第18話 ヨシトは狼人ガイヤルにギフトを教わる
孤児院に帰宅してタラチナに挨拶をすると、彼女から、院長室にナタリーメイを尋ねて例の狼人の男が来ていると聞いたヨシトは、お世話になるのだから挨拶ぐらいはしようと考えて、出てくるのを待つことにした。
タラチナと二人でしばらく話していると、院長室から男が現れたので、ヨシトは挨拶した。
「ぼうずがヨシトか。おれはガイヤル=タマランチ、傭兵だ」
ナタリーメイに、以前から今回の依頼について聞いて来たヨシトは、その男を見た。
ヨシトは、ガイヤル=タマランチと名乗る男に、あまりいい印象をもたなかった。
風来坊というか、日本で言うところの不良というか、良く言うと、戦闘を職業にしている者の隙のなさを感じた。
これは日本でも、ここネオジャンヌにも、このようなタイプが少なく偏見があったことも否めない。
その男は、「ちょうどいい」と言うと、いきなり後ろを向いて、
「院長、タラチナさんを借りるが、いいか」
と大声を出した。
驚いて出てきたナタリーメイが忠告する。
「私は構いませんが、先にタラチナに了解をとりましたか」
しまったという顔で、男は振り返る。
「チナ姉、いいよな」
タラチナは、ぶすっとして
「ガイヤル君のガサツさは変わらない」
という言葉に、
「人が、そう簡単に変わるかよ。そういうチナ姉こそ変わらん。相変わらず、すげえ美人だ」
と返すガイヤル。
この孤児院出身というのは知っていたが、タラチナの気安い態度を見て、印象を少し改めたヨシトだった。
「この近くに、天井が高くて人目のない、そこそこ広い場所はあるか」
「それなら、ヨシト君がいつもの使っている教会の部屋が最適」
「あそこか、なおさらいい。早く済むしな」
そんなわけで、3人で教会へ向かう事になった。
ヨシトは、いつものように「今日も使わせてもらいます」と教会関係者に断りを入れ、通い慣れた場所に向かう。
今日は、孤児院に泊っていくというその男は、教会のいつもの部屋に着くやいなや、タラチナに、
「下がって、よく視ててくれ」
というと、ヨシトには、
「後ろを向いて、目をつむって、楽にしててくれ」
と、ぶっきらぼうに言った。
(わけがわからん)とは思ったが、別に逆らう必要もないと思い、言われた通りにして、リラックスしていると、突然周辺の天然魔素が、激しく変化した感じがした。
びっくりして振り返ると、剣を抜いたガイヤルがヨシトに斬りかかっていた。
ヨシトの目の前で、抜き身の切っ先が、震えながら鈍い光を放つ。
あまりのことに、硬直しているヨシトに
「変な感じだな、つるつる滑る」
と言った後、次々斬撃を放つガイヤル。
「あの、突然何を……」
「黙ってろ、気が散る」
ヨシトは、思い当たった。
(そうか『防御』のギフトか、不意打ちは、そのためか。でもなんて乱暴な男だ)
恐らく[自動的に]という、ギフトの条件を確認しているのだろう。
前もって説明してほしいとは思ったが、ヨシトは男の思うようにさせる事に決めた。
体感で2,3分程たった後、攻撃を止めた男はヨシトに質問する。
「ギフトなら感覚で分かるよな。大体、どれぐらい消耗したか言ってみろ」
(疲れた様子さえ見えない。やはり、獣人の体力はすごい)
自分の事は棚に上げて、ヨシトは感心した。
「およそ、3分の1程度です」
他の二つのギフトについては、よく練習していたヨシトは、その感覚に自信があったので即答した。
そして確かに、『防御』はギフトだと確信した。
「規格外もいいとこだ。おれのギフトまで使って攻撃したのに」
続いてガイヤルは、タラチナに尋ねる。
「チナ姉、視てたよな。それでどうだった」
「視た。教会の一室で、背後より子供を襲う狼人の男、まさに鬼畜」
そんな冗談を言うタラチナの顔色は悪い。心配をかけてしまったようだ。
ガイヤルは苦笑する。
「そうじゃねえだろ、『魔力視』のプロの意見が聞きたいんだ。しかし、20年もたつと毒舌に磨きがかかったな、さっきの言葉は撤回するわ」
