第0話 プロローグ
プロローグのみ主人公視点です
「ここは、どこだ」
休日に事務所のパソコンの前に座って、クライアントよりせっつかされている建物の設計図を引いていると、突然大きな衝撃が体を襲い、気が付いたらこの場所、何かあるようで何もかもあやふやな空間に漂っていた。
「われの声が聞こえるか」
左の方から声が聞こえたので目線を移すと、なんとも凡庸で印象に残らない男の姿が見えた。
「ほう、われの姿を認識できるようだ。たいしたものだな」
なんだか、とんちんかんなことを言う男は、自らを管理者だと名乗った後、奇跡を使って、この場所に俺を招いたと、あたりまえのように言い放った。そして、わざわざそんな事をした訳を説明し出した。
「特異点?」
「そうだ、それがお前の魂と融合したのだ。今の所たいしたことはないが、半年以内にはエネルギーを放出し始め、最後には太陽系ごと消滅するはずだ」
あまりにも荒唐無稽な話に、一気に脱力する。
「なんであんたにそんな事がわかるんだ」
「われらがお前の住む世界を創ったのだ、当然であろう」
「神様かよ。というか、あんた年いくつだ」
そんなふうに口では強がってみても、さっきから感じている圧倒的な存在感に感情がゆらぐ。
理性では否定しても、無条件で信じてしまいたくなる。
そんな俺の気持ちを無視するかのように、男が厳かに言い放った。
「われの年齢など意味がない。常にあり続けるのだから」
だめだこいつ、本物だ。なんだってんだ、俺に何をさせたいんだ、それより何より、
「神様は本当にいたんだ。」
自分じゃないような、かすれた声でつぶやく。
考えれば考えるほど頭が真っ白になり、体が震える。
「まあ、おおよそは理解してもらえたようだな。もっとも、われは神などではないが」
「とても信じられません。神様でないなら、どのような存在なんですか」
「それを説明しても理解できぬであろうし、この場所を出たら管理者に関する記憶は強制力により作り変えられる」
それは、どこかに飛ばされるという事だろうか、とりあえず不安でしょうがない。
現状をもっと知らなきゃいけないし、難しい話でもなんとか理解しなきゃいけない。
話を元に戻した方がよさそうだ。
というか、ずいぶん冷静だな俺、自分でもびっくりするわ。
「お前の精神は、確かに規格外の様だな。特異点との融合の影響が出ているのであろう」
考えを読まれた! 神様なら当然か。
それと特異点って、そもそも何だよ。
「それも、くわしくは理解できぬであろうし、ここを出たら完全に忘れることになる。しかし、お前に深く関わっていることだ、説明してやろう」
それから体感で10分ほど説明が続いたが、俺が理解できたことは少なかった。
「えーっと、つまり特異点というのは、時空の歪みや虚数空間を修正するワクチンプログラムの様なもんで、魂と結びつくようなものでなく、今回の場合は神様の手で分離も可能。ただ、はっきりした原因はわからないということですか」
と、おそるおそる尋ねると
「おおよそまちがっていない。お前が納得出来たならそれでよい」
と、答えてくれたこのお方は、きっと良い神様なのだろう。
ともかく、今の状態は何となくわかった。問題は今後どうなるかだ。
「元の世界、元の生活に戻してもらえませんか」
「それはやめたほうがよいであろう。高確率で同じことが起こる」
「お手間でなければ、その都度、元に戻してもらうわけにはいきませんか」
「われはやるつもりはない。奇跡の行使は、今の時期よほどのこと事がない限りしない。
なによりお前は、失われる命に責任が持てるのか」
何のことかわからない。
「今回、特異点とお前の魂との融合の余波で局地的な爆発が起こり、259人が死亡した」
「ちょ、ちょっと!それって大災害じゃないか、俺の身内は無事なのか。
というか、あんたさっき『たいしたことない』って言わなかったか」
「今回の爆発による死亡は自然災害のようなものだ。われは地上には干渉しない」
「今回はイレギュラーなんだから、干渉しましょうよ」
こいつ、良い神様じゃなかったのか。
そういえば、地上は戦争だらけだもんな。
神も仏もありゃしないな。
そんな事を考えていると、目の前の男は珍しく表情を崩したように見えた。
そして苦悩がにじみ出るような顔で、こう言った。
「以前の管理者が、ひどく地上に干渉したのでな。
システムエラーが何重にも発生し、管理者の加護がお前たちに正確に届かなくなったのだ。
地上は3000年以上に渡り混乱し続けている。あと1000年もすれば元通りに回復する予定だ。
