070 魔王の結末
朱く光る。
俺は気功による光速治癒を済ませると同時に、弔を縛る忌々しいことこの上ない十字架を粉々に粉砕し、死霊達の創り出した傀儡兵隊共の中を歩幅と歩行速度の合わぬ歩き方で進み、俺の存在に気が付いた傀儡兵共は俺の存在に気付くと例外なく横へソレ、片膝を立てて頭を下げた。
過去の俺には『死霊使い』なんていう奇妙な能力は無かったが、それでも尚今の俺よりも死霊達を征服し、傀儡共をただ暴れる存在ではなくした。死霊を扱うということに伴う『死霊使いネクロマンサー』という力においても同じ人間の筈なのに魂に差が出ているという事。
過去の俺は、肉体や精神だけでなく魂をも鍛えていた。
その差がここに来てでているのだろうと思う。
ただ、正直な話今の俺にはそんなことどうでも良い。
現在の俺は『リミット・リワインド』の力により前世の力を取り戻し、それは体の負担を考えずに発動されたものであるが故に体が完全に壊れるまでスキルが終わる事は無い。
自分で『ON』『OFF』可能だが、俺はメシアを倒すまでスイッチを『OFF』にする気はサラサラない。
俺はメシアを殺すまで、戦うことを止めぬ。
石化という殺し方を、亡骸を亡骸として扱うことを難しくする殺し方で俺の友を屠ったことを生前の内に後悔させてやろう。
「……そうか、パルプンテに『死霊使い』の力を与えたのは貴方か」
「実際の所、儂のすることは殆どなかったがのう」
逸早く人型の形を取った傀儡はどうやら俺に『死霊使い』の力を与えた老人の亡霊らしい。
無駄なところで体に負担を掛ける気は無い俺であり、一瞬にしてメシアの目の前へ移動するだなんていう荒業をやっては見せず、奴らが話している合間に煮え滾っている血を少しでも冷まさなければ、一撃で自分の腕をブッ飛ばすという変な自信がある。
アバドンの守ってくれたこの体、五体満足でこの戦いに勝利することは必須。
ただ、力押しで勝利する事も必須。
少なくとも『発火能力』は、絶対に使わぬ。
「で、死しても尚世界に執着した強欲者たる貴方は何が目的か? 御爺様」
「何、ちとお前に死んでもらうだけの事じゃ」
二人の間に大地が揺れる程の殺気が漏れ始める。
そんな様子に怯む訳も無い俺であるが、話しの中に聞き逃せない言葉が有り、思わず呟かせる。
「……御爺様?」
「……何だ貴様、怠慢にも知らずにコイツを使っていたのか」
「第九十七代魔王イエス。それが儂じゃ」
そうだったのか、なんて俺は他人事の様に思う。
確かイエスとは王宮の一室で出会った気がするのだが、人間の住む城で何をやっているのだと思わなくも無い、が正直どうでも良い為にそんな思考は隅へ追いやるだけでなく完全に捨てた。
「ふぅん」
だから俺の反応は、こんなものだった。
「反応薄くね? もっと何か無いものかの?」
「無い。お前の肉体構成の速さの理由が分かった。それだけのことだ」
俺は邪魔となった傀儡共に『戦場で人間共の手助けでもして来い』と命じ、跪いていた傀儡共はその命令に従って部屋を出て行く。
魔物と一緒くたに攻撃される可能性はおおいにあるが、例え傀儡が壊されようとも亡霊達には何の問題も無い。ただ体が造り直しというだけだ。
背後からの奇襲にもなるし、魔王軍に著しいダメージを与えることを可能とするだろう。
……どうやって降りるか、なんてのは別にしてだが。
「……というか、どうしたパルプンテ。思い出した様に人間の匂いなぞ振り撒いて。お前は自身の怠慢の結果、それは最早無意味だぞ」
……人間の匂い、のう。
どうやら俺は弱体化してまで人間を止めたらしいな。
まあ、どうでも良い。だがどうせ人間止めるなら人間の姿なぞにすがらずドラゴンにでもなりたかったよ。
「これはお前を殺す為だよ」
「……人間に成り下がって、か?」
成り下がる……魔王風情が、言いよるわ。
「待つのじゃ主様よ。ここは一度儂に任せるのじゃ」
「…………」
「ほう、怠慢な御爺様が俺の相手をしてくれる、と?」
「ほざくなメシアよ。誰がお前に魔王律を教えたと思うておる」
俺を外に、話が進む。
メシアとイエス。二人は魔王であるらしいがイエスの方は体が仮初のものである分不利といったところだろうが……経験を含めて考えるのだとすればイーブン位にはなるだろうか。
イエスの体を見る限り、随分と若い状態へ持って行ったのだろうし、その辺の差は無い。
「傲慢だな、歳月が何時までも優劣を決めると思っているのか?」
「何じゃソレ。儂がそんな古い考えで勝算を出していると? バカバカしい。愚かしい孫じゃな」
「何だと?」
「そもそも貴様と儂では実力の次元が違うのじゃ。儂は歴代最強の魔王、イエスであるぞ」
「……糞爺様」
「久し振りに稽古をつけてやろう。その代償として主様ご所望の命を貰うがな」
とても血の繋がった者同士のする会話とは思えないそれは二人の戦う引き金となり、魔王と元魔王の攻防戦が始まった。
その戦いは肉弾戦に加えて魔王律の乱立する戦いであり、魔王律は圧倒的なまでにイエスが上だったが、元が土塊の体である為に自分の行動ですらダメージを受けてしまう結果となり、メシアも何とかではあるが立ち会える状況となっているようだった。
歴代魔王最強……イエスの言葉に偽りは無かったのだろう。
しかしだ。
俺はそんな戦いをのうのうと見ていられるほど平穏な精神を持ってはいない。
