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第46話 ヨシト=ウッドヤットという男

 ポルプ=レクイダは、マキシム医術専門院に在籍する22歳の人間族の男だ。

身長も171cmと平均的で顔も十人並み、魔力量も平均を少し上回る程度で、見た目にはこれといった特徴のない男である。

唯一、人と違うのは、彼が生まれた環境であった。


祖父を国立ヨセミテ医術専門大学院の学長に持ち、父親は同大学院で教授職を勤めている。

母親も著名な法律家で、家も極めて裕福である。

そんな血統書付きなポルプが、何故マキシムなどという二流大学院に居るかと言えば、ヨセミテの入試に落ち、滑り止めのマキシム大学院に、渋々ながら入学した為である。

彼は、首都にある豪邸に両親と一緒に住んでおり、浪人生だった彼は、両親の命令に逆らえなかったからだ。


一般的に、20歳を過ぎても親と同居している人間族は少数であり、小さいながらも部屋を借りて独立を果たす者がほとんどだ。

ただ、商家や農家などの生計を同一とする家族や、一度も就職していない学生は例外とされる為、それに含まれるポルプが特別な訳ではない。

最も、最近では生活力が乏しく、親を頼ったいわゆる『すねかじり』の若者が増えている事が社会問題として新聞に取り上げている事も付け加えておく。


その年の2月、マキシムに入学後、3度目のヨセミテ大学院の受験に失敗したポルプは、この世の理不尽さを恨んでいた。

彼は、学科はそこそこ優秀であり、ヨセミテ大学院にこだわらなければ、医師を目指す他の医術系専門院には入れるのだが、それはプライドが許さなかった。


別にポルプ=レクイダ自身が、社会に対して何かを成した訳でもないのだか、恵まれた環境に育ったポルプは、小さい頃は甘やかされて育った事もあり、人の悪い癖というかサガというか、自分は特別だと思い込んでいた。


そんな不満を抱えたポルプは、それから二か月が過ぎた4月の中旬、自分が所属するマキシム大学院の医術歴史研究室で、論文作成に力を注いでいた。

彼は最近では、いっそこのまま教授推薦を目指して、医師になる事を考えていたのだが、教授陣の反応はよろしくなく、しょせん2流大学院の教授達には自分の価値など解らないのだろうと、彼らに対する軽蔑を更に深めていた。


ポルプは、ふと溜息を吐くと、書きかけの論文から目を離し、これまでのマキシムでの出来事を思い返した。

そして次第に、深い思考のうねりにとらわれて行った。



俺の通う大学院は、獣人の医学に力を入れており、学生も8割近くが獣人の奨学生で、教授達も獣人に対して好意的な異常な所だ。

何故、両親が此処への入学を命令したのか解らない。

講義内容も、獣人の医学が半分近くを占めており、寿命も長く、魔力も高い人間族が、なぜ野蛮で犯罪率の高い獣人なんかに興味を持つのか、全く理解できない。

実際、新聞には今日も犯罪者の写真が載っているが、半分以上が愚かな獣人どもだ。

自分が奴らに囲まれていると考えただけで、獣臭くなったようで不快でしょうがない。


あまりにも理解出来なかったので、研究室長でもあるミルトル講師に、以前その理由を尋ねてみた事がある。

ミルトル講師は、マキシム大学院の中では、比較的ましな部類の先生であり、彼みたいな人物が教授になっていないのだから、この学院の程度が知れるというものだ。


ミルトル講師が言うのには、

『彼らは憐れんでいるのだよ。財産もなく、魔術も駄目で病気にも弱い、そのうえ借金を抱えて、卒業後はそれを免れようとして軍隊に入り、すぐに何人かは魔獣に食い殺される。そんな獣人達を見て、女神の慈悲とかの真似ごとでもしたいと思っているかも知れんね。彼らの中にはそんな獣人達に対して、己の力を誇示したい愚か者もいるかもしれん。だが、レクイダ君、私は違うよ。獣人には、自らの立場を理解させなくてはならない。少し勉学が出来ると言っても、種の壁は越えられないと言う事を自覚させないことこそ不幸な事だ。彼らの多くは、国に帰ると重要な役職に就いたりするんだ、愚かしい事にね。勘違いは早めに正さないといけないが、しょせん獣人の頭では理解できないのであろう、極めて反抗的だ。まあ君は、そんな人間にならない様に気を付けなさい』

