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第45話 ナタリーメイとタラチナの意見は対立する

 ヨシト=ウッドヤットが、要塞都市ゴルゴダから帰ってきて一月が過ぎた。

最近のヨシトは、今までの何かに取りつかれたいたような必死さは影を潜め、勤勉で穏やかな生活を送っていた。

相変わらず、他者から見たら真面目な学生である事は確かだが、休日には積極的に出歩き、良くしゃべり、良く遊び、良く笑うようになった。


そんな彼の変化を最もよく知る人物のうちの二人が、マリアネア第二孤児院の院長室に座り、仕事の話をしている。

そう、ナタリーメイ=ウッドヤットとタラチナ=イシュタリアである。

孤児院の会計報告や孤児たちの近況について話しているうちに、どうやら話題は、ヨシトについての話になってきたようだ。


「先生、ヨシト君は最近とても良い調子です」

そう言うタラチナに、頷くナタリーメイ。

「彼は、ゴルゴダで何か良い事でもあったのでしょう。以前あった、影の様なものを感じられなくなりました。…本当に、子供達の成長は早いですね」

「でも先生、ヨシト君の気持ちは、私達じゃ救えなかったのですね。少し複雑です」

タラチナの寂しそうな表情に、ナタリーメイは微笑む。


「チナ、それは当たり前ですよ。人にはそれぞれの立場や役割があります。私達が出来なかった事を誰がやったにせよ、それは喜ばしい事です。そして私達は、変わらず彼の力になってあげましょう」

「はい、本当に」

「人の巡り合いは、不思議なものです。ですが彼の心を救った人物も、…いいえ、あるいはヨシト君自身が辿たどり着いただけかもしれませんが、どちらにせよ、彼の努力の賜物たまものだと思います。…私はね、チナ。彼の笑顔を見ていると心が癒される思いです」

「はい、私もヨシト君の笑顔は大好きです」

二人の間に、穏やかな時間が流れる。

だが、それを破ったのはナタリーメイの一言であった。


「この際、もう一度ヨシト君の里親について考えてみましょう。今の彼なら、かつての様な強い拒絶は示さないでしょう」

そのナタリーメイの意見に、非常に珍しい事に、強い反対をするタラチナ。


「先生、私は反対です。いいえ、その話さえヨシト君には聞かせない方がいいと思います」

ナタリーメイはその言葉を聞き、しばらく考えた後で自らの意見を述べる。

「確かにあなたの考えは解ります。ですが、里親の話を彼にしたからと言って、彼の心が不安定になる事は無いでしょう。それならば、可能性は低くても、やってみる価値はあると思いますよ」

タラチナも反論する。


「そうかもしれません。でもヨシト君の心は傷付くと思います。ヨシト君にそんな思いをさせたくないと感じるのは、私の傲慢ごうまんでしょうか」

ナタリーメイは少し微笑みを浮かべ、彼女の懸念を解く。


「あなたのその気持は、自己愛から来ている物ではないでしょう? 老婆心ろうばしんと言う物ですね」

「院長先生に老婆と言われた私は不幸」

二人はクスクスと笑う。

そして、気を取り直したようにナタリーメイは話し出す。


「チナ、あなたは反対なのですね」

「はい先生。私の意見は変わりません」

「あなたの考えを詳しく聞きたいですね。理由によっては白紙に戻します」

タラチナは考えをまとめるように、時間をおいてから話し出す。


「一つは金銭的な事情です。普通、里親をあっせんするのは、その子に経済力がないからです。ヨシト君の個人口座には、5000万ギル以上の残金があります。将来的に見ても全く心配いりません」

「それは解ります。そもそもクロベ財団を作らなければ、桁が一つ以上は違うはずですから。でも本当の理由は違いますね?」

タラチナは頷くと話を続ける。


「一番の理由は、ヨシト君がそれを望んでいないからです。本当に必要だと思うなら、ヨシト君から私達に言ってくれるはずです」

なるほど、タラチナのヨシトに対する評価は極めて高いのだろう。

そして、ナタリーメイもそれは同じである。

だが、ナタリーメイは反論する。


「里親を見つける事は、未成年の間にしか出来ません。後で望んでも遅いのです。彼が此処にいる間は問題ないでしょう。しかし成人後は此処を出て、ヨシト君は独りで世間と対峙しなくてはなりません。世界に一人きりの孤独を埋めるのは、決して私達ではありません。この場所は苗床なえどこです。大きく育った若木わかぎは、この場所に戻ってくる事は出来ません。そして私達の役目は、未熟な彼らに対して将来の道を示し、出来得るなら、その子を一番に思ってくれる人物をあっせんする事だと思います」

