第16話 ルシアはヨシトに魔術を教える
ルシアさんの魔術講座は---で囲まれた範囲です。
理屈をこねてますので、興味のない人は読み飛ばして下さって構いません。
最後のギフト『防御』については、しばらく保留になっている。
しかしナタリーメイには、何か考えがあるようだ。
ミネルバ教官より渡された測定用紙を見た彼女は、ある決断を下した。
それは、孤児院の卒院生でもある傭兵の男、狼人のガイヤル=タマランチに『防御』ギフトの調査を頼むことにしたのだ。
彼は優秀な傭兵であり、かつてはプロ選手の経験もある。
ナタリーメイは、ヨシトの運動職や戦闘職の可能性についても考慮すべきだと考えたのだ。
彼女は決してヨシトが戦闘職に就く事を望んでいないが、自らの経験も踏まえ、可能性を否定すべきではないと考えたのだ。
ガイヤルには、今の仕事が終わり次第、連絡するように所属する会社に言付けを頼んだ。
それまでの間、ヨシトはクスノキ学院で魔術実習を行い、帰宅後はマリアネア教会の一室を借りて魔術の基礎を練習する。そんなこんなで一月ほどたった、8月の最初の頃の事だった。
ヨシトは学院での魔術実習にもすっかり慣れ、急いで帰宅した後、隣接する教会向かう。
ヒコメル準司祭に挨拶をし、許可をもらって、いつもの教会の一室に向かう途中でルシアと出会った。
「ヨシト君、こんにちは。今から修行するの」
「はい、こんにちはルシアさん。ついさっき帰って来たんです」
「わたし一時間ほど空いてるから、そのあいだ見てあげようか」
「お願いします。実は、探索の魔術を使ってみたかったんですよ、助かります」
「ずいぶんレアな魔術を練習するのね」
「最近、魔素行使の繊細さや正確性の訓練を強化してるので、ちょうどいいんですよ」
「なるほど、探査魔術の方は少し強引だから、ヨシト君にはそっちの方がいいかもね」
「俺はギフトの影響で、無生物に使う探査魔術は得意で練習はあまり必要ないから」
そんなことをしゃべりながら部屋に着いた二人は、小さなテーブルをはさみ、向かい合わせに座る。
「ヨシト君、まずは基礎理論のおさらいをしましょう。魔術はギフトと違って、あくまでも人の技だから、繰り返し基礎を理解し練習する事が必要よ」
「はい」
実は、基礎理論のおさらいなどヨシトにとっては全く必要なかったが、ルシアの一生懸命な姿を見ているとなんだか楽しくて、話の腰を折る事は、したくなかった。
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ルシアの魔術講座が始まる。
彼女は、テーブルの上に魔術教本を置いて、何だか嬉しそうに話し出した。
「人は、自分の思考を主に思念波によって魔素に伝えます。そして魔術は、大きく分けると2つの魔素を使います。1つ目は身体魔素、もう1つは意志付けした天然魔素よ。魔術機械には圧縮した自由魔素を使う場合があるけど、これはとりあえず関係ないから置いておくわね」
自由魔素とは物質と結合していない魔素であり、身体魔素とは、人が体内に持つ強固に意志付けされた自由魔素である。それに対し天然魔素とは、自然界に存在している意志付けされない魔素であり、これには自由魔素も含まれる。
ちなみにギフトとは別に、個人や魔術陣ごとに一日に使える自由魔素以外の天然魔素の量は、世界の理により制限されている。地域あたりの自由魔素以外の天然魔素使用量も決まっていて、めったに無いが、たくさんの人が大規模な魔術を打ち合う状況(例えば戦争)が起こると、徐々に魔術が行使できなくなる。
ただ個人の場合は、例えヨシトであっても制限まで使い切る事は難しいほど、余裕がある。魔術陣や魔術機械の場合は制限が少し厳しく、一日に行使出来る回数や天然魔素量が限られるが、前述のように自由魔素を使ったものなら、本来はその制限がほとんど無く、いくらでも魔術が使えるはずだ。
例をあげると移送魔術陣に使われるのものは、地中や空気中にある自由魔素である。しかし自由魔素は、意志付けしにくく集めにくい。また、自由魔素を使う魔術陣には魔黄白金を使う必要があり、ある程度時間を置かずに連続使用すると、簡単に劣化する。
