第32話 港町ミランダの悪夢
交易都市ミランダ北部にある飛空場に、臨時の幕僚本部がある。
先日、といっても半日程前『託宣』が降り、神聖リリアンヌ教国南部の、海沿いの地域に第一級非常事態宣言が発令された為だ。
過去の例から言って、海からの魔物は港町を襲う。
実に、100に近い漁村や港町に緊張が走った。
その後『託宣』スキル持ちより新たな情報が入り始め、その数を次々減らし、最終的に、夜9時頃には、ミランダを中心に3つまでに絞り込まれた。
しかし、第一級非常事態宣言は解除されなかった。
海からの襲撃の場合、たった三つの町程度の規模に、第一級が発令される事は異例だ。
何故なら迎撃しやすいからで、総動員体制のこれが解除されないのは、つまり、深海の魔物が来ると言う事だ。
キュンメ大将は、いらだちを隠せなかった。
「よりによって、ミランダとはな」
彼はミランダ出身ではないが、海の男であり、このリゾート地でもある町を深く愛していた。
彼は、この事態に備え100隻以上の軍用船を任されていたが、ミランダの被害は間逃れないだろう。
今回、作戦に投入される軍用飛空船は200隻以上、神聖リリアンヌ教国の持つ軍用船の半分以上を投入する大規模な物である。
(それでも、一人でも多くの軍人が生き残るようにしないとな)
キュンメ大将は、心に誓う。
深夜3時を過ぎ、緊張感の漂う幕僚本部内に、次々と報告が入る。
「斥候船より報告です。海の中に巨大な影が見えると。その数10」
「……来たか」
キュンメの言葉に、参謀長が次々指示を出す。
「照明弾を打て。襲撃の数や、範囲を確定せよ」
港の様子を写す映像を、幕僚たちは静かに見守る。
しばらくして報告が入る。
「現在の所、確認数、40m級、11体、 80m級、8体、 ひゃ、100m級、3体!その他、20m以下、30体以上、10m以下、多数。範囲は、やはりミランダ港周辺に限定されているようです」
その言葉に本部がざわつく。
「種類は、解るか」
キュンメ大将の言葉が、場を静かにさせる。
「不明です」と言う通信士の報告に、参謀長が声を出す。
「水際で叩け、なんとしても擁壁内で被害を抑えるんだ」
だが、此処にいる者達は知っている。
種類はどうあれ、100m級が出て来たなら、その指示は達成されない事を。
――――――――――――――――――――――――
ヨシト達は、会議室のスクリーンを見ていた。
海の中から、ひょっこり顔を出す魔物の影。
しかし、その姿は解らない
その瞬間、まばゆい光がスクリーンを白く染める。
「何だ? 壊れたのか」
という男に、ヨシトは答える。
「恐らく集合電撃でしょう。すぐ回復します」
ヨシトの言葉通り、映像が戻る。
そして、その姿があらわになる。
「でかい!」
「一体、何匹いるんだ」
「グルトングか、あれは足が遅い」
「待て! ハンザキもいるぞ、最悪だ」
次々に聴衆が叫ぶ。
ヨシトの撮影魔道具が映し出す範囲は、港の5分の1も捉えてないが、その中に、でかい奴が5匹はいる。
はっきり解らないが、小さい奴もウヨウヨいる様だ。
「駄目だ、終わりだ」
誰かがつぶやく言葉に誰も反対できぬまま、映像だけが流れる。
遠くから、かすかにドーンという音が響く。
減衰が激しい、この世界では珍しい。
「大砲か?」
「ええ、恐らく」
質問に答えるヨシト。
そして、映像もそれを捉える
グルトングと呼ばれる80m級のアザラシの様な魔物に、次々、砲弾が命中する。
「ざまあみろ!」
「さすがだ、ウラン弾は威力が違う」
「見ろ、仕留めたぞ」
喜びの声が上げる中で、ヨシトとレミルは、冷静にスクリーンを見つめる。
グルトングが、変な動きをした。
