第14話 ヨシトは自分の才能を知る
神託を受けた日から翌々日の朝、目覚めたヨシトはすっかり立ち直っていた。
実は、この2日間の夢で見た黒部義人が、黒部デザイン一級建築士事務所を立ち上げたからだ。
サラリーマン時代とは仕事内容はたいして変わらなくても、やはり社長は違う。
その苦労は並み大抵でなく、お金のありがたみが身にしみた。
今までの貯金では足りず、両親にはもちろん、親戚にも頭を下げ保証人になってもらい、それでも大手銀行にはもちろん相手にしてもらえず、信用金庫に何度も行き、なんとか少ない運転資金を借り受ける。
従業員を雇い、慣れぬ接待をして、人間関係に苦しみ、先の見えない恐怖と闘う。
それは、辛くはあるが充実した38日間だった。
特に日本ではそうであるが、お金を稼ぐ事自体は決して悪でない。
お金にこだわるのも、一人前の大人ならあたりまえだ。
きれい事だけでは生きていけない、でも汚い大人にはなりたくないなんて、余裕のある人の意見である。
つまり、「守銭奴が最低なんていう自分は何様だ、なんて高みからの考えだ、幸運に恵まれた事を感謝しこそすれ、自分を卑下して落ち込むなんて、それこそ傲慢だ」と言う事だ。
それでもヨシトは思う。
(自分に余裕がある事を周りに感謝し、自分が好きな人たちに恥じないように生きたい。
そして、人より多くのギフトを与えてくれた女神様に感謝しよう。これから先、自分の生い立ちやギフトの事で嫌な事があっても決して両親や女神様を恨まない。いや、恨むような自分になりたくない)
ヨシトは、理想の自分に近づくために努力を開始した。
――――――――――――――――
昨日の休みをはさんで今日から、クスノキ学院の授業は魔術実習がメインとなる。
ヨシトの魔術知識はほぼ完璧であり、改めて勉強する必要はない。
学院での今日の予定は、担当官にギフトを報告し簡単な進路相談を受ける事、そして本格的な適性検査と魔力測定である。
ヨシトは、日課である畑仕事をするため、ナタリーメイ院長たちが待つ作業小屋に歩いて行った。
都市外の畑に行く道すがら、ヨシトはナタリーメイに話しかける。
「院長先生、実は畑作業は、今日で最後にしたいんです。そして空いた時間で、ギフトの訓練をしたいと考えています」
「賢明な判断ですね、そうするべきです。あなたのこの二年間の献身を私は忘れません」
ナタリーメイは当然反対などせず、これまでの彼の努力を称賛する。
「それと、これは俺のわがままですが、二年前に孤児院にいる限りは畑作業を手伝うという誓いを曲げたくないんです」
「気にする必要はない、と言いたいところですが、何か考えがあるようですね」
ヨシトの考えはこうである。
今現在、3,4歳の獣人の孤児たちが院長を手伝って畑作業をしているわけだが、ヨシトが『錬金』で創った物を売ったお金で彼らを雇うことにする。
決して多くないおこずかい程度のお金だが、少なくても自分がいる五年間は責任を持ちたいと告げた。
始めは難色を示したナタリーメイだが、
『獣人の孤児は5歳で神託を受けた後、10歳の成人までの五年間は孤児院を出た後の準備のため、働きながら学校に行く。彼らは未熟で、何人かはお金の管理が出来ない者がいる。幼いうちにおこづかいを与え、こづかい帳をつけさせ、タラチナがチェックして指導する。これは金銭感覚を養うためで、社会に早く出なければならない者には必須であり教育の一貫である。自分が孤児院を出た後は、院長さえよければ、必要なお金の分だけ、クロベ財団からの寄付金増やすのでそれで対応してほしい』
という、ヨシトの説得を受け入れ、さっそく実行する事になった。
結果的に、タラチナの仕事を増やしてしまう事になるが、彼女は決して反対しないだろう。
畑作業から帰って来た後、学院に行く前に、ヨシトはルシアに会いに行く。
昨日は彼女に会えなかったので、心配をかけているかもしれない。
「ルシアさん、おはようございます。神託の日はありがとうございました」
ヨシトの顔を見てほっとした表情を浮かべ「おはよう、今日もいい天気ね」とこたえるルシア。
「実は、ルシアさんにお願いがあるんです。空いている時間で構いませんから、俺に魔術を教えてくれませんか」
ヨシトは、おとついルシアが言った「私が『浄化』を使う時の魔力結界と同じだ」という言葉を覚えていて、特に『複製』のギフトの結界操作を中心に教わる事を希望したのだ。
ルシアは二つ返事で了承した。