結局、一日に行使出来る回数が限られるため、移送魔術は主要な移動手段にはなり得ないのである。
これらを解決する方法の一つは、ホットスポットから取れる魔素を利用する事である。これには不純物が混ざっているが、自由魔素と同じく一日の使用制限がほとんど無いため、プラントで精製されてから、ほとんどは都市で利用されている。地球で例えるなら、プロパンガスのようなものであり、簡単な機械や魔術陣は、これを使って動き、魔術陣の材質も、比較的安価な金や銀とかの魔素を蓄積できる金属を使用しいる。残念ながら、移送魔術陣に利用するには、ある理由で魔術自体が発動しない事を付け加えておく。
閑話休題
「身体魔素は、私たちにとっては体の一部と同じよ。扱いやすくて、ほとんど思い通りに操作変化できるわ。だから初心者は、ほとんどこれだけを使って練習するの。例えば机の上のペンを引き寄せる場合、こうして体から必要な量を放出して……、思念波で操り、ペンの周りに力場を作って、重力を操作、…で、こんな風に引き寄せる。欠点は、燃費が悪いことね。ヨシト君は、最大魔力値が高いから大丈夫だと思うけど」
ルシアが行使した魔術を見て、ヨシトは感想を述べる。
「ルシアさんの術式の展開は、力強いですね。それと俺の魔力値が高くても、術式や最適な使用量、用法を守らないと、うまく発動しないので、それだけじゃ意味無いですよ。やっぱり魔術は、努力が必要です」
「ありがとう、大雑把だって言わないのはヨシト君の優しさね。そうね、じゃあ次は、天然魔素を使う場合よ。まず周りの天然魔素に、思念波で意志付け、この場合はペンとその周辺ね。これは集中力もそうだけど、才能や相性によって扱える量が決まってくるわ。魔素との親和性ね。
意志付けだけなら、身体魔素をほとんど使わないわ。ペンを作る物質との親和性が高ければ、そのまま魔素を操作して引き寄せられるけど、固体は難しいわね。さっきと同じように、周りに力場を作って重力を操作するには、周辺の物質にあった術式を展開する必要があって、身体魔素を使って発動…。よっと、あっというまに、ペンが手の中に。こんな風に物質により特性や相性があるから、それぞれの物質について、練習が必要なわけよ。私は水と相性がいいから、飲み水を集めたり、気化させて霧を作ったりするのが得意だけど、これは教本を参考にして、自分に合う術式を極めるしかないわけよ」
「これも、努力ですね」
「ふふふっ、そうね。注意点は、天然魔素は扱いにくいし、安定してるから、身体魔素も使って、天然魔素をうまく意志誘導をしなければならない事。残念ながら、初心者は、始めに見せた身体魔素を使う方法と比べても、ほとんど消費量が変わらないという手間だけかかる結果になるの」
「でも、スキルにする為には、後の方法が必須ですもんね」
「その通り。ちなみにだけど、魔素の一般的な特徴として、物質操作は消費が少なく、物質変化は逆に多いわ。加熱や冷却、物理結界、力場の作成とかは、その中間ね。練習すれば、こちらの意志が伝わりやすくなり、身体魔素の消費量が減っていき、最終的に、魔術を究めてスキルの出来上がり。対象の魔素との親和性によるけど、身体魔素の消費量は10分の1程度が目安となります」
「スキルにすることが、最終的な目標ですね」
「そうです。まれに何の努力も無しにスキルが手に入る時があるけど、そんな幸運を期待してはいけないわ」
「了解しました」
「言い忘れてたけど、物質との親和性は、気体が高く、固体が低いと言われているの。天然の自由魔素は、人にはほとんど意志付け出来ないとされているの。自由魔素は身体魔素の延長だから、これが出来れば行使もやりやすいし、結果的にスキルにしやすのにね。スキルにした時の身体魔素の消費量も、少なくて済むのに残念よね」
ミネルバ教官との話で理解していたが、改めて聞くと、自分は相当の使い手になれるだろうとヨシトは思った。
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ルシアの魔術講座が終了し、いよいよ探索魔術の練習を開始する。
「ヨシト君が練習したい、探索の魔術は、主に身体魔素を使うと思うのだけど」
