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第33話 一つの終わりと始まり


 魔物の襲撃があった三日後、ヨシトとレミルはブラッド家があった場所に来ていた。

周りには人も少なく、作業車が瓦礫ガレキの片付けられた道路を行きかう。


あたりは一面の焼け野原だった。

周りの家を見ても、屋根は吹っ飛び、窓ガラスは割れ、多くの壁は崩れ、色とりどりだった風景も爆風で黒くくすんで焼け焦げていた。


ブラッド家も例にもれず、敷地内には瓦礫ガレキが散乱し、家も見る影もなく破壊されていた。

今日二人が此処に来たのは、家の様子を確認する事はもちろん、レミルは少しでも使える荷物が残って無いかを確認する為と、ヨシトはブラッド家の瓦礫撤去の手伝いをする為だった。


(こんな光景をリリアンヌ教国で見るなんて。まるで資料で見た、第二次大戦後の日本の町みたいだ)

ヨシトは、三日前にブラッド家に向かって駆けつけた時に見たこの町の美しい姿を思い出すと、胸が締め付けられる思いだった。

特に、ブラッド家があった交易都市ミランダ南部は、完全に壊滅していた。

町全体を見ても、海側に行けば行くほど被害はひどく、北部の方でも大型の魔物が通過した所は軒並み踏み潰されていた。


「やっぱり駄目だよヨシトくん。何も残って無い」

レミルの言葉に「そうか」とだけ答える。


「レミル、瓦礫を片付けよう。何か出てくるかもしれない」

ヨシトの言葉にレミルは頷くと、二人して重力軽減魔術を使って、家の横の道路に瓦礫を積み上げる。

こうして置くと、瓦礫置き場に持って行ってもらえる段取りになっている。


この世界での瓦礫撤去は楽だ。

見る見るうちに敷地内の瓦礫が無くなっていく。

だからと言って、決して楽しい作業では無いが。


ヨシトは作業しながらも、この三日間の事を思い出していた。


―――――――――――――――――――――――――


魔獣ハンザキが倒された後、軍は掃討作戦に入り、それを知ったヨシト達は、この後の激務に備え仮眠をとった。

 お昼過ぎに第一級非常事態宣言が解除されると、ネイルさんは夫であるブラット氏の無事を確かめに災害対策本部へ、ヨシト達は野戦病院がある北口より少し離れたテント村に向かった。


そこは地獄の光景だった。

医師や回復師の人達は、10時間以上続く任務に疲弊しており、腕や脚を吹き飛ばされた怪我人が次々運び込まれていく。

ヨシトは、そこにいたリション先生と相談し、医師達を2つに分け、魔力が枯渇した人を先に休ませて暫定的な二交代制を取る事にして、自身は夢中で治療を続けた。


医師達は何より怪我人の命を繋ぐ事を優先し、魔力に余裕のあるヨシト達は、主に重症者を中心に処置をしていく。

その中には既に亡くなっている者も多くいて、今回の被害の凄まじさを実感する。

だが、悲しんでる暇は無い。

今はただ、機械的に作業を続ける。


そうしていると、夜六時を過ぎる頃から、国内より回復師や医師達が続々と集まり始め、やっと余裕が出て来た。


それからも、ほとんど泊まり込みでヨシトとレミルは奮戦し、昨日の夜やっとひとごこち着いた二人は、野戦病院を離れ自らの生活に戻る事にした。


避難所に帰ったヨシト達は、ネイルさんに会い、詳しい話を聞く事となった。

幸いにしてブラット氏は無事で、今は魔物の死体や、瓦礫の処理を行っているという。

ネイルさんがブラットさんから聞いた話では、被害はミランダが最も酷く、死者はこの時点で1000人以上、重傷者は集計さえし切れていないと言う。

近隣の2つの港町の被害も酷く、さすがに100m級の化け物はいなかったらしいが、多くの死傷者や建物の被害が出たという。


ヨシトは、ネイルさんに尋ねる。

「この後、どうされるか決めていますか?」

「そうね……、落ち着いたら、とりあえず主人の親戚を頼って北西の町へ行くかもしれないわね。それまでは此処にいる事になるでしょうね」

「首都までなら送れます。そこで宿屋を取られてみては?」

「ありがとう。でもやめておくわ。家の様子も気になるし、荷物も車に積んだままだから」


「母さん、僕が明日、家を見てくるよ」

それに頷くと、ネイルさんはヨシトに話す。

「ヨシト君、本当にありがとう。でも、もう家に帰りなさい。親御さんも心配してるでしょうし、気になるなら明日また来たっていいんだから」


ヨシトは悩む。

(確かにその通りだ。ただ、このまま帰っていいのか? ナタリーメイ院長やタラチナさんに会っていいのか?)

