第15話 ヨシトは自分のギフトを調べる
7月5日
早朝、ヨシトは孤児院の一室で、第一のギフト『錬金』の訓練、考察を行っていた。
覚える元素10種は、昨日タラチナと話し合って既に決まっていた。
彼女はわざわざ、希少金属のサンプルを調達してきており、ヨシトは多くの中から、とりあえず10種を選んで、すべて読み込ませた。
そして微量ではあるが、すべての生成に成功していた。
内容は、価値を重視して白金、金、銀、オスミウム、イリジウム。
汎用性を考えて鉛、鉄、銅、アルミニウム、ウラン。
オスミウムとイリジウムと白金は、極めて繊細な条件下で加工すると魔黄白金が出来るため、価値が高く、安定して買い取られる元素である。魔黄白金は高級魔道具を作るのに欠かせない、非常に優れた材質であり、この世で最も価値が高い合金である。
ちなみにウランは、魔物の魔術障壁を貫けるため、砲弾に使わる。現存する最も原子量の多い物質であるから、「試しに造ってみて」というタラチナの意見に従ったまでだ。
話は脱線するが、この世界の元素の性質は地球とは少し違う。
魔素による影響を無視できないからだ。
本来、元素の名称も違うが、便宜的に地球名を使っているだけである事も付け加えておく。
一番大きな違いは、放射性同位体(放射能)は存在しないこと。
次に、元素合成は地球に比べると比較的簡単であること。
更にウラン以上の原子量を持つ元素は、この世界では不安定で存在できないこと。
それ以下の物質でも不安定な元素の崩壊が発生し、その時には微量の放射線と非常に高温高濃度の自由魔素を少量出すことである。
昨日までは人間族は、鉛までの元素までしか作り出せなかった。
つまり、昨日ウランを創ったヨシトは、前人未到の快挙を達成したわけであるが、公表するつもりはない。
元素ですらそんな具合だから、化合物の性質も大きく異なるのは当たり前である。
閑話休題。
タラチナが部屋に入ってきて、ヨシトに話しかける。
「調子はどう」
「問題ありません。それより面白い事が解りましたよ。昨日読み込ませたことで、製造量が解る事は説明しましたよね」
「金1、2kg、ウラン100g。二つ造ると金600gにウラン50g。並の10倍以上の量。まさしく金のなる木」
「ははっ、相場を崩さない程度に自重しますよ。それより裏技を発見したんですよ」
「裏技?」
「これは俺が買った、聖女マリアネアがレリーフ加工された、鉛製の文鎮ですが、見ててください」
彼が両手で包み込むようにして、結界を発生させる。この結界内で『錬金』を発動させるのだが、大きさはせいぜい直径30cm程だ。
しばらくたって、ヨシトが結界を解くと、鉛の文鎮が金の文鎮に変わっていた。
「すごい」
唖然とするタラチナ。
「逆は出来ないんですけど、原子量の多い元素から少ない元素に変える事は出来るみたいです。もちろん読み込ませた固体どうしで、という制限が付きますが。何よりいいのは、制限が緩い事ですね。鉛から金だと100kg以上はいけますね」
ヨシトは簡単に言っているが、この世界では原子の周期表なんてなく、原子量自体も、まだよく知られていない。ヨシトのギフトならではの能力である。
「鉛の板を買ってくる」
急いで出かけようとするタラチナを、ヨシトは必死で呼び止める。
「ちょっと、タラチナさん自重してください。目が本気ですよ」
「鉛の相場が、キロあたり200ギル程度で、金の相場がキロ40万ギル程、つまり一日の儲けは3998万ギル」
「だから、そんなことをすれば相場が崩れます。恨まれますよ」
「ばれなきゃいい」
「ばれますって。こんなのはこづかい程度にしとくのがいいんです。とりあえず、この文鎮は、さしあげますので落ち着いてください」
ヨシトが差し出した金の文鎮を無意識に受け取った後、気がついて断るタラチナ。
「重いわね。2kg以上はあるわ、これはもらえない」
