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第47話 ヨシトは魔の森の近くへ行く


 早春の4月中旬のお昼過ぎ、ヨシト=ウッドヤットはゴルゴダの町から40kmほど北にある、通称[魔の森]とよばれる密林地帯の南側に来ていた。

密林の開拓をするならともかく、ほんの10m先には森の木々が立ち並び、中からは魔物の気配がする、このような至近にまで足を運ぶ人は、めったにいない。


そもそも、魔の森とは何なのか。

もちろん普通の森林ではなく、実は、ホットスポットの多発地帯に植物がうっそうと生い茂った場所の事をそう呼ぶ。

森の中には多くの魔獣が生息し、最奥には100m級の怪物がいる。

だが最も恐ろしいのは、植物の間に潜む魔木の存在で、人が足を踏み入れるには相当の準備と覚悟が必要な場所である。


かつては、魔の森を無くすために、植物の繁殖防止魔術陣を森の中に設置する試みがなされたが、何故か魔術陣自体を魔物が攻撃するため、結局は徒労に終わった。

では、全く方法が無いかと言えば、そうではない。

この世界では、木を焼き払うのが難しいので、外側から徐々に木を切り倒して開拓していけばいいのである。

だが、人口に比べて土地の余っているこの世界では、あえて危険を冒してまで開拓する必要性がなく、せいぜい森がこれ以上広がらない様に、有効範囲1km程ある繁殖防止魔術陣を、森の外周から少し離れた場所に防波堤のように設置する程度である。


このような森は、世界各地に点在しており、ゴルゴダ北部の森は直径200kmほどの中規模なものである。

植生は、それぞれの森によって違うが、ここの見た目は日本の森林に近く、針葉樹に似た高さ数十メートルの木々が目立つ。

日本の森との最大の違いは、光合成を行う必要のない一部の植物が、地面にびっしりと生えそろっている為に、森の中に立ち入る事が非常に困難な事だろう。

閑話休題。


ヨシトがこの場所に来るのは、今日が初めてだ。

当然、ナタリーメイ達には言っていない。

では、何故わざわざ彼は、こんな場所まで足を運んだのか。


ストレス発散の為である。


魔の森の前に立つ彼の右手には、一通の手紙が握りしめられていた。

差出人の名前が無いそれは、封書の表に新聞の切り抜き文字で『ヨシト=ウッドヤットへ』とだけ記されていた。


わざわざ、マキシム医術専門院のヨシト個人の連絡棚に入れてあったという事は、差出人は大学院の関係者だろうか。

封書の中身は、白い紙に同じく新聞の切り抜きで、『知っているぞ強化人間め』との文字が張り付けられた紙と、アレク=バースト医師の事件についての新聞記事の複写が入れられてあった。

当然、個人を特定出来ないように、思考紋や思紋を細工している物だ。


『来るべき時が来ただけだ』と、以前から覚悟はしていた彼は、手紙を読んでも、それほどの驚きは無かった。

だが、このような方法でアプローチしてくる事は不快だった。

(文句があるなら、正々堂々、声をかければいいのに)

むしゃくしゃしたヨシトは、午後の講義をすっぽかし、遠慮なく魔術をぶっ放そうと思い、ここに来たのだった。

確かに、魔の森に隣接するこの場所なら、多少地形が変わっても、誰も気にしないだろう。


ヨシトが何もせず突っ立っていると、森の中から30cm程もある、ネズミの様な魔獣が飛び出してきた。

彼は、その場を一歩も動かない。

無表情で、うなり声一つ上げずに、彼の頭部目掛け飛び付く魔獣。

だが、勝手に自動『防御』ギフトが発動し、愚かなネズミは結界表面でベクトルを変化させられ、直角に方向転換する。


「…魔物にも有効なのは、ミランダの一件で解ってたんだよ」

ヨシトは、独り言をつぶやく。

そして、手紙をクシャクシャに丸めて魔獣に投げつけると、まとめて火球で焼き尽くす。

後には黒い燃えカスが残り、風に散っていく。

これくらいでは、彼の気持ちは収まらないようだ。


(いっそのこと、魔物退治もやってしまおうか)

確かに、森の中に立ち入らなくても、ここで魔術を行使すれば魔物の方から飛び出してくるだろう。


そう思った彼は、自分の持つ最大火力の魔術を発動してみる。

なにせ、森林火災の心配は無いのだ。

何も遠慮はいらない。


ヨシトは思念波を使い、制御できる最大魔素量を練り込み、大規模な魔術構成を組む。

加熱した大気をさらに圧縮収束して、そのエネルギ-を電磁波に変換する。

『熱線』魔術の改良版だ。

刹那、指向性を持った摂氏5000度超、直径2mの円形の熱波は、まるで白銀の矢のごとく光速で突き進む。

ヨシトの目線の先には、トンネル状に穴が空き、森の木々がブスブスと音を立て真っ黒な炭に変わっている。


(駄目だな。発動までに時間がかかりすぎる。200mも進まないうちに、普通の木さえ燃やせないのも問題だ。やっぱり、この世界では電磁波の減衰が激しすぎる)

