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第29話 ヨシトは気持ちを吐露する


 ブラッド家の一室は喜びに溢れていた。

だが時間は待ってくれない。


 リション医師は、ブラッド氏に話しかける。

「さて、ブラッドさん。私は直ぐにも行かなければならない。失礼するよ」

そう言って出ていくリション医師をヨシトは呼び止める。


「リションさん。急いでる所を申し訳ないのですが、お願いがあります」

「なんだね、ウッドヤット君。君は今回の功労者だ、出来る限り応えよう」

リション医師の言葉に、ヨシトは話し出す。


「俺の記憶では、病人は従軍義務を免除されたはずです。さすがにネイルさんは、安静にする必要があります。念のため、一筆書いてください」

それにリション医師は頷く。

「もっともな意見だ。トラブルにならんように直ぐに書こう」

ヨシトは、ブラット氏に顔を向ける。


「ブラッドさん、紙とペンを用意してください」

「解った、すぐ取ってこよう」

ブラッド氏が部屋を出ていく。

その間にヨシトは、もう一つのお願いを此処にいる、みんなに向けてする。

「それともう一つ。今回の件で俺の名前を出さないで貰えますか」

リション医師は、驚きを隠せない様子だ。

「ウッドヤット君、何故だ。今回の事は、君無しではありえなかった。謙遜も度が過ぎるだろう」

ヨシトはリション医師の顔を真剣に見つめる。


「一つは、自分のギフトを出来るだけ知られたくないからです。そして、最大の理由は、自分が将来の道を定めてないからです。俺は一級回復師の資格は取りますが、将来、自分の本業にするかどうか決めてません。俺はリション医師のように、不特定多数の命を救う覚悟を持っていません」

