第35話 ヨシトはミリア大教会に行く
「きゃあああ――!」とシスタールシアの悲鳴が響く。
ヨシトの『飛翔』スキルが行使され、二人は、まるで隼のように地面に近づいていく。
地球のバンジージャンプも真っ青と言うか、命綱の無い分、圧倒的にこちらの方が怖い。
ヨシトはルシアを抱え、まるでアメコミのヒーローの様に地上に降り立つ。
ルシアを下ろし、ロープを素早くほどくと懐から時計を出して時間を確認する。
「ルシアさん、今9時10分を回ったところです。なんとか間に合いそうですね」
ヨシトはそう言ってルシアを見ると、彼女は顔を伏せ、両手と膝を地面につき、何処かで見たことのある反省のポーズのを取っている。
何となく気持ちは解ったが、冷静に突っ込みを入れる。
「ルシアさん、急がないと、せっかくの苦労が無駄になりますよ」
その言葉に、ルシアは、キッとヨシトをにらみ、
「ヨシト君! 私、帰りは、普通に帰るから!」
と、最もな意見を告げる。
「いや、帰りは普通の移送スキルですから」
ルシアはその話を聞いていないのか、
「私、絶叫系のアトラクションは苦手なのに」
とか言っている。
(処置なし)と思ったヨシトは、鞄とルシアを問答無用で抱え上げる。
「きゃあ」と可愛く叫ぶルシアに、
「低空飛行で、町の入口まで飛びます」
と告げ、10m程の高さを遠くに見える町の高い壁に向かって飛ぶ。
一、二分も飛ぶと、町の正門が見えて来た。
どうやら、ルシアも落ち着いたようだ。
入り口の近くでルシアを降ろすと、二人は目的地であるミリア大教会へ向かい、ゆっくりと歩き始める。
ルシアは照れ隠しもあるのか、前を向いたままヨシトに話す。
「ありがとうヨシト君。すごく助かったわ。……でも、二度と体験したくないけど」
その言葉に苦笑を浮かべるヨシト。
(考えてみればネオジャンヌの人は、ほとんど空を飛んで無いもんな。俺が慣れてるからと言って、さすがに飛ばしすぎたか。でも、ゆっくり飛んだら10分以上余分に時間を取られただろうし。まあ、ルシアさんの自業自得の面があるから、今回は良しとしよう)
そしてルシアに確認する。
「ところで、帰りはどうします? 待ち合わせしますか?」
彼女はしばらく考え、今度はしっかりヨシトの顔を見て話す。
「予定がどうなるか解らないし、帰りに寄るところもあるし、もしかして今日はこちらに泊るかもしれないから、ヨシト君は先に帰っていて」
「いいんですか? 帰りは飛空船を使うと5時間近くかかりますよ」
その言葉にルシアはほほ笑んで、
「私、飛空船は結構好きなの。本を読んでると時間もあっという間だし」
「確かに快適ですもんね」
覚えがあるヨシトは納得する。
「ごめんね、勝手ばかり言って。…それと此処まででいいわ、今日はホントにありがとう」
そう言って彼女は、ヨシトから鞄を受け取る。
「ルシアさん。こんな事でいいなら、いつでも言ってください。…出来れば早めに」
そう言って、クスクスとお互い笑う。
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ルシアを見送った後、ヨシトは(さて、どうしようか)と考える。
せっかくこんな遠くまで来たし、帰るのは一瞬だ。
(せっかくだし、観光していくか)
ヨシトはそう決めて、休日をプレトリアの町で過ごす事にした。
ミリア教国の首都プレトリアは、一辺が5kmの正方形を45度傾けた、ひし形の様な形の町で、町の中央にミリア教の総本山であるミリア大教会があり、北側を宗教区、南側が観光地になっている。
総人口は3万人程で、宗教関係者の割合が多いのは当たり前だが、此処には宗教系だけでなく、美術や工芸の大学も多く、学術都市の側面も持つ。
普通の都市と比べると、建物の色は質素で2階建て以下がほとんどである為、なおいっそう中央のミリア大教会のきらびやかさが目立つ。
ヨシトは、入ってきた南門からまっすぐ北に延びる広い道をミリア大教会に向かって歩き、その町並を楽しむ。
観光地だけあって、おみあげ物を売る店が目立つが、意外に置いている物の質が良い。
これはミリア教国自体が、工芸美術に力を入れているからであろうか。
気候は冬に近く、標高も高めのプレトリアの町は少々肌寒い。
ヨシトは、少し外れた場所にある服飾店に立ち寄り、フリーサイズのベストを購入する。