「何回も会っているのに、今頃気がつくのは、頭が残念」
「傭兵志望のガキを預かる時だけだろ。この街には、許可が無けりゃ住めないからな。それよりどうだ」
タラチナは、深呼吸をした後、所見を述べた。
「まず、ギフトである事は間違いない。ヨシト君の魔力、身体魔素は全く失われてないし外への流れも無い。形は恐らく球状で、実際は半球状。このタイプの結界は、固体貫けない。大きさは直径3mほど。持続時間は3秒ほど。攻撃を受けた時と何より結界を張り直す時に、魔素を多量に消費する」
「おれも、ほぼ同意見だな。ぼうず、自分でギフトを発動できるか」
「わかりません、でもやってみます」
色々試してみる。
ギフトを発動時に感じた感覚や、魔術である防御術の展開を応用できないかと様々やってみるが、全く駄目だ。
「駄目です、感覚がつかめません」
ヨシトの様子をじっと見ていたガイヤルは、冷たく言い放つ。
「ひでえギフトだな、てめえさえ助かればいいってか。魔獣に襲われたら、お前以外全滅か。ギフトっていえば本能だって言われているが、それがお前の本心か」
「違う!」
その瞬間、ギフトが発動した。
「えっ、でき…」
「坊主、維持しろ」
「…たっ…て、はい」
急いで集中する、感覚的に維持する方法は解った。
1分ほどして、ギフトの効果は消えた
「これ、意外に難しいです。集中力が続かない」
「いや、上出来だ。予想よりずっといい。鍛えれば多分伸びるぞって、何だ」
タラチナの蹴りが、さく裂した。
もっとも、ガイヤルは身じろぎもしないが。
「タラチナさん、落ち着いて、彼は多分、俺の事を思って」
必死に止めるヨシト。
「わかってるわよ! 嘘をついていたのは! でも、許せない言葉もあるの!」
興奮する彼女を初めて見た。
(俺の為か)
なんだか、胸が熱くなった。
「まったく、おれなんか蹴って痛かっただろうに」
獣人族の戦闘熟練者の体は鉄と一緒だ。たしかに怪我をするなら彼女の方だろう。
その後、何度も頭を下げるガイヤル。頭を下げるのは獣人たちにとっては、最大の謝罪の意味がある。
もちろん、理由は解っていたタラチナ。
そうでなければ、一分以上我慢して蹴ったりしない。
「ちょっと、頭冷やしてくる」
そう言って部屋を出る彼女は、足を引きずっていた。
思いっきり蹴って、足を怪我したのだろう。
なんとなく(ああ、治療する姿を見られたくないんだな)と思ったヨシトだったが、何も言わなかった。
「坊主にも悪かった。この通りだ。もちろん、さっき言ったことは嘘だ。」
「いえ、否定できない部分もありますから」
ヨシトのその言葉に、激しく反応するガイヤル。
「それは違うぞ。ギフトは、本人の気持ちとは関係ない。実際、荒くれ者の中にも結構意外なギフト持ちがいてな。『鎮静』とかな。おれは前世の影響だと思っている」
ヨシトは驚く。
「前世を信じているんですか」
「おれら獣人族には、ミリア教の教えを信じるには、人生は短すぎる。ダイブツ教の教えが都合がいいんだ。もっとも、たまに教会に、顔を出す程度だが。なんだ、意外か」
聖マリアネア教会はミリア教の一派であるから、彼の生い立ちを考えると、そう言えるかもしれないが、しかしミリア教は、理性的に生きた物が天寿を全うすると、神の国に行けるとされる宗教で、ダイブツ教は、輪廻転生を繰り返し、己を高めていくことで魂を解放する考えを持つ宗教だ。確かに人間族よりは、短命の獣人族の信者が多いので、おかしくは無いともいえる。
「いえ、ただ戦闘職の方は、戦いを肯定するゾンメル教の信者が多いと思ってましたから」
「人生、何度もやり直せるほうがいいだろ。特に、おれみたいな者にはな。さあよかったら続きをやろう」
「はい」
「わかっていると思うが、戦闘系ギフトは、術者の意志に応じて特性を変える場合がある。タラチナさんが戻る前に色々やろう。特によくない感情は、彼女に見せたくない」