「昨日用意してくれたサンプルは、タラチナさんの自腹でしょう。それよりなにより、俺の日頃の感謝のしるしです。受け取ってください」
タラチナはしばらく迷った後「ありがとう」といって受け取った。
クスノキ学院では、魔術の基礎実習を行い、充実した時間を過ごしたヨシトは、帰宅後再びギフトの訓練を開始する。
これからは毎日が魔術三昧の日々だろう。したがって創作活動はしばらくお休みだが、前もって数冊分の原稿を、出版社の人間に渡しているので影響は少ないだろう。
担当者には、これからは勉学に集中したいから、ほとんど原稿は書かない事を告げている。
残念がられたが、学生の本分なので、もちろん反対はされなかった。
夕食までの間、ルシアが訓練に付き合ってくれる事になっている。
ギフトの訓練のために、教会にある天井の高い大きな部屋を借り切ってくれた、ルシアに感謝する。
部屋の中には、大小様々の形の、教会の皆さんが集めてくれた物が雑然と置いてある。
二人は、部屋の真ん中に向かいあって立ち、準備万端とばかりに、ルシアがヨシトに話し始める。」
「ヨシト君、『複製』には成功したのね」
「はい、これです」
と言って、床に置いてある絵皿を二つ、ルシアに渡す。
その寸分変わらぬ出来に、ルシアは感嘆する。
「すごいわね、これからはお皿はヨシト君に頼もうかしら」
「お皿の材料は、そこらに転がってますから問題ありません。ただ、新品を用意する必要がありますが」
「そうね、セットの絵皿とか割っちゃったら頼むかも。さあ、雑談はこれくらいにして早速始めましょう」
「はい、よろしくお願いします」
「ヨシト君は魔力結界操作について学びたいのよね」
「はい、昨日結界の体積を絞る事は成功したのですけど、形状を操る事が難しくて」
「そうよね、例えば物体を『複製』する場合、といっても、ほとんどが固体でしょうけど、包み込む必要があるの。隙間があけば空くほど、ロスが大きいわ。10立方メートルの制限が多いかどうかは別として、節約するに越したことは無いわね。とりあえず、やってみましょう」
それからヨシトは椅子とか机や花瓶とかを囲っていったが、形状が複雑な物ほど隙間が発生し、なかなかうまくいかなかった。
ルシアは解説する。
「結界を展開するだけなら、ほとんど損失は無いのね。それは私の物とほぼ一緒。結界強度はヨシト君の方が強いわね。これは中で物質生成する特性上、当たり前かも。つまり柔軟性を持つイメージで包み込むように、物体に、固めの風船を押し付ける感じで、無理に形を変えようとせず、ある程度は対象物に身を任せる感じで」
ヨシトは、ルシアは解説を参考にイメージしてみる。
「風船ですか」
「そう、包み込む感じ。ただし、あせらないで。私はコツをつかむのに3カ月、ほぼ自由に出来るまで1年近くかかったわ。何より対象物の立体イメージをつかむの」
「なるほど、……ルシアさん出来ました」
「早っ! な、なんで簡単に出来るの」
ルシアが驚くのをよそに、ヨシトは、さも当然のように結界を展開して見せた。
「ルシアさんの教え方がいいんです。立体イメージをして、それを真空パックする要領です」
「真空パックって何?」
「……えっと、風船みたいな感じ?」
「何で、疑問形なの。それより立体イメージが一番難しいのに」
「それは、俺のギフトの特性ですね。形状が解らないと『複製』なんて出来ませんから」
「……ヨシト君、ずるい」
「いや、そんなこと言われても」
それから一時間程練習をしたヨシトは、ほぼ完璧に、魔力結界操作をマスターした。
ルシアは見るからに、落ち込んでいる。
「はぁ……」
「どうしたんです、溜息なんかついて」
「私の一年間の修業は何だったのかしら」
「なんかすいません。でもこれは、間違いなくルシアさんの教え方が良かったからですよ。それにギフトは、ある程度イメージでカバーできますからね。今日、学院でやった魔素操作は、あまりうまく出来ませんでした」
ルシアは、すぐに気を取り直した。
切り替えが早いのは彼女の美点の一つだ。