その言葉を戻ってきたブラッド氏を含め、全員が聞いている。

ルシアもさっきまで泣いていたのに、その顔は真剣そのものだ。

リション医師は一瞬押し黙る。


「ブラッドさん、紙を。簡単な診断書を書きましょう」

リション医師は、紙とペンを受け取ると卓台の上で書き始める。

そして、診断書を書きながら、小さく良く通る声で話す。

「ウッドヤット君、とりあえず今は時間が無い。一つ条件がある。これが落ち着いたら一度、私の医院に尋ねてきてくれ。それまでは黙っていよう」

「わかりました。確かに今は、一級非常事態の方が問題です」


 リション医師は、ブラッド氏に診断書を渡す。

そして皆に向かって別れを告げる。

「それではみなさん、私はこの辺で。皆も急ぎなさい。早ければ、一時間無いかもしれん」

ベットの上のネイルさんまでリション医師にお礼を言い、彼は真っ先にブラッド家を後にした。


「何だか解らないけど、すごく迷惑をかけたみたいね」

この声は、ネイルさんだ。

その言葉にブラッド氏がこたえる。

「ネイル、今は時間が無い。詳しい事は車の中で話す。今から避難するので、直ぐに着替えてくれ」

その言葉に、ヨシトとルシアとレミルは部屋を出る。

そして、居間で話し合いを始める。


「レミル、俺は今からルシアさんを送っていく。それで、どこに避難するか教えてくれ」

それに驚いたレミルが強い口調でいさめる。

「本当にもういいよヨシト君。もう大丈夫だから」

「あくまでも念の為だ。これから首都に帰って保護者と相談して決める。それに、落ちついたら直ぐ連絡を取りたい。残り一週間、リゾートは無理でも協力出来るかもしれない」


 レミルは少し考えたが、ふっきれたようだ。

「わかった、そうしないと勝手に来て探し回りそうだもんね、ヨシトくんは」

そして、すばやく地図を書き始める。

その間にヨシトは、ルシアに向かって「ルシアさんは何かありますか」と尋ねる。


「いや、何か劇的な展開で頭が回らないと言うか…。ちょっと考えさせて」

ヨシトはレミルに振り返り、地図を受け取る。

「じゃあな、レミル。ご両親にはうまく言っておいてくれ」

「まかせて。……それと、ありがとう」

「あたりまえだろ」


 ヨシトはその言葉を最後にブラッド家を立ち去る。

「ルシアさん、行きますよ」

「えー! 何なのいったい。まだ考えてるところなのに」

そんな事を言いながらも、ヨシトの後に付いていくルシア。


 外に出ると、夜の闇は一層深まっている。

ヨシト達は、海に背を向けて早足で歩きながら、夜の町をただひたすら進む。

「ルシアさん。海の方から悪意を感じませんか」

ルシアは申し訳なさそうに言う。


「ごめんね、私はそんな遠くの悪意を感じられないの」

それはそうだろう。

ルシアは別に、遠隔悪意探知機か何かじゃない。

「そうですか。気にしないでください。……それより約束の一時間に間に合いませんね。やはり町の外まで飛びましょう」

「もう、そんなの別に構わないのに」

と言いつつ近付いてくるルシア。


 それを手で制すると、ヨシトはいきなり高い建物の上部に飛び、十秒ほど何かしてたようだが、すぐに下りて来た。

「何してたの? ヨシト君」

「撮影魔道具を取りつけました。町の入口近くに中継器を付けると、レミル達のいる避難所で海方向の様子が解ります」

ルシアは驚く。

「そんなの持ってたの。一体いつの間に」

ヨシトは笑う。

「元々はリゾート予定だったんですよ。魔物の襲撃の話を聞いて、飛空場でウエストポーチに入れておいたんです。小さい物ですから、念のため」

これは、ヨシトの直観力の賜物たまものだろう。

「待たしてすいません。それじゃあ飛びましょう」


 ヨシト達は数分で北口近くに着くと、中継器をセットして北入口に向かう。

もう顔なじみに近い門番に挨拶し、すぐに町を出る。

入口から少し離れた場所で、移送スキルを発動してネオジャンヌに飛ぶ。


 マーキングした場所に着くと、暗い中でルシアが話しかける。

「本当に便利ね。でも魔力量は大丈夫なの?」

ルシアの当然の疑問に、ヨシトは気にした風も無い。

「言ってませんでしたっけ。俺は自由魔素との親和性が高いから、空っぽになっても2時間もあれば最大魔力値になります。意識すれば1時間で大丈夫です」

「何それ、便利な体質ね。普通は半日以上かかるのに。魔術の使い放題じゃない」

「いや、天然魔素の個人制限がありますから無理ですよ」

「そんなのに引っ掛かる人、初めて聞いたわ。というか移送スキルなら一日中飛んでられそうじゃない」


ヨシトは微妙な表情でルシアを見る。

「ご推察通りですけど、内緒ですよ」

ルシアも我に帰り、頷く。

「もちろんだけど、さっきリション医師に言った意味がよくわかったわ」

ルシアは考える。ヨシトの体質が知られたら、きっと様々なトラブルを生むだろう。


 高い擁壁の上から首都の街明かり漏れ出る薄暗い場所。

そんな場所でルシアは、じっとヨシトを見つめる。


「ヨシト君、あなたは自分を守るために、隠せないなら嘘をつきなさい。たとえ女神様が許さなくても、私、ルシア=アドバンスが許します」

ルシアのその言葉にヨシトはひどく驚く。

彼女の性格からして、それがどれほどの気持ちがこもっているかヨシトは理解できる。

ヨシトは泣き笑いの表情を浮かべる。

そして、ここが暗くてよかったと思う。


「実は、タラチナさんにも言われました『ヨシト君は自分の為に嘘をついていい』って」

「そう、タラチナが……」

ルシアの表情も暗くてわからない。

だが、なんとなく想像できる。

ヨシトはそれを嬉しく思った。



 二人は通用門を抜け、ネオジャンヌの街並みをゆっくり歩いていく。

このままでは、教会まで一時間近くかかってしまうが、それもいいだろう。

ヨシトは横に並んで歩くルシアに、疑問に思った事を聞いてみる。


「ところでルシアさん。どうして教会の入り口で待っててくれたんですか。予想はつくんですけど確かめたくて」

ルシアはクスクスと笑う。

「たぶん想像通りよ。確か9時前頃だったかしら、ナタリーメイ院長が突然会いにいらして、ヨシト君が帰ってくるから迎えに出ましょうっていうの。それで、私の力を必要としてるから、外出出来るようにして置きなさい、何て言うから、さすがに半信半疑だったのよ。そしたら5分もしないうちにヨシト君が来たから、びっくりしちゃったわけなの」