そんな状態での奇跡の行使は、地上にどんなことが起こるかわからん。
お前のことは、さすがに無視できなかった。特例中の特例と思ってくれ」
今何か、世界の宗教観を揺るがす様なことを聞いてしまった。最も今更の様な気もするけど。
この事については、俺がどうこう出来るような問題じゃなさそうだ。
でも、いままでのやりとりで解ったことがある。
「そうか、俺は死んだのか。すると生まれ変わって、人生やり直しですか」
それは勘弁してほしい。
ああ、せっかく苦労して資格を取って、更にがんばって独立して、事務所を持って、人並み以上の生活が出来ているのに、一からやり直しとか、俺の今までの38年間は何だったのか。
……つらいな。
「それについては、妙案がある。それとお前の親族は無事だ」
この場所に来て、初めての良い情報だ。正直ほっとした。
亡くなった人がたくさんいるに、不謹慎かもしれないが、神様でもどうしょうもないことは、俺にもどうしようもない。
せめてご冥福を祈ろう。
えーっと、だれに祈るのがいいのやら。
しばらく黙とうした後、気をとりなおして神様を見る。
さあ、妙案とやらに期待しよう。
「詳しくは、彼女から聞きたまえ」
「まる投げかよ。それに彼女ってだれです」
「あらあら、漫才みたいね」
と心を癒す様な声が聞こえた。
今までどこにいたのかさえ解らないが、もうひとつのすごい存在感を持つ女性が現れた。
彼女の顔も印象に残りにくいが、春の陽だまりの様な感じがした。
「はじめまして。名前は名乗れないけど、あなたがこれから行く予定の世界の管理者よ」
笑顔がチャーミングだ。
素敵な女神様だ。
一気にファンになってしまった。
おっといけない、本題に戻らないと。
「どう言う事か、説明していただけますか」
「そうね、まず最初に、そもそもあなたは死んでいないわよ」
「爆発の中心で生きているなんて、信じられないんですけど。トリ○リの実も食って無いし」
「あなたのそのイメージはともかく、現実に起こった事よ。とりあえず、あなたの肉体も精神も何も損なわれてないから、それで良しとしなさい」
うん、良しとすることに決めた。
女神様には逆らえない。
「話を続けるわね。あなたが死んでいたら、話は簡単だったのよ。魂には、はっきりした人格も意識もないから、そのまま違う管理世界へ移せばおしまい。ここへ来てもらう必要も無かったわ」
笑顔でとんでもない事を言うお方だ。
「それで、あなたは元の世界に戻りたいの」
「はい、さすがに戻っても今回の様なことが起こるなら諦めますけど…」
次に死人が出たら、俺の責任だ。
いくらなんでも、そこまで利己的にはなれない。
「そうすると、魂を加工する必要があるわね。ただ、生きたままでは非常に危険よ。良くて人格が変わる程度、最悪の場合は魂ごと消滅するわ。それに、原因がわからないから、もし今ここで死んで、魂に偽装を施して、何回生まれ変わっても、低確率だけど同じことが起こる可能性もあるわ。つまり、元の世界で生きていくのはあきらめなさい」
覚悟していたとはいえ俺にとっての死刑宣告と同じだ。
何か、他に方法は無いのか。
「こんな場合は、管理者同士の取り決めでね、別の世界へ転移させるの。あなたの場合は生きているから、存在情報を私の世界に合うように書き換えて、送還することになるわ。そこでは微妙に、物理法則も違うの。そこには特異点なんてないから安心よ」
「えーっと、そもそも俺に、拒否権はないんですか」
「なにか他の考えでもあるの」
ほとんど何も解らないのに、代案なんて考えつかない。
「具体的な展望も無いのに、話の腰を折らないようにね。まあいいわ。それなら選択肢を示すわね」
そう言って、女神様が示した内容は実にひどいものだった。
その1、魂の消滅
管理者は、直接的に魂の消滅には力を貸せないらしい。そのため破滅を待つだけの世界に行き、世界と一緒に魂ごと消滅する。
ただの自殺じゃないか。
その2、魂の凍結
この場所で、時間ごと凍結される。唯一、元の世界へ戻れる可能性あり。今回の事故の原因が判明すれば戻れるよ。ただし、システムの回復後の世界に帰還となるから1000年後の未来へ。
それは浦島太郎じゃないか。竜宮城も無しに体験したくもない。
その3、女神様の世界以外への送還。
今、空きがあるおすすめの世界は、地球の産業革命以前程度の文明の世界。
うん、同じことだよね。
そう言うと、女神様が不機嫌そうな表情で言う。
