第17話 狼人ガイヤル帰省する
短めです。
ヨシトの魔術訓練は、順調だった。
今日も今日とて、学院と教会で研鑽を重ねる。そんな変わらぬ日常が、一月以上繰り返された9月中旬のうららかな日、院長を尋ねて例の狼人の男がやってきた。
院長室に通され、互いに挨拶を交わした二人は、話題もそこそこに、早速の依頼の件について話し始めた。
ナタリーメイは、目の前に向かい合い座る男に、落ち着いた口調で話し出す。
「まず、今回の依頼についてですが、昨日話したように、個人的なものとして会社を通さないでほしいのです」
「わかってますよ、『個人的なことで相談があるので、仕事が一段落したら至急こちらに連絡がほしい』なんて、うちの社に連絡があればね。その上、昨日の音話(電話)で『都合が良ければ来てほしい』なんて言われたら、ヤバい話だってくらい。ただ、おれの手に余るようなら断らさせてもらいますよ」
彼女は、彼の話した条件を聞き終わると、やんわりと誤解を解く。
「それほど危険がある話ではありません。ただ、個人的な依頼を受けてくれて、プロ競技の経験があり、口がかたくて、戦闘経験やその知識が豊富な者は、そんなに多くはありませんので、断られることも考えた上で早く連絡をとっておきたかったのです」
男は、複雑な表情で尋ねた。
「なんか、ワケありって感じですね。とりあえず、話を聞きましょう」
ナタリーメイは、一拍置くと、話し始めた。
「ある人間族の男の子の、戦闘職、競技選手としての可能性を確認してほしいのです。そして、その時に知った情報は、他言しないでほしいのです」
「はぁっ、なんですそりゃ。それなら、学校の先生にでも出来るんじゃないか?」
男の言葉に、真剣な表情を崩さず、ナタリーメイは、問いかける。
「実は、そうもいかない事情があります。これから見せる資料や話を内密にできますか」
ナタリーメイの真剣な表情に、男も引き締まった顔で答える。
「ナタリーメイ院長と、おれのスキルにかけて誓いますよ」
その言葉に頷いたナタリーメイは、本棚からヨシトに関する資料を取ってきて、男に手渡し、目を通すように言った。
しばらくして資料を読み終わった男は、不可解な顔をした。
「こりゃ、なんです、わけがわからん」
「あなたの印象を聞かせてください」
「きついことを言っても?」
「はい、もちろん」
ナタリーメイが頷いたのを見て、男はしゃべりだす。
「まともじゃない、というか、ありえない。魔術の事は院長先生の方が詳しいから置いといて、体力テストの数字は、人間族ならありえん。というより体が持たんでしょう。相当いじくられてますね、この坊主は。それに、ギフトも運動には向いてない。もし、わざわざ体を使う職についたら自滅しますよ。正直に言うと、なんで院長が、おれに頼むかわからん」
「実は、そこに書いてない事に理由があるのです」
そして、ナタリーメイは、ヨシトの隠されたギフト『防御』について話し出す
それを聞いた男は、驚愕の表情をうかべ、小声で話し出す。
「ありえない、少なくても、おれは知らない。勝手に『防御』するものなんて。そもそも意識しないとギフトは使えない」
ナタリーメイは、彼の誤解を訂正する。
「本人の意思に関係ないギフトやスキルは在りますよ。例えば『託宣』です」
『託宣』は、女神様が、それを持つ者に一方的に情報を伝える物だ。
ギフトの能力は、主に、災害や、この世の禁忌に対する情報が解り、神と意思を交わせられるとされ、言うまでも無くレアオリジナルギフトである。スキルを持つ者もいて、彼らが教会に入信すれば、最低でも、準司祭の地位を得られる。
ちなみに現在、ギフトで持つ者は、ミリア教の教皇ただ一人。
「とんでもない話だな。あなたが心配するのも、わかるよ」
二人はしばらく黙っていたが、ナタリーメイが尋ねる。
「魔物の中に、このような力を持つ物がいますか」
しばらく考えた上で、男は「ない」と答えた。
「少なくても、おれは知らない。常時発動型はあるが、戦闘関係のもので、そんなのがあったら苦しくてたまらん。強い奴なら、ほとんどお手上げだ。
なんせ、不意がつけないからな」
「やはり、そうですか」
「ガセじゃないのか」
「それも含めて、調べてもらう事が今回の依頼です」
「わかった、最低でも2日くれ。それと内密ならトレーニング施設を貸し切りにする必要があるな。けっこう高くつくぞ」
「経費とは別で50万ギルを支払います。それでどうでしょう」
「妥当だが、いいのか? あいかわらず火の車だろう」
「かかる費用は、すべてヨシト君が払います」
「そうか、『錬金』か。しかし本当にやるのか、金には困らないだろうに」
「本人も、納得済みですよ。『防御』については、必ず調べないといけませんし、私たちでは、彼に悪意ある攻撃など出来ませんから」
納得した男は、正式に依頼を受ける事にする。
その後も二人は、しばらく話し合っていたが、ひと区切りつくと男は立ち上がり退室を告げた。
男の背に、ナタリーメイは話しかける。
「泊る場所は、決まっているのですか」
振り返り、男は答える。
「いや、直接来たからな、まだ決めてない」
「それなら、ゲストルームが空いています。依頼完了まで此処に泊りなさい。経費節減ですよ」
ナタリーメイは、にっこり笑った。
「わかった、そうさせてもらう。……20年ぶりか」
「もう、そんなに経ちますか、あなたが卒院してから」
「おれは、今年30だからな。……それにしても、変わらない、此処も、あなたも、おれだけが年をとっちまった。……何もかも、なつかしい気分だ」
窓越しに感慨深げに孤児院を見渡す男に、ナタリーメイは、優しく語りかける。
「お帰り、ガイヤル。ゆっくりしていきなさい」
「……ただいま、母さん」
それは狼人ガイヤルの、20年ぶりの帰省だった。