その言葉にもタラチナは意見を曲げない。


「確かに普通はその通りです。ですが、ヨシト君の事情は違います。私は里親をあっせんする事が、ヨシト君の幸せにつながるとは思えません。いえ、逆にマイナスだろうと思います。世の中には、例え実の親でもうまくいかない場合があります。先生、親とはそれほどいいものでしょうか? あくまでも、良い関係を築ける確率が高いだけだと考えます」


なるほど、これは二人の価値観の違いでもある。

二人とも、ヨシトは独りで生きていけるとは考えている。

だが、ナタリーメイはそれでも最善を模索する。

そして、タラチナは自らの経験も踏まえ、極めて現実的な道を選択する。


二人は、ヨシトの心の強さや様々な事情を理解している。

そして、ヨシトの判断能力を高く評価もしている。


ナタリーメイは、里親をあっせんしても、問題があればヨシトが判断して断ればいいと考えているし、その判断を自分自身の見解より尊重するであろう。

もちろん、あっせんが実を結ぶ可能性が低い事も理解している。

タラチナは、そもそも選択を含めてまでヨシトに決めさせようと考え、例え彼が、結果的に後悔しても、それすら乗り切れると考えているようだ。

両方の意見とも、決して間違っていない。


しばらくの間、院長室には無言の時間が流れたが、ナタリーメイはふと思い付く。

「いっそのこと、ヨシト君に全て話してみましょう」

「先生、それは極端すぎませんか。それに、結果的に先生の意見そのままです」

タラチナの反論に、ナタリーメイは苦笑する。


「チナ、私は彼を大人扱いすると決めていたのを忘れていたようです。こんな人生を左右する話を、いくら保護者とはいえ、彼の意見抜きに決めるのはフェアじゃありません」

タラチナは反論しようとするが、少し考えた後、ナタリーメイの意見に結局賛同した。



そんなわけで、ヨシトが学院から帰ってくると、院長室に呼び出された。

ヨシトの向かいのソファーに座るナタリーメイとタラチナの雰囲気を見て、何事かと思い、恐る恐る聞いてみる。


「…あの、何か問題でもありましたか? 心当たりは無いんですけど」

ナタリーメイは、ヨシトに笑いかけ、誤解を訂正する。

「あなたに関係する事で話があるだけです。別に叱りつけたりしませんよ」

そして、女性二人はお互いの意見も含めて、ヨシトに里親の件について話し出す。


ヨシトが、その話を冷静に聞き終わるとナタリーメイは質問する。

「それで、あなたの意見を聞くべきだと言う結論に至ったのです。ヨシト君、里親についてどう思っているのか聞かせてもらえませんか」


その話を聞くと、彼にしては珍しいほど長い間、何か熱心に考えているようだった。

そして、紅茶を一口飲むと、また黙ったまま考え込む。

タラチナが見かねて声をかける。


「ヨシト君、辛いの?」

その言葉に我に返ったように、ヨシトは彼女に言葉を返す。

「…まあ、少しは。ただ俺が黙っていたのは、どんな人達なら里親としてあり得るかをシミュレーションしていたからです」

ヨシトの返事に少し驚いたタラチナは、

「その結果は?」と短く聞き返した。


「思いつきませんでした」

と答えるヨシトに、ナタリーメイは尋ねる。

「ヨシト君の頭の中を調べる訳には行きませんから、簡潔に要点をまとめて私達に説明なさい」

ヨシトは少し整理をすると、二人に対して話し始める。


「里親って、完全に親子になる事ですよね。名前も変わり、保護者ではなく親権を持つ。その前提条件が、まず、あり得ません。俺はもうヨシト=ウッドヤットですから。でも、お二人の話を聞くと、そんな事じゃないと思ったんです。要は、俺が心から信頼できて、相手も俺の事を実の子のように思ってくれる、それは形式的なものではないだろうと考えたんです」