ヨシトは、そんなことを考えているが、これほどの魔術の使い手はほとんどいない。

普通の人間族、30人がかりの集合熱線魔術に匹敵する威力だ。

集合魔術は構成が難しく、威力が制限されるとはいえ、個人でこれと同じ威力が出せる人は高位の精霊族だけであろう。


実際、直撃すれば大型の魔物でさえ一撃で葬れるだろう。

しかし100m級相手には、とても致命傷は与えられない。

怪物どもの体表は鋼鉄並で、魔術耐性があり、軽い奴でも体重2万トンを超えるのだから。


ヨシトは少し考え、孤児院での教え子であるエミル=ウガンダのギフトを参考にした、電撃魔術を使ってみる。

狙いは前方30m先の大木、わずか5秒足らずで術式を立ち上げ、放つ。

数億ボルトの電圧で、周辺の木々までが根元からへし折れ、吹き飛ぶ。

だが、ヨシトは納得しない。

(やはり威力が足りないか。せいぜい、10m級がやっとだろうな)


それから彼は、次々と魔術を行使する。

氷結魔術で岩を凍らせ、分解魔術で砂に変える。

岩を弾丸状に加工、硬化させて、ライフルのように打ち出してみる。

地面を変化、硬化させ、セラミックの針で木を串刺しにする。


さすがにこれだけやると、少しは気が晴れてきた。

そこで、彼は気付く。

魔術の気配を察知してか、森の中から数匹の魔物が出て来たのだ。


大きさは50cm程度の『ルン』と言う、リスに似た魔獣だ。

わき目も振らず、ヨシトに近寄り襲いかかる。

だが、ヨシトの『防御』ギフトが発動し、あっさりいなされる。

自動『防御』があると、全く危な気がない。


結界表面に何度も飛びつく『ルン』。

「おいおい、ルンが3匹でルンルンルンか。ご機嫌だな!」

彼の気持ちは、その正反対だが。


ヨシトは、ふと思い付くと、即座に移送スキルを発動し、ルン1匹を遥か1500km上空に移送する。

魔獣はあわれ、惑星ルミネシアの衛星軌道上に運ばれた。

当然、即死だろう。


「やっぱり出来たな。結界のコントロールは少し大変だったけど、これは使えるな。でもこれって、ドラ○エのバシルー○、そのままだよな」

日本で有名なRPGの呪文を実現したヨシトは、少し得意気になる。

そして、どうせなら大型の魔物にも使えないかと考えて、気付いた。


(もしかして、燃え尽きずに落ちてくるんじゃないか? まずいだろ! それは)


