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111Affronta  作者: 白米
第二部 Mondiale del RPG Eroe
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008 選択の重要性


「あの、すみませんでした」


 二階へあがってすぐ、エウフラージアはこちらに向き直り、謝罪の言葉を口にした。

 その謝罪の意味は、先程の言動から容易に察する事が出来る。

 俺がこの宿に泊まる要因となったことを言っているのだろう。


「気にするな。これ以上の要求が無いのなら、渡りに船だ」


 というか、俺は嫌いなのだ。

 目下の者、というかその人間がしたことを他人が謝罪するということが。

 部外者とも呼べる他人が悪く思っていても、その人間に反省の色が無いなんてのはよくある事で、というかそもそも、その人間が謝罪できないということはそのまま、その人間が悪いと思っていない表れだ。

 その事自体が不快なのではない。


 その人間が他人に謝罪させるようなことをしたことが不快なのだ。


 だから俺は、エウフラージアという少女の謝罪を受けない。

 流して、この少女の気が済むのを待つのだ。


「最近お客が減って……お母さんも必死なんです」


「気にするな。というか、お前は謝罪すべきじゃない。その行為は母の為を思っていたとしても、母の行為が悪であると肯定しているに等しいのだ」


 気にするなの前には、『お前が』という言葉が入っていただろう。

 だが、エウフラージアの言葉で大体の事情は理解することが出来た。

 成程な、王の選択のシワ寄せは、この辺の人間に来たわけか。

 俺は優しく笑って、目前に居る女児の頭を優しく撫でる。

 小手の手のひらが革製で良かった。

 全てが鉄製であったなら、母の無実を訴える童子の頭を撫でてやることすら叶わなかったのだから。


「さ、部屋に案内してくれ。俺はこれでもやることがあるんだ」


「は、はい。ここがお部屋になります。……あの、ありがとうございます」


「む? ハハ、気にするな。俺は年長者として前途ある若者に助言したかっただけなのだ」


 俺は、エウフラージアから部屋の鍵を受け取りながら言う。

 そして、あ、しまった、と思った。

 もう年長者という容姿をしてはいない。

 というか、もしかするとこの女児にすら先を越されているかもしれない。

 俺の言葉がおかしかった証拠に、エウフラージアは首を傾げている。


 エウフラージアが疑問を尋ねようとした口を、俺は人差し指で静止させ、言う。


「思春期男児の苦しい照れ隠しだよ綺麗なお嬢さん。余り深く追求しないでおくれ」


 苦笑した風に言いながら、俺はそのまま部屋へと入る。

 そして部屋に入って扉を閉めてからふと思う。


「……俺の思春期って、何時だ?」


 異性が特質して気になった時期は無い。

 欲求の変化も。

 格好付けようなんて、思ったことすらない。


 ……あれ? そう言えば反抗期もあった覚えが無い。


 大丈夫だろうか、体ばかり大きくなって中身は全く成長していませんでしたとか勘弁して欲しい。

 そういえば、何時になってもスポンジの様になんでも吸収していった気が……。

 『アンタ本当に○○歳?』とか聞かれた回数は数知れない。

 考えると本気で不安になるから止めておこう。


 人としての成長無くゴールにたどり着いただなんて余り考えたくは無い。


 