「同じだなんて、とんでもないわ。あなたは知らないでしょうけど、私の世界は、地球みたいなポンコツじゃないわよ。同次元世界の中でも、後期改良型で、全体的に魂のグレードも高いのよ。転生時に異界を渡れる者は少数だから、望んでもまあ無理よ。そもそも今回の受け入れは、今から1000年ぐらい前に、私の世界を破滅に導く魔獣で、魔素を無限に食らう龍をあなたの世界へ放逐したお返し(バーター)みたいなものなのよ」
物騒だな、どんな商取引だよそれは。
「それに、あなたが生きているからというのも大きいわ。私の世界ではね、人間族は多くが善良で、長寿で、子供を特に大切にするし、しかも、望まないと生まれてこないようになってるの。だからイレギュラーな転生をさせると、ほぼ確実に一人の命が犠牲になるから、あなたがもし死んでたら、多分受け入れてないわよ。文明のレベルも地球と比べても遜色ないし、優れている点も多いわよ。あなたが行く予定の人間族の国は、治安もいいし、自殺者も少ない上に、あなたの国の親たちのように生まれもしない赤ちゃんを、年間に何十万人も殺してることなんてしてないわ」
最後の「赤ちゃん」の部分は妊娠中絶のことだろうか。
一言もないな。
気まずくなって目をそらすと、がっつりと落ち込んでいる神様がいた。
何やらぶつぶつと「ポンコツではない、最初期型だ」とか、「そもそも前任者が」とか言っていたが、たまたま目が合うと、
「彼女の言っていることは、事実だ。ちなみに魔獣は、送還後すぐに魔素の代わりに近くの恒星を喰らい、結果的に超新星爆発を起こして、もろともに消滅した。地球からは7000光年ほど離れていたので、心配しなくていい」
この神様は、なんとも律儀なお方ですね。懇切丁寧な説明をしてくれる。
「わかったでしょ、こんなチャンスめったに無いわよ、いいかげん覚悟を決めなさい」
その通りである。
人間、年をとると猜疑心が強くなっていかんな。
「わかりました、その方針でお願いします。ただ俺はもう中年で、異世界送還されても正直困ります。
どうやって生活していったらいいか」
所帯じみたことをつぶやくと、女神様はにっこり笑ってこう言った。
「大丈夫、いろいろと考えているわよ。それにあなたの存在情報は、ずいぶん強化されているから、特異点を分離した後に人間族に構成し直しても、ずいぶんと上位の個体になるはずよ。寿命も最低でも倍の1000年以上になるでしょう」
1000年! ということは、人間族は寿命は500年もあるのか。
女神様が自慢するのもわかる。根本的に、地球とは違うみたいだな。
それに、倍付け設定はありがたい。もっとも、平穏に生きていける可能性が下がるだろうから注意しないと。
もう俺はガキじゃないし、物語の主人公なんて御免だ。
それから女神様が、さまざまな説明をしてくれた。
一つわかったことは、彼女が意外に毒舌で、実にさばさばした性格であることだ。
つまり、声やお姿からのギャップがひどいな、なんてことを考えてたら、拳骨をもらった。
はじめての、物理接触だ。
なるほど俺は生きている。
女神様の説明を要約すると、
1、女神様の世界の常識を頭脳に知識として記すので、日常生活でとまどうことはない。
2、向こうでの生活基盤を作るため、8歳程度の子供の状態で送還するが、信用できる保護者の所へ送るから心配するな。両親が死んで一人ぼっちで頼る人がいないという設定でいけばよい。
3、人格とかはそのままだが、年齢相応の精神状態になる。地球での出来事は、前世の知識として徐々に夢を通じて認識される。その期間は、早ければ2、3年程度。
これは、精神は体によって影響されるので、異なる世界による混乱を防ぐために必要との事で、つまり一旦この世界の記憶は封印される。
実質は、生まれかわりと同じだな。つまり、8歳からの数年は夢と現実で二人分の経験をすることになる。これは時間をかけて、俺自身がすり合わせていくしかない。思春期のあんな事やこんな事、社会に出てからの辛かった事などを追体験するなんて、考えるだけで気分はブルーだ。
「あの、今説明されても向こうに着いたら、きれいに忘れてしまってるんじゃないですか」
親身になって説明してくれる女神様に申し訳なく思って聞くと、
「大丈夫よ、人間が知ることを制限されている部分はファンタジーとして記憶されるし、管理者に関する部分は、都合よく改変されるけど、それ以外は、だいたい覚えているわ。逆にしっかりと覚えておきなさい」
とのこと。
此処での話は重要で、感じた事や見聞きしたことは、世界の常識を刷り込む際に8歳までの記憶として、都合よく残るようで重要だそうだ。それを聞いた俺は、向こうの生活で孤立しないように、思いつく限りの質問をしていく。
