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第52話 ヨシトとポルプ


 マキシム医術専門院での職員会議が終わった次の日の朝、学院の掲示板に、

『学生ヨシト=ウッドヤットが、強化人間実験を含む人体強化実験のいかなる関係者でもないとマキシム医術専門院が保証する』

『人体強化実験の被験者に対し、マキシム医術専門院は、それを理由にいかなる迫害をも加えない』

との宣言文が掲載された。


それを見たヨシトを知る学生たちの反応は、人間族はホッとした表情を浮かべ、獣人達はどちらでも構わないようだった。

当のヨシトは、その内容を一べつすると議事録の閲覧をするべく、職員事務室へ向かった。


歩きながらヨシトは思う。

(予想以上の結果だけど、俺自身が強化人間の懸念を払しょくできないのに、何でこんな結論になるんだ?)

いいかげんな論議が行われたとは思えない彼は、議論の内容を知りたいと強く思った。


事務室へ行く途中に、友人達が声をかけてくる。

「おいヨシト、良かったじゃないか。食堂でパーティーでも開こうぜ。当然、お前持ちでな」

「バーカ、おごらないぞ。まあ、気持ちだけ受け取っておく」

そんな会話を交わしながら事務室に着いたヨシトは、早速、議事録の閲覧を申請する。


珍しく時間をかけて、内容を熟読するヨシト。

読み終わると、大きく息を吐く。


(ものすごく、幸運だった)

まさか、ヨシトの過去の検査内容の数値まで明らかにされるとは予想していなかった。

だが、予想すべきだったかもしれなかった。


実は、彼は動議の提出者がミルトル講師だと思っていたのだ。

何故なら彼とは、過去に何度か言い合いになった事があるからだ。

(あの阿呆のことだから、難癖を付けて、俺の教授陣への心象を悪くする目的程度だろう)と推測していた。


彼は、ミルトルの人格だけでなく、外見さえ嫌いだった。

どちらが先かと言われたら、『両方』と答えるくらいに。

これは、人を外見で判断しない、彼にしては珍しい。

一言でいえば、全くと言っていいほど馬が合わないのだ。


彼の心を映す様な、狡猾こうかつな黒い瞳が気に入らない。

色素の薄い赤い髪は、情の薄さを表している気がする。

神経質そうな、高い声も不快だ。

だから、出来る限り顔を合わしたくない。


もちろん、中身もそれ以上に嫌悪していた。

そもそも気が合わないし、合わせたいとも思わない。

人を値踏みしてくる様子や、利己的で計算高い性格が不快に感じる。

いかにも小物だが、それを自覚し、開き直り、人格に改善の余地が見られないのが性質たちが悪い。

人種差別主義者であり、獣人の奨学生達が大人しくしている事を逆手に取り、実に陰険な対応をしてくるのは最悪だ。

要は価値観が違い過ぎるのだろう。


そんな訳で、ヨシトは彼と度々衝突した。

しかし、決して解り合えるはずもなかった。

まあ、卒業するまでの我慢だと思い、どんな組織にもこういう奴がいるものだと、ある意味あきらめていた。

そんな事情もあり、こんな理不尽な事をする職員は、ミルトル以外は思い付かなかったのだ。


ところがそれは勘違いで、動議の提出者はシュバリエ教授だった。

シュバリエとヨシトとは何回か話をした程度だが、彼がここまで強化人間、いや人体強化実験そのものを嫌悪しているとは知らなかった。

だが、彼の持つ医師としての価値観は、それほど特別な物ではないのだろう。

いずれ、ヨシトの能力に目を付けた医師との間に、同様のトラブルが起こった可能性は高いと言える。


だからこそ、ゲルギッチ教授の存在がありがたかった。

彼の存在やその意見は、これからヨシトの生い立ちや能力値に疑念をもつ人物に対する、強力な盾になるだろう。


そして同時にすまなくも思う。

ゲルギッチ教授が、ヨシトの持つトリプルギフトや前世の記憶の事を知ったら、違う結論に達していたかもしれない。


(だが、利用させてもらおう)

