009 魅惑的な酒盛
その後、俺と共に大笑いしていた女将は、俺達が道端で大笑いしていることに気が付いたエウフラージアに連れてかれた。
その際のエウフラージアの表情は、表面上騒いだ女将に怒ってはいたものの、俺の女将との接し方から安心したのか、嬉しそうだった。
連れ去られる際、その巨体を引き摺られていた女将に、酒場の場所を聞き、俺は上手い酒のある酒場を知る。
……というか、他人を引きずるアレは遺伝なのだろうか。
エウフラージアのあの細い腕の何処にあの巨体を平然と引き摺る力が有ったのか、少なからず気になりはしたが、取り敢えず今は酒という餌に釣られて酒場へ一直線だ。
途中、屋台の上手そうな食べ物の匂いに釣られ、寄り道しそうになりつつも、まだ日の高い内に呑む酒を思い浮かべ、その誘惑に打ち勝ちながら酒場へ向かう。
外の人間が来なくても商売になるのか。
俺は、人で賑わう屋台を見てそんなことを考えたが、町民でもここまで上手そうな匂いを嗅げば釣られるか、と納得する。
今は閑古鳥が泣いていてもサクラは意味を成さないだろうから、純粋に客だろう。
明日にでも是非寄ろうと考えつつ道を歩けば、女将進めの酒屋が見えて来た。
まだ日も高いというのに、中からは酒盛りの騒ぎ声が聞こえてくる。
正確な時間は分からないが、日が傾き始めてはいるから2時から3時位か。
俺は酒場の門を開けた。
内装は、この街並みに合ったアンティーク風。
ついでに、中で騒ぐ連中も何処となく昔の人のような感じで、がたいがでかく、体に傷がある戦士風な奴が多かった。
俺が店内に入ると、一定数の視線が此方に向く。
そんな視線は全て振り切って、俺はカウンターの空いてる席に着くと、目前に居る店主を見る。
「ご注文は?」
「シードルあるか?」
「おいおいボウズ、盾なら防具屋行って探せよ!」
後ろの酔っ払いから、笑い声と共に茶々が入る。
店主は俺の言葉に頷き、酒を取りに行っている。
ため息を吐いて後ろに向き直ると、ジットリとした視線を声の主に浴びせながら冷ややかに言う。
「それはシールド。シードルっていうのはアップルワインのことだ。残念ながら盾のことでは無いんだよ」
静寂。
そして大笑いが店内で響き渡る。
今度の笑いは全て俺へ向けられたものでは無く、俺に指摘した者へ向けられていた。
恥を掻かされた(と思った)男は、顔を真っ赤にして言う。
「し、知ってたよ!」
「……なら言わないでくれ、俺は喉が渇いて酒を飲みに来たんだ。というか、知っててカマ掛けてたなら景品としてシードルはアンタが奢ってくれ」
「ギャハハハ! どうするトラウゴット~?」
別の男から茶々が入ると、トラウゴットは赤くなった顔を冷やす様に顔を左右に振った。
「……チッ! しょうがねぇな! 仕事帰りで金もある。ただし! 一本だけだぞ!」
「おぉ、一杯では無く一本か。トラウゴット、お前は太っ腹なのだな」
「誰がデブだ! 後、呼び捨てにするな!」
「懐がデカい、という意味だ。体系の事では無い」
「し、知ってらぁ!」
また、笑いが入る。
もし俺が、酒では無くミルクでも注文していたら、周囲の反応はまた違っていただろうな。
話を聞いていた店主が、シードルの入った瓶とコップを俺の前に置く。
俺は待ってましたと言わんばかりに瓶のふたを開け、コップに酒を注ぐと一気に飲み干した。
リンゴの味と共にアルコールが体に入ってくる。
酒断ちをしていた訳でも無いが、酷く久しぶりな気がする酒に、俺の身体は歓喜に震える。
しかし、これだけの酒があって、店内からはビールやエールと、後は酔っ払いの匂いしかしないとは。
「お前は酒の味が分かるんだな」
「む?」
「ここにいる馬鹿共はアルコールさえ入ってればなんでも良い馬鹿共だ。だから、真面に酒の種類言って注文してくる奴は久しぶりだよ」
「おいボウズ! あんまマスターと絡むなよ! 酒が上手くなくなるぞ!」
「マスター薀蓄うるせーからな」
「るせぇ馬鹿共! テメェらはアルコール直に飲んでろ! 3リットルな!」
「いや店主、それは多分死ぬぞ」
陽気な店だ。
コップに注いだ酒を、今度は味わいながら思う。
酒場の雰囲気というのは、何処も同じようなものだな、とも。
