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第26話 ヨシトはホームステイに行く

物語は、次第に大きく動き始めます。

 ヨシトがこの世界に着いて3年、マキシム医術専門院に入学してから約5か月が過ぎた。

先日、ヨシトは11歳の誕生日を迎え、孤児院のみんなに誕生日を祝われて嬉しい気分を味わったばかりだ。


 その後実施されたマキシム医術専門院のテストもほぼ完璧な内容で、医術院生としてのヨシトの生活は順風満帆と言っていいだろう。

残念な事と言えば、5人の学友達がマキシムを退学し、別の医術専門院に入学し直す事が決まった事くらいであろうか。


 彼らはすべて人間族で、医師志望であり現場主義である此処には馴染めなかったのだろう。

 これからの日程では、ヨシト達にとっては後期にあたる8月からの講義までの間に、10日ほどの休みがある。

そのわずかな休みを利用して、一週間の予定で、ヨシトは親友のレミル=ブラットの実家でホームステイすることになっていた。

 レミルは初めて会った時に、ヨシトがパイ包み焼きとフライを食べてみたいと言った事を律儀にも覚えていて、一度家に遊びに来ないかと誘ってくれたのをヨシトが是非にと頼んだからである。


 レミル=ブラットとは、ほとんど何でも話せる仲であり、ヨシトがダブルギフト持ちである事や、実は孤児で両親や8歳までの記憶の一部失っている事、その後クスノキ学院に通い、独学で二級回復師の資格を取った事等を話している。


 さすがにトリプルギフトの事は言ってないが、これはヨシトの他には、ナタリーメイ、タラチナ、ルシア、ガイヤルの4人しか知らない事で、ヨシト自身も誰にも話さないと決めているからである。

リンダ=ハミルトンにも大体同様の事を話しており、この二人がヨシトの親友と言っていいだろう。


 最も、一番驚かれたのはヨシトの年齢の事である。

「「10歳」」と言ったまま固まってしまった二人によると「「年上だと思っていた」」とのこと。

彼らは二人とも18歳で、15歳での成人後に3年の大学生活を経て、ストレートでマキシムに入ってきている為だ。

これは地球での経験とはいえ、精神年齢が40歳近いヨシトの事を思えば、ある意味当然の感覚であろう。

だが、年齢を重視しない人間族の習慣もあり、あっという間に気にしなくなってしまった。


 二人はその後、孤児院にもしょっちゅう遊びに来ており、リンダ=ハミルトンはその際、ナタリーメイのファンになってしまい、レミル=ブラットもタラチナに淡い恋心を抱いている様だが、さすがにこれには協力出来ない。


 もちろんヨシトもレミル=ブラットの事をよく知っている。

彼が人間族の父と山猫人のハーフである事、母親が重い病気持ちである事、マキシムに入学したのは獣人の医術が詳しく学べるからで、母親を治すためにも医師を志望している事、気の弱い大人しい性格の反面、芯が強く、意外に大胆な部分がある事などである。



 明日からレミルの実家に行くに当たって、夕食前にレミルの両親への挨拶状をナタリーメイから渡され、それを荷物に大切に収めた後、食堂に下りていく。

夕食時の話題は、自然にヨシトが明日から行く、交易都市ミランダについての事になる。ミランダはネオジャンヌから南に1000kmも離れた港町で、海産物や海水浴等のマリンスポーツが盛んな街だ。

今は秋の時期である為に海で遊ぶつもりはないが、観光船があるのでそれに乗ってみてもいいだろう。

もっとも孤児達の関心は、御土産おみやげにあるようだ。


「ヨシト兄さん、おみやげ宜しくね」

「わたし、おっきな海亀がいい」

「なにいってんだよ、男なら海獣だろ。でっかいやつ」

などと騒ぐが、そんなものどうする気だろう。


「ミーア、魚がいい」

「おれも魚」

「ばかだな、魚は腐っちゃうだろ」

「じゃあ、干物」

「干物はここにもあるよ」

「じゃあ、おいしい干物」


 どうやら猫系の獣人たちは、魚好きなようだ。

御土産に考えておく事にする。

「みんな、駄目。干物のにおいは迷惑。飛空船の中では逃げ場が無い」

とのタラチナの意見に猫系の孤児達はブーイング。


(確かに、タラチナさんの意見はもっともかも。においの漏れない素材で二重に密封すればいけるかな。それと、飛空船に初めて乗るのは楽しみだ)

