第19話 ヨシトはガイヤルに料理をふるまう
『防御』のギフトについて、ひと通り調べ終わり、タラチナが仕事のために孤児院に帰った後もヨシトとガイヤルは、教会の部屋に残って話をしていた。
ガイヤルが、戦闘のプロとしての意見をヨシトに話している為だ。
「つまり、ぼうずの『防御』ギフトは2つの力があるな。表面は攻撃をいなし、結界内では外向きに弾き出す」
「2つの力は同じ物ですね。物理的な壁じゃなく対象のベクトルを操る力」
対象に意志付けも出ず、そのベクトルを操作する事は、通常は出来ない。
力場を発生させると、もちろん可能だが、その場合、どうやって区別してるのか、今のヨシトには、見当もつかない。
「この二重の防壁だがな、こういうオリジナル物は自由度が低い。形さえ意識的に変えられなかったろう。範囲を広げられるのは、ギフトの特性だな。実際、範囲を縮められなかったしな」
その言葉に、ヨシトは肩を落とす。
「改良の余地は、ほとんど無いという事ですか。例え守りたい人がいても、その人の周り限定でギフトを発生させられない」
「多分な。だからお前が修行するなら、継続時間や広げる範囲を長くしたり、意志づけをスムーズに出来るように、がんばるのがいいだろう。結界を広げた場合、表面のいなす力は、タラチナさんによると直径に比例して弱くなるらしい。まあ、強度が10分の1でも大丈夫じゃないかと思う」
「今は10m程で限界ですけど目標は30mですね」
ガイヤルは、ニヤリと笑う。
「そうなりゃ100人以上、安全地帯に取り込めるな。魔獣退治には、うってつけだ。ぼうずが望むなら、いつでもうちの社に推薦してやる」
「なんと言うか、生物を殺すのに抵抗があるというか」
「まあそうだろうな。だが一つ忠告してやる。魔物を生き物だと思うな。見たら殺せ。でなければ後で後悔するぞ」
魔物は人類の敵だ。放っておくと増えるし、だんだん強くなる。
「わかりました」
「よし、じゃあ戻ろうか。腹もへったしな」
「どこかに食べに行きますか。ギフトの都合で俺、お金持ちなんで、よかったらおごりますよ」
「いくらなんでも、10歳児におごってもらうのはどうよ。それに人間族の街は、飯がまずいし店も少ない」
「ああ、わかります。なんか人生損してますよね」
そもそも、子供以外の人間族は一日一食、多い人で二食。食欲もそれほど旺盛でなく、味覚も鈍いのか、食事には、ほとんどこだわらない。当然、店も少なく、ほとんどが獣人向けのお店がであるが、競争が少ないためか美味しくない。
「ネオジャンヌの飯」は、不味い食事の代名詞だ。
お酒を飲む人は多いので、酒場はけっこうあるのだが。
「それなら俺が作りましょうか。最近は、やってないけど結構自信がありますよ。休みの日とかに子供たちに作ったりして慣れてますし、かなり評判もいいですよ」
ガイヤルは少し思案顔になったが、すぐにどちらでもよくなったのだろう。
あっさりと言い放つ。
「そうだな、せっかくだし頼もうか」
「まかせてください。加熱の魔術には自信があります。以前は調理器具を使っていましたけど、今回初めて魔術で料理を作ります。魔素が多く入っていてうまいですよ」
「まあ、ほどほどにな」
二人は孤児院に戻ることにした。
帰りがてらの話題で『調理』ギフトの話になる。
「ガイヤルさんの知り合いで、持ってる人がいるんですか」
「ああ、社の先輩でな。今は引退して食堂をやってる」
「やっぱり食事はうまかったですか」
「そうだが、なによりいいのは、短い時間で大量に作れるんだ。それに遠征先では、狩った魔獣の肉を使うんだが、どれがうまいとか、どれが毒だとか解るらしい。俺たちみたいな仕事や、戦争とかには欠かせないギフトだな」