撮影具では、コマ落ちしてよく解らない。
次の瞬間、周囲の建物が吹き飛ぶ。
「何だ?」
「ああ! 魚市場が!」
レミルが冷静に解説する。
「固有魔術です。グルトングは、死ぬ前に体を針の様にして、打ち出したんです」
それは、無数に打ち出される、3mもの鋼鉄の針。
やはり恐ろしいのは、その質量だ。
人が受けたら、ひとたまりもない。
もちろん、建物も。
絶望に呻く、会議室の聴衆達。
「だが、大きいのは、あと4つです」
ヨシトのその言葉に、皆は力を取り戻す。
「そうだ! こうなったら、少しは、しょうがねえ」
「ああ、建物なんて簡単になおせるさ」
だが、ヨシト達は理解している。
先ほどの一撃で、多くの人が傷ついた事を。
そして、戦場が画面の中だけで無い事を。
一体今夜、どれほどの被害が出るのか。
次々に、上陸してくる魔物。
それを水際で叩こうと奮戦する軍人たち。
雨あられのように降る、砲弾や魔術。
魔物が応戦し、固有魔術が飛び交う。
そして吹き飛ぶ人々。
映画の様な光景が、音もなくスクリーンに映し出される。
ヨシト達は、その映像をただじっと見つめている。
この悪夢は、一体いつまで続くと言うのだろうか。
戦いの開始より2時間半が過ぎ、大勢はようやく決した。
人間達の勝利は間違い無い。
だが、多くの魔物たちが倒れる中で、猛威を奮う化け物がいた。
100m級のハンザキだ。
地球で言う、オオサンショウ魚のような形の魔物で、強力な尻尾の一撃と、何より強力な固有魔法『水鉄砲』で、軍人達に多大な被害を与えていた。
動きが速く、何より100発近いウラン砲弾を浴びても、まだ健在だった。
避難所の会議室の中は、一言も無い。
ただ蹂躙される町を見ている。
あまりの光景に、気分を悪くした何人かの人が席をはずしたほどだ。
ヨシトは考える。
(此処までの大きさになるには、何年かかるのか。1000年? いや、もっとだろう。やつらは何を考えてる。ずっと深海に潜みながら、どうして今出てくる。そして、わざわざ何故町を襲うんだ。まるで何かの意志に、動かされているみたいだ)
既に、町の擁壁は突破され、ヨシト達は知らないが、最深部近くまで破壊されている。
今まで撮影具が無事なのは、幸運と言っていいだろう。
(ナタリーメイ院長が言う事が良く解る。これは、素人が正義感丸出しで戦っていい状況じゃない。確かに俺は、世間知らずだ)
もうそろそろ、中継器の魔石が切れるだろう。
ヨシトは、ガイヤル=タマランチの事を思い出す。
(あの人は、こんな状況をくぐりぬけて来たのか。魔物を憎むのは当然だな)
ヨシトの推測は間違っている。
この国で、第一級非常事態宣言が発令されたのは100年ぶりである。
いくらなんでも、こんな闘いが続けば、彼は生きていないだろう。
その時、スクリーンに大きな影が横切る。
「ハンザキだ、まだ生きてやがる」
男の声に、我に帰ったヨシトはスクリーンを凝視する。
(馬鹿な! 奴は町の中心へ向かったはずだ。何故、前を横切る)
近くで見るその姿は、異様だった。
体中に、あちこち穴を空け、大きく傷ついている。
早く歩けないらしく、さっきから何度も魔術の攻撃を受けている。
さすがにウラン砲弾は打ちつくされたのか、使われてはいないが。
そしてスクリーンに映るその目を見て、ヨシトは震えが来た。
その瞳は空虚だった。
(何も無い、何の意志も感じない。1000年以上生きて、こいつらは何も無い)
そして、海に向かって歩くハンザキを見て、ヨシトは強い怒りを覚えた。
(ここまでやって、ねぐらに帰るのか。じゃあ、何の為に此処に来た。ただ破壊し、殺すだけか。許せない! 何人死んだと思ってる!)