クスノキ学院に着くと予定どおり、進路指導のカリキュラムを受ける。
当然そこでは、ギフトの報告とそれにあった職業や進学先を説明される。
面談室の中で顔を合わせた、進学就職あっせん担当のフキエ女史は、ヨシトのギフトを聞くと、
「ダブルギフト、しかも生産系」とつぶやくと、しばらく黙った後、
「ヨシト君は商人になるべきね」
と元気な声で断定した。
(まさか、タラチナさんの冗談と同じ意見とは)
なんとなく、気が抜けたのでお約束の返事をした。
「いきなり俺の職業を決定しないでください、フキエ担当官」
「でも、『錬金』で造って『複製』で増やせばウハウハよ、一生食いっぱぐれはないわ」
「それは職業と関係なく出来ますね。それに『複製』は材料が必要ですから、金属そのものは増やせませんよ」
「うっ、言われてみれば。でも、『複製』があればほとんど仕入れ金なしに商売出来るわよ、武器屋とかおすすめね」
「『錬金』があれば、そもそも仕入れ金の心配はないですね」
「……君は頭がいいな。というか、ヨシトは働く必要ないんじゃないの」
「俺に遊んで暮せと」
「……失言でした」
「先生、真面目に、やってくださーい」
「私は先生じゃ、あーりません」
「もう、帰っていいですか」
「ごめん、でもね、あなたのギフトは選択の幅があり過ぎるの。生産系はもちろん、研究、医療……、それにダブルギフトというだけで、引く手あまたよ。今の段階で、適切なアドバイスはできないわ」
「……」
フキエ女史は、ヨシトの様子を見ながら慎重に話す。
「あなたの希望はあるの」
「今はまだ、ありません」
「まあ、まだ時間はあるわ。それに具体的な進路が未定なら一般高等部に行くのがいいけれど、多分君なら総合大学か学術専門の大学院がいいのでしょうね。その場合、ほとんど2月と8月が入学時期で、試験は2か月前よ。願書は一か月前までだから、余裕を見て2月入学希望なら9月末までに決めなさい」
ヨシトは、気になった事をフキエ女史に尋ねる。
「魔術系専門大学院の場合はどうですか」
資料を確認しつつ、フキエ女史は説明する。
「入学時期は一緒だけど、優秀な大学院ほど年に1回、2月募集だけのところも多いわよ。その大学院によって違うから注意が必要ね。というか、さすがにおとつい神託受けたばかりなのに無理でしょ。魔術実技に力を入れている高等部で基礎をみっちりやって、専門職の学校に編入する手もあるわよ」
少し考えて、ヨシトは話す。
「即断できません。考えてみます」
「まあ、急ぐ必要はないわ。私たちにとって、半年や一年の寄り道なんて無いのも同じだから」
次は魔術適正と魔力量を計るカリキュラムだ。
ヨシトは不安だった。
(さすがに、漫画みたいに機材が爆発する事はないだろうけど)
そんな心配をよそに、保健担当のミネルバ教官が来て測定は粛々と行われた。
彼女の一挙手一投足がヨシトは気になったが、さすがはプロというべきか、その態度からはほとんど何も読み取れなかった。
測定が終わり、ヨシトは学院の保健室でミネルバ教官と机を挟んで向き合う。
ヨシトは、どうもこの女性が苦手だ。
堅苦しくて、全く表情が読めない鉄面皮の様だからだ。
「ヨシト君、説明します」
測定用紙を見せられ、
「後で保護者宛てに解説や私の所見を書いた物を渡すので、必ず見せてサインをもらってくるように」
と言われた後、ヨシトに対する説明が始まった。
「まずあなたの最大魔力値だけど9457、人間族はだいたい500から1000の間だから少なく見積もっても10人分です。一般的に50歳くらいまでは増加する人もいますが、魔力量の多い人間はさほど変化がありません」
「はい」
「いろいろと言いたい事はあります。しかし結果だけ説明していきます」
「わかりました」
「次に魔術適正ですが、これは、それぞれの物質に含まれる魔素との親和性です。物質ごとの違いはもちろん、物質の三態である固体、液体、気体であることが大きく関係します。書かれている数値は、1000立方センチメートル当たりの、物質に含まれる天然魔素をどの程度の割合で影響を与えられるか、つまり意志付け割合です。当然0から100までの数値になりますが、この数値は一生を通じてほとんど変わりありません。代表的な気体の場合の人間族の平均値は30から40くらいです」
「了解してます」
「あなたがそうでも、初めての場合は説明する規則になっています」
「それも了解してます」
