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第27話 母の病気と残り時間との戦い


 ブラット家の寝室に漂う、重苦しい沈黙を破ったのはヨシトだった。

「ブラットさん、詳しい状況を説明してもらえますか。今は時間は宝石より貴重です」

その言葉に、彼は初めてヨシトの存在に気づいたようだ。

よほど切羽詰まっていたのだろう。


「君は……、そうかヨシト君か。こんな事になって申し訳ない。だが家に帰った方がいい」

「それは最後の手段です。奥様の容態が解らなければ、何の対策も打てません。幸い、此処には二人も回復師がいます。奥様を安全な場所に移動出来るかもしれません」

ヨシトの力強い言葉に我に帰ったのか、彼の眼に光が戻る。


「解った。やるだけやってみよう。協力してくれるかね」

「もちろんです」


 それから、ブラット氏による状況説明が始まる。

レミル=ブラットの母親はネイルさんと言い、以前からバルゾ病にかかっていた。

バルゾ病とは地球で言うガンのような病気で、人間族にとっては大したことは無いが、魔力体を持たない獣人にとっては死病と言える。


 下手に治癒魔術をかけると病状が一気に進行し、そのまま放置すると、全身に悪性の腫瘍しゅようが転移するため、重体になって医院にかつぎ込まれる人も多い。

初期のうちなら治せる病気ではあるが、一度全身に転移すると病巣を根絶出来ず、次々再発し転移する。

この世界では魔術が使えるので、対処療法ではあるが定期的に腫瘍を除去してもらって命を繋ぐ。


 昨日の夜、急変したネイルさんは、リション先生に治療してもらい、現在は生理機能を落として魔術機械で命を繋いでいる状態であり絶対安静とのこと。

そんな時、第一級の非常事態宣言が発令され、本来は公務員で、しかも災害担当責任官であるブラットさんは、ネイルさん放置して役所に行く事も出来ずに途方に暮れていたのだと言う。

レミルに昨日連絡しようにも、此処と首都とは音話(電話)がつながっておらず、魔術を使った伝報(電報)を打たなかった事を考えても、ネイルさんの容態は相当深刻だったのだろう。


 ブラット氏はつぶやくように言う。

「レミルが帰ってきてくれてよかった。私は本部に行かないと」


 そんな事を話すブラットさんに、驚いてレミルは声を張り上げる。

「何を言うんだい父さん、それどころじゃないだろう」

「しかし、私は何も出来ない。ただ見ているだけだ。それならせめて自分の出来ることをやるべきだろう」

人間族らしい論理的な意見だ。


 黙り込むレミルを見かね、ヨシトは提案する。

「確かに合理的ですが、この部屋に入って来た時のあなたの様子を見ると、果たして十分に任務をこなせるでしょうか。特に魔物が来襲したら、ネイルさんの事が気になって判断ミスを犯すかもしれません。それならいっそ、同僚や部下に事情を話して本部の立ち上げにのみ協力して、後は代理人を立てればいいんじゃないですか。魔物の襲撃にはまだ時間があります。俺の意見は実現可能ですか?」


 ヨシトの意見について、しばらく考えていた彼は決断を下す。

「恐らく可能だろう。4時間あれば何とか出来ると思う。レミル、その間、母さんを頼めるか」

「うん、もちろんだよ父さん」

今は夕方の4時過ぎ。

ブラットさんは、遅くても夜9時くらいには家に戻れるだろう。


 ヨシトは続けて意見する。

「ブラットさんさえよろしければ、俺はリション先生のお宅に伺って、何か良い方法が無いか話し合ってみます。よろしいですか?」

ブラットさんは、即断した。

「頼めるかい」

「はい」

「それなら地図を書こう」

「父さん、医院に音話(電話)してみるね」


3人は動き始める。

自分の出来る最善を実行すべく。


 幸い、リション先生は在宅で、話を聞いてくれるという。

だだ遅くても5時間後の夜9時には、民兵の医療担当として出かけるのだと言う。

何を決定するにしても、彼らには時間がないと言う事だ。

 

 それぞれが目的を持って、それぞれの行き先へ向かう。

ブラットさんは災害対策本部に、レミルは母の付き添いと避難準備のための荷造り。

そしてヨシトは、飛翔魔術を使ってリション先生の医院に文字どおり飛んでいく。


 リション先生は直ぐにヨシトに会ってくれて、二人は早速、話し合う。

ヨシトは自分の身分証明書を出し、ネイルさんさんのカルテを見せてもらうようお願いする。

ヨシトは、その優れた記憶力でざっとカルテを読みこむと、レミルの為にカルテの複写の了解をリションから取る。


 ヨシトにとって、複写魔術など簡単だ。

なにせ『複製』の下位互換であり、ギフトに関連する魔術は習得が容易だからだ。

リション先生にもらった用紙に、カルテの内容を次々と複写するのを見たリションは唸るように言う。

「君は『複写』持ちかね。いや、それにしてはおかしいが」

「似たようなギフトを持っているためです。それよりリション医師、此処まで腫瘍を除去出来ているなら、活性魔術を使ってネイルさんの容態を回復させ、一時的に避難させられませんか」