ヨシトは、しばらく考え結論を出す。


「実は、個人的な事情で此処に留まりたいと思います。いずれにしても、明日はレミルと一緒にブラッド家に行きたいと思ってましたので」

ネイルさんは、ヨシトの様子を見て少し考えた後で話す。

「何か事情があるみたいね。解ったわ、自分で決めなさい」

ヨシトは「はい」とだけ答える。


ヨシトは思ったのだ。

自分の悩みに、そう簡単に結論が出るとは思えないが、二人に会う前に、今回の出来事については結論を出すべきだと。


そして次の日、レミルと二人でブラッド家に来たのである。


―――――――――――――――――――――――――


 ヨシトとレミルが片づけを終わると、時間はお昼を過ぎていた。

「ああ、腹が減った。レミルも食べるか」

ヨシトは弁当を取り出し、勧めてみる。

「ううん、今日は朝一食だけってことは無いけど、さすがにまだ早いよ」

「そうか、いつも思うけど、一日一食ってのは人生の半分以上は損してると思うぞ」

「僕もいつも思うけど、君は燃費が悪すぎる」

二人は小さく笑いあい、ヨシトはサンドイッチに噛り付く。

被災者が炊き出しで作ったサンドイッチの中の具は、現地調達の魔物の肉だ。


魔物の死骸は、肉はもちろん使える部分は売り払われ、その収益金は町の復興に充てられる予定だ。

もちろん使えない部分や毒持ちの魔物も多いため、分解処理して今回は海にまかれる。

決して、そのまま地面に埋められる事は無い。

その場所から魔物が発生する場合が多い為だ。


レミルは、サンドイッチを食べるヨシトを見ながら話し出す。

「手伝ってくれてありがとう。本当に助かったよ」

ヨシトは、手話を使って『気にするな』のサインを出す。

それに『了解』のサインを返すレミル。

そしてレミルは、目線を遠くに向ける。


「此処に帰ってきてから色々あり過ぎて、夢の中にいるみたいな感じだったけど…現実なんだね」

ヨシトは、ただ黙って食事を続ける。

レミルの独白は続く。


「家を無くした僕が言うのも変だけど、すごく運が良かったと思う」

本当に心の底から、レミルはそう思う。

そして、すっかり片付いた実家の跡地をじっと見つめる。


「ヨシトくんがいなかったら、僕も両親も、この場所で死んでたかもしれない。本当にありがとうヨシトくん。何より母さんの事は、感謝してもしきれないよ」

その言葉に、食事を終えたヨシトは目を伏せる。

そして、親友に想いを告げる。


「レミル、今回の事は結局、俺の自己満足なんだ。そんな風に言われると、…辛い」

レミルはその言葉に驚きつつも、ヨシトの様子を見て何か察したのだろう、真剣な口調でヨシトに語りかける。

「君が、どんな気持ちで助けてくれたのかは、僕は知らない。でも僕は嬉しかった。それに、自己満足というなら僕もそうだよ。君の気持ちに関係なく、僕はお礼を言いたい。だから、そんなのあたりまえだよ」