社会で生きて行く為には、世間の風当たりほど重要なものは無い。

少なくても、自分さえ結論が出ない事に対する過去の真実が解るまでは。

そう、彼がいったい何者なのかと言う真実だ。


ヨシトは、もう自分探しはしないと決めている。

だが、経験を積めば両親の事について、何かわかるかもしれないと、淡い期待は抱いている。

一見矛盾するようだが、重要なのはあくまでもヨシトの心の問題なのだ。

自分の心に負けず、ナタリーメイ院長の様に、何が大切かを間違えないようにすればいい。

真実は、おまけみたいなものだと今は考えている。


そして、犯人は学院関係者である事も解った。

それなら、アレク医師の関係者を総当たりするという、嫌で手間のかかる事をしなくていい。

犯行理由が義憤と言うなら、今、友人達に頼んで流してもらっている噂に我慢できず、向こうから飛び出してくるだろう。


その時、一度話し合ってみようとヨシトは考える。

彼に対する個人的な恨みで無ければ、案外いい奴かもしれない。

正義感が強い事自体は、欠点では無いのだから。


そんな事を考えながら、ヨシトは事務室を後にする。

自分が、この学院を選んで良かったと実感しながら。


―――――――――――――――――――――――――


掲示板の宣言文を見て、ポルプ=レクイダは怒りに震えた。

宣言文を破り捨てようかとさえ考えたが、さすがに人目があるので自重した。

怒りのまま、自分の所属する医術歴史研究室に勇んで向かう。

ミルトル講師に、理由を説明してもらう為だ。


誰にも声を掛けられる事も無く研究室に着くと、幸いミルトル講師は在室の様だ。

講師室のドアを激しくノックする様子を、研究室の仲間が驚いた表情で見つめているのもポルプは気付かない。

返事と同時に室内に飛び込むと、複雑な表情を浮かべるミルトル講師がいた。


「騒がしいぞ、レクイダ君。何の用かね?」

ミルトル講師の落ち着いた様子に、怒り心頭のポルプ。

「何の用かねじゃありません。俺がここに来た訳を知らない訳無いでしょうが!」

呆れた様子のミルトル。


「少し落ち着きたまえ。単に怒鳴りたいだけなら、外で幾らでも大声を張り上げればいい。こっちは迷惑だよ」

「そう言う事ではありません! 何故こんな事になったか説明してください!」

ミルトル講師は、一つ溜息をつくと話す。


「そもそも、実現可能性は低いと言ったはずだよ」

「それでも、何で学院があんな奴の保証なんかするんですか。奴は強化人間ですよ!」



実は、ポルプ=レクイダはシュバリエ教授の手に入れたヨシトの能力値に関する資料の存在を知らない。

あくまでも博士号を持つ教授以上に認められた特権ゆえ、学生には閲覧禁止だった為だ。

議事録にも資料は添付されないし、具体的な数値自体も議事内容から削除されている。

ポルプは、思い込みから断定してヨシトを強化人間と呼んでいるに過ぎない。


「内容が知りたければ、職員事務室へ行けば議事録がある。それを読みなさい」

「俺は、あなたから直接聞きたいんです!」

全く話にならないとミルトルは思う。

潮時だと感じ、保身に走る事にする。


「レクイダ君、君の名前は一切口に出していない。私自身の制約としてね。ここで引いて、さっさと卒論を仕上げなさい。卒業してしまえばウッドヤット君の顔を見ずとも済むだろう」

彼は、立ち上がりドアを開け、ポルプに退出を促す。


「俺は、納得できません。何で強化人間に人権が与えられるんだ。奴は兵器だ! 化け物なんだ!」

「口を慎みたまえ、ポルプ=レクイダ。ウッドヤット君は強化人間でないと学院が保証しているのだ。これ以上の暴言は許さんぞ」

それを『信じられない』という表情で見つめるポルプ。


「いいかね、レクイダ君。これ以上は、君の両親やおじい様にも迷惑がかかるだろう。私は君に期待しているのだよ。大人になりなさい。そして医学界で高みを目指しなさい。それが何より君の為になるんだ」

「俺は、当然そうなります。でも、奴の事は別です。天誅を下さないと!」


「もう一度だけ言う。最後の忠告だよ。勉学に励み、一日でも早く卒業しなさい」

その言葉に、ポルプはミルトル講師をにらみつけ、黙って背を向ける。

ポルプが出て行った後、ミルトルは研究室の中に居る学生達に謝る。

事情を何となく察した学生達は、ミルトルに声をかける。


「先生は何も悪くありません。彼の様子は普通じゃありませんでした」

その言葉に、辛そうな表情でポルプの事を心配するミルトル。

「心配だよ。君達も気を付けておいてくれないか。何かあったら報告してくれたまえ」

頷く学生達のを見る表情とは対照的に、ミルトルは心の中では舌を出していた。


(こいつらの親は、そこそこ地位の高い医師だ、いざという時には私の後ろ盾になってもらおう。ポルプ=レクイダが勝手に暴走してウッドヤットと潰しあってくれればいいが、恐らく相手にもならんだろう。せめて俺に関係ないように自滅すればそれでいい)

