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第28話 ヨシトは神の奇跡に驚く


 ヨシトとレミルは公会堂に着くと、二手に分かれて大きな声で群衆に語りかける。

此処には2000人ほどが既に集まっているだろうか。


「こちらに、『移送』ギフトか『浄化』ギフトをお持ちの方はおられませんか? 移送魔術の得意な方でもかまいません。誰か知ってる方で、『移送』ギフトか『浄化』ギフトをお持ちの方はおられませんか?」

繰り返し、何度も何度も叫ぶ。


 その様子を見ていた何人かの人達が、ヨシトの周りに集まってくる。

その中の人間族の女性が、ヨシトに尋ねる。

「一体何があったの? ただ事じゃなさそうだけど」


 ヨシトは大体の内容を要約して説明する。

「なるほど、だけど『浄化』ギフト持ちは、この町には一人もいなかったはずよ。あなたの知り合いに頼った方がいいわ。『移送』ギフト持ちは1人知っているけど、真っ先に軍に徴兵されたわよ」


 それはそうだろう。

『浄化』ギフト持ちの数は少ない。この国にも100人もいなかったはずだ。

更に、ルシアほどの強力な使い手は、10人もいないだろう。

『移送』ギフト持ちはそこまでレアではないが、5000人に一人程度であり、この町には2,3人程度しかいないだろう。

まだ長距離通信が確立されていないこの世界では、遠方地の災害時の連絡の為に『移送』ギフト持ちは真っ先に必要になる。


ヨシトは、構わず質問する。

予想はしていたからだ。

「それなら移送魔術の得意な方を知りませんか。首都まで、最低二人を往復出来るのが条件になります」

その言葉に周りの人達は困惑を隠せない。

「なあ君、それは難しいと思うよ。そこまでの腕を持つのは高齢の人間族だけだ。だが彼らは、既に軍に徴兵されている。此処にいるのは、300歳以下で従軍経験のない人だけだ」


 人間族の男に続いて、獣人の女性も意見を述べる。

「気の毒だけど、あきらめた方がいいわ。こんな非常時じゃなければ何とでもなるけど」

「そうだよ、聞けばその女性は無理すれば動かせるそうじゃないか。それなら、軍にねじ込んでも多分無理だ。これから彼らは戦うんだ。魔力消費の大きい魔術の使用は認められないだろう」