「……ああ、そうだな」

ヨシトは親友の言葉を嬉しく思った。


レミルは話題を変える。

「昨日のリション先生との話し合いは、うまく行ったの? 先生は君の力を内緒にしてくれるのかい」

「ああ、何とか納得してもらった。その代わり『たまには顔を出せ』ってさ」

「どんな手を使ったの?」


ヨシトは、いたずらっぽく笑う。

「リション先生が納得してくれないと、俺は仕方無しに回復師の道を断念せざるを得ない、って言った」

「本当はそんな気は、これっぽっちも無いくせに」

レミルのその言葉にヨシトは「さすがはレミル」と笑って答えた。


ヨシトも笑っているレミルに尋ねてみる。

「なあレミル。お前はどうする? お母さんは完治しただろう。それでも医師を目指すのか?」

「当然だよ」

レミルに一切の迷いは無い。


「ヨシトくんには悪いけど、特殊なギフトに頼った治療は医術と呼べないと思う。少なくても、努力して身に着けられる技術じゃなければ駄目だと思う」

「俺も全く同意見だ。それを聞いて、逆に安心した」

ヨシトとルシアだけでは、世界中に何十万人もいるバルゾ病患者は救えない。

医師を目指すと言う事は、決して奇跡に頼る事ではない。


「じゃあレミル。俺は首都に帰るよ」

「気持ちの整理はついたの?」

レミルの言葉にヨシトは驚く。


「…どうして?」と聞くヨシト。

「だってヨシトくんは、この三日間、一度もナタリーメイさんに連絡して無いよ。君の場合、ありえないだろ。何かあった事くらい解るよ」

「…さすがはレミル」

「…ねえ、僕に相談できる事?」

「……ごめん、無理だ」

ヨシトは、つぶやくように親友に言葉を返す。

その言葉にレミルは思考を巡らせたが、しばらくして諦めたようにヨシトに話す。


「何を悩んでるか知らないけど、愚痴ぐらい聞くから」

「……ああ、その時は頼む」

「じゃあまた、マキシムで」

「ああ、マキシムで会おう。ネイルさんによろしく言っといてくれ」


そうして、二人は分かれる。

レミルは、北側の避難所へ。

ヨシトは、南側の町の外へ。


―――――――――――――――――――――――――


ヨシトは教会の入り口に、たたずんでいた。

この場所は、ゆっくりとした時間が流れているようだ。

意を決して、ヨシトは中に入っていく。

教会の横を過ぎ、孤児院の前まで来ると、再び気合を入れ中に入る。


「タラチナさん」

「…ヨシト君」

タラチナが駆け寄ってきて、両手でヨシトの手をぎゅっと握る。

色々考えて来た言葉が、頭の中からきれいに消える。


タラチナが、ただ一言だけ「おかえりなさい」

ヨシトも、絞り出すように「…ただいま」

しばらく見つめ合う二人。


そして、それだけでいいと思った。


タラチナと二人で院長室に入る。

ナタリーメイ=ウッドヤットは、二人の様子を見ると、微笑みを浮かべヨシトに声をかける。

「おかえり、ヨシト君」

「はい、院長先生。ただいまです」

ヨシトはナタリーメイを見つめ、謝罪の言葉に自分の気持ちを乗せる。

「院長先生、ご心配をおかけして申し訳ありません。連絡もせず外泊したのも申し開きできません」

ナタリーメイはヨシトに優しく、それでいて厳格な声で問う。


「あなたがした誓約は2つ。1つは聞くまでもありません。ヨシト=ウッドヤット、誓約は果たされましたか?」

「…はい」

「ならば、何も謝る必要はありません。…それと、タラチナとも誤解が解けた様ですね」

「…はい」

「今回は色々ありましたが、私にとっては、それが一番の朗報です。さあ、ソファーに座ってミランダで何があったかを報告なさい」


それからヨシトは一切の感情を込めず、事実のみを淡々と報告する。

二人は黙って聞いていたが、オリジナルスキル『遠隔操作』が手に入った経緯を話すと、「そこまで厳格に、誓約を守らずとも良いのです」

と、ナタリーメイ。

「ヨシト君に、また一つ悪用し放題の技が、覗きは犯罪、駄目、絶対」

というタラチナに「しませんから!」と突っ込むヨシト。


遠隔操作スキルを目の前でやってみせると、思考念波自体をタラチナやナタリーメイは感じ取る事が出来ず、本当に悪用し放題という事が解った。

「もうスキルになってますので、必要以外は使いません」

と、宣言するヨシト。

「もったいない」

と、冗談かどうか微妙な感じのタラチナ。


ナタリーメイは言う。

「人の欲望とは恐ろしい物です。一定の制約を設ける事は、それを抑える事につながります。ヨシト君、それは自分で決めなさい。そして、あくまでも柔軟に臨機応変に対応するのですよ」

ヨシトは、ナタリーメイの言葉を心に刻みつける。


すべての報告が終わると、ナタリーメイはヨシトに問う。

「あなたの問題は解決しましたか」

ヨシトは一拍置いて、二人に想いを伝える。


「正直、俺の悩みは完全には解消しません。恐らく一生、質量は減っても残り続けるんだと思います」

その言葉に、タラチナは少し落胆した様だが、ナタリーメイはヨシトを見つめ、更に問う。


「今回は、何も得る物が無かったという結論ですか?」

「いいえ」

ヨシトは即座に否定する。

そして今回の事件で、自分が感じた事を最愛の二人に告げる。


「自分が魔物と一緒なんて、そんな理屈は吹き飛びました。あれは異質すぎます。例え千年かかっても俺にはなれません。なりたくもありません。可能性がゼロの事を悩むほど自分が子供では無いと知りました」

「あたりまえ」と言うタラチナの言葉に、

「タラチナさんの言うとおりでした」と答えるヨシト。


そして最後に、こう締めくくる。

「今回の一番の収穫は、自分が未熟者であると実感できたことです。そして、だからこそ、院長の言葉『経験のみが自らを救う』を実感しました。俺はこの後、例え千年かかってもその言葉を信じ、ある日立ち止まったとしても、後退せず前へ進めます」


二人は、その力強い言葉を穏やかな表情で聞いていた。


こうして、

ヨシト=ウッドヤットにとっての大きな出来事、ミランダの悪夢は終結した。

これからは当事者としてではなく、あくまで支援者として関わっていくだろう。

なにしろ、たった三日間とはいえ、たくさんの人達と巡り合ったのだから。



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