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第01話 シスタールシア憤慨する

主人公は出てきません。

 シスタールシアは怒っていた、いや、憤慨していたと言ってよい。


ルシアが、長々と話し終えた内容を調書に書き留めた後、

目の前のこの男は、今何といった。捜査できないと言わなかったか

朝一番の治安事務所内でにらみ合う、金髪碧眼の幼さの残る美女と中年貴族。

もっとも、この国では貴族といっても単なる公務員だが。



 事の起こりは昨日の昼過ぎ頃、ルシアが教会の前で泣いている男の子を見付けたことから始まる。


 てっきり迷子だと思い、教会にお祈りにきた両親とはぐれた子供と思いこんだルシアは、教会の職員詰所に連れて行き、なんとかなだめて事情を聞くうちに、自分がとんでもない勘違いをしているのに気付いた。


なんと、捨て子である。


 獣人族の子供ならともかく、人間族の捨て子なんて、ありえないと言っていい。

まして此処は、神聖リリアンヌ教国の首都であるネオジャンヌ。


 人間族の国の中でも、最も豊かな国の一つである中原の大国の、そのまたもっとも裕福な人々が住む場所である。治安も安定しているし、まして人間族の子供なら、福祉政策が充実している。仕事の都合でどうしようもない時は、託児所や擁護院が預かってくれるし、事情によりけりだが、その際経費が全額免除される場合もある。


 あとは借金で食い詰めて衝動的に、なんて場合だろう。

もっとも、一歩外に出ると、野生の果実がたわわに実っているこのガレア地方では、魔物の脅威を考えなければ、特に貧しい獣人の子供ですら、食料不足なんてことは起こり得ない。


 これはおかしいと、ヨシトと名乗る、本人の申告によると8歳の男の子から詳しく事情を聴くと、耳を疑うような話がポンポン飛び出てきた。


いわく、両親の都合でいっしょに暮せないこと。

ここの教会(孤児院)なら信頼出来るから、一人で行くように送り出されたこと。

両親が死んだことにすれば、受け入れてくれるから、嘘を付くように言われたこと。

持ち物は、小銭一つ持たされず、着の身着のままであること。


 あんまりな状況に目まいを覚えたルシアだったが、辛抱強く、両親についてヨシトくんに尋ねたところ、名前はおろか顔さえはっきり覚えてないと言う。


「でも、お母さんは女神様みたいな人だよ」


 ヨシトくんの笑顔に絶句したルシアは、それでもなんとかふんばって、ヨシトくん一家の生活を聴き取っていった。

すると、驚きの実態が明らかとなってきた。


どうやらヨシトくんは、虐待されていたようだ。


 曰く、今日生まれて初めて外に出たこと。

それまで、窓のない部屋にずっといたこと。

もちろん学校にも通わせてもらえず、一応は読み書きは出来るみたいだが、父親のネグレクトは確実だし、母親も、どう考えてもまともとは言い難い。

更に深刻なのは、いままで食べた食事の内容すら覚えておらず、所々、記憶の欠損が見られることだ。


 これは、ひどい暴力行為を受けていた傷だらけの体を隠すために、魔術で再生させられたり、記憶を消されたりした可能性がある。


 よく見ると、傷一つない体が逆に不自然だ。なんせ人間族は、首を切り落としたってしばらくは生きていられる。例えば非人道的だが、全身の皮膚移植をして、腕のいい術者が念入りに再生をさせれば、どんなひどい状態だって証拠隠滅できる。


 なるほど、これでは福祉相談さえ受けられないだろう。

というか、それ以前の問題だ。

こんなことが、他人に知られたら、罰金では済まない。

間違いなくヨシトくんの両親は、従属の首輪を付けて極地での強制労働の刑だろう。


 おおよその聴き取りを終え、ヨシトくんを孤児院の専属職員であるタラチナ=イシュタリアに預けた後、ルシアは滞っていた通常の業務を終わらせて、就寝時間となったが、もちろん一睡も出来ずに、次の朝、まだ暗いうちから働き出して、午前の日課を手早く済ませ、朝一番に此処、教国貴族院治安事務所の門を叩いた。


そして冒頭に至るのである。



「なんで捜査できないんですか。どうして動いてくれないんですか」


 治安事務所の中に、ルシアの怒りを含んだ澄んだ叫び声がこだまする。

見るからにうだつの上がらなそうな中年の無精ひげの男が、苦虫をかみつぶしたような表情で答えた。

「そりゃお嬢さん、無茶ってもんだ」


 この男の役職は治安男爵であり、日本の警察であれば、警部補程度と思えば問題ない。


 この国では軍事治安部門は、貴族院の元帥を最高位とした、実質公務員組織である。

それでは何故、貴族位を用いているかといえば、貴族制度があるわけではなく、公共のため自らの危険を顧みず働く彼らを、敬意を込めて貴族と呼ぶのである。


「なにが無茶ですか、間違いなく児童保護法違反ですよ。しかも相当悪質なケースです」

「事情はよくわかっているよ。でも、顔も名前も解らない奴を捕まえることは、できんよ」

「首都で8歳の人間族の子供を、しらみつぶしに探していけば可能です」


男は軽く溜息を吐きつつも、目の前のうら若き乙女に対して説得を試みた。


「首都ネオジャンヌ出身じゃ無いかもしれん。外国出身かもしれん」

「移送魔術陣を使ったのなら記録が残ります。昨日の記録を調べれば、きっと見つかります」

「犯罪者は、移送魔術陣なんて使わんよ。まして、お譲ちゃんの言う内容が事実なら、なおさらだ」


ルシアは、ぐっと言葉に詰まったが

「こんな悪人を放置するなんて、出来ません」

と、強い正義感をにじませた瞳で、男を見つめた。


「もちろんだとも、上へ報告も挙げるし、他の都市にも通達も回しておく。念のため、失踪者名簿にも目を通しておこう。出来る限りのことは、やろうと思うが、いままでの話だけでは情報が足りない。ヨシトくんが何か思い出したら教えてくれ」


ルシアは、こっくりと頷いた。


「さて、ルシアさん。ヨシトくんのためを思うなら、都役所へ行って、いろいろとやることがあるだろう。おそらくその子は、住民登録さえされてないだろうから」


 はじめてそのことに気付いたルシアは、少し恥ずかしくなって今までの非礼を詫び、さっそく教会に帰ることを男爵に告げた。


 ヨシトくんの今後のことを、孤児院の職員と相談するため帰っていくルシアの後ろ姿を見送りながら、治安男爵は、ひっそりとつぶやいた。


「もっとも、両親を捕まえるたところで、坊やの幸せにはつながらんだろうが」


 彼は、10年前に生まれた孫の顔を思い出しながら、ヨシトくんの今後の人生について想いをはせた。



――――――――――――――――――――――――――



 この世界の、いずれともつながる場所で、ヨシトの送還の段取りがうまくいったかどうかを確認していた女神と呼ばれている管理者は、あまりと言えばあまりの展開に、腹を抱えて大笑いしていた。


 ひとしきり後に、溜息を付いた彼女は、やはり地上の者達に、深く関わるものではないと実感し、管理者たちの取り決めの有用性と、地に住まうものとの在り方の違いを悲しく思った。


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