その言葉に頷くタラチナ。

ナタリーメイも、そのあたりが妥当であると判断したのだろう。

彼女はヨシトに問いかける。


「それで、思いつかなかった理由はなんです?」

ヨシトは複雑な表情を浮かべる。

「実は、それを理解してもらうためには、少し異常な話をしなければいけないんです。お二人には、今まで話してなかった事です。正直、愉快な話じゃないので…。でも、院長先生が里親にこだわるなら、知ってもらう必要があると思います」

ナタリーメイは、「聞きましょう」と応える。

タラチナも頷く。

そして、ヨシトは前世の夢の話をする。


ヨシトが孤児院に来てから、父親から前世だと説明された夢を2年以上見続け、その記憶を元に作家デビューをした事を説明すると、タラチナに話しかける。


「タラチナさん。俺が朝に泣いていて、あなたに慰められた事があったでしょう。あの日の夜、夢の中で黒部義人は死んだんです。38歳でした」

タラチナは突拍子もない話に驚きつつも、事実として頷いてくれる。


「院長先生は、いま俺がした様な話を聞いたことありますか?」

「いいえ、一日や二日ならともかく、二年以上なんてありえません」

「俺の意見も同じです。つまり何らかの未知の力が俺には作用しています。そして俺は、それが魂に関係していると仮定しました」

タラチナが否定する。


「魂については何も解っていない。オカルトを元にした仮定には意味がない」

「でも、院長先生は、魂の存在を否定出来ませんよね?」

ナタリーメイは、ヨシトの問いかけに、珍しく一言も返さず黙りこむ。


そして、ヨシトは説明する。

自らが、魂の研究者の実験動物であろうという推測と、捨てられたか、あるいは相手を殺した後に、自らの人生をやりなおしたとの恐ろしい推測を。


あまりの話に二人は黙るが、気を取り直したナタリーメイが話す。

「ありえません。先ほどの話以上に」

「ヨシト君、本の読み過ぎ」

「では、お二人は今の仮説を論理的に否定できますか?」

二人は黙り込む。


あり得ない話だと、笑い飛ばす事は出来なかった。

この三年半以上もの間、ヨシトに起った様々な事実が、その仮説の一部を証明している。

そして何より、彼の気持ちの問題が大きい。

彼女達はヨシトがこの話をするのに、どれほどの葛藤や苦悩があったかを想像する。

今も、ヨシトの心は悲鳴を上げているかもしれない。


ナタリーメイは、大きく深呼吸した後、ヨシトの目をじっと見つめ、優しく語りかける。

「それがたとえ事実であったとしても、あなたには一切の責任はありません。そして、ヨシト=ウッドヤットに対する私達の評価は、上がりこそすれ、決して損なわれないでしょう。何より、あなたが怪物になる? 私達を殺す? その時は、私は戦いますよヨシト君。今のヨシト=ウッドヤットの心を取り戻すために。だからあなたは、何も心配する必要はありません」


タラチナもヨシトに語りかける。

「ヨシト君が嘘を言っていないのは、解りたくないけど私には解る。でも、何が起こっても私達の見る目がなかっただけ。気にしないで、…お願い」

タラチナの目には涙がにじむ。

だが、それを決してこぼさないように耐えている。


ヨシトは、最愛の二人に対して微笑む。

「お二人が、そう言ってくれるのは解ってました。ゴルゴダでこの事を含め、すべてレミルとリンダに話したんです。…二人に叱られました。そして、心が軽くなりました。最後に、自分の心と戦う決意が持てました。だから心配しないでください。…正直、まだ辛いです。この気持ちは、1000年たっても完全には消えないかもしれません。でも、お二人に誓約します、決してあきらめないと!」


ヨシトの力強い言葉は、二人の心に響く。

ならば、彼自身が解決出来るだろう。

ナタリーメイとタラチナはそう感じた。


ヨシトは話し続ける。

「話を元に戻しますね。まず、俺には両親を名乗る人物がいます。でも、それはもう関係ありません。事実が解れば変わるかもしれませんが、いま目の前に彼らが現れても、果たして良好な関係を築けるでしょうか。馬鹿な話をしますが、俺にとって本当の両親は、前世の日本での二人しかいないと思っています。そして、それはもう心の整理が出来ています。あくまでも過去の事実として」