との事。


実に、最もな意見だ。

このミルトル講師がいるからこそ、不快でしょうがない学院生活も耐えられるというものだ。

実際、此処に所属する、自分以外の3人の学生達も、多かれ少なかれ同意見であると聞いている。

やはり、他の人間達が変人なのだろう。

しょせんこの学院は、はきだめということか。


まあ、獣人達はともかく、人間族の中で最近特に許せない奴がいる。

ヨシト=ウッドヤットという男だ。


奴の名前を最初に聞いたのはいつだったかと、考えてみる。

確か噂で、昼食を学生食堂で取っている人間族の男がいると聞いたのが、そうだっただろうか。

こんな所の臭い飯を獣人族に囲まれて食うなんて、ずいぶん変わった奴もいるものだと思った事を覚えている。

後で聞けば、朝食の代わりに安い学生食堂を利用しているとの事だ。

(なるほど、貧乏人なのか。まあ、此処にはお似合いだろう)

と、納得した事を覚えている。


その次は確か、奴が主体となって、学生寮で奨学生達の勉強会を開いていると聞いたことだったか。

全く気がしれないと思ったが、ミルトル講師の言葉を思い出し、力を誇示したいだけの愚か者だろうと思い、どんな奴だか興味が湧いた。

きっと、動物園のサルみたいだろうと思い、顔が見たくなった。


たまたま講義が重なる事があり、奴の後ろの席に座り観察してみる事にした。

ヨシト=ウッドヤットは、ただ背が高いだけの平凡な男のように思えた。

何となく暗い影を感じるのは、一応苦労人だと言うことか。

奴の横には、レミル=ブラットという少し背の低い人間族の男が座り、どうやら友人の様だが、凸凹コンビでお似合いというものだろう。

後で知った話だが、レミル=ブラットは獣人とのハーフであり、なるほど貧乏人のこせがれと、半分は獣な人間族は、お互いの傷をなめ合うにはちょうどいいだろうと納得したものだ。


聞くとは無しに耳に入った話では、奴は医師では無く一級回復師を目指しているとの話なので、己の部をわきまえた賢明な判断だと、その時は少しは見直したのだが。

ただ一つ気になったのは、奴らと仲良く話すリンダ=ハミルトンの存在だ。


リンダ嬢はゴルゴダ出身であり、背が少し高い事を除けば、実に魅力的な女性である。

何より、ゴルゴダのハミルトン家と言えば名家であり、その中でも特にクレイ=ハミルトンという人物は、精霊族の医術にも優れた賢人であり、祖父が師事を受けた事もあると言うほど、医師の間では有名である。

はっきり言って、全く釣り合いが取れておらず、世間知らずなお嬢様である彼女の事を気の毒に思った。


それにしても、奴ら二人の元にはしょちゅう獣人達が声をかけてきて、うっとうしくて仕方がない。

リンダ嬢も、気さくに応対しており、このままではまずいと思った。

凸凹コンビには、獣人共がお似合いであり、リンダ嬢のような可憐な女性が関わるものではない。

事実、奴らは彼女の家柄さえ知らないではないか、許し難い事だ!


