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第23話 入学試験、そして


 年の押し詰まった12月20日。

ヨシトは、マキシム医術専門院の入試会場に来ていた。

ここから孤児院までは、ヨシトの足で歩いて一時間以上かかるので、合格すれば大型魔動車おおがたまどうしゃ通学になるだろう。


 大型魔動車とは、地球での市電にあたり、ほとんどの都民が年間定期券を持っており都市交通の要である。

 路線は、都市中心から八方放射状に延び、その間を2本の環状線が通るクモの巣の様な形をしている。

外周部に近い孤児院と路線は少し離れており、いつも使っている通用門までは停車場の関係で、歩くのと時間がさほど変わらないため、孤児たちはほとんど使わない。

なにより、お金の問題もある。


 この世界では、自由魔動車(自動車)も飛空車もあるが、自由魔動車は一般的でなく、飛空車は許可なく都市内に乗り入れ出来ないので両方とも商売目的以外に持っている人は少ない。

 ちなみに自転車もあるが値段も高く、ヨシトの場合『自動防御』があるため、念のため通学に使う気にはなれなかった。

何より通学定期は安く買える上、未成年のヨシトの場合はタダだった。


 ヨシトは校門の近くでたたずみ、学校の様子を見ている。

以前に一度来た時にも思ったが、ここは地球のお城のようだった。

もちろん、日本の城でなくヨーロッパの石の城だ。

ただし継ぎ目はほとんどなく、これは魔術によるものだ。

中は3階建ての構造になっており、敷地の大きさは一辺が400mほどで総合大学院などと比べると小さいが、学生は500人もいないため別に不自由でもないだろう。


 卒業は完全単位制で、速い人で2年で卒業できる。

そしてここを卒業すると、一級回復師の受験資格が得られる。

今期の募集定員は100名だが、推薦で50名が既に入学を決めており残り50名だ。

今日の一般入試は100名ほどが受験に来ており、ほとんどが滑り止めで狭き門ではない。


「やっぱりほとんどが人間族だな」

会場へ向かう人を見ていたヨシトはつぶやいた。


 三日前の12月17日に滑り止めの総合大学院の入学試験を終え、結果に満足したヨシトは、けっこう気楽な気分だった。

クスノキ学院での自己採点でも問題なく、フキエ女史からは

「ヨシト君、悪い事言わないからここにして置きなさい」

と言われたが、もちろんヨシトにその気は無かった。


「よし!」と気合を入れ、試験会場に赴く。

今日の予定は、午前中は学科試験で午後は面接であり、その時に簡単な魔術を披露する。


 ここの試験科目に魔力測定が無いのをヨシトは気に入っていた。

『魔力が足りなければ工夫で補え』と言う事だ。

これは、獣人の受験生の中には優秀だが魔力が足りない人がいて、そんな金の卵たちを入口で門前払いしないためである。

もちろん入学後の単位取得は簡単でなく、毎年多くの脱落者が出る完全実力主義の医術専門院である。


「試験会場は何回来ても緊張するなぁ」

ヨシトは、ここ一年ほど学科試験のみでとれる資格を取りまくっていたので、試験自体には慣れていた。

しかし、試験会場のピリピリした雰囲気には、いつも圧倒される。受験生たちの思考が、魔素通じてヨシトに伝わっているのだろう。

ヨシトは席につき、試験開始の時を待つ。



 特にトラブルも無く時は過ぎ、試験は終了した。

事前の対策を万全にしていたので、筆記の内容は完璧だった。

面接もあたりさわりのない物で、魔術行使もヨシトには簡単で、

「こんなのでいいのか」と思わずつぶやくほどだった。


(これで落ちるようなら、縁が無かったという事だろうな。フキエ女史が喜ぶ結果にならないように女神様にお祈りしよう)


 もちろん、お祈りするまでも無く合格している。

実は、試験を受けに来ていた約8割が合格していたのである。

可能な限り、来るものは拒まずという学院の方針の為であったが、皮肉なことに、受かりやすい事自体がマキシム医術専門院の評判を落としているのだ。

 学院の擁護をするのならば、最低限のチェックはしており、一番重要なのは卒業出来るかどうかだという事だろう。ただ今回の合格者の中で、実際に入学する者は20名程度であり、残り30名は補欠合格の獣人たちが選ばれた。