ミネルバ教官は表情一つ崩さず、事務的な対応に終始する。
その様子に、なんとなくヨシトは、ほっとして救われた気分になる。
こんなことは、彼女と話す際、過去には一度も無かった。
もちろんそれは、測定用紙に書かれた異常な数値のせいだ。
まとめると、魔素との親和性は以下のようになる。
1、代表的な気体の平均値
人間族 30から40 ヨシト45から52
2、代表的な液体の平均値
人間族 20から30 ヨシト58から63
3、代表的な個体の平均値
人間族 10から15 ヨシト82から88
4、自由魔素の平均値
人間族 3 ヨシト98
「普通と逆ですね」
「……先に進めましょう」
ヨシトの言葉に、無反応でミネルバは話し続ける。
次は、意志付けした魔素の操作力、変化力、展開力、操作範囲である。
細かい数値は割愛するが、魔術をほとんど使っていないヨシトが、熟練者なみの数値をたたき出した。
「これらの値は、努力によって大きく変わってきます。本来、神託を受けたばかりの10歳児はよちよち歩きの子供と同じです。あなたはすでに、陸上選手並ですが」
「操作の緻密さや変化速度や正確性などは経験が物を言いますから実際は体の自由がきかない陸上選手ですよ」
「的確な表現ですね。何か質問はありますか」
「いいえ」
ミネルバは、測定用紙を机の上に置き、自らの考えを語り出す。
「それでは私から所見を述べます。まず最大魔力値は寿命と関係があると言われています。理由は解明されていませんが、経験則であり信頼できます。あなたのこの数値は、極めて魔力量の多い精霊族ぐらいあります。彼らの寿命は1000年以上と言われています」
「寿命が長いのはいい事ですね」
「正論ですね」
「教官はお幾つですか」
「124歳です」
「教官が1000歳以上生きれるなら、今と生き方が変わってましたか」
「……そうですね、きっと変わらないでしょう」
ヨシトは、今後の長い人性を想像する気にはなれなかった。と言うより想像したくも無かった。
(きっとそういう風に人間は出来ているのだろう)
何となくそう感じた。
ミネルバ教官は、淡々と話を続ける。
「魔素との親和性は完全に個人の才能です。努力の余地はありません。時間をかければ範囲を広げてある程度魔素量をおぎなえますが、総合的に魔術の威力に関係してきます。一番威力を発揮するのが戦闘時です。自分で意志付けした物質は敵が利用するには上書きする必要があるため、特に接近戦では非常に有利に戦えます」
ヨシトは考える。確かに『防御』もあるし、意外と戦闘向きかもしれない。
「さらに魔素との親和性はスキル時の魔力消費量に影響します。親和性の高い人は魔力消費を10分の1以下に抑えられます。そして問題は自由魔素との親和性です。自由魔素は意志付けさえ出来れば、身体魔素の延長のように扱いやすく操作が容易です。一日当りの使用量に制限がほとんどないとされているものですが、人とは親和性が非常に低く、意志付けもすぐに解消してしまうため結果的に使いこなせる量はたいしたことはありません。ところがあなたは、ほとんどすべてに意志付けできるため、独占できるでしょう。つまり、あなたが魔術をスキルにした場合は身体魔素の消費量、つまり魔力消費を極限におさえ、ほぼ無尽蔵にスキルを行使出来るという事です」
(それは、鍛えるとスキルを使い放題ということか。そんなのどうするんだ)
別に、王様にも世界の敵にもなりたくもないヨシトは、ごまかすことにした。
「それもいいことですよね」
「……」
ミネルバ教官は、鉄の意志で話をつづける。
「最後に、魔素の操作力、変化力、展開力、操作範囲、それとあなたの指摘した緻密さや速度や正確性などは、それぞれを伸ばすトレーニングがありますので、自分の必要とする魔術を確かめ、担当教官と意志の疎通を図り努力してください。質問が無ければ終わります」
――――――――――――――――
ヨシトは学院からの帰り道、いくら魔術を使う通過儀礼な様なものだとしても、こんな経験は二度としたくないと思った。
ミネルバ教官は業務上知り得たことをしゃべる人ではないので、さすがに2年前の様なことは起きないだろう。
それに、この結果は保護者以外に知られされないので、新聞に載るような事も無い。
だが、測定用紙を見せればナタリーメイに、また心労を与えるかもしれない。
サインをもらう姿を想像をすると、ヨシトの足取りは一層重くなった。




