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111Affronta  作者: 白米
第二部 Mondiale del RPG Eroe
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007 始発の宿泊先


 馬車に揺られていると思い出す。

 戦後間もなく、俺が外国の戦場で戦友達と共に見知らぬ国へ放置されていた時の事。

 日本人へ対する憎しみをぶつける行為の事。

 荷台に家畜が如く放り込まれ、何時間も揺れる荷台の中に放置された事を。


 俺出なければ死んでいた。

 いや、正しくは俺以外、皆死んだ。


 思えば、異国の人間に俺が日本人として見られたのはそれが最初で最後だったかもしれない。

 その国々に入ってすぐは言葉が分からなかったりもした。

 だがその際に一度たりとも日本語を使わなかったことが理由だったかもしれない。

 俺はすぐにその国の言葉を覚えたし、出会った友人達は皆、俺を同人種として扱っていた。


 容姿の違いなんて関係ないと言われたようだった。

 国民の証は心だと、言われたようだった。





「おーい小さな剣士、検問を抜けた。兵士に見つからないよう適当に抜け出すといい」


 俺はハッとして眼を開く。

 検問を通る際に隠れて、そのまま眠ってしまっていたらしい。

 確かに、馬車の揺れが先程と比べてマシだ。


 舗装された街道を走っているのだろう、俺は隠れるのを止めて立ち上がる。

 揺れる地面の上でバランスを取れるのは何を学んでからだったか。

 俺は宝の入った袋を持ち直して荷台の後ろから外を見回し、人の視線が無い事を確認した後、前で馬の手綱を持った老人の方へ向き直る。


「ありがとう。感謝する」


 老人の返事は無かった。

 代わりに、片手を上る。それが別れの挨拶だった。


 俺は動く荷台から飛び降り、何の問題も無く着地する。

 走り去る、老人の乗る馬車を一瞥した後、俺は辺りを見回し、そして唖然とした。


「な……民族どころじゃない。これはもう都市の域じゃないか……」


 視界に入った景色は、俺が行き損ねるには大き過ぎる、人の賑わう町だった。

 地面は石で舗装され、馬車が自動車が代わりに走る、今風にいうのなら『古い町並み』といった感じだった。

 雰囲気としては、ヴェネツィアに近いだろうか。

 まあもっとも、見た感じにしても土地柄的にも水の都と呼ばれる程水に所縁が有る訳では無さそうだが。

 本当に、雰囲気だけといった感じだ。

 良く見たら建造物も造りは違うか。



 さて置き、兎にも角にも。


 こんな都市を、俺が行き忘れるか? というか、今更だがここは何処だ?

 世界地図と見合わせて、行ったこと無い土地を粗探しして行く、なんていう時代もあったというのに、こんな場所を見落とすか?

 だとしたら俺は大間抜けだ。

 というか、未だに硬貨のみを使って居る国ってあったか?

 クソ、行った町々の風景は思い出せるが、その貨幣までは記憶に無いな。

 ……基本無一文でその土地の人間の世話になっていたからな。

 さっき老人に何処へ向かっているのか聞いておくべきだった。


 というか、良く考えると老人はおかしなことを言っていなかったか? 確か、『余所者を入れない』とか。

 そんな日本の鎖国見たいな政策を、今の時代に刊行する国があるのか?



