第43話 ヨシトとリンダとレミル 2
要塞都市ゴルゴダのほぼ中央に位置する、ハミルトン治癒院3階にある客間で、3人の若者たちが語り合っていた。
先ほどの雰囲気は鳴りを潜め、お互いの将来について冗談を交えつつ話し合う。
特にヨシト=ウッドヤットの心は、この世界、惑星ルミネシアに来てからの三年半の中で、初めてと言っていいほどに穏やかだった。
何か、憑きものが取れたような表情でヨシトは笑っている。
どうやら今は、レミル=ブラットの将来について話し合っているようだ。
「レミルは、やっぱり教授推薦を狙うのか?」
「うん、僕も単位は3分の2近く取れてるから、半年は論文に集中出来るよ」
「ねえ、レミル君。いっそのこと卒論には一年かけてみたら。医師志望の大学院生は、ほとんどがそうしているわよ」
「納得いかなかったら、そうするよ。母さんの治療費にお金がかからなくなったから、家には結構余裕があるみたいなんだ」
「おいおい、新築したばかりなのに余裕だな」
「ヨシトくんだけには言われたくないよ、この一年半で『錬金』で幾ら貯めたの?」
「ふっ、真の金持ちは金勘定などしないものだよ。解るかね、レミル君」
「あんな事言ってるけど、リンダさんの意見は?」
「逆よ逆、こういうのを成金って言うのよ」
「なるほど、さすが年季が違うな。やはりこれからは、リンダお嬢様と呼ばないとな」
「実際、そう呼ばれているしね。僕、笑っ…… ビックリしちゃったよ」
「なるほど、二人とも殴られたいようね」
とにかく楽しそうだ。
「リンダさんは、どうするの? やっぱり予定通り、此処で医師を目指すの?」
「ちょっと、レミル君。その前に一級回復師の国家試験があるのよ。それがまず第一でしょ?」
男達は顔を見合わせ、不思議そうな顔をする。
「いや、大した問題じゃないと思うが」
「僕もそう思うよ」
リンダは、呆れた風に言う。
「はいはい、どうせ私は、まだ5分の3くらいしか単位が取れてないわよ。特にヨシト君には筆記は楽勝でしょうね」
「いや、リンダ。二級回復師試験の合格後、5年間は学科試験は免除されるんだ。だから合格者番号を書けばいいだけ。つまり俺は、実技試験だけ」
レミルとリンダはブーイングだ。
「「ずるい、ヨシトくん(君)」」
ヨシトも反論する。
「何言ってんだ。二級は3日間だぜ。一級の学科は一日だけだろ。それぐらいの利点はあっていい!」
「…確かにそうかも」
「レミル君は、そこで納得しない! …ああ、試験勉強は嫌よ、考えるだけで頭が痛いわ」
彼女の嘆きをよそに、今度はレミルがヨシトに質問する。
「それで、ヨシト君はどうするの? やっぱり、医師は目指さないの?」
「ああ、一級回復師でとりあえず十分だ」
「もったいないと思うよ。研究はともかく、教壇には立つべきだよ」
「俺に教師は勤まらない」
「そんなことないよ。実際教えるのは上手だと思うよ」
レミルの言葉に、リンダも頷いている。
ヨシトは、二人に突拍子もない話をする。
「実は、前世の記憶でな、教育実習を受けたんだが、何を間違ったか女子校に回されてな。そりゃもう、ひどい具合だった。いじめられるわ、からかわれるわ、こっちの熱血指導は空回りするわで、最後には『あなたは教師には向いていない』とまで言われたんだ。いやぁ、俺も若かったとはいえ断言できる。俺に教師は向いてない!」
「あなた馬鹿じゃないの。前世が本当だとしたって別人でしょ」
「そうだよ! 夢での事を引きずるなんて…、ヨシトくん、いくら作家だからと言って駄目だよ、現実と区別しなきゃ」
(まあ、前世の事はしょうがないか。いくら口で言っても伝わらないしな)
ヨシトは、黒部義人の事を他人とは思えない部分がある。
だが、それは言ってみても仕方ない部分だ。
「とにかく、とりあえず医師にはならない。確かに回復師だけなら儲からないけど、やっぱり、今の所は職業にするつもりはない。第一、お金は『錬金』があるから問題ないしな」
リンダは呆れる。
「…ハァー、ひいおじい様は見る目が無いわ。こんな人と結婚しろだなんて。そもそも、ハミルトン治癒院だって、結局一発の砲弾も命中して無いのよ。みんなからは、当たらずの要塞とか言われていたのよ此処は!」
それは結果に過ぎないとヨシトは思う。
このハミルトン治癒院のおかげで、どれほどの人達の心が救われたかと思う。
もちろんリンダも解っているのだろう。
そうでなければ、わざわざ此処を継ぎたいなんて言わない。
ヨシトは、苦笑を浮かべ話をそらす。
「クレイさんと言えば、レミルの部屋に先に行ったんだろ。一体どんな話をしたんだ?」
「私もちょっと興味がある。と言うか、多分ろくでもない事を言ったと思うの。レミル君、ここで話して楽になったら?」
二人に言いよられ、腰砕けになるレミル。
そして、観念したように話し出す。
「えーっと、今思えば、僕の話よりヨシト君の話の方が多かった気がする」