俺はあっという間に一瓶空にしてしまい、何とかただ酒掻っ攫えないかと模索する。
そして思い付いたのは、こんな場に持って来いなエンターティナーだった。
俺は立ち上がり、後ろに向き直ると声を大にして言う。
「おぉい! 誰か俺と飲み比べするという酒豪はいないか! 負けた方は酒代持ちで」
「ボウズ既に酔ってんな。若い癖に飲み勝負を持ち掛けるたぁアレか? 馬鹿か?」
「いや、単にただ酒飲みたいだけだ」
「勝つ気か! そりゃあ良い!」
また笑いが入る。
酒に強い弱いは年齢じゃないと思うのだが、その辺の指摘は勝負を受けてくれるカモが見つかってからだ。
誰が行くか、なんて話が酒のテーブルで話始められた矢先、そんな雰囲気をぶった切るように、新しい客が酒場に入って来た。
「昼間っから盛り上がって、何の騒ぎだぁ?」
静寂。
誰だ? と俺は思う。
楽しい酒盛りが一変して静かな一人酒へと早変わりしてしまった。
新しい客の男は、静かになった酒場を一瞥し、カウンターに居た俺に気付くと、ズカズカと騒音を奏でながら俺の目前まで来て俺を見る。
「ンだぁ? 何で酒場にガキが居る?」
「ふむ、器が小さいな。容姿で差別するとは。俺をガキだといい、酒場に相応しく無いと言ったのはこの場でお前だけだぞ」
「あァ!? 喧嘩売ってんのかテメェ!」
そう言って男は、俺の体位ある太さの腕をこちらに伸ばし、恐らくは襟首を掴もうとしたのだろうが、俺は素早くその腕を掴み、扉の方へと投げ飛ばした。
その際、男が巨体過ぎてカウンターに足がぶつかり大きく揺れたが、中身を飲み終えたばかりの瓶とコップが倒れた程度だった。
しかし、その巨体が向かう先、扉付近に居た客を若干名巻き込んで、男は床に倒れこんだ。
周りの空気は唖然。
誰一人として声を出せない状態だった。
俺が自分の倍以上大きな相手を軽々と投げ飛ばしたことが原因なのだろうが、俺からしてみればこの位出来て当然。
正直、驚かれ損といった感じである。
本気でやるのなら、相手の意識を完全に奪う気でやる。
そうなればそもそも、相手は吹っ飛ばず俺の前の床に顔面からめり込んでいることだろう。
上手い酒を出す店を傷つけたくなかったからそうはせずに遠くへ投げ飛ばしたのだが……その巨体のせいで床にひびが。
後、若干名巻き込まれてペチャンコだ。
「っ……テメェ一体何者……」
「愚か者!」
「!?」
声を張り上げて言った俺に、男は言葉を止める。
俺は続けて、演説する様に言う。
「ここを何処だと思っている! 暴力沙汰を起こすとは何事だ!」
「ハァ!? 酒場で殴り合いは当たり前だしどっちかっつーと暴力振ったのはお前……」
「愚か者! 酒場での勝負といえば……飲み比べに決まっているだろう!」
「ハァ!?」
男は訳が分からないといった感じに疑問符を沢山浮かべている。
そして、周りの人間は俺が何をしようとしたのか理解したらしく、笑いを堪えていた。
「ほら、こっち来て座れ。どっちも譲らないんならやるしかない。酒代は負けた方持ちだぞ」
「お、おう……?」
「トラウゴット!」
「おう!?」
「お前は審判だ」
「任せとけ!」
それからしばらくして、カウンターが、男と俺だけになり、いやに乗り気なトラウゴット審判の元、酔っ払いという観客の中で、飲み勝負が始まろうとしていた。
「勝負は、より多くビール樽を平らげた者の勝利とする。尚、敗者は今日に限り勝負後の酒代も持つものとする!」
後ろに付けた条件は恐らく、俺が勝利することを前提とした、俺の為にしたことなのだろう。
その証拠に、トラウゴットはサムズアップしていい笑顔で此方を見ている。
「食い物は?」
「ここの商品に限り、酒代に含む!」
今度は俺がトラウゴットにサムズアップする。
食べ物キタコレ食べ物キタコレ食べ物キタコレ。
最早絶対負ける気がしない。
というか、食べ物が掛かった勝負で俺は負けた試がないのだ。
俺は昔、何故か側転が出来なかったのだが、友人と一日で出来る様になるかを賭けた結果か、「水車責め!?」と指摘を受ける程にグルグル回れるように一日どころか一時間でなった。
正直、負ケル気シナイ。ト言ウカ、負ケナイ!