ミランダまでは5時間程の空の旅となる。

飛空場で明日の朝9時に待ち合わせだ。


 次の朝、ナタリーメイに出発の挨拶をした後、飛空場に向かう。

レミルと合流し、搭乗手続きを済ませると、乗り込む予定の飛空船夕鶴号ゆうずるごうを仰ぎ見る。


 夕鶴号は全長40m、最大200人乗りの一般的な旅客船で、先端が丸く、弾丸のような形をしている。

中は三階建てで、外壁は鉄と魔木素材を使った強靭な物で、万が一の魔物の襲撃にも安心だ。

強化ガラス窓も大きくて、船室からの眺めもいいだろう。

船底には、重力軽減の魔術陣が施され重力を操り、進行方向に落下するように飛行する。

最高速度は時速300kmだが実際は200km程で運航する。

もちろん、故障時に備えて落下軽減の魔術機械や推進装置、飛行魔術が使えない人用の個人救命具、非常口も完備しているため、死亡事故の心配のほとんどない、世界一安全な乗り物であろう。


 二人はタラップを昇り、地球でいう二等客室の窓側の場所に腰をかける。

「俺、空の旅は初めてなんだ。何かワクワクするぞ」

と言うヨシトに、レミルは冷静に突っ込む。

「飛行魔術で空は何度も飛んでるでしょ。そんなとこだけ子供っぽいのは、ヨシトくんの不思議な所だよね」


 実は搭乗前の持ち物検査とボディチェックに、ちょっと辟易へきえきとしていたためヨシトには解放感があったのだ。

「テロなんてここ何十年も起ってないのに、国内便でこの物々しさはどうだろう」

とのヨシトの意見に、

「だからこそ、安全が保たれてると考えようよ」

とのレミルのまっとうな意見に納得はしていたのだが。



 定刻時間が来て、船は陸から浮かび上がる。

「おお、浮いた」と言う子供のような様子のヨシトをレミルは呆れつつも、温かい目で見ている。

10分もすると、眼下には広大な穀倉地帯が広がる。

ヨシトは下層の展望デッキに筆記用具を持っていき、雄大な景色を堪能しつつ執筆活動を始める。

最近は創作活動に充てる時間が限られていたため、ホームステイ期間に一冊書き上げるつもりだ。

ヨシトは、遥かに続く景色を見ながら、首都からまだ見ぬ目的地に思いをはせる。


 ヨシトのいる神聖リリアンヌ教国は、国土の8割が平地で、大きさは300万平方キロメートル。

南側を中海に面している中原の大国だ。

例えるなら台形をひっくり返したようで形状で、地球の国でならインドの先端を切ったような形の国である。

主食は小麦に似た穀物で、国の中央部は大規模な穀倉地帯であり、海沿いには稲のような作物を栽培する地域もある。

意志の無い植物には繁殖の制限がほとんど無く、気候も安定し、連作障害もないこの世界では、飢饉の恐れもほとんど無い。

この世界に、太った人がほとんどいないのは遺伝的に太れない為である。

ただ、食料を自給出来ない一部の獣人の国は、此処の小麦を輸入しているため、戦略的にも主要な産業の一つであると言える。

旅の目的地である交易都市ミランダは、漁師が多くて活気のある町で、年に一度、9月に祭りが開かれ、それは海の恵みに感謝をささげる伝統ある行事で勇壮であると聞く。


 そんな事を思いながら、つらつらと物語を書いていると時間などあっという間に過ぎる。

到着の船内放送に我に返ったヨシトが周りを見渡すと、すぐ近くで本を読んでいたレミルを見付ける。

「御免、何かほったらかしにしちゃったみたいだな」

「いいよ別に。でもヨシトくんが本を書いていたなんて知らなかったよ」

「一応これでも、作家なんだぜ」

「はいはい、じゃあ出版したら、僕が最初の読者になってあげるよ」

二人はそんな話をしながら、着陸に備えて客室に戻る。


 飛空船夕鶴号は、ミランダの北にある飛空場に定刻通り到着し、滑るようにして静かに着陸する。

二人はタラップを降りて待合室に向かう。