しばらく考えたリションだが、

「危険な賭けだな。今の状態で一気に生体活動を戻すと、脳に転移する可能性がある。そうなれば記憶や人格に影響が出る。だが、放置すれば一月も持たないだろう」

「それでは細胞浄化魔術はどうでしょう。うまく行けばを腫瘍を抑制したまま、体力を取り戻せるかも」


 その言葉に、リション医師は顔をしかめる。

「君は、バルゾ病患者を診た事があるのかね」

リション医師の懸念を払しょくするために、ヨシトは説明する。


「ここまで重症患者はありませんが、軽度の方ならあります。俺はその時は、腫瘍部を油性の結界で覆い、その内部に細胞浄化魔術を行使しました、そのまま担当医師が腫瘍を切除した後に治癒と再生を施して完治させました」


 リション医師は、感心したようにヨシトを見つめ、ネイルさんのケースについての所見を述べた。

「ふむ、優秀だな。だがバルゾ病の重症患者の場合、体内に転移細胞があるとされ、これが軽度の患者との決定的な違いだ。これが悪性腫瘍を作ると考えられている。ブラット夫人への施術内容は、悪性腫瘍を取り除いた後に患者の生理機能を低下させ、薬物投与によって転移細胞を活性、顕在化させ、それに反応する浄化魔術陣を使用して転移細胞の量を減らす治療をしているのだが、これにはあと半日はかかるだろう。その後、活性魔術で患者の体力を取り戻せば完治は無理だが、状態を改善できるはずだったのだが」


ヨシトは、リション医師の見解に納得する。

カルテにも施術内容は書いてあったのだが、ネイルさんに此処までの絶対安静を必要とする理由は解らなかったからだ。


「転移細胞の存在は、勉強不足で知りませんでした。ネイルさんの場合は、腫瘍部を結界や細胞浄化で覆っても、彼女の全身にある転移細胞を絶滅させない限り、悪性腫瘍化は防げないのですね」


 出来のいい生徒を見る目で、リション医師は同意する。

「ああ、最近の論文で発表されたもので、一般的には知られていない。だがその可能性が高いと考えられる。これにより転移した悪性腫瘍は、更に転移細胞を増やす病巣になる」


ヨシトは前世の知識から、ガン幹細胞のようなものだろうかと推測する。


「それならいっそのこと、完治を目指して、すべての腫瘍を摘出した後、浄化魔術をかけてみてはどうでしょう」

「理論的には正しい。だが、そんな事は不可能だ。まず体内に残るすべての腫瘍の位置を特定するのは難しい。次に浄化魔術で転移細胞を浄化するには、相当の魔力が必要だ。しかも他の組織を傷つけないような術式を組まないとならない。最高峰の『浄化』ギフトでもない限り出来るとは思えん」

真っ先にルシアの顔が思い浮かぶ、だが彼女は遥か1000km彼方だ。


「それに浄化系魔術は、直径5mm以上の悪性腫瘍を活性化させる場合もある。つまり外科的措置で腫瘍を完全に摘出後に『浄化』ギフトを使用しなければならない」


ヨシトは、少し考えた後にリション医師に意見する。

「始めの条件は解決できます。俺が持ってるギフトの派生能力で、体内すべての腫瘍の位置を特定する事が可能です」


 リション医師は、ヨシトの言葉に驚く。

「何だと! それが出来るならすぐにでもやった方がいい。転移リスクを軽減できる」

ヨシトは頷くと、時間を確認し、リション医師にお願いする。

「まだ時間はあります。リションさん、準備をしてブラットさんの家に一緒に来てください」


 二人は手術道具を抱えてブラット家に急ぐ。

道すがら、ヨシトはリション医師に説明する。

ヨシトはギフトの特性上、10立方メートル以下の体積を持つ立体の内部構造を知る事が出来る。人体の内部構造は、それを『複製』こそ出来ないが把握でき、それを立体的に投写して治療に役立てているのだ。