俺と男の前にビールの入った樽が置かれる。
「……俺は何故、飲み比べすることになってんだ?」
「おい」
「なんだよ」
「俺は久遠という。勝負するのだから、お前も尋常に名乗りをあげたらどうだ?」
「く、クオ……言い難いな。俺はベルンハルド」
「ふむ、ならクオで構わない。審判、合図を」
「では両者、用意……始め!」
同時に樽へ口を付けて飲み始める。
横にジョッキが置いてあると言うのに、俺もベルンハルドも完全に無視して樽のまま一気である。
とはいっても、ベルンハルドは10秒経過時点で一度口を離し、息継ぎをしていた。
俺はと言うと、ただ黙々と目前にあって流れ来るビールをただひたすらに胃へと流し込んで行く。
「おいクオ、あんまし急ぐと酒がまわるの速くなっちまうぞ!?」
「ハンデだ。というか、審判は公平にあるもの、だろ?」
「お、おうそうだった! ベルンハルド……さんも急ぎすぎんなよ」
「……るせぇ。ハンデだと……? 舐めやがって」
ベルンハルドは、俺に負けじと樽を90度にしてビールを飲み始めた。
あの姿勢で一滴も溢さないとはやるな。
だが甘い。
確かにその形は流れ来るビールの速さは上がるだろう。
だが、それでも俺の方が速い。
「店主、おかわりだ!」
「おぉぉぉぉぉ! スゲェ!」
「クオーだったか!? あいつ何もんだ!」
酒豪アルバンの弟子だよ。
アルバン、アイツは凄すぎた。
10秒足らずでこれと同じサイズの樽に入った酒を飲み干してしまう。
ウォッカを割らずに一本飲み切れる。
最後の最後まで一緒の時間を飲み交わすことは出来ても、飲む量を共にすることは出来無かったな。
最後がアルコール中毒だったなんて、アルバンらしい死に方だったと思うよ。
俺は、二樽目に入っても、スピードを緩めない。
ベルンハルドも、一樽目を飲み終えたようだが、既に顔が赤みを帯びている。
一樽飲み干せるってことはこいつも酒には強いんだろうが、俺じゃないんだ、飲み方は選ばないと酔いが速くなるのは当然だ。
その後、俺が四樽目を飲み干した頃だっただろうか。
ベルンハルドが三樽目の半分位でぶっ倒れ、周囲で大きな歓声が巻き起こる。
「クオー! お前スゲーな!」
「む、俺の勝ちか? なら店主、お勧めの食べ物とリモンチェッロってあるか?」
「……度数30%だが、大丈夫か?」
「軽いな。ボトルで頼む」
「化物だ! 化け物が居るぞ!」
失礼な。
その後俺は、この酒場の飯が美味しくて更にテンションが上がり、胃袋ブラックホール疑惑を周りに立てられながらも楽しく酒を飲み、まだ明るいうちから酒盛りを始めたと言うのに、宿へ戻ったのは深夜の事だった。
そして、鍵を預けるという制度もあったらしいが、預け忘れていて良かったと最早寝入っていた女将達を見て思ったのだった。
そして、情報収集するのを忘れた。