「そうね、落ち込んでいても仕方ないもんね。ところでヨシト君に、お願いがあるの」
「珍しいですね。なんですか」
「修行の一貫で、これを『複製』してほしいの」
彼女が出したのは、小さなイヤリングだった。
「シスターになった時に、自分へのご褒美で買ったイヤリングなの。お気入りだったけど、片方をなくしてしまって……。魔黄白金製なの。材料も用意してあるわ」
そう言ってルシアは、イヤリングと魔黄白金の小さな地金を渡す。
「もちろん構いません、と言うか喜んでさせていただきます。それにしても、ルシアさんはギフトの説明を聞いていませんね。魔黄白金自体を用意しなくても、元素だけ用意すれば値段は10分の1程度で済みましたし、修行の一貫なら、材料は俺が『錬金』で創ったのに」
「うっ、それは申し訳ないというか気がつかなかったというか。ほら、あれよ、少量だから大した損じゃないわよ、多分」
「これからは、変な遠慮は無しにしてくださいね。早速やってみましょう」
ヨシトはイヤリングと地金をそれぞれの結界に取り込み、解析した途端、顔をしかめた。
「ルシアさん、これ偽物です」
「えっ、何で」
「確かに白金を使ってますが、魔黄白金独特の構造を感じられません。おそらく失敗作です」
「うそ、高かったのに」
ヨシトは、気の毒に思いながらも彼女に聞いてみる。
「魔黄白金は自由魔素を大量に蓄積し、身につけていると魔術使用時に増幅の効果があります。おかしいと感じませんでしたか」
「それは、仕事中は外していたし、たまにしか付けなかったから……」
「このまま『複製』すると、価値が下がってしまいますね。いやちょっとまって、もしかしたら、なんとかなるかもしれません」
それから、ヨシトは片手にイヤリングをもう片手に魔黄白金をつかみ、魔力結界を展開させ、ギフトを発動した。
何をしているか解らないが、苦戦していたようで5分以上かけてようやく終わったみたいだ。
「お待たせしてすいません。コツをつかむのに、時間がかかってしまって。でも魔黄白金製イヤリングの完成です」
そうしてヨシトは、寸分違わぬ形の二つのイヤリングを差し出した。
「こっちが偽物でこっちが魔黄白金製」
言われてみれば、確かに色も微妙に違うし、何より、まとっている魔素の雰囲気が全然違った。
「……ヨシト君、説明してもらえる」
「理屈は簡単なんです。読み取った形状のイメージのみを材料の性質は変えず『複製』する。形状だけ変える、いわば[ハリボテ]を作る派生能力と言うか劣化版というか。時間がかかったのは、コツがつかめなかったからで、次からは簡単に出来ます。これの利点は、魔素の使用量が少ないから、多量に作れるというか、『複製』で造るより、恐らく100倍以上は造れますね。欠点は、造れるのはあくまでも、偽物だという事ですね。最も今回はそれが幸いしたというか」
ルシアは納得しつつも、驚きを込めてヨシトに尋ねる。
「つまり、偽物を造る能力と言う訳なの」
「劣化版と言ってくださいよ。ところで、イヤリング二つとも貸してください」
受け取ったヨシトは、『錬金』で不足していた元素を造り、再び『複製』を発動させた。
しばらくして、ヨシトが手のひらを開くと、先ほどと形は全く変わらない、しかし同質の存在感を放つイヤリングが、右手と左手に一つずつ。
そしてヨシトは、おどけるようにルシアに話す。
「予想以上に魔素を使いましたね。魔黄白金を造るのが大変な理由が解ります。でも完成しました、偽物だけど本物の、魔黄白金製イヤリングの完成です」
あっけにとられるルシアに、ヨシトは一対のイヤリングを返す。
「信じられない。まるで奇跡みたい」
ヨシトはにっこり笑って言った。
「ギフトって女神様の奇跡なんですよね。だから当然です。それにイヤリングは一対そろっていた方がいいですよ」
その言葉を言うヨシトの顔をルシアはしばらく見つめた後、にっこり笑って答えた。
「そうね、確かに神の奇跡に感謝しましょう」