「はい、相手の存在情報を読み取るため繊細な術式が必要で、身体魔素も多量に消費します」
「どれくらいの段階なの、まさかもうスキル化しちゃったとか無いわよね」
「俺を何だと思って…って言えないのが、問題ですけど、さすがに、基本項目しかわかりませんよ。けっこう微妙な操作が必要で難しいんです」
「ふむふむ、初々しくて結構。一応レア魔術だもんね、スキルぐらいにしないと役に立たないけど。と言う事は、まだ接触しないと使えないのね」
「そういうことです」
二人はテーブル越しに手を繋ぐ。
「なんか、照れるわね」
「そういうの、いいですから」
「もう、つれないなぁヨシト君は。……ああ、嘘嘘、手を離したら魔術が使えないでしょ」
ヨシトは、ジト目でルシアを見る。
「わかりました、お姉さんが悪かったです。許して、ヨシト君」
「ほんと、お願いしますよ、ルシアさん」
ルシアは苦笑しながら(思春期の男の子は難しいな)なんて事を考える。
ルシアは弟がいないため、ヨシトの事を実の弟のように思っており、可愛くて仕方ないのだ。
もっとも他人から見れば、身長はヨシトの方が20センチ以上高いため、どちらが年下か解らないが。
そんなこんなでヨシトは、探索魔術を発動する。
ヨシトの頭の中の魔力野が、ルシアの情報を理解する。
名前 ルシア=アドバンス
性別 女
年齢 2×歳
種族 人間
状態 不明
「やった、判る項目が増えてる」
ヨシトのその言葉に、ルシアは、おっかなびっくり聞いてみる。
「えーと、ヨシト君。その項目って何? 私、あんまり探索魔術に詳しくなくて。確か、名前と性別と年齢と種族が基本で、本人が知られたく無い事は判らないはずじゃないの」
「はい、そのとおりです。新しい項目は(状態)です」
ルシアは、胸をなでおろす。
体重とか胸囲とかじゃなくてよかった。
「状態は不明って出てますね」
「それはそうでしょう、ヨシト君は、医術を勉強している訳じゃないもの」
意外に思い、ヨシトは尋ねる。
「でも、大体の知識はありますよ」
「それは、経験の差よ。本で見ていくら知っていたって、なかなか判断がつかないでしょ。実際の症例を診て、ある程度の確信がもてなきゃダメみたいよ。ただ、ギフトの場合は、相手の感じているイメージが浮かぶ場合があるみたい。魔術は、あくまでも人の技なのよ」
「なるほど、それで不明か」
「そう言う事」
感心しつつヨシトは尋ねる。
「でも意外です、さっき詳しくないみたいな事を言ってたのに」
「本当に詳しくないわよ。…ただ学生時代に、覚えようかと思って調べた事があっただけで、練習さえしなかったわ。ほら、……名前とか、ど忘れした時に便利じゃない」
「はぁ、なるほど」
「あー、あきれてる。それは、ヨシト君は優秀ですもんね」
まずいと思って、話題を変える。
「いやいや、ところで、どうして練習しなかったんです。ルシアさんなら基本項目くらいは、習得できたでしょうに」
ルシアは悲しげな表情を浮かべる。
「教本に書いてあったのよ、スキルになれば、相手の隠したい事すらわかるって。そんなのひどいじゃない。誰だって、人に知られたい事はあるもの」
ヨシトは、やっぱりこの人の事が大好きだと思った。
それと一つ、腑におちなかった事をどうしようか迷ったが、聞いてみることにした。
「ところで、ルシアさん。どうして年齢を隠すんです」
地球人の女性ならともかく、人間族が年を隠す事は珍しい。
「えっ、そうなの? 別にそんな気は無かったんだけど。たぶん昔の癖みたいなものよ。ほら、わたし教会に入って、すぐにシスターになったの。普通は二十年くらい、御勤めしないとなれないのに。だから教会の、みんなの前では出来るだけ、年の話はしなかったから」
これも、ルシアらしい話だと思った。
ここで終われば良い話なのに、その時、ヨシトの突っ込み属性がさく裂した。
「でも、何で2×歳なんですか」
「へっ、何?」
「一の位を隠してましたよ、そういう理由なら、隠すのは十の位でしょう」
「……」
「ちなみに、本当は、お幾つですか」
「乙女に年を聞くものじゃありません!」
どちらが思春期か解からない。
つまり、ルシアはルシアだということだ。