だから、その後リンダ嬢に忠告して見る事にした。

彼女の家柄を示し、親切心より将来の事を考え、友人関係をよく見極めるべきで、なんなら自分が友人に立候補しようかと、両親や祖父の名前まで出して説明したのに、

「私は、自分の友人くらい自分で決めます。失礼します。出来ればもう声をかけないでください」

との言葉に落胆したものだ。


手遅れだったかと残念に思ったが、しょせんお嬢様だ。

世間に出れば自分の意見が間違っていた事に気付き、俺に感謝するだろう。

その時は、せいぜい慰めてやる事にしよう。

なんなら、プレイ相手くらいにはなってやってもいい。


プレイと言えば嫌な事を思い出した。

これも、あのヨシト=ウッドヤットに関係する事だ。


ある日、同窓生であるラーミア嬢が他の女性達と騒いでいた。

彼女は、俺とたまに話す友人の一人だ。

聴こえて来た会話によれば、どうやらプレイに誘った男の魔力体が安定していなかった為、パートナーを断念せざるを得なかったようだ。


なるほど、彼女は今フリーなのか。

俺もちょうど相手がいなくて、アベニュー通りの人間相手に性処理をしているので、誘ってみる事にした。

「なあ、ラーミア嬢。たまたま俺もフリーだ。何ならパートナーになってやってもいいぜ」

「冗談でしょう! 私にその気は無いから。他を当たって頂戴」

「たかがプレイだろう。一度体の相性を確かめれば良いじゃないか」

「私はね、出来れば恋人とそういう関係になりたいの。残念だけどあなたとヨシト=ウッドヤットじゃ比較にさえならないわ」

「はぁ? ヨシト=ウッドヤットだと。あんな貧乏人の何がいいんだ」

「…それを解らないあなたと、これ以上話す事は無いわ。これからは二度とパートナーには誘わないで頂戴!」


どうやら、俺は友人を失ったらしい。

まあ、あんな人間相手に恋人になろうとする女など、こっちから願い下げだが。


それからも、ヨシト=ウッドヤットの名前は聞こえてくる。

天才児だとか、素晴らしい医療魔術だとか、頼りがいがあるとか、実にうっとおしい。

人間族の女性の中でも、奴のパートナーを狙っている者も多いようだ。

まあ、それはいい。

しょせん学生、すぐに化けの皮が剥がれるだろう。


実際、奴は最近、獣人の勉強会にあまり顔を出さなくなったと聞いた。

奴の同期は優秀だと聞くから、恐らく優越感が感じられなくなったのだろう。


そういえば、汚れた血を持つレミル=ブラットの故郷が魔物の襲撃を受け、壊滅したらしい。

100年ぶりにそんな不幸に当たるとは、奴も付いてない。

まあ、俺には関係ないがヨシト=ウッドヤットのことだ、せいぜい不幸な友人を慰め、優越感に浸るのだろう。

それが、少し気に入らないだけだ。


そして最も気に入らないのが、俺とラ―ガス教授との教授推薦に関する事だ。

最近ようやく卒業の見込みが立ち、10年もの実技経験を積むのが嫌だった俺は、レントン教授とラ―ガス教授の元を訪れた。

そう、博士号を持つ二人に、教授推薦を申し込みに行ったのだ。


レントン教授は、あっさりしたもので、

「論文の内容を見て決める。がんばりたまえ」

と言ったのだが、ラ―ガス教授は俺を侮辱した。


「レクイダ君、本当に君は私の推薦を得られると思っているのかね」

「はい、もちろんです」

「帰りたまえ、不快だ。君は自分を客観的に見る事が出来ないようだね」

その言いがかりに、俺は反論した。

「意味が解りません。理由を聞かせてもらうまで帰れません」


「よし、それなら話そう。確かに君の学業成績は、さほど問題ない。優秀とはいえないがね。問題は、君のこの学院における姿勢そのものだよ。恐らく君は此処を、そして奨学生達をゴミ溜めのように見ているんだろう。そういう部分がある人間族の医師も少なくない。だが、君はそれを隠しもしない。普通医師になる者は、心の中はともかく、その気持ちを抑えて崇高であろうとするものだよ。そんな君が教壇に立つ事を推薦するなど、私の倫理に反する。君は実務経験を積み、その事を良く理解するべきだ」


「教授は俺を馬鹿にするんですね。…いいんですか? 俺の祖父や父は、医学界の重鎮ですよ。俺もそうなる予定です。教授の将来に影響するかもしれませんよ」

「ふん! そうなるなら、私は医師など引退するよ。だがレクイダ君、君は勘違いしている。マキシム医術専門院には、学会での栄達を望む者などほとんどいない。君の脅しは通用しない」

「…後悔しませんか?」

「いいから帰りたまえ! 顔を見るのも不快だ。…全く。ろくでもない学生ほどすり寄ってくる。ヨシト=ウッドヤットやレミル=ブラットなら、こちらから頼んででも推薦するものを」


「ヨシト=ウッドヤットやレミル=ブラットですって! よりによって、あんな奴らと俺を比べるなんて、教授はどうかしてます!」

「…その言葉は、そっくり君に返すよ。彼らはね、自らの境遇にも負けず、それこそ必死に努力している。精神も極めて健やかで、見ていても気持ちいい」

「ヨシト=ウッドヤットなんて、ただ貧乏なだけでしょう。ラ―ガス教授は、生まれで俺を差別するんですか」


「…君にウッドヤット君の何が解る。彼は、孤児だ。君が持っている環境を、彼は何一つ持っていない。生まれで差別するだって? 笑わせるんじゃないよ、レクイダ君。それが無くても、彼が私に提出したレポートは画期的なものであったよ。それだけで十分推薦に値するぐらいにはね。…だが、その顔を見ると、何を言っても無駄の様だね。本当に立ち去りなさい。お互いこれ以上、嫌な気分になる必要もないだろう」


あまりに腹が立った俺は、ヨシト=ウッドヤットについて調べてみた。

役所の住民登録を見ると、確かに孤児院の住所だ。

何より驚いたのは、その年齢とダブルギフト持ちだと言う事だ。


俺は許せなかった。

たかが孤児風情が、俺より優れた能力の持ち主だと!

思い返してみると、何からかにまで全て許せない。



「許せない! ヨシト=ウッドヤット!」


大きな声を上げて、ポルプは我に帰る。

彼は辺りを見回すと、独りである事を確認し、安堵のため息を漏らす。


そしてポルプは、再び論文作成に取り掛かる。

しばらくすると、彼の書く手が止まる。


(今、何か気になる記事を見なかったか?)

医術の歴史編さんに必要となる資料を読み返すポルプ。

その中には新聞のバックナンバーも、脳生理学専門医であるアレク=バーストの著作物もあった。


それらがすべてつながった時、ポルプ=レクイダは、どす黒い微笑みを浮かべた。


そして、女神に感謝する。

やはり、自分は間違っていなかったと。

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