 首都ネオジャンヌは獣人達の憧れの街で、首都にある医術関係の専門院の中で彼らに広く門戸を開いているのはマキシム医術専門院だけである。

マキシム医術専門院は人間族には人気が無いが、獣人族の回復師志望の学生たちには最難関の大学院で、この約80名は選りすぐりの人材である。

そんな状況をよく理解していたヨシトだからこそ、入学を強く望んだのである。



 年の明けた1月5日

こちらに来て3度目の新年を迎えてすぐ、先にマキシム医術専門院合格発表があり、見事合格する。

発表会場から直接クスノキ学院に向かいフキエ女史に報告する。

「フキエさん、合格しました。それと滑り止めには行きませんから」

「もう、わかってるわよ。しつこい女は嫌われるしね」

二人して笑いあう。


 そして、その日でクスノキ学院を卒業する事になる。

学院長室でヨシトだけの簡単な卒業式が開かれ、卒業証書代わりの義務教育終了証明書を学院長に手渡される。

手が空いていた教員たちが参列し、拍手を送る。

嬉しいが、何だがむずがゆく感じる。


(2年半、何だかあっという間だった。良い先生たちに恵まれたと思う。ここに戻ってくる事は、俺にとっては良い事ではないだろうけど、たまには顔を出したいな)


一人一人の顔を見ながらヨシトはそんなことを考えていた。



 帰宅後、真っ先に顔を合わしたタラチナに、

「合格しました」と言うと、

「あたりまえ」と返される。

ヨシトが(相変わらずだなぁ)と思っていると、

「がんばれ」と言うタラチナ。

笑って「はい」と答える。


 それから院長室のドアをたたき、ナタリーメイにも合格と卒業の報告をする。

それを聞き終わった彼女は、ヨシトに座るように促がす。

彼女は、ソファーに腰掛けた彼の向かいに座って話し始める。

「おめでとう、ヨシト君」

「ありがとうございます」

やはり、ナタリーメイに祝ってもらう事がヨシトには一番嬉しいようだ。


「あなたも2月から、大学院生になります。本来なら、まだ10歳のあなたには早いのですが、これからは一人前の大人として扱いたいと思います。もちろん、法で出来る範囲についてですが」

ヨシトはその言葉を聞いて嬉しく思ったが、懸念に思った事を聞いてみる。

「まさか、出ていけなんて事は無いと思いますけど、いいんですか? 他の子たちに示しがつかないんじゃないですか」

ナタリーメイは、微笑みながらヨシトの問いに答える。


「もちろん、そんな事は言いませんよ。ただ、あなたの言う事も最もです。そこで、二つ提案があります」

「はい」

「一つは、今の4人部屋から移り、ゲストルームに住んでもらう事です。これは今後、友人が訪ねてくる事を考えてのことです。さらに、どうしても学院の講義内容により外出や深夜の帰宅が増えるため、同室の子たちの影響を避けるためでもあります」