講師室に戻った彼の顔は、醜く歪んでいた。



研究室から飛び出したものの、何処に行くのかさえ思い付かないポルプは、さすがに少しは理性を取り戻し、途方に暮れる。

(議事録でも見に行くか? いや、ここの職員など、どうせ憐れみでウッドヤットをかばったに違いない。そんな不快な内容をわざわざ見たいとは思わん)


その時、運悪く学生達の噂話が耳に入る。

「ねえ、掲示板見た? やっぱり噂は本当だったのね。誰だか知らないけど気持ち悪い奴よね」

「本当の所、ウッドヤット君が強化人間のはずないわよ。だいたい、匿名の投書なんてひきょう者がする事よ。嫉妬って醜いわよね」

「そうね、文句があるなら正々堂々言えばいいのに。それが出来ないのは自分にやましい事がある証拠よね」


その話に、ひどく驚くポルプ。

一体いつから自分がひきょう者になったと言うのか。

最近は単位の取得も終わり、講義に顔を出さず卒論に集中していた彼は、初めてその噂を聞いたのだった。


それから彼は、噂話に耳を傾け始める。

どうやら噂自体は、少し前から流れていたようだが、掲示板の宣言文が出てから一気に活気づいたようだ。


いわく、告発文は全くのでたらめで、ウッドヤットに個人的な恨みを持つ者の仕業だ。

曰く、匿名なのはやましい所があるからで、ウッドヤット自身は全く気にしていない。

曰く、文句があるならいつでも話を聞いてやると彼は言っているが、ひきょう者には決してそんな事は出来ないだろうと告発者を馬鹿にしている。

ポルプは怒り狂ったが、同時に、これは罠だと理性が警鐘を鳴らす。


彼は、自らの主張の正当性は疑っていなかったが、ヨシトに闇討ちされる事を恐れたのだ。

何せ相手は強化人間、寿命の比較的短い彼らには恐れる物など無い。

新聞記事になれば世間の注目が集まり、ある程度の安全は保障されるであろうが、個人的に奴に対して名乗り出るほどの覚悟は無い。

いくら怒っていても、自分の命は惜しい。


そもそも、自分とウッドヤットでは社会的地位が違う。

本来は、矢面になど立ちたく無かったのにどうしてこうなったかを考える。

だが、やはり必然だったと思いなおす。

奴は、うまく社会に溶け込んでいるのだから。


やはり、ある程度のリスクは冒さないといけないかもしれない。

先ほど興奮して、研究室で叫んでしまったのはいかにもまずかった。

もしかしたら、自分が告発文の作者だと奴にばれるかもしれない。

それなら、いっそ先手を打てないか。


そして、彼が選んだ方法は何とも大胆で、ある意味ヨシトでさえ想像していなかった物だった。


―――――――――――――――――――――――――


次の日、マキシム医術専門院のヨシト個人の連絡棚に、一通のメモ書きが入っていた。

『告発文の事で話がある。昼に学生棟2階の202準備室にて待つ。フジコ=デイビイ』

そのメモに目を通すと、友人達の元に赴く。

まずは、情報収集だ。


講義室で、親友のレミル=ブラットを見かけたヨシトは、メモ書きを差し出しつつ話しかける。

「来たぞ、犯人からの連絡だ」

レミルは少し驚いたようだが。メモの内容を読むと質問する。


「フジコ=デイビイって誰?」

「俺もそれを知りたくてここに来た」

「偽名かもしれないね」

「その可能性は高いな」

「どうするの、行くの?」

「もちろん。だけどその前に情報を集めておきたい」


二人して、知り合いに聞いて回る。

そして意外な事が解る。


「フジコ=デイビイって、この学院の卒業生よ。私達の3期上の先輩に当たるわ。人間族で教授推薦を受けた優秀な女性よ。確か今は医師になっているはずよ、多分だけど」

上級生である、ラーミアさんからの情報だ。

彼女は顔が広いから間違いないだろう。

レミルが不可解そうな表情で話しかけてくる。


「偽名じゃなかったね」

「ああ、だが意味が解らん。議事録によると、犯人はミルトルの阿呆に相談を持ちかけたはず。卒業生が、わざわざそんな事するはずないだろうに。ミルトルの馬鹿は、そう言う嘘はつかないはずだ。後で責任を追及されるのを恐れてな」

「…名前をかたっているのかもしれないよ」

「…まあ、とりあえず会ってみる事にする」

「僕も行くよ」

「…そうだな、頼む」


そうして二人で、待ち合わせ場所に行く事にする。

一体犯人は、何を考えているのだろうか

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