これは、巡礼者が着る物で、このままミリア大教会に向かっても違和感はない。
(せっかくだから、このまま参加しよう)
そう思ったヨシトは、大教会に向かう人並みに紛れ込む。
しばらく歩くと、荘厳な構えのミリア大教会の全景が姿をあらわにする。
金銀装飾で彩られた宮殿のような姿に、思わず息をのむ。
ミリア教徒でなくても、一度は訪れたいとされるのも納得だ。
精霊族であった始祖ミリアが、これを喜ぶかどうかは疑問だが。
入り口でお布施を払い、ミリア大教会の内部に入ると、壁一面にミリア教の教えを説いた神々しい絵が描かれている。
この建物自体は、ミリア教の歴史に比べれば新しい物だが、それでも千年以上前に建てられた物であり、全くその古さを感じさせないのは見事の一言だろう。
そんな事を考えながら、ミリアを祭った祭壇に近付いていく。
そこは、神聖な雰囲気が漂う場所だった。
思考力があるこの世界では、人の想いは力となる。
その雰囲気に少し圧倒されながら、ミリアの聖遺物が納められているという聖櫃をじっと見つめ、ヨシトは無心で、ただ祈る。
一方通行の順路に従い教会から外に出ると、ヨシトは、ほっと一息をつく。
(いい経験だった。ルシアさんに感謝だな)
こんな事でもなければ、ヨシトは少なくても当分は、この場所に来る事は無かっただろう。
そのまま人の流れに逆らわず歩いていると、町の西門が見えてくる。
さっきルシアと共に飛んだ町の外の景色を思い出し、ヨシトは急いで外に出る。
(やっぱり町の外の景色は、日本の田舎に似ているな。何となく安心感がある)
ヨシトは、二度とは見れぬ日本の景色を思い出し、センチメンタルな気分になる。
時計を見ると、まだ11時にもなってない。
「よし、決めた」
独りつぶやくヨシト。
彼はこの際、プレトリアの位置情報を覚える事にしたのだ。
少し外れた場所にマーキングを行い、その上に腰を下ろす。
ここからネオジャンヌへ思考波を飛ばし、跳ね返りを待ち、30分も待機すれば此処へ移送スキルで来れるようになるだろう。
寒いので、薄い空気の幕を展開し、中を温めればポカポカと温かい。
気持ちが良かったのでゴロリと横になると、5分もたたず眠くなる。
(まあ、寝ちゃっても大丈夫か。このままでも位置情報は記憶されるし、防寒に使っている魔術も解除しなけりゃ数時間は持つし)
なんとも危機感のないヨシトだったが、リュックは枕代わりにしているし、『防御』スキルもあるので不意をつかれる可能性は少ない。
30分程経って、ヨシトがプレトリアの位置情報を覚えた頃、彼に近寄る人影があった。
もちろん盗賊ではなく、一人の女の子だ。
「ねえ、そこの君」
空気の膜と何より夢うつつのヨシトには、その声は聞こえない。
それを察したのか、少女は結界に何と顔を突っ込み大声をあげる。
「ちょっと! 起きなさい!!」
「うぉ!」
飛び起きるヨシト。
少女は自分の仕出かした結果に満足な表情で、ヨシトに話しかける。
「おはよう、驚かせてごめんね」
そう言う少女の姿をまじまじと見るヨシト。
彼女は、ピンクブロンドの長い髪と意志の強そうな鳶色の瞳を持つ人間族で、身長は155cm程と小柄で、目が離せないような雰囲気を持っていた。
着ている服は、艶やかな質の良い真珠色のコートと温かそうな円筒形帽子や手袋も品のいい物を付けている。
(どこかの、お嬢様だろうか)
ヨシトは、そう思ったが、とりあえず立ちあがって要件を聞く事にした。
「えーっと、君は誰? そして何か用でもあるの?」
その言葉を聞くと、少女は上から下までヨシトを眺め、
「あなた、でかすぎ!」と、正直な感想を漏らした。
ヨシトは少し面食らったが、落ち着いて聞き返す。
「俺の身長はともかく、質問に答えてほしいんだけど」
我に帰ったのか少女は「コホン!」と咳払いした後、用件を切り出した。
「失礼、私はタリアと言います。あなたは移送屋さん?」
彼女がこう言ったのには訳がある。
昼間っから町の門近くで昼寝しているのは、酔狂な人でもない限り、位置情報を記憶している移送スキル持ちか、一部の『移送』ギフト持ちぐらいしかいないからだ。
ヨシトは誤魔化す必要もないと思い、正直に話す。
「いいえ、単なるスキル持ちなだけです。たまたま朝から此処を訪れる機会があったので、位置情報を記憶させていただけです」