ヨシトは、怒りに突き動かされ立ち上がりそうになったが、ナタリーメイとタラチナとの約束を思い出し、その場に踏みとどまった。
そしてヨシトは叫ぶ。
「駄目だ! 奴を海に返しちゃいけない。あれは人の敵だ!!」
――――――――――――――――――――――――
その時、ヨシトの叫びを聞いていたかのように、同じ決断をした男が幕僚本部にいた。
戦闘が始まって、その場を一歩も動かず鎮座していたキュンメ大将は、号令を発した。
「あの化け物を何としても止める。奴を海に返すな」
その言葉に、幕僚たちは黙る。
参謀長が具申する。
「しかし閣下、ウラン砲弾は打ちつくしました。集合魔術の多用による、兵の損耗も激しいです。例え、船をぶつけても、奴は止まらんでしょう」
その言葉を聞いたキュンメ大将は、苦渋の決断を下す。
「『山波』をぶつける。通常爆弾を積んでいるはずだ。信管を繋ぎ、魔導エンジンをオーバーロードさせ、一気に殲滅する」
その言葉に一同は驚く。
そして、次々、反対意見が出る。
「閣下、それでは周辺の被害が計りしれません。あれほどのダメージを与えれば、奴は、しばらくは襲ってこれません。此処は涙をのみ、掃討作戦に移りましょう」
その幕僚の言葉に、キュンメ大将は、じっと目をつむる。
「…逃がした魔物は、必ず襲ってくる。例えそれが1000年後でもな。我々の子孫に禍根を残すな。参謀長、作戦を実行せよ」
「はっ! 了解しました。30分で仕上げます。兵に避難指示を出せ。港湾部から即刻避難せよと。それと、通常弾を使ってハンザキの足止めをせよ」
参謀長は、矢継ぎ早に指示を出す。
そして、25分後、作戦は実行された。
――――――――――――――――――――――――
ヨシトは、スクリーンに映る、だんだんと小さくなっていくハンザキの後ろ姿を見つめる事しかできなかった。
空は、だんだんと明るさを増して行き、もうすぐ夜明けだ。
一見幻想的な、その風景を、ヨシトは美しいとは決して思えなかった。
もうすぐ魔石が切れるだろう。
そして、この悪夢のような出来事も、もうすぐ終わりを告げるだろう。
会議室の中の聴衆達は、複雑な表情を浮かべつつも、魔物との戦いの勝利を喜びあっている。
そんな時、スクリーンの端に大きな船が映った。
(輸送船だ。大きい。一体なんだ?)
それは『山波』だった。
ヨシトはその名前も、重力制御を切り爆弾を満載し、魔導エンジンを臨界させ、全長200mの船体をハンザキにぶつけ、衝突と同時に一気に誘爆させる術式を組んでいる事も、もちろん知らなかった。
「正気か!」
ヨシトの叫び声に、皆の眼がスクリーンに集まる。
(そんな事くらいで、あの怪物は止まらないだろう!)
だが、自分ならどうするかを考えた時、何も知らなくても、これから何が起こるのか解った。
ハンザキはほとんど海の、きわまで来ているのだろう。
小さく映る後ろ姿に、空からゆっくりと船が近づいていく。
ふと、ハンザキが空を見たのは、ヨシトの気のせいか。
刹那、スクリーンは真っ白に染まり、撮影魔道具は永久にその役目を終えた。
ヨシトは立ち上がり、急いで部屋を出る。
その後には、レミルがついてくる。
避難所の入り口近くまで来ると、大きな「ドーン」という音が、あたりに響く。
急いで外に出て、ミランダの方向に目を向ける。
朝焼けに染まる空に、大きなキノコ雲がみえる。
ヨシトは、その光景を美しいと思った。
この日の交易都市ミランダで起った、第一級非常事態宣言に端を発する魔物との戦闘は、町の3分の2を壊滅させ、2000人以上の死者を出した。
殺された魔物の数は、大小合わせて1万匹を超えており、
まさに、死闘であった。
後に、ミランダの悪夢と呼ばれるこの出来事が、ヨシトの今後にどのような影響を与えるかは、彼自身を含め、今は誰も解らなかった。