自分の職業である一級建築士の能力を生かせるのかを聞くと、法律関係はもちろん、材料や加工方法、更には物理法則まで地球とは異なっているため、おそらく無理であろうということらしい。愚痴を言っても仕方が無いので、子供からやり直す覚悟を決める。
質問が、子供の間で流行っている事、向こうでの友達の作り方、大人や子供たちの好きな遊びや食べ物の事まで聞くと、そんな物まで必要なのかと聞かれたが、調べて教えてくれた。俺の質問を参考にして、覚えさせる世界の常識に項目を追加してくれるそうだ。
長い時間をかけて、大体の説明や質問が終わり、これ以上此処に留まる理由もなくなった。
少々名残惜しいが、お別れの時だ。
神様が、厳かに話し出す。
「最後に、なにか願いはないか。出来る限り応えよう」
俺は、しばらく考えてこう言った。
「あなたが、地上に干渉できないのは知っています。ですが、俺の大事な人達が、俺がいなくなったことで、必要以上に悲しまないでほしいんです。両親は、まだ健在ですし、弟もいます。結婚を約束した彼女もいます。でも、突然こんな事になって、別れの言葉一つも残せてない。さっき神様は、俺の精神が強いと言ってくれましたが、それは特異点なんかのせいじゃなく、彼らが心の支えになってくれたからだと思ってます。だから、もう何も出来ない俺のかわりに見守ってやってほしいんです。」
神様は、しばらく目をつむった後に
「わかった、簡単な思考の誘導くらいはできる。最大限の努力はしよう」
俺は、にっこり笑って
「ありがとうございます」
とだけ言った。
いきなり、ドン! と横からの衝撃を受けて、何が起こったかわからず目を白黒させていると、なんと女神様が抱きついてきたので、びっくりして「うぉ!」と奇声を上げてしまった。
「ど、どうしたんですか、急に」
混乱して、なんとか引きはがそうとすると
「うふふっ、お姉さん、あなたのこと気に入っちゃったわ。あのね、特別サービスよ。あなたには、ギフトをもう一つプレゼントしちゃうわ。それと毎日お祈りをすると、いいことあるわよ」
たしかギフトとは、先天的に使える魔法のようなものだ。お祈りについては何のことか解らないが、多分向こうに着いて、世界の常識を知れば理解できるのだろう。
使える力が増える事は悪い事じゃないし、ありがたく受け取っておこう。
なんとか女神様に離れてもらい、異世界へ送ってもらうようにお願いする。
「向こうに着いたら、たまには会えますか」
女神様は悲しそうな顔で、
「ごめんなさい、わたしたちは地上との直接の接触は、必要以外避けてるの。だから次に会えるのは、あなたが死んだ時よ」
そんな悲しい表情も魅力的だ。
いよいよ、お別れのとき。
「元気でな、先の約束は守ろう」
「わたしはいつでも見守ってるわ」
それを合図に、俺の体が分解されていく。異世界への送還が始まったのだ。
不安な気分はほとんどない。
お二人のおかげだ。
「短い間でしたけど、本当にありがとうございました」
ふと、神様が思い出したように話し出した。
「言い忘れていたが、お前の自称婚約者については全く心配いらんぞ。
彼女の思考では、お前はキープ君という事だな。われが責任を持って本命君との仲を取り持とうぞ」
「な、なんだってー!!」
今日一番の衝撃が俺を襲う。
神様、気まじめ過ぎるのも色々と問題ありです。
世の中には、言わぬが花という言葉があるんですよ。
再構成されながら、地球の未来は大丈夫かと真剣に考えている俺がいた。
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とある大きな教会の前で、僕はボーっと立ち尽くしていた。
何のために此処にいるか考えてみる。
そうだ、僕は、お父さんお母さんと、お別れしてきたんだ。
もう二度と会えないって言われたんだ。
不意に悲しくなってきた。
なんだか無性に泣きたくなってきて、我慢できない。
大声で泣いていると、その声を聞きつけてか、教会の中からシスターが出てきた。
「僕、なんで泣いてるの、お父さんとお母さんは」
余計に悲しくなって、更に大声で泣いた。
シスターのお姉さんは、僕を教会の横の事務所の様な所に連れて行き、顔を拭いてくれて、あったかいミルクをいれてくれた。
しゃくりあげてうまくしゃべれない僕を優しくなだめ、辛抱強く待ってくれたお姉さんは「僕、お名前は」と聞いた。
少し落ち着いてきた僕は、ゆっくりと答えた。
「ヨシト、です。8歳、です」