「ああ、なるほど」
「やり方が汚いわね! 本当にごめんね、レミル君」
レミルはリンダに謝られると、申し訳なさそうに話す。
「リンダさん、僕こそごめんね。実は、僕も婿に来ないかって言われたんだ。とりあえず断ったんだけど、『ここは暇で、近くに研究所もあるから、ハミルトン治癒院はリンダに任せて、研究に力を入れていい。お金もあるから援助する』って言われて少し考えちゃった。本当にごめん!」
それを聞いたリンダの顔は、とても冷静に見える。
だからこそ怖いと男達は思う。
「…へぇ、ひいおじい様、そんな事言ったの。…一度とっちめないといけないわね!!」
あわてて出て行こうとするリンダをレミルは必死に止めている。
(クレイさん。さすが、やり方が汚い。レミルの弱点を初対面で見極めるとは)
ああいうのを老獪と言うんだろう。
ヨシトには、クレイさんがどこまで本気かさえ解らない。
「ヨシトくんも止めてよ!」
「いいから離しなさい!」
どうやらリンダは気がおさまらないみたいだ。
「リンダ、気持ちは解るが、言ってもやり込められるだけだ。と言うか、クレイさんは逆に喜ぶと思うぞ」
その言葉に、リンダは少し冷静になったのか、再びベットの縁に腰を掛け直す。
「全く! いまいましい!」
レミルは、ホッとした表情で、あわてて話題をそらした。
「そう言えば、まだヨシトくんの事を聞いてなかったね。一級回復師になった後は、どうするの?」
ヨシトは考えて、二人に話し出す。
「実は、二人に俺の秘密を打ち明ける前は、世界旅行に出かけようかと思っていた」
「また、ヨシト君が突拍子もない事を言い出したわ」
「何のために? 僕も意味が解らないよ」
ヨシトは、恥ずかしそうに言う。
「ほら、俺は知識だけはあるだろ。だからそれを確かめると言うか、実感したいと言うか。ほら、なんだ、とりあえずブラブラ過ごそうかと」
二人はあきれ果てた表情だ。
「あのね、ヨシトくん。そういうのは風来坊って言って将来の目標とかじゃないよ」
「本当に、あなた馬鹿よね!」
「馬鹿って言ったな。二度も言った。ナタリーメイさんにも言われた事ないのに!」
「あなたのそんなとこは、ナタリーメイさんは知らないからよ。やっぱり馬鹿じゃ無くて大馬鹿よ!」
「ヨシトくんが、世捨て人になっちゃう。大変だ」
ヨシトのギャグは通じない。
当たり前だ。
「いやいや、だからもう、その気はないよ。出かけるとしても、もっと自分を確立してからだ。…実際、危なかったと思うけど」
ヨシトは考える。
それは、前世の若者がしていた『自分探しの旅』そのものだ。
精神年齢40過ぎの大人が考えるものじゃない。
(なんて恥ずかしい。ただの現実逃避じゃないか)
ヨシトは、自分が精神的に追い詰められていた事を実感した。
「じゃあ何をするの?」
レミルの問いかけにヨシトは答える。
「全部! 興味のある事に優先順位を付けて、片っ端からやっていこうと思う」
二人は呆気にとられる。
「ヨシトくん、極端すぎるよ」
「でもあなたの場合、それが出来ちゃうのよね。能力は高いしお金に困らないし」
ヨシトは笑う。
そして、具体例を言う。
「レミルは、俺が魔術道具の改良をしているのを知ってるだろ。それに作家も続けたいし、趣味の絵も続けたい。何処か専門学校に行ってもいいし、化学にも興味がある。魔術の修業具合にもよるけど魔術系の専門学校に行くのもいいと思っている。それにハミルトン治癒院を見て、建築学にも興味が湧いた。だから全部だ」
レミルとリンダは笑う。
「ヨシト君らしいわ。風来坊よりずっと前向きね」
「確かに十年程して満足したら、次々職業を変える人も多いもんね。ヨシト君はペースが速いから、相当の事が出来そうだね」
人間族は、大きく分けると3つのタイプに分かれる。
特定の事を長い人生をかけて極める人。
ある程度範囲を絞って、オーソリティ(専門家)を目指す人。
広く浅く、色々と職業をこなす人。
2番目が一番多いが、オールマイティを目指すのも悪くない。
もちろん、この中に当てはまらない人間族も多くいるが。
ヨシトは二人に向かって宣言する。
「とりあえず、俺の寿命は長いらしい。だったら、広く浅くじゃなくて深く広くを目指したい。だからレミル、リンダ、別に医師をあきらめる訳じゃない。俺の中で優先順位が低いだけだ」
二人はまぶしそうに、ヨシトを見つめる。
「ホント、さっきとは別人ね」
「僕もヨシトくんに負けないようがんばるよ」
ヨシトは、一度決心すると強い。
それが、例え空元気でも本当の元気に変えてしまう力がある。
そうでなければ、とても今日まで健全な精神を保てなかったであろう。
もちろん、完全に心の整理がついた訳ではないが、それは人が生きていく為には当たり前の事であろう。
(負けない! 自分の心に)
ヨシト=ウッドヤットは、この日大きな成長を遂げた。