ナタリーメイは、その言葉に頷く。

「なるほど、姓名の事はともかく、里親を迎えるには、何の問題もないように思えますね。でも違うのでしょう?」

「はい」

ヨシトは返事を返すと、ナタリーメイに質問する。


「院長先生、里親希望の方の中に、獣人でも人間でもかまわないと条件提示される方はいますか?」

ナタリーメイは、ぐっと言葉に詰まったが何とか言葉を返す。

「ほとんど、いえ、一度もないと言った方が正確でしょう」

「その理由は解りますか?」

彼女は少し考え、私見を述べる。


「3つ程、推測出来ます。まずは本能に近いものですね。里親希望者は、この街ではすべて人間族です。そもそも獣人族には許可がおりません。彼らは、人間族の子供を希望します。そこに偏見がある事も否定できません。次に、その子に対する配慮ですね。人間族の夫婦には、人間族の子供しか生まれません。つまり、人から見れば、血のつながりがない事は一目瞭然です。これでは里親制度の趣旨に反します。最後に、寿命の問題です。高齢の御夫婦ならともかく、獣人の孤児は、里親より早く亡くなります。これに耐えられる人は少ないでしょう」

ヨシトは頷いて私見を述べる。


「獣人の孤児と特殊な事情を抱えた俺、どちらが問題が大きいでしょうか。魂をいじくられた可能性がある俺は、あっさり死ぬかもしれません。新聞に載った記事から、俺の問題に気付く人も多いでしょう。実際、リンダの曾祖父そうそふであるクレイさんがそうでした」

その言葉に驚くタラチナ。


「ヨシト君、大丈夫なの?」

ヨシトは、ハミルトン家で起った事を簡潔に説明した。

問題ない事が解ると、女性二人は安心した様だ。


「今回は上手く転がりましたが、今後は余計なトラブルを生むかもしれません。俺を子供にする事は、相当な覚悟が必要です。さっき院長先生が言われた里親候補達の理由とは別の意味で」

女性二人は黙る。

ナタリーメイすら、ヨシトの意見を否定できない。


「そして、ヨシト=ウッドヤットを心から自分の子供として愛してくれる人は、どんな人か想像できますか? 例えば、俺の里親候補だったマルヌール夫妻ですが、俺は彼らを一生両親だとは思えない可能性が高い。だけど、愛情深いマルヌール夫妻は、あくまでもヨシト=マルヌールとして俺に接するでしょう。これは、お互いにとって不幸なことです。それならば、何も知らない善良な人か、聖人に近い人格者くらいだろうとしか俺には思い付きませんでした。前者は俺が嫌です。そして後者なら、両親を求めて泣いている獣人の孤児たちこそ優先されるべきです」

ナタリーメイは納得する。


トリプルギフトの件も含め、ヨシトの里親探しは事実上不可能に近いだろう。

解っていた事だが、ヨシトの心の内を聞いた今なら、単に親をあてがう事は、不幸な結果を生む事が女性二人は十分に理解出来た。

ヨシト=ウッドヤットは、幸せになる為に家族を求めなければならないのだから。


ヨシトは最後に結論を述べる。

「つまり俺に必要なのは、里親じゃなく社会的な後ろ盾になってくれる人です。例えば、農家や商家がやっている養子縁組に近い関係です。これは、院長先生の本来業務ではありませんし、養子なら成人後も問題ありませんから、急ぐ必要も感じません」


ナタリーメイも、結論を述べる。

「ヨシト君、あなたの意見は正しい。里親の件は、白紙に戻します。今後、考えが変われば報告なさい。そして、もしあなたが望むなら、成人後に養子縁組を希望する人を捜しましょうか?」

ヨシトは首を横に振り、彼女の提案を断る。


「俺に時間をかけるより、院長先生は、他の子供達に力を使ってください。正直、信頼できる人物は、自分で見つけるのが一番いいと思います」

タラチナは、そんなヨシトをまぶしく見つめて、冗談かどうかも判らぬ口調で話す。


「ヨシト君は、大人。さすが精神年齢40過ぎ」

「いや、それでもタラチナさんより若いですから」

「ヨシト君に老人扱いされた私は不幸」

クスクスと、三人は笑う。


ナタリーメイとタラチナは考える。

ヨシトの心は、もう何も心配ないだろう

ならば彼の言う通り、他の孤児達に力を注ごうと。

それが、彼女達の使命であり、生き方なのだから。

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