 部屋の中は綺麗に掃除されていて、ベット、テーブル、椅子が一つずつ置いてあるシンプルなものだったが寝床としては完璧なものだった。

 フローリングの床の明るい色と白い壁を、窓より差し込む太陽の光で際立たせた暖かい雰囲気を持つ部屋。

 帰る場所としては100点満点の部屋だった。

 きっと通常時なら、あの明るい性格の女将と合わさって、客引きなんてしなくても客は集まって来ていたことだろう。


 まあ取り敢えず、出かける準備しよう。

 取り敢えずは胸当て、小手、脚鎧を外すことは必須として、剣は一本持っておくか。

 俺は別途に腰掛け、慣れた手つきで小手、胸当て、脚鎧の順に外していく。

 この姿で戦闘はしておらず、盗賊達の手によって既に手入れ済みであるから、手入れの必要は無い。

 後で点検は必要だけどな。


 ベルトも、一本で大丈夫か。

 持っていく剣が一本なのだから当然だが、鞄の中に入れるのは金、とナイフも鞄の中に入れておこう。

 リュックは当然の様に置いて行く。

 無駄に重いだけで中身は俺にサイズが合わない服が入っているだけだ。

 古着屋に売るとしても、今じゃない。

 宝の入った袋は一応、ベットの下に隠しておこう。

 他の荷物と一纏めにし、その袋だけがたまたまベットの下に入ってしまったように見せる。

 まあ、視覚的には見えないんだがな。


 恰好だけ見ると、剣とベルトはイレギェラーにしても完全に侍だな。

 胸当てをしていた時はまだ良かったが、こんな格好して歩いてる奴町には居なかった。

 目立つだろうな。


 現状目立つのは得策じゃないのだが、他に良い服装が有るかと問われれば否だ。

 仕方が無い。

 着慣れているから、多少大きくても馬子にも衣装と言った感じでは無いし、堂々としていればそれ程目立つまい。


 俺は部屋を出て、鍵を掛ける。

 一階へ降りる階段をゆっくりと降りて、カウンターを一瞥すると、まだ女将が居た。


「おっ。随分と胸元の開いた服だったんだねぇ」


「む、あぁコレは着こなし方の問題だな。こうすればピシっとすることも可能だ」


 指摘された胸元……女児でも無いのに指摘されるとは思わなんだが、ゆったりと着ていた上をしっかり着てみせる。

 あぁこういうのも着崩しというんだったか。

 俺はどっちでも良いんだがな。


「ほぉ……変わった服だねぇ」


「母国の民族衣装だ。それは置いといて、強引な客引きの理由、理解したぞ」


「……そうかい」


「余所者を寄せ付けないという条例から、前から贔屓にしていた家を持たぬ客からの収入はあるが、新しい収入が激減した。それが原因だろう」


「エウフラージアが言ったのかい?」


「そんな訳が無いだろう。初対面の相手にそんなことを言う筈も無い。話を戻すが、そんな客を一人も逃せない状況だ。稼げる内に蓄えておく必要があるだろうな」


「まあねぇ」


 女将は笑う。

 俺も軽く笑い返した後に、顔を引き締め、そして尋ねる。


「ここで尋ねたい」


「なんだい」


「娘は大事か」


「そりゃそうさ」


「宿は大事か」


「当然。私達の家さ」


 そう、二つとも大事なのは当然だ。

 そしてこれから言うのは多分、分かっている事だろうし、誰にとっても大きなお世話だろう。


「その二つ、大事な物としての優先順位はどちらだ?」


「娘」


「そう、即答出来るのか。良い親だな。だが覚えておけ、これから先、ずっと条例が撤回されないままだったしたら、必ずどちらかを犠牲にしなければならなくなるだろう」


「…………」


 ついに、陽気そうな女将が黙り込む。

 俺は続けて言う。


「娘か宿、どちらを犠牲にするか決めておけば、その時の対処を見誤ることはない。迅速な対応も出来るだろう」


 また続けて言う。


「だから考えろ。そのことを努々(ゆめゆめ)忘れず、決断しておけ」


 まあもっとも、誤った選択を俺が居る間に選択したとしたならば。

 俺はそれを正すことだろう。

 どうしようもなくお人好しである老人が、住処の今後を他人事ながら自分の事の様に、感情的に感情論で正そうじゃないか。

 その選択が例えこいつらにとって悪魔に思えようとも、最後には幸せになれるだろう。


 そういう選択を、俺はさせてやる。

 寄り道だらけの人生を歩んだ俺が、楽しい人生観の元、笑えるようにしておこう。


 大丈夫、俺はお前達の倍以上生きている。


 暖かい家族が居る人の幸せになる方法は、心得ているよ。







 俺の心境を除外して、というよりは理解出来ない人間からしてみれば、突然何を言い出すんだって感じだっただろう。

 言いたいことだけ言って宿を出た俺は、自分の行動に心の中で頭を抱えた。

 Q.俺はアホか?

 A.Yes, that's right


 どの道する行動は変わらないなら、わざわざ関係を険悪にする必要はなかっただろう!

 俺の心の中で叫ぶのは、俺自身だ。

 自己嫌悪という、俺の感情だ。


 よし、決めた。

 ある程度落ち着いたら、そもそもの理由を叩きに行くことにしよう。

 俺はこの国の人間じゃないし、この国に未練も無い。


 ま、ある程度の事を覚悟しておけば何とかなるだろう。


 取り敢えず、今は酒場だ。

 この辺の作物で美味しい物は何だろう。

 日本酒はないだろうから、エールとかよりフルーティな酒を飲みたいな。

 なんて考えていたら、ついさっき受けたばかりの衝撃が背中に入る。

 荷物を背負っていない分ダメージ増量だが、そうした相手の存在は分かったから、俺は剣に触れず、回避せず、そのまま後ろを向く。


「……それは攻撃か? 挨拶か?」


「攻撃さ!」


 攻撃なのか!?


「そんなことより!」


 俺のダメージはそんなことなのか。


「アンタ散々言ってくれたけど、アタシの答えは変わらない! 娘さ!」


「…………」


「娘、娘! エウフラージアさ! エウフラージアLOVEなのさ!」


 少年に娘の愛を叫ぶ巨漢な女。

 この構図は……不味いのではないか? 世間の目的に。


「アタシは、間違えないよっ!」


 ……クク。


「フハハ、そうか。娘か」


「フフッ、そうさ、娘さ」


 一時の静寂。

 その後爆発した様に、大きな声が街道に響き渡る。


「フーハッハハハハハハ! 娘か!」


「アーハハハハハハハハ! そうさ! 娘さ!」


 周囲の人々が全員此方に視線を向ける。

 きっと俺は、陽気な女将と笑い転げる一市民として写っていることだろう。

 取り敢えず、関係の険悪化は要らぬ心配だったな。


 だけど女将よ。


 その決断、絶対であるとはまだ分からぬぞ?


 女将が娘を愛しているだなんて、そんなのはあのやり取りを見ていれば分かる。

 だからこそ言ったのだ。


 考えろと。

 努々忘れるなと。


 老人の言葉はその大半が無駄話を占めているが、思いの外重要な発言も、その無駄話の中に含まれているのだ。


 努々。

 夢々。


 今は笑い飛ばしていても良い。

 まだその時じゃないからな。


 だが、一ヶ月後は? 一年後は?


 考えろ。

 忘れるな。


 刻んだぞ。

 刻んだからな。


 大切なのは娘。

 平和なお前の言った選択はそうだった。

 俺は忘れない、お前は俺の言葉を忘れられないが故に考えるだろう。


 世界は綺麗だが優しく無い。

 厳しいが故に綺麗なのだ。


 俺は女将と笑い合いながら、周囲の視線を集めながら、そんなことを訴えていた。

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