人間族の男の、もっともな意見に、周りの人たちも頷く。


 でも、ヨシトはあきらめたくなかった。

「解っています。でも、親友の母親の命がかかっているんです。可能性がある限り、最善を尽くしたいんです。勝手を言いますが協力してくれませんか。お願いします」

ヨシトは頭を下げて頼みこむ。


これにはみんなが、特に獣人族が驚いた。

人間族には頭を下げる習慣が無い。

獣人族にとっては、日本でいう土下座にも等しい行為だ。

ヨシトにとっては、前世の日本人の習慣がつい出てしまっただけなのだが、これによる効果は大きかった。


「わかった、とりあえず心当たりを確かめてみよう」

「俺は、みんなに聞いてやる。おい、手の空いてるやつは手伝ってやれ」

次々に賛同の声が上がる。

「ありがとうございます。皆さんに感謝します」

ヨシトは、交易都市ミランダの人達の温かさに心を打たれた。



 一時間程経ち、あらかた連絡が行きわたったのだろう。

ヨシトとレミルは合流し、協力を申し出てくれる移送魔術の使い手たちの話を聞いていた。

そして予想通り、結果はかんばしくなかった。


 協力してくれる移送魔術の使い手のなかで、最も腕のいい人は250キロ先の町まで3人を運べるという、300歳近い人間族の女性だった。

彼女は名前をヘルダといい、移送スキルを持っておらず、せいぜい一日5回程度しか使えないらしい。

それは戦いの前に半分近く魔力を消費することを意味している。

彼女には従軍義務が発生しており、此処に戻ってこなければならないのだ。

彼女の好意には十分感謝しているが、やはり問題の解決にはつながらない。

そして今は8時30分、此処にいる人達も9時には、民兵として軍の組織化に入る。

二人は決断を迫られた。


「ヨシトくんが首都に行ってよ。うまくいけば、ネオジャンヌにたどり着けるかもしれない」

「レミルは解っているだろう。知らない町で、運よくスキル持ちの人に会えるはずがない。移送商店も、この時間じゃ閉まっている」

「それでも、君は此処から避難できる。もう十分良くしてもらったよ。ありがとう、ヨシトくん」


レミルの気持ちは解る。

だが、ヨシトは一歩も譲らない。


「レミル、駄目だ。確証があるならともかく、そんな理由でヘルダさんの力は借りられない。彼女がそのせいで死んだらどうする。何が大切か間違えちゃいけない」


レミルは沈黙する。

そして、つぶやくような声で話す。

「そうだねヨシトくん。…あきらめよう。そして君は避難して」

「それはない。逃げるときは一緒だ。それに、レミルの家は海の近くだ。襲撃が早ければ戦いに巻き込まれるだろう。その時は、一人でも多い方がいい」

「でも!」

「俺がそうすると決めたんだ、勝手にやらしてもらうだけだ」

「……君は馬鹿だよ」

「そんなこと言われたのは、生まれて初めてだ」

二人は何となく笑いあう。


ヨシトには、レミルに言えない想いがあった。

隠してはいるが、第三のギフト『防御』がある。

万が一の時には、出し惜しみする気は当然なかった。



 協力してくれた公会堂の人達にお礼を言い、二人はレミルの家に帰る道を歩いていく。

「残念だ」と言ってくれた人々の気持ちをありがたく感じつつも、ヨシトは自分を責めていた。

(何故俺は、移送魔術の練習をもっとしなかったのだろう)

もちろんそれには、彼なりの事情があったのだが。


 ヨシトは、自由魔素との親和性が極めて高い。

これは、自由魔素を使う移送魔術とは相性が良いはずである。

実際、移送結界は簡単に作れた。

その大きさも、恐らくギフト持ちに負けないくらいであろう。

だが、思考波を使って二点間を結ぶ移動は難しかった。


 マーキング無しではせいぜい2kmくらい、マーキングありでも5km程度で、多分、距離を延ばす才能は、人並み程度しかないようだ。

(これは時間がかかる)と感じたヨシトは、移送魔術の練習を完全に棚上げにした。

何しろ試してみたい魔術はたくさんあり、ネオジャンヌを離れる気もしばらく無かったからだ。


(一年あった。きちんと練習していれば、100km以上飛べたかもしれない)


 ヨシトがこう思うのも無理はない。

移送魔術にとって一番難しいのは結界の構築で、距離は徐々に伸ばして行けばいい。

一年もあれば、100kmも無茶ではない。

何せ発動自体は、簡単に何度でも出来るのだから。


 『後悔先に立たず』という日本の格言を思い出しつつ、ヨシトは歩く。

(そのせいで、ネイルさんは死ぬかもしれない。俺はその時、どうしたらいいんだ)

暗い町中を歩くヨシトの目に涙がにじむ。

レミルも同じく泣いているかもしれない。


(院長先生、タラチナさん、ルシアさん。俺は今、力が欲しい。女神様、俺の勝手な望みをかなえてください)

ヨシトは、心から大切な人たちに祈った。


突然、ヨシトに不思議な感覚が宿る。

大いなる者の意志に包まれたような、温かいものだ。

(母さん?)

ヨシトは何となく、顔も知らない母親の事を思い出した。



「あっ!!」

「うっく…、一体どうしたのヨシトくん」

ヨシトが突然上げた大声に、レミルは目をこすりながら、びっくりして尋ねる。

こちらを向いた親友の顔は、今まで見た事が無いくらい驚いていた。


「レミル、移送魔術が使える。ルシアさんを迎えに行けるぞ!」

急に、夢みたいなことを言う親友に、どうかしちゃったのかと心配したレミルだったが、ヨシトの次の言葉を聞いて今までにないくらい驚いた。


「スキルだ! 移送魔術がスキルになってる! 使い方も解る。ネオジャンヌどころか隣の国だって飛べそうだ」

「……えっ、うそ!! そんな都合いい事なんて…」

「俺だってそう思う。でもそうだ…。今は時間が無かった。レミルは家に帰っていてくれ。すぐルシアさんを連れてくる」


 驚くレミルをその場に残し、ヨシトは最高速で町の外に向かって飛ぶ。

門番に身分証明書を見せ、

「すぐ戻ってきます。三級回復師を連れて来ます」と話す。

問題なく町の外に出て直ぐ、移送スキルの発動準備する。

そこでヨシトは、今までとの違いに驚いた


 今まで理解できなかった、首都の座標が解る。

一度行った所ならマ-キングがあれば移送できる。

何度も行った場所ならマ-キング無しでも可能だ。

移動距離は、1500kmは大丈夫だ。

そんな知識が、彼の頭の中に確かに存在する。

(ギフトに似ているけどイメージじゃなく、確かな知識が頭の中にある。不思議な感じだ)