(多分『予感』ギフトの為だろう。でも、本当に偶然だろうか、俺の移送スキルの事も含めて)

ヨシトがそんな事を考えてる横で、ルシアはおしゃべりを続ける。


「2時過ぎごろだったかしら。ミランダ市を中心に一級非常事態宣言が出たって聞いて驚いたのよ。ヨシト君が行ってる場所じゃない。心配したんだけど、ナタリーメイさんは平気だって言うの。ミランダからの臨時の飛空便が着くのが深夜の1時だっていうし、音話は通じてないしで、やきもきしてたら、まさかこんな展開になるとは思わなかったわ。でも本当によかったわね」

「はい」


 そんな感じで歩いていると、ヨシトは急に思いつく。

「ということは、院長先生は俺たちの帰りを起きて待っていてくれてますよね。やっぱり急ぎますよルシアさん」

そう言って走り出す、ヨシト。

「待ってよ、もう走りたくなーい」

そんなルシアを結局、今度は背負って走るヨシト。

教会にたどり着いた時には、10時を大きく過ぎていた。


 ルシアに心からのお礼の言い別れた後ヨシトは、隣接する孤児院に急ぐ。

この時間になると、子供たちは既に寝ている。

明かりの消えた、孤児院の窓の中で、ヨシトの予想通り、院長室の窓から明かりが漏れている。

窓をノックし、中を覗き込むとナタリーメイとタラチナの姿が見える。


 タラチナに鍵を開けて貰い、中に入る。

彼女にも、心配をかけてしまったのだろう。

「タラチナさん。心配かけてしまったようで、すいません」

「無事は解ってたので心配して無い。むしろ心配はこの後の事」

なるほど、ヨシトの考えなどお見通しなのだろう。


「とりあえず、院長先生には説明します。タラチナさんも聞きますか」

「当然」

などと言いながら院長室に入る二人。

ナタリーメイ院長に促がされ、三人はソファーに腰を下ろす。

まず初めにヨシトが、ナタリーメイにルシアの件について礼を言う。

「どうやら私のギフトは、あなたの事だけは、不思議に解るようですね」

本当に不思議な話だと思いつつ、ヨシトは今日あった事を話し出す。


 すべての話を聞き終わったナタリーメイは、本題を切り出す。

「それで、あなたはどうしたいのですか」

ヨシトはうつむくと、

「ミランダに行きたいです」と自分の保護者に心情を吐露する。

ナタリーメイは予想してたのだろう、短く「反対です」と言った。


「どうしても駄目でしょうか」

「駄目です。許可できません」

タラチナも、ナタリーメイの横で頷いている。


(まあそうだろう)

ヨシトの冷静な部分が賛同する。

しかし、自分は行きたいと思っている。

(この感情のズレは何だ。レミルやブラッド家の人達が心配?)

さっきまでは確かに、それが一番だった。

しかし、今もそうだろうか。


(公会堂でお世話になった人達を助けたい?)

しかしそれは、目の前にいる大切な人の反対を押し切ってまで、自分のわがままを通したい理由だろうか。

いや、そんな風には思えない。

(では一体、俺は何がしたい、いや、見たいんだ?)