「魔王律第九百七十八条:跪け」
メシアとイエスの顔面が床へ叩きつけられた。
俺の表情は今、どんな風だろう。
俺は俺がメシアを殺し、復讐を遂げることを求めているのだ。
故に、今イエスがやっていることは有難迷惑に等しい行動であり、人の話を聞かなんだイエスにも制裁を加える必要があるのだ。
「なっ……!?」
「何故……主様が魔王律を…………?」
「阿呆共……貴様らは何度、俺にその魔王律とやらを見せた?」
「まさか……見ただけで覚えたというのか!?」
その通り、というかここまでワンパターンに同じ法則性をも持つ技を見せられれば覚えるに決まっている。
どうやら魔王律の中でも九百条台は特殊で、それ以下は何らかの条件が成り立って初めて発動するものであるらしいのだが、九百条台のそれは完全に無条件で、民でも何でもない相手に対してもそれが格下の存在であったなら従わせることを可能としているらしい。
二人の戦いの中で九百条台は一度も出てこなんだが、成程法則を知ればこう言う事も知ることが出来るのか。
ただ、曲がりなりにも魔王である二人を長時間拘束させる力が魔王の力たる魔王律に有る訳もなく、ものの数秒で俺の使った魔王律は解かれてしまった。
が、それがどうした。
「貴様は……一体何だ?」
「人間臭いと、お前が言ったであろう」
「バカを言うな! そんな怠慢な答えで納得できるわけが無い!」
「納得……必要無いだろう」
お前はこれから死ぬのだぞ。
アバドンの死に際の行動を遮ったお前には知って死ぬ権利も手向けの花を供えられる権利も無い。
劇的なドラマも無く、俺はお前を殺す。
聖剣アロンダイトは、俺の悍ましい思考に答える様にその刀身を輝かせた。
聖剣であるのに復讐心に加担するだなんて、とんだ神器もあったものだな。
「……主様、一体何があったというのじゃ?」
「……終わったら、話そう」
俺は聖剣を天へ振り上げる。
そして聖剣は、その刀身を光によって巨大なモノへと変え、その10mを超える光の刀身は俺の望むところでは無かったが、その圧倒的存在感に気圧されぬ者は少なかろう。
少しでも恐怖を覚えてくれたのなら、幸いに成り得る。
「……ここまで、だな」
メシアの言葉に、俺は不快な気持ちになる。
そんな簡単に生きることを諦める者にアバドンが殺されたのかと思うと、不愉快なことこの上ないのだ。
「パルプンテ、この魔剣……くれてやる」
メシアはそう言って、手にした魔剣ヴァナルガンドを見せる。
「……どういう意味だ」
「あぁ、別に命乞いという訳では決してない。ただ強欲にも思う所があっただけだ」
思う所……のう。何を考えているかは分からない。
ただ突っぱねる必要性も感じないというのは何故だろう。
「なぁパルプンテ」
「…………何だ」
メシアは最早抵抗の意思を全く感じさせぬ立ち振る舞いを見せ、イエスはそんなメシアを見て思う所があるのだろう、その表情は余り優れない。
「世界は思ったより綺麗だが、そこに生きる人間は何故こうも醜いのか」
「知らぬ。だが人間という種が醜いのではない。醜き者が人間に存在するのだ」
俺は、本来の力を取り戻した状態での激戦を心の何処かで期待していた。
しかしアバドンが死に、メシアが生きることを諦めたことで俺の中の闘志は消え、代わりにどうしようもない殺意だけが残った。本来慈善殺しなぞご免被る俺なのだが、今は例えそうであっても殺すという思想が全てだ。
「そうか、であるなら種の根絶やしは早計、怠慢だったという事か」
「…………」
メシアが何を思ったのかは分からない。
ただ言えるのは、そろそろ終わりだということだ。
「時間切れ、か。まあそれなりに生きた。…………!? 何だこの記憶は」
「?」
最後の最後まで良く分らぬ奴だ。
そう思いながら、俺は太陽の様に輝くその大きな刀身をメシアへ向けて振り下す。
「そうか……そういうことか。……やってくれたな……────」
光の刀身は、振り下される共に周囲へ光を振りまきながらに聖剣を握る腕に確かな手応えだけを残し、十数秒の間光で全てを照らし続け、余韻を残しながらに元の刀身だけを残し、光の刀身は姿を消した。
そして、それと同時に近くに居たイエスだけでなく放った傀儡共をも掻き消してしまったことを『死霊使い』としたの力が俺に教える。
無論、死霊としては現世に残っているが、世界の異物たる傀儡は聖剣アロンダイトの力で掻き消えてしまったのだろう。
光が消え、元々メシアが居た場所にその姿は無かった。
傀儡はその存在ごと消されてしまった。恐らくは魔王たるメシアも同様の、消滅という形での終わりを遂げたのだと思う。
そしてメシアの居た場所に突き刺さるのは、魔剣ヴァナルガンド。
俺はそれを引き抜き、右手に聖剣左手に魔剣を持つと、踵を返して歩き出す。
視界に写るのは、唖然として声を出せずにいる勇者達と、石となりもう二度と動く事の無い俺の友。そして近寄ってくるのは一人の姫と童子だった。
役目を終えた『リミット・リワインド』を解除した瞬間、極度の眠気が俺を襲った。
体を酷使することは無かったから死ぬ事は無いだろう。ただ、今の体には備わらぬ気の量での治癒を行った為に生命力は空っぽに近い。
崩れ落ちた俺を、エレアノールエミリーが支える。
俺は結局何もしてないエレアノールエミリーに文句の一つでも言ってやろうなんて考えながら力尽き、目を閉じた。