チェックアウトを済ませれば、町の北入り口まで歩いても10分もかからない。


 飛空場のロビーに着くと、何だかざわざわと騒がしい。

飛空場職員に、何かあったのかを尋ねると「今からアナウンスがある」と言うので待ってみることにした。

そしてそれは驚愕の内容だった。


『お客様にミランダ市議会からの情報をご報告いたします。つい先ほど、ミランダに大規模な魔物進攻が発生するとの『託宣たくせん』が降りました。第一級の非常事態宣言が発令され、当飛空場も軍の統制下に入ります。それに伴いミランダ市に住民登録されている20歳以上の方にも従軍義務が発生いたします。速やかにご帰宅後、ラジオの災害チャンネルにて当局の指示をお聞きください。それ以外のお客様は、今から二時間後に首都および各方面に順次、緊急飛空便が予定されております。尚、襲撃予定時刻は今日深夜となっております』


 繰り返しロビーにアナウンスが流れる。

レミルが深刻な表情でヨシトに言う。

「ヨシトくん。残念だけど帰った方がいい。この町は、しょっちゅう海からの攻撃を受けるけど、こんなのは僕も初めてだ。せっかく楽しみにしてたのに御免ね」

「レミルはどうするんだ。住民登録は首都で、この町じゃないだろ」

レミルは、初めて気付いたような顔をしたが、すぐに返事をする。

「僕は実家に戻るよ。両親がどうしてるか知りたいし、特に母さんが心配だから」


 当然だ、誰だってそうする。

これは、年齢や住民登録の問題ではないのだ。

ヨシトもレミルを見て口を開く。

「俺も行く。というかそれ以外ないだろ。まだ時間もあるし、最悪逃げればいいだけだからな」

二人は黙ってうなずくと、必要な物を取り出した後、荷物をロッカーに預けて外に出る。


 飛空場に向かう人の流れに逆らい、ヨシトとレミルは実家に向かって走る。

(一体どれほどの規模なのだろうか。町が壊滅する事は無いと思うけど)

海の魔物はそれほど脅威ではない。

地面から離れると力を失うからだ。

魔魚なんかは普通の魚と変わらない。

せいぜい毒とか指を噛み切られないようにする程度だ。

海魔獣もいるが、陸に上がると動きが鈍いため、走って逃げれば済む。

ただ、深海の魔物は恐ろしい。


 町の入口で門番らしき人に呼び止められるが、身分証明書を見せ、事情を説明して中に入る。

南に向かって結構走り、海の近くの一般的な大きさの家の前に着く。

(ここがレミルの実家か)

レミルは、いきなり玄関のドアを開けて家の中に飛び込む。

(鍵はかかって無い様だ。こんな時に不用心だな)

ヨシトはそんな事を考えながら、レミルの後についていく。


 家の奥へと「父さん、いるの!」と叫びながらレミルがどんどん入っていくと、

「レミルか?」と言う声が部屋の中から聞こえる。

二人が急いで部屋の中に入ると、かぎ慣れた薬品のにおいが漂う。

どうやらこの部屋は、寝室のようだ。


 そこには、人間族の男とベットの上に横たわる獣人族の女性がいた。

多分、レミルの両親だろう。

「父さん、母さんはどうしたの」

先ほどからのレミルの言葉にも、母親は全く反応しない。


「母さんは動かせない。避難できないんだ」

父親の言葉に「一体何があったの」と尋ねるレミル。

「お前には言っていなかったが、母さんは、少し前から調子が悪かったんだ。昨日の夜、急に様態が悪化して……、リション先生に治療してもらったんだが、三日は安静にしてないといけないらしい」


父親の語った絶望的な状況に、寝室は沈黙に包まれた。

ただ、医術機械がたてる規則的な音だけが静かに響く。

魔物の襲撃は今夜だ。

動かせないなら、ここで迎え撃たなければならない。


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