ヨシトは、深刻な顔をする。
「戦争ですか」
「ああ、人間族に戦争をしかける馬鹿は、ほとんどいないが、獣人国どうしの小競り合いは、しょちゅうだ。傭兵の中には、専門の[戦争屋]がいる。実入りがいいからな。おっと、着いたか。じゃあぼうず、期待してるぜ」
世界の中には、いまだに戦争をしている国があるのは知っていたが、実感が無かったヨシトは、ガイヤルの話を聞いて悲しく思った。
(魔物がいる世界で、一体何をやっているのか)
地球でもルミネシアでも、変わらず愚かな人は多いという事か。
もっとも、資源不足がほとんどないルミネシアでは、より罪深いだろうが。
(傭兵になったら、戦争に巻き込まれるかもしれない)
彼は、魔物を退治する仕事には興味があったが、傭兵ではそうもいかないかもしれないと考え、将来の選択肢から除外した。
実際、この国や周辺国では傭兵は仕事を選べるので、ヨシトの心配は杞憂だったが。
久々に調理室を訪れたヨシトは、料理担当のレンさんに、献立を聞いてシチューをつくることにする。80人以上の大所帯のため、作る量は大量になるが、魔術を覚えた彼には大した手間でもない。日本では、ほとんど料理などしなっかったが、なにせこちらに来てから異常に腹がへっていた彼は、料理を真剣に覚えたため、結構な腕を持っていた。
下ごしらえを完璧にこなし、調味料を厳選し、大鍋で一気に加熱する。
今日は日本でいう、カレーシチューに似たオリジナル料理を作る。
火加減は、加熱魔術の微妙な調整で対応し、鍋を物理結界で密封し、シチューに自由魔素を練りこむ。
この世界では一般的に、魔素を多く含む物がうまいとされる。
感覚で言えば、日本で言うカロリー高めの物である。
もちろん全体の味のバランスは大切だが、以前作った時の子供たちの反応は特によくて、ヨシト自慢の一品である。
しかも今回は魔術を駆使したもので、猪人のレンさんには出来ない調理法である。
しばらくして料理が完成し、味見をする。
「うん、よく味がしみ込んでいてうまい。上出来」
熱の通り加減は完璧で、肉はトロトロ、野菜にも味がしみ込んでいてホクホクだ。
「ヨシト君、今までで一番おいしいわ」
味の確認をしてもらったレンさんにも好評のようだ。
食事の時間になり食堂に集まった子供たちは、見慣れぬ狼人の男を不思議そうに見ていたが、彼がこの孤児院出身の傭兵だと知り、目を輝かせた。
傭兵は、孤児たちには憧れの職業の一つだ。
彼らは、10歳の成人を迎えると、ほとんどが、この街での在留が認められず、地方都市や場合によっては他国に仕事を求め引越しするしかない。魔力量が多くない獣人たちにとって、ギフトの存在は大きく、社会的に役に立たないギフト持ちは、住み込みやいわゆる不人気職につかねばならず、そんな彼らにとって、プロ競技選手の次に、魔物狩りをする傭兵は人気がある。
そんなわけで、ガイヤルを質問攻めにする子供たちだが、
「飯を食った後なら、いくらでも答えてやる」
という言葉に、手早く食前のお祈りを済ませ、食事にかじりつく。
子供たちは、特にシチューを一心不乱に食べ終わると、
「これおいしい、おかわり」
といって、次々におかわりしていく。
ヨシトが満足そうに見つめていると、ガイヤルが話しかける。
「もしかして、お前がこれを作ったのか」
「はい、お口に合いましたか」
「合いましたかってもんじゃねえな。こいつは相当うまい。さっき言った『調理』持ちに負けないぐらいだ」
「よかった。もし良かったらガイヤルさんもおかわりしてください。だいぶ大目に作りましたから」
「ああ、ところでぼうず、戦闘技術に興味があるか」
ヨシトは、少し考えてから返事をする。