そんな事を考えながら、少し離れた地面にマーキングして、帰りの目印にする。


準備は整った。


 ヨシトは、通い慣れたネオジャンヌの通用門近くに座標をセットして、移送スキルを発動した。


心地よい浮遊感に包まれてわずか数秒、そこには見慣れた、赤茶けた高い城壁が見える。

暗い中を走り、通用門を通過した後、一気に飛行魔術を発動する。

『防御』が発動しないように十分な高さを取り、聖マリアネア教会に向けて、街の上空を飛行すると、見慣れた教会の姿が見えてくる。


 教会の門の前に降り立つと、そこには二つの人影が見え、ヨシトが近付いていくと、はっきりとその姿が見えてくる。

なんと、探し求めていたルシア=アドバンスがそこにいる。

そしてその横には、ヨシトの保護者であるナタリーメイ=ウッドヤットまで立っている。

ヨシトは驚きつつも、二人に向かって話しかける。


「ルシアさん、いい所に。院長、急いでいるので詳しい話は後で」

「……本当に来た」

驚いているルシアに、時間が無いとばかり話しかける。


「ルシアさん、まだ『浄化』ギフトは使えますか」

「ええ、今日は一度も使ってないから問題ないけど」

「よかった。今から一時間だけ、俺に時間をくれませんか」

「何だかわからないけど、いいわよ」

「はい、それじゃあ院長先生。詳しい報告は帰ってからします」

「急いでいるのでしょう。早く行きなさい」

「はい、ルシアさん、街の外に出ます。急いで!」

「何なの―!、いったい―!」

走るヨシトを追いかけるルシア。

その走っていく後ろ姿を、ナタリーメイは優しい目で見つめていた。


 しばらくしてルシアが遅れだすと「失礼します」と問答無用に彼女を抱えるヨシト。

いわゆる『お姫様だっこ』である。


「ハァハァ…、ヨシト君、ハァハァ…、大胆ね」

「息が切れてるのは解りますけど、周りにいらぬ誤解を与えますから」

「ハァハァ…、周りには誰も、ハァハァ…、いないわよ。ハァ…、夜の逃避行、ハァ…、みたいね」

「ほんとうに、そうゆうの、いいですから」

笑うルシア。

そして、ヨシトに尋ねる。

「…事情を説明して」

「はい、もちろん」


 交易都市ミランダに着いてから、今まで起こった事を簡潔に説明するヨシト。

特にヨシトが、移送スキルを突然手に入れた事を話した時は、非常に驚いていた。

最後にレミルの母親である、ネイルさんの病状を詳しく説明する。

ヨシトは、最後にルシアに尋ねる。


「つまり、ルシアさんにやってもらいたいのは、バルゾ病にかかったネイルさんの体内にある、転移細胞の浄化です。出来ますか」

「できるわ」

ルシアは即答する。


「以前、同じような状態の獣人女性に『浄化』をかけた事があるの。確かに悪意ある何かを感じたのよ。そして完全に『浄化』出来たと思ったんだけど、そのあと一年くらいたって再発したの。多分取りきれない腫瘍が残ってたのね」