その言葉に、パッと表情が明るくなったタリアと名乗る少女は、ちょうどいいとばかりにヨシトに本題を切り出す。
「それなら、私を近くの町まで送ってくれないかな。当然、謝礼はお支払いするわ」
それを聞いたヨシトは、申し訳ない思いで説明する。
「残念ですが、俺はこの国の人間ではないので此処以外の情報は知りません。移送屋さんを当たってください」
タリアは驚いた後、納得した様子でヨシトに尋ねる。
「あなた、何処から来たの? まあ目的はミリア教会でしょうけど」
これも、隠す必要もないので即答する。
「リリアンヌの首都、ネオジャンヌです」
「なるほど、泊りがけの巡礼旅行ってわけね」
彼女の納得顔にヨシトは、
(今朝からの事を話したら、さぞビックリするだろうな)
と思ったが、もちろん自重する。
タリアはうつむいて、しばらく何かを考えているようなそぶりだったが、ヨシトに向き直ると、とんでもない事を言い出した。
「あなた、私を連れて往復できる?」
「まあ、出来ますけど」
「だったら今日一日、付き合ってくれる?」
これはおかしい。
見ず知らずの男に、一日ネオジャンヌを案内しろと言っているのだ。
ヨシトの危機回避センサーが激しく警鐘を鳴らす。
「残念ですけど今日一日は、プレトリアの町で過ごす予定です。他を当たってください」
ヨシトはそう言って、町の中に戻ろうとして踵を返す。
もう位置情報は取れてるのだ、厄介事に巻き込まれるつもりはない。
「待って! お願い…」
タリアの必死な声に、つい足を止めてしまう。
どうしようかと考えたが、止まってしまったのだから仕方が無い。
ヨシトは振り返り、タリアをじっと見つめる。
タリアは勇気を絞り出すように、ヨシトに話しかける。
「唐突だったのは謝ります。事情も説明します。それで判断してください」
彼女の様子を見て、話を聞く事にする。
タリアは特殊なギフト持ちで、そのため神託後、すぐに半強制的にプレトリアに連れてこられたのだと言う。
そしてミリア教に入信したのはいいが、自由な時間はほとんど取れなかったそうだ。
そして今日は、珍しく一日時間が空いたため、プレトリアの町を歩いていると、ヨシトの思考波に誘われ此処に来たのだと言う。
ヨシトは、その言葉に驚く。
「思考波に誘われた? …驚いた、タリアはすごい力の持ち主だね」
思考波は通常、思考を向けた方向にしか感じられない。
指向性や収束性に優れている為で、思念波とは違い遠くまで届く。
だか伝わる力は大した物ではない。
それを感じられると言う事は、極めて優れた思考力への感受性を持っている事となる。
(彼女のスキルやギフトに関係しているのか、タラチナさんの様な派生能力か)
ヨシトは、タリアに尋ねてみる。
「タリアさんのギフトは何です?」
その言葉に、タリアは目を伏せ、つぶやくように言う。
「ごめんなさい。言いたくないの」
ヨシトは、強く共感する。
(彼女も、ギフトの事で悩んでいる一人なんだろう。彼女が言い出さない限りは、ギフトの事は聞かないように気を付けよう)
そして、タリアに話しかける。
「わかった。言いたくない事はいわなくていい。でも、何で俺で、何でネオジャンヌなの?」
その質問に、小さく笑うタリア。
「あなたの思考波がね、何となく知ってる感じに似てたの。それでだと思う。ネオジャンヌの事は、と言うより私、本当は町を出るつもりは無かったの。でもね、あなたが移送スキルを持ってるのを見てチャンスだと感じたの。本当は何処だっていいから、知らない場所でうんと遊んでみたいの。自由に、気兼ねなく」
彼女の想いを聞き、ヨシトは考える。
(タリアは、まるで檻の中の愛玩動物の様な生活を送っているのだろう。なんだか、ほっとけないと言うか、力になってあげたい。プレトリアにはいつだって来れるし、きっと今日は俺にとっても『小さな冒険の日』なんだろう)
「タリアさん。俺でよければ、今日の夜までなら付き合うよ。せっかくだから一緒に楽しもう」
ヨシトの決断に、タリアは今までで一番の笑顔で応える。
「あなたの名前を聴かせて」
「ヨシト=ウッドヤットだ。ヨシトって呼んでくれ」
「じゃあ私も、タリアって呼んで。よろしく、ヨシト」
二人は、がっちりと握手を交わす。
今日一日を精一杯楽しむために。
そして、半日足らずの『小さい冒険』が始まる。




