走れますし、空を飛ぶ場合でも燃費は100キロごとに1000ギル程度です。何より購入後に税金がかからないのも最高です。以前、院長に話した前世の日本では、重量税とか自動車税とか言って、持ってるだけで税金がかかったんですよ」

「不思議な名前ですね。ですが合理的かもしれません。将来台数が増えれば、この街でもそうなるかもしれませんね」

そんな事をしゃべっているうちに、通用門を抜けて街の外に出る。


ヨシトは人気のない所で飛空車を止めると、ナタリーメイに確認する。

「それじゃあこのまま、移送スキルを発動します。体が浮き上がりますから、しっかりと捕まっていてください」

移送スキルには重量は関係ない。

あくまでも対象物を、移送結界で囲えるかどうかで決まる。

二人は、自由飛空車ごと港町ルビナスに向かって空を翔ける。


―――――――――――――――――――――――――


ルビナスの町の外に無事到着すると、ヨシトは早速地図を確認し、此処から南東に約70km離れたナイーラ村に向かい飛空車を飛ばす。

この飛空車の最高速度は120km程で、もちろん速度計など付いていないが、方位計や高度計は付いている。

何より空の上からなら、多少迷っても1時間もかからないだろう。


飛空車は魔物の襲撃を防ぐため、地上100mの上空を最高速で飛ばす。

(うん、やっぱり空を飛ぶのは良い。日本じゃ自家用飛行機なんて持てないもんな)

日本ではそうかもしれないが、アメリカとかでは中古の軽飛行機は200万ぐらいから手に入る。

単に維持費や免許取得が大変なだけだが、ヨシトは当然、そんな事は知らない。


そう言えば、ナタリーメイと町の外に出かけるのは初めてだと気付いたヨシト。

こんな状況でも無ければ楽しかっただろうと考え、少し落ち込む。

飛空車の中には、エアコンは付いてないがラジオは付いている。

とはいえ、こんな場所では電波は拾えないだろう。


ヨシトは、いっそのこと、日本の事を色々話してみようかと考える。

こんな状況では、退屈しのぎにはなるだろう。

一応、ナタリーメイに確認を取り、地球とはどんな世界なのか、黒部義人はどんな生活を送っていたか等を話す。


意外に、院長先生はこの話に興味を持ったようだ。

この世界と日本の違いに付いて質問してくる。

彼女は、地球の総人口が60億人を超えている事や魔素や魔術が存在しない事に驚いていたが、やはり興味があるのは教育問題に関する事だった。


日本の学校が6,3,3制である事、多くの学校が制服着用を義務付けしている事、学校給食や教育委員会制度、集団登校や遠足、学芸会や運動会等の話を興味深げに聞き、解らない事は質問してくる。

彼は、自分の知る限り丁寧に解説していく。


「確かに色々と違いますが、驚くほど似ている部分もありますね。異世界とはいえ、人はそれほど変わらないのかもしれませんね」

ナタリーメイの言葉に、ヨシトは幸せを感じる。

(こんな夢みたいな話を、院長先生は否定しない。まさか、前世の事をこの人と話せる時が来るなんて、それこそ夢のようだ)

ヨシトの心は、深い感動に包まれた。


そんな話を30分以上していたであろうか。

いよいよ、目的地であるナイーラ村が見えてくる。

気持ちを切り替えたヨシトは、まだ遠くに見える村に思いを馳せる。


出来れば被害が軽微であってほしい。

彼の様な境遇の子供が、一人でも少ないようにと。


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