「はい、どうするかはともかく、興味はあります」
「さっき院長に聞いたんだが、トレーニング施設が明日の午後から押さえられたそうだ。明日は休みだろう。午前中にも教えてやろう」
「ぜひ、お願いします」
そんな言葉に、近くで聞いていた子供達が不満な声をあげる。
「ええー! ヨシトだけずるい。おれも教えてくれよ」
「わたしも教えてほしい。傭兵の人に教わりたい」
次々に教わりたいという声が上がり、大騒ぎになってしまう。
「わかったわかった、いいから静かにしろ」
子供たちが黙るのを確認した後、ガイヤルは話し出す。
「まずナタリーメイ院長がいいということ。それに5歳以上で魔術が使えるようになった奴だけに教えてやる。興味があれば朝飯を食った後、ここに集まれ」
小さい子が文句をいうと、男は厳しい声で諭した。
「いいか、これは遊びじゃない。もし見込みがあれば鍛えてやるつもりで言っているんだ。別に傭兵にならなくてもかまわないが、真剣に力がほしい奴以外は来るな」
その言葉に全員が黙り込む。
「来たい奴は、あす朝までに院長の許可を取ってくる事。それに街の外に出るから、それなりの恰好をしてくるんだぞ、いいな」
「「「はい」」」
何人かが返事をしたようだ。
その中にはもちろん、ヨシトもいる。
タラチナが突っ込みを入れる。
「子供たちに怒鳴る男は、かいしょ無し」
「あいかわらず厳しいな。チナ姉」
どっと笑いが起こる。
食事が終わった後、さっきの言葉通り、ガイヤルは質問に答えていく。
「ねえ、まものってこわいの」
「ああ怖いぞ、初めて戦った時、ションベンちびっちまった」
「かっこわるーい」
そんな感じで話していたガイヤルに、ヨシトも質問してみる。
「ところで、ガイヤルさんのギフトって何です。まだ聞いてなかったですよね」
「ああ、おれのは『分解』だ」
『分解』は結構、珍しいギフトだ。魔術の場合は、扱いは簡単だが、何しろ結構な量、魔素を使うのでスキルにしないと役に立たない。特に獣人ではそうだろう。
「ところがこれが、やっかいでな。普通とは逆で、意志を持つ物にしか使えない。そんなわけで、魔術に対しても少しは効果があるが、一番は身体魔素を持つ物体にだ」
「それって……」
「ああ、生物を『分解』する。しかも切断に特化していてな。解りやすく言うと、切り刻む力だ」
「ちょっと、そんな攻撃を受けたんですか俺」
「おいおい、みんなの前でぶっそうな事言うなよ、おれたちの間には、何もなかった。だろう?」
「失言でした、すいません」
ヨシトは『防御』については、内密だった事を思い出す。
「まあ、気にするな。院長は致死性の攻撃を持つ、おれを呼んだ。そして実際は、おれの方が驚かされた」
その言葉にヨシトは、何とも言えない顔で返答する。
「うーん、複雑な気分だ。剣にまとわせていた力は、それだったんですね」
「そうだ、切っ先にまとわせると効率がいいからな。ちなみに、ギフトをまとった拳で殴ると、相手もおれの拳も、身がペロンとめくれる」
「ちょっと! 自爆技ですか」
「相手の被害のほうが大きいぞ。こっちは薄皮一枚ってとこだ」
「はぁ、もういいです」
そんな話をしながら、ヨシトは懐かしい感じを覚える。
(そうだ、ガイヤルさんは、前世で日本にいた時にお世話になった工務店の若頭に感じが似てるんだ)
今まで、あちらとこちらの人たちの印象が重なる事は、ほとんど無かったので、少し驚いて、何というか、たまらなくなった。
(やっぱり、獣人は前世の人たちに似ている。30年以上の日本人の記憶を持つ俺は、このまま人間族との生活に満足できるのだろうか。それとも時間が経てば忘れていくのだろうか)
その答えは、ヨシト自身には、まだ解らなかった。