「……あ゛ぁ! 分かんねぇ!」


 俺は頭を掻きむしる。

 柄にもなく荒い言葉使いで、自分の無知さへ覚えた苛立ちを口にする。

 本屋か図書館を探すか? 鮮度を優先しなければ書物による検索程正しい情報はない。

 ただ問題は、俺がその文字を読める可能性が低いという事だ。


 文字は流石に誰かに教えて貰わなければどういうアルゴリズムで成り立っているのか分からない。

 何にまつわる文献か分からずに手にして、その内容を予想出来る訳も無いのだ。


 ……酒場へ行ってみるか。

 丁度上手い酒で喉を潤したかったことだし、酒の入った頭の奴に少しおかしな質問をしたところで、明日には忘れてくれる。

 これ程便利な情報源は無い。

 まあ、その事柄に寄るだろうが、一般常識を聞く分には何の問題も無い。

 金の余裕もある。

 あぁ、その前にこの宝を換金するか、宿を取って置いて来るかしなければ。

 酒場に持って行って盗られましたじゃ笑えない。

 この大荷物をどうにかしたいし、取り敢えず宿を取るか。


 宿……何処かに転がり込むしても、今は繋がりが無さすぎる。

 無難に宿屋を探し、金を払って安全を買った方が無難か。

 盗難補償なんてしてくれないだろうし、それなりの所を選ぶ必要があるな。


 と、なるとだ。

 それなりに大きく、看板を背負った門前を持つ建物を探すか。

 文字は分からずとも、雰囲気で分かることは結構ある物だ。

 この古い町並みなら、それが目立って出てきてもおかしくは無い。


 なら……。


「よ! 駆け出し剣士!」


 背中に強い衝撃が入る。

 なっ……殺気が無かったせいで気付けなかったとはいえど、背後を取られるだなんて武人失格だ。

 俺は即座に前方へ進んで距離を取りつつ俊敏な動きで向き直り、袋を持っていない方の手で剣に触れる。


「アンタ宿決めたかい? 決めてないね! ならうちの宿へ来な! お手頃価格でサービスするから!」


「……あぁ、客引きだったのか」


 俺は剣から手を放す。

 俺に背後から話し掛けて(張り手して)来たのは、背の高いふくよかな体系をした、笑顔の良く似合う丸い顔をした女だった。

 しかし、宿を探そうと考えてものの数秒で宿側から来るとは、余りにタイミングが良すぎるのではなかろうか。

 ここは避けておくべきか。

 前回までの旅であったなら、俺は迷わずこの女に着いて行ったことだろう。

 しかし今は、余りにこの土地のことを知らなすぎる。

 いや、行く前からその土地を知っていたことなんて数える程しかなかったが、何と無く今回は、そういう次元の問題じゃない気がするのだ。


「折角の申し出だが……」


「ん? アンタこの町来たばっかだろ? 他に泊まるとこを決めてることはないだろう?」


 っ。どうやら俺が馬車の荷台から降りたところを目撃してしまったらしい。

 止まらない馬車の荷台から、何も無い街道で人が下りる。

 この町の現状でそれは、余所者の到来に他ならない。


 つまりは、こういうことなのだろう。

 『兵士に突き出されたくなければ言う事に従え』。要求が宿屋へ泊るだけ、なんて保証は何処にも無いわけだ。


「図星みたいだね。さぁ着いて来るんだ!」


「…………」


 無言を返す。

 その笑顔があくどく見えてしまうのは仕方が無いことだろう。


「さぁさぁ!」


「は、ちょ、待て。引き摺るでない! 年寄りは労われと主に老人の妄言として聞いたことが無いのか!」


「何言ってんだい若者が! はーい一名様ご案内!」



 すぐ迎えにあった建物。

 どうやらここが女の言う宿屋であったらしい。

 そりゃあ店前であったなら目撃する可能性も高いか……というかされるか。

 女の身長的に引きずられるとなれば俺は中腰状態になり、脚鎧が街道の石床に接触して火花を散らしているのだが、女は気にした様子が無い。

 ……というか、気付いた様子が無い。


 宿屋の中に入ってすぐ。

 カウンターの前で俺は手を離され、その瞬間にされるがままだった足に力を入れ、尻餅をつく前に直立する。

 金属は歪みやすい。他人に引き摺られて離された拍子に尻餅をつき、値打ちが下がっただなんてとんだお笑い草である。