「確かに、そうですね」


 今までゲストルームに住んでいた学生たちは、忙しくなると帰宅が不規則になる場合も多かった。そんな時は遅くなる旨の音話(電話)が、よくかかってきた事を思い出す。

ヨシトはナタリーメイの配慮に感謝する。


「もう一つは、ヨシト君、自分の姓を決めなさい。そして入学手続きまでに、住民登録するのです」

「確かに、大人ならヨシトだけではまずいですね」


 ヨシトは当初、両親の姓が解るまでは姓を名乗らないと決めていたが、最近は、それはもう意味のないことだと考えていた。

それなら次善の考えで行こうと、決心し話し出す。


「院長さえよろしければ、ウッドヤットを名乗らせてもらってよろしいですか」


 ナタリーメイは虚をつかれた表情を浮かべた。

「私の姓などで、いいんですか」

「はい、お願いします」


 彼女はしばらく考えていたが、ヨシトの予想以上の事を切り出した。

「それなら、いっそ対外的には、私の親戚だという事にしましょう。あなたさえよければですが」

「えっ、それこそいいんですか」

ヨシトは、ただただ驚いて聞き返す。


ナタリーメイは快心の笑みを浮かべる。

「神の元では、人は皆、親戚の様なものです。何より、私はあなたの保護者ですよ」



 その後、しばらくして院長室を出たヨシトは、タラチナの所に向かった。

そして、自分がゲストルームに移る事と何よりヨシト=ウッドヤットになった事や対外的に院長の親戚と名乗る事を告げた。


タラチナは少し驚いて

「びっくり。私が知る限り、初めてのこと」

と感想を漏らした。


 ヨシトは恐る恐る聞く。

「タラチナさんは嘘が嫌いでしょう、嫌なら正直に言ってもらっても構いませんよ」

「構わない。嘘じゃないもの。それにヨシト君は、自分を守る嘘ならついていい」

彼女は当然のように答える。

タラチナのその言葉に驚いていると、彼女は美しい顔に微笑を浮かべる。

「つまり、私とヨシト君も親戚と言う事。それでいい?」

ヨシトは幸せを噛みしめながら

「はい、これからも親戚付き合いをよろしくお願いします」

そして二人は笑いあった。


「それで、親戚のきれいなお姉さまにお願いがあります」

「ふむ、聞いてあげる。ただしうちは貧乏なのでそれ以外で」


 笑いながらヨシトは、一枚の紙を差し出す。

それはナタリーメイのサイン済の、銀行の口座開設承諾書だった。

「今さっき書いてもらったんです。自分でもっと自由になる銀行口座が欲しいって」

「確かにこれからは必要。今までの口座の出し入れには、保護者の許可がいるから不便だもの。それに、リスク分散にはいい方法」

「今の通帳残高は1000万ギルを超えていますので、これからの『錬金』で得たお金はこれに入れてください」

「了解」


 院長室の会話で、ナタリーメイが[大人扱いする]と言った後で、ヨシトは真っ先にこれを頼んだ。

そしてヨシトは、自分の考えをタラチナに話す。


「今までは出来ませんでしたけど、これからは個人的にマリアネア第二孤児院に寄付します。残念ながら年間100万ギルまでしか受け付けてもらえないですけど」


 彼女は、辛そうな顔で反対する。

「さっき貧乏と言ったのは冗談。もちろんお金持ちじゃないけど。それに、クロベ財団からも貰っているのに、二重取り」

「クロベ財団とは別人格です。それと他にも、ゲストルームの賃料やタラチナさん個人には換金の手数料をお支払いしますから」


 さらに驚いた彼女は、必死に断る。

「あなたには国からお金が出てるから賃料はもらえない。それに私に、手数料はいらない」


 当然ヨシトは、一歩も引かない。

「いいですか。国のお金は孤児院にではなく、俺個人に出ているんです。それを保護者である院長が活用する形になっているんです。さらに、自分で稼いだお金での賃貸契約は、未成年でも法的に全く問題ありません。それに手数料は、タラチナさんの本来の業務外の事ですから、支払うのが当然です。実はすべてナタリーメイ院長に了解をもらってます。大人なら自分にかかる費用ぐらい支払うのは常識だと言ったら。『これからは下手な事は言えないですね』と言ってくれましたよ」


 それを聞いたタラチナは、渋々ながら了解した。

それは、ついさっきヨシトにやり込められた時のナタリーメイの表情にとても似ていた。


 ヨシトは、言葉を重ねる。

「なにより『錬金』で得たお金は、使わないと貯まっていく一方です。お金を回さないと経済が活性しないのは常識ですよ。そして、どうせ使うなら、自分が納得いくようにしたいです。どうせなら喜んで受け取ってください」

 タラチナは、じっとヨシト見ている。

「わかった、ヨシト君の言うとおり。喜んで所定の手数料を受け取る」


 そしてヨシトは、いたずらっぽく話す。

「それと本当のお願いを言ってませんよ」

「本当のお願い?」

「ゲストルームは、一番良いのにしてください」

タラチナは笑って「了解」と言った。



 それからヨシトは、入学準備を始める。

日々魔術の練習を怠らず、ギフトでお金をためる。

日中は、図書館で獣人医術の下調べや医療器具の研究。

たまには、息抜きの創作活動。

四日に一度は、ナタリーメイに紹介された治療院で助手を務める。

そして、一月が過ぎて……。



夏真っ盛りの2月12日

晴れてヨシトは、マキシム医術専門院に入学する。

これからの学院生活に、期待を胸をふくらませながら。



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