「同感です」
その結果、ギフトの発動は、怒りにもっとも関係している事が解った。維持も同様だが、伸びる時間は10秒程度だ。
「いきなり怒るのは難しいですね。ずっと怒っているのも」
「やらしておいてなんだが、関係ないと言えば関係ない。初撃を受けたら3秒以内に何とかすりゃあ、1分程度は持つからな。まだいけそうか」
「はい、半分弱はあります。まだいけますよ」
「なら、タラチナさんが戻ってくるのを待とうか。彼女には、結界の状態を見てほしいからな」
その後、戻ってきたタラチナも参加して、ギフトの特性を見極める。
「だめです、形はほとんど変えられません」
「カチカチ、無駄な努力」
「坊主、威力を弱めてみろ。それでいけるか」
「だめです、『複製』の結界操作は上手くいったのに、というか曲げられる気がしません」
その言葉を聞くと、唸るように話し出す。
「そうなると、ギフトの特性だな。固体に当たると曲がるのにな。どれどれ」
そう言うと、剣を抜いたガイヤルが、結界に斬りかかった。
「さっきよりずいぶん楽だな。それでも、こじ開けられそうにないが」
「魔素量は、10分の1以下。攻撃の時の消費量も、それに同じ」
「ギフトは、強める事は難しいからな。でも、減らすことは可能だ。さて、ここからが重要だ。ぼうず、強度を戻して、結界を広げてみろ」
「解りました。二人とも下がって」
「いや、チナ姉だけでいい。……よし、やってみろ」
結界は、簡単に広がった。そして何の抵抗も無く、ガイヤルを結界内に取り込んだ。
「やはりな、悪意ない者は、結界に取り込めるか。椅子とかも入ってるな」
「直径約10メートル、魔素量は一定。結果的に強度低下。恐らく3分の1以下」
「さてと、いっちょやるか」
次の瞬間、剣を抜きかけたガイヤルが、結界の外に弾き飛ばされた。
「大丈夫ですか」
結界を解いて、ガイヤルに駆け寄る。
「もちろん、だが椅子を壊してしまったな」
「大丈夫です。もう一脚ありますから、『複製』で直せますよ」
「便利だな」
二人して、小さく笑いあう。
「さて、ここからが本番だ。今度は今と同じように、おれを取り込んで、出来るだけ結界を維持しろ。そして自分の意思で、おれを悪意ある物として意志づけしろ。おまえ自身が、おれを弾き飛ばすんだ」
「そんな……」
「それが出来れば、自分以外に向けられた攻撃も防げる。わかるな」
(確かにその通りだ。だがしかし、彼を悪意ある存在と認識させる事が出来るだろうか)
ヨシトは迷いつつも、ガイヤルの指示通り実行する。
結界を張って10秒、変化はない。
20秒、(ダメだ、出来ない)
ガイヤルは、じっとヨシトを見つめる。
30秒、諦めかけたその時、彼が叫んだ。
「ヨシト!! 大切な人を守れなくていいのか」
(いやだ、それは耐えられない)
刹那、ガイヤルは結界の外に弾き飛ばされた。
ヨシトはガイヤルの言葉を信じ、結界を維持し続ける。
すばやく身を起こしたガイヤルは、魔術を使ってまで結界に侵入しようと試みるが、壁に阻まれたように出来ずにいる。
約1分が過ぎ、結界が自然に解除される。
「ヨシト、同じように結界を張れ」
指示通りにヨシトが結界張ると、ヨシト向かって男が歩きだす。
何の障害も無く、男は近付いて行く。
ヨシトの目の前に立った男は、ヨシトに語りかける。
「つまり、あれだな。一度結界を解くと、意志付けはキャンセルされる。逆に、維持している限り敵は侵入出来ない。おれは魔術は得意じゃないから、いまいちわからんが、恐らく敵の放つ魔術も同じ感じだな」
ヨシトの目に、涙がにじむ。
言葉も無くうなづく。
「おめでとうヨシト。君は、人を守れる力を手に入れた。まだたった1分だが、これはすごい事だ。おまえのギフトは最高だな」
ヨシトは、ガイヤルに巡り合えた事を感謝した。
そして、そんな二人を、優しい目で、タラチナ=イシュタリアは見守っていた。