ヨシトは自分の推測が、間違ってなかった事にほっとする。


「俺が一級回復師になった後なら、ルシアさんと俺でバルゾ病を治せますね」

「今だって、えーっと…リション先生がいれば出来るでしょ」

「はい。でもリション先生には此処に住んでもらう必要がありますね」

ルシアは不思議そうな顔でヨシトに言う。

「その時だけ、先生に来てもらえばいいじゃない。ヨシト君の移送スキルで、こう『ビューン』と」

「確かに」


 そんな話をしてる間に通用門に着いたヨシトは、ルシアを降ろして二人で街の外に出る。

門から少し離れた場所に、念のためヨシトはマ-キングをして、ルシアを呼び寄せる。

「じゃあ今からミランダへ向かいます」

「ヨシト君の移送スキル、楽しみね」

「いや、あっという間ですから」

そして数秒後、交易都市ミランダに着いた。


 さっき会ったばかりの門番に挨拶をし、町の中に入る。

「ルシアさん、飛びますからしっかりつかまっていてください」

「わかったわ」

飛べば、ブラット家まで数分の距離だ。

時計を見れば、今はもう夜9時を回っている。

急いだ方がいいだろう。



 ブラット家に着くとレミルだけでなく、ブラット氏とリション先生まで其処に居た。

ヨシトがリション医師に尋ねる。

「リションさん、いいんですか?」

「急患が出たと言えばいいんだよ。嘘じゃないしな。何より優れた『浄化』治療を見てみたい。見れば可愛いお嬢さんじゃないか。アドバンスさん、私はリションと言う。ネイルさんの主治医だ」

ルシアが、緊張気味に挨拶する。

「先生、宜しくお願いします」


 ヨシトはブラッド氏をルシアに紹介する。

「レミルは知っているよね。こちらが彼の父親のブラッドさんです」

それを聞いたルシアが、レミルと父親に挨拶する。


「ルシア=アドバンスです。奥様の治療をさせていただきます」

「よろしくお願いします。妻を助けてやってください」

「ルシアさん、お久しぶりです。母さんをお願いします」

「がんばるわ」


 それから、早速治療を行うためネイルさんのいる寝室に全員で向かう。

何せ、時間が無いのだ。


 寝室のベットの上には、相変わらずピクリともしないネイルさんが寝ている。

ルシアはその前に立ち、部屋にいるブラッド氏に向かって話し出す。

「これから、ネイルさんを結界に包み込み、その中で『浄化』を発動します。時間は長くて一分ほどです。ブラットさん、よろしいですか?」

「ああ、頼みます」

了解を得たルシアは『浄化』を発動する。


 神々しい色の結界が、ネイルさんを包む。

輝く光の奔流が、あたりを照らし出す。

(いつ見てもルシアさんのギフトはきれいだ)とヨシトは思う。


 10秒ほどしてからだろうか、ルシアが結界を解いて、皆に報告する。

「成功しました。ネイルさんの体の中に悪意は感じられません」

「おぉ…、何という事だ」

感激するブラッド氏に対してリション医師は、厳しい口調で話す。


「まだです、ブラッドさん。これから、奥様に活性魔術をかけ、生理機能を一気に回復させます。この場合、肉親の方が彼女にかかる負担が小さい。レミル君、君が適任だ」

「はい」

その言葉に返事をしてから、レミルは母親の前に立つ。


 活性魔術は、自らの身体魔素を相手に同調させ、体の組織一つ一つにエネルギーを送り込む術で、肉親相手なら効果が高い。


「私は同時に、治癒魔術をかけ、彼女の代謝機能を促進する」

リション医師は、そう言うとレミルの横に立つ。

レミルが活性魔術を発動させたすぐ後に、リション医師が治癒魔術をかける。

祈るような時間が過ぎた後、二人は魔術を解いた。


「アドバンスさん、ネイルさんを調べてくれんか」

その言葉に「はい」と返事をしたルシアがギフトを発動する。

「ネイルさんの体に悪意は感じられません」

ルシアのその言葉を聞くとリション医師は、今度はヨシトに向かって指示する。


「ウッドヤット君、彼女の体に腫瘍が残っていないか確認したまえ」

ヨシトは頷くと、自らのギフトを発動させる。

そして、ヨシトは宣言する。

「ネイルさんの体には、俺の感知する限り、一片たりとも腫瘍は残っておりません」


リション医師は最後に断定する。

「ブラッドさん、治療は完璧です。奥様は完治しました。だが、念のため一月に一度は私の医院に尋ねてきてください。ですがそれほど心配なさらないように。今の彼女は、他の人と比べても、何ら変わりのない健康体なのですから」


「おお、この感激をどう表現すればいいのか…」

「母さん……、うわぁぁぁー!」

感無量の様子のブラッド氏。

ベットに倒れ込み、大泣きするレミル。


その声に、目を覚ましたのだろう。

ネイルさんが、泣いているレミルの頭を優しくなでる。


「おかえりなさい、レミル。相変わらず泣き虫ね」


そんな幸せな光景をヨシト達はじっと見つめていた。



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