 ブラット家に着くと、レミルが驚いた顔で出迎える。

カルテを見せ、今からネイルさんを診察する事を告げる。

「ヨシトくん、あれを使うんだ」

「ああ、この際、秘密も何もないだろ。ネイルさんが意識不明だから、家族であるレミルに施術の許可が欲しい」


 その言葉に、自らの親友を見つめるレミル。

レミルは、ヨシトが『複製』のギフトを知られたくないと思ってる事をその理由も含めて知っている。

だが、自分が彼なら同じ判断を下すだろう。

レミルは感謝を込めてヨシトに話す。

「ありがとうヨシトくん。もちろん了承するよ。僕にも手伝わせて」

「ああ、もちろん」

二人は、手術準備に取り掛かる。


 準備が終わると、ヨシトが寝室内に浄化魔術をかけ、滅菌する。

三人はネイルさんの前に立ち、リション医師が話し始める。


「では、ウッドヤット君。まず、腫瘍の特定をしたまえ」

「はい、ギフトを使って、ネイルさんの体内を把握した後、水性魔術と投写魔術を使用し、立体的に投写します」

そう言ってヨシトはネイルさんを結界に包み、内部構造を解析し、リション医師に報告する。

「念のため直径1mm以上の腫瘍を対象にします。全身に8か所確認、やはりリション医師は、ほとんどの病巣を取っておられる様です。リション医師の見解では、それ以下の腫瘍は転移細胞を出さず、浄化の際に他の転移細胞と同様に死滅すると考えられます」


 浄化魔術は、主に微生物や毒などを分解する物であるため、小さな腫瘍は術者の腕さえ良ければ死滅させられると言うのが定説だ。

リションは驚きつつも、ヨシトに指示する。

「それでは、立体投写という物を見せてくれ。腫瘍の位置を知りたい」

「解りました。でもその前に、レミル、自分の母親の体内なんぞ見たくないだろ。目を閉じていたらどうだ」


その言葉を聞いたレミルだが「いいや、僕は見るべきだと思う」と言うので、ヨシトは魔術を発動する。

「リションさん、この紅く点滅しているのが腫瘍です。位置を確認してください。俺は投写魔術を1分ほどしか維持できませんので、必要になったら何度でも発動します」

「了解した」


 それからリション医師は、鮮やかな手際で腫瘍の摘出を行う。

学生2人は、ネイルさんの状態の確認やリション医師の介助、細胞浄化魔術等のサポートを行い、治療自体は1時間程度で完了した。

ヨシトが最後にもう一度、ネイルさんの内部構造を確認すると、腫瘍はきれいに無くなっていた。

「治療結果は完璧だ」

リション医師の言葉に、3人は握手を交わす。


 ネイルさんの術後の状態は良好で、後は浄化さえうまくいけば完治さえ見込めるかもしれない。

だが、リション医師はその意見に難色を示す。

「このまま襲撃時間ぎりぎりまで待って、転移細胞を出来るだけ減らした上で彼女を起こして避難した方がいい」

その言葉に、ヨシトは反論する。


「でも、リションさん。それなら、さっき言われた脳への転移リスクが残ります。俺は体内浄化魔術は得意ではありません。と言うよりネイルさんの体にダメージを与えてしまいます」

「確かにそうだ。だが私自身にも、この浄化魔術陣以上の効率的な魔術は組めない。それに悪性腫瘍を取りきったことで、しばらくは転移細胞は増えないだろう。リスクは相当軽減されたはずだ。ウッドヤット君、これは君のおかげだ。確かに完治は見込めないが仕方が無い部分もある。タイミングが悪すぎるのだよ」


 ヨシトは自分の手をじっと見つめ考える。

自分にはどうする事も出来ない。

やはりこの状況を救えるのは、ルシアしかいない。

だが、音話は首都とはつながっておらず連絡さえ出来ない。

「リションさん。移送魔術の使い手、出来ればギフト持ちを知りませんか」

「誰か『浄化』ギフト持ちの心当たりがいるのか」

「はい。ただ、ネオジャンヌに居ます」


 リション医師は、しばらく考える。

「私の知ってる人には、そこまでの使い手はいない。申し訳ないが」

その言葉に、ヨシトは決断する。

「それなら、しらみつぶしに当たってみます。レミル、人がたくさん集まってる場所に心当たりは無いか」

「ラジオの情報で民兵の人は、公会堂に集まってるよ」


 二人の様子にリション医師も、ある提案をする。

「私は夜9時までは、ブラット夫人に付いていよう。だから安心して二人で行ってきなさい」


今は夜7時過ぎ。

リション医師が帰るまで、あと2時間も無い。


 その後、魔物の襲撃までにはどれほどの余裕があるだろうか。

早ければ4時間も無いかもしれない。

それでも二人は走る。

わずかな可能性を求めて。



作者は医学知識はありません。

病名とかは、もちろん架空の物です。


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