そしてヨシトは思いつく。

自分のその想いに戦慄せんりつを覚える。

だが言わねばならない。

信頼する人達だからこそ。


 覚悟を決めたヨシトは、妙に冷静な口調で二人に語り始める。

自分の秘めた想いを。


「俺はただ見たいんだと思うんです。この世のことわりから外れた存在を。そして、確認したいんだと思うんです。それらが、どういう物であるかを。もちろんブラッド家の人達や、ミランダに住んでいる善良な方々の事は心配で、出来れば手助けしたいという想いもあります。ただそれは院長先生の反対を押し切ってまで、すべきであるとは考えてません。人は必ず死にます。今までも、これからも、俺の知らない所でも、見たくありませんが多分、俺の目の前でも。そしてある意味、それは自然なことで、俺の大切な人以外その流れに逆らってまで助けたいと思っていません」


 ナタリーメイとタラチナは何も言わず、ただじっとヨシトの姿を見つめている。

ヨシトは独白を続ける。

「ただ、興味があるんだと思うんです。魔物によって善良な人達が傷つく現場に。そこには何があるか、この世の矛盾か、それとも、ただ無機質な事実か、それさえ無いのか。そしてその時、俺が何を感じるのか、悲しみか、喜びか、苦しみか、あるいは何も感じないのか。結局俺は自分と世界に問いたいんだと思うんです。自分がことわりから外れた存在なのかどうかを。本当は、俺自身が世界の矛盾そのものではないのかという事を。なぜなら、今まで俺に起こった事を考えれば考えるほど、俺は普通じゃないから」


 耐えきれないようにタラチナが叫ぶ。

「ヨシト君、あなたは決して魔物なんかじゃない!」

しかし、ヨシトは納得できないのだ。


「もちろん! 俺だって、そう思いたい! でも一体、俺の存在は何だ! 何がトリプルギフトだ! 俺の両親は一体何処に、いや、一体どんな奴らなんだ! 何故! 俺を捨てる必要があった! 何故こんな馬鹿げた力が俺にあるのか、いくら勉強しても考えても…何もわからない。そして今度はレアスキルが計ったように手に入った。しかも何の努力も無しに! 本当に神の子だとでも言うのか! 馬鹿げている!!」


「落ち着きなさい、ヨシト君」

ヨシトは、そう叫ぶナタリーメイ院長を、貫くような視線で見つめた後、自らを恥じるように肩を落としてうつむく。

そして、かすれる声で絞り出すように本心を吐く。


「院長先生、……俺は怖い。自分が神の子なんて高尚な者じゃない事ぐらいは解る。でも俺自身、俺が何者かさえ解らないんだ。このままじゃ、自分を納得させる為だけに、大切なもの、すべてを投げ出してしまいそうだ。……俺はアレク=バーストのように狂うんだろうか……」



 院長室に、お互いを思いやっている3人の人間族がいる。

しかし、ただそれだけでは決して伝わらない事もある。

ナタリーメイは、それを理解する。


「怪物を見ることで、何か解るとでも言うのですか」

ヨシトは、その言葉に何も考えられず首を横に振る。

「……わからない、でも、そうせずにはいられないんだ…」


ナタリーメイは大きな溜息をつき、ゆっくりとヨシトに語りかける。

「あなたが決して、魔物やアレク=バーストのような存在ではない事を、あなたが知らなくても私達が知っています」

タラチナが、涙もぬぐわずに頷いてる姿を、俯いているヨシトは知らない。

「でもその事が、あなた自身を救うものでは無いのでしょう。……わかりました、ミランダに行く事を認めましょう。ただ此処で誓約しなさい。私達の前に無事に戻ると。決して戦わず、前線には近付かないと」

ヨシトはその言葉に顔を上げ、ナタリーメイを涙のにじむ目で、じっと見つめる。

ナタリーメイは優しく微笑む。


「あなたは確かに多くの知識を有しています。ですが足りない物があります。それは経験です。それを積むためにも、決して死んではなりません。誓約できますか?」

ヨシトの目に、意志が宿る。


「はい、ナタリーメイ院長に誓います。必ず、無事戻ると」

「ヨシト君、私とも約束して」

「はい、タラチナさん。必ず無事戻ると約束します」


 そして、ナタリーメイ=ウッドヤットは高らかに宣言する。

「私は信じます、あなたの心の強さを。そして、あなたの苦しみは経験によってのみ救われると確信しています。決して魔物ではなく、特別ではない一人の人間として、自らの存在を勝ち取りなさい、ヨシト=ウッドヤット」



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