この世界では、減衰が激しい上に酸化反応も弱い。

小型魔獣はさすがに燃え尽きるだろうが、大型の魔物が下手に町に落ちれば大惨事だ。

何せ、20m級でも体重は100トンを超えるのだから。


「バシ○ーラのつもりが、メテオだったとは。そもそもゲームが違うだろ! …まあやってしまった物は仕方がない」

ヨシトは気持ちを切り替えて、残りの魔獣を見る。


「残りはルン2匹って、どこの花の子だよ!」

確かに今は、幸せの花を探しに行きたい気分だが、自分探しの旅は、やめると決めたのだ。

それに、この世界にヨシトのおやじギャグを突っ込める人はいない。

日本でさえ、そんな古いアニメの事など知っている人は、40歳以上のおっさんやおばさんくらいだろう。


相変わらず魔獣ルンは、ヨシトに攻撃するのを止めない。

ヨシトは、ルン二匹をそれぞれ結界に包み込むと、圧力をかけ一気に押しつぶす。

ミートボール二つが完成し、もちろん即死である。


「…うわぁ、やっぱり生き物を殺すのは嫌だな。ストレス解消どころか、余計にしんどい」

その割には、やっている事が残酷なのは、彼の気持ちがすさんでいるからだろう。

その証拠に、肉塊に対して理不尽な文句を言う。


「…だいたいなぁ、小型の魔物は動物と見た目が変わらないんだ。それなのに、目が死んでいるんだよ! 安っぽいぬいぐるみじゃあるまいし!」

やはり、日本での記憶があるヨシトは、理屈では分かっていても、生物を殺す事に強い抵抗感がある。

いきなり、移送魔術でルンを目の前から消したのも、死体を見たく無かったからである。

最も、怪物級なら一切躊躇しないだろうが。


ヨシトは短く溜息を吐くと、死体の処理を開始する。

この世界の一般常識では、このまま死体を放置すると、そこから魔物が湧く可能性が高いからだ。

ヨシトは、生物の遺伝情報を消す魔術、『情報破壊』魔術を使った後、土に埋める。

死体全ての遺伝情報を消すには、少し魔術構成が難しいが、彼にとっては朝飯前だ。

この魔術は、身体魔素消費が少ないので、燃やすより効率がいい。

彼には、この程度の身体魔素消費など気にする必要もないが、新しい魔術を使ってみたかっただけかもしれない。


ちなみに、

人も含めて生物を土に埋めると、たまにではあるが、地中からその生物に似た魔物が発生する。

そして、魔物自体を埋めると高い確率で魔物が湧く。

その理由は、はっきりとはわかっていないが、『情報破壊』魔術を使った後なら、死体を埋めても問題ないとされる。

これは遥か昔、『託宣』ギフトの持ち主によりもたらされた魔術で、こうしておくと魔物が発生しないされている。


その為もあり、全ての人間族の国での死者の埋葬は、火葬と決まっている。

しかし、その他の国では設備がない為か、田舎に行くと土葬の習慣が残っている場所もある。

その場合は、埋葬前に、この魔術が必ず使用される。

その地域では、この魔術のスキルが突然に手に入ったりする場合が多い。

これは、女神様の慈悲の賜物たまものであると考えられている。

まさに至れり尽くせりの対応であり、人型の魔物がめったに現れないのも、これのおかげであると言われている。

閑話休題。


魔獣ルンの亡骸を埋め終わった時には、彼の気持ちは完全に萎えていた。

「…はぁ、何かもう嫌になってきたな。……帰ろう」

ストレス発散しにきて、逆に溜まってしまうのでは意味がない。

それに、気持ちも大分と落ち着いた。

彼は移送スキルを行使し、ネオジャンヌに帰っていった。


―――――――――――――――――――――――――


ヨシトは、自宅に帰る道すがら、午後の講義をサボってまでストレス発散した、自らの行いを反省する。

(レミルやリンダ達は、心配しているだろうな。考えてみれば、俺が講義を抜け出すのは初めてか。後でどう説明するか、頭が痛い)

まさに『ついムシャクシャしてやった。今は反省している』を体現している。


(さすがに魔物退治したなんて、院長先生達には言えないな。怪文章が来た事も含めて。それにしても、俺もまだまだ子供だな。そう言えば俺、未成年だったよな。どうも前世の記憶のせいで、自分をおっさん扱いするのは悪い癖だな)

本人の自覚はともかく、精神的には、ヨシトはおっさんである。

決して記憶があるだけの子供ではないが、肉体的には発展途上の為か、どうやら子供っぽい部分が出てきてしまうようだ。


(ああ、昔だったら酒を浴びるほど飲んで、ふて寝するのにな。そういえばスナックのカオリママさんは元気かな。なんだかカラオケを思いっきり歌いたくなってきた)

そんな事をすれば、ヨシトは間違いなく治安員(警察官)のお世話になる。

そして、この世界にはまだカラオケは存在しない。


ヨシトは、気を取り直して考える。

(俺は今後、どうするべきか。

いや、何もするべきじゃないかもしれん。

これは悩む所だな。

何しろ犯人の意図が解らん。

俺にだけ、こんな文章を送りつけたと言う事は、実は遊び半分で、俺が困った様子を見て喜ぶ愉快犯だろうか。

個人的に恨みを持つ者の犯行なら、犯人を特定して対処する必要もあるだろうが、俺にその覚えは無い。

それならば、無視をしていればそのうちきて、新しいおもちゃを見つけるだろう。


何より俺は、そんな奴の相手をしたくも無ければ、相手が喜ぶ行為なんぞ取りたくない。

俺は、自分は姿を見せず、相手を一方的に非難して愉悦ゆえつに浸る奴が大嫌いだ!

奴らは社会正義の名の元に、重箱の隅をつつくようにして他人を責めるが、自らの行いをかえりみたり、人の立場に立って考えてみる気持ちがあるとは思えん。


それに他人を批判するならば、匿名では無く、せめて己の立場くらいは鮮明にしておく必要がある。

つまり、自分のうっ憤を晴らしたいだけじゃないか!

あっ! もしかして、俺が魔の森でやった行為もそうかもしれん)


ヨシトは再び反省する。



とにかく彼は、しばらく様子を見る事にした。

外から見れば、日常と変わらない生活を送るように心掛けて。


だが彼は、犯人の動機や目的の量と質を完全に誤解していた。

そして、世の中には逆恨みがあると言う事も失念していた。


6日後。

ヨシトの関係する場所ほとんどに『天誅』とタイトルが入った、激文の様な怪文章がばらまかれた。

非常に強烈な悪意のこもったそれは、簡潔で、添付資料の裏取りが簡単な上、明らかにヨシトに対して非難が集まるように捏造ねつぞうされたものだった。

およそ4年前の新聞記事との一番大きな違いは、ヨシト=ウッドヤット自身の名前が明記されていた事である。

更に特筆すべきは、彼自身が強化人間実験の研究者の一員で、世間に対し、自身の優れた能力を隠して孤児院に紛れ込み、社会に対する罪を逃れようとしている犯罪者であるという主張であった。


ヨシトを知る者達の間に、衝撃が走った。


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