「おぉ、凄いねぇ。ささ、ここに名前を書いとくれ」


「…………」


 俺は日本語で『千壌土 久遠』と無駄な達筆で記入する。

 女は最初、そんな俺の書いた文字に首を傾げていたが、最終的には「ま、いっか」と言って元の笑顔に戻った。


「一泊ご飯が付いて銀貨4枚だよ! 一週間一括なら銀貨25枚にまけるよ!」


「ふむ、銀貨三枚分得という訳か」


「おやまあ計算が出来るのかい」


「馬鹿にしているのか? この程度の計算、誰だって出来るだろう」


「まあこの町の人ならそうなんだろうけどねぇ。アンタ余所者だろう?」


「……何が言いたいのか分かりかねる」


 まるで、この町に住む人間以外は計算できる人間が少ないと言わんばかりだ。

 確かに、学の無い地方はあった。

 子供達に勉強する余裕も無い場所だ。

 あの場所で俺はどれだけ自分が恵まれていたか知った。


 だが、この女の口ぶりだと、余所者。つまりはこの町の人間以外は計算できる人間が無に等しいといった感じだ。


「ま、いいか。それで? どうするんだい?」


 ……宿の宛てが、ある訳では無い。

 文字が読めない現状、泊まる場所を見つけるのは困難、か。


「一週間で頼む」


 一応、悪い感じはしない。

 いや、例え悪意があったとしても、此方に害意が有った場合には斬り捨てるまで。

 俺は鞄からあの摩訶不思議な小さい袋を取り出し、銀貨25枚を取り出してカウンターに置く。


「はいよ! エウフラージア! 新しいお客さんを部屋まで案内してあげて!」


「娘さんか?」


「おうともさ。アタシ似の美人さんだよ?」


「ふむ、確かに、顔の造形は悪く無い。女性にこういうのも何だが、痩せる努力をしてみればどうか?」


「ヤダよこんなオバサン捕まえて。煽てても宿代は安くならないよ」


「む、別に世辞を言ったつもりはない。というか、自分を磨くことにばかりしていたせいか、世辞を言うのは苦手なのだ」


 色々な人と付き合って、人付き合いは人一倍得意だ。

 だが、社交的かと聞かれれば否、だろうな。

 口調や動きなら何の問題も無いが、身の振り方や気を使うといったことにはあまり向いていない。

 歳を取り過ぎたというのもあるだろうが、元々そういう所とは無縁だったというのもあるだろう。

 戦時中も、昇進はあったものの、大佐止まりだった。


 現に、この女……宿を切り盛りしているのだから女将か。

 女将に言ったことは全て本当だ。

 ふくよか、とは体系に関して使う場合、言葉を柔らかくしただけの、要はデブへ対して使う言葉だ。


 ブスがダイエットしてもブスだというが、デブがダイエットしてブスとは限らない。

 まあ、大きなお世話だろうがな。

 俺が老人でなかったら立派なセクハラ発言だろう。……って俺老人じゃねぇ。


「ま、仕事柄この位で良いのさ! それに食べられるときに食べとかなきゃね!」


「それには同意だ。物凄く同意だ」


 食は世界を救うと思う。



「お母さん」


「あぁ、やっと来たね。このハンサムがそうだよ!」


「……………………はんさむ? それはどういう人間を表す言葉だ?」


「格好いいって意味だよ」


「はんさむ……新しい……」


 実はとんでもなく古い言い回しだったりするのだが、俺は知らない。

 というか、自分の事だが知らぬが仏ともいうのだろうか。


「新しいお客さんって……あっ! いえ、お部屋に案内します!」


「よろしく頼むよ」


 状況を理解したらしい宿屋の娘、エウフラージアだったか。

 確かに顔の造形は女将に近い。

 ただ、そのほっそりとした身体つきから、その整った顔が際立った可愛らしい容姿をしている。

 何だったっけかな、若い娘に会ったら取り敢えずしておけと言われたこと……あぁ。


 俺は、優しそうな笑みをエウフラージアに向ける。


 ……えぇと、これで相手の心を射止めちゃおう! byクレオだったか。

 うん、まあ選択間違ったか。


 ただでさえ日本人は何時も薄笑いを浮かべて気持ち悪いといわれているというのに。


「は、はい。部屋は二階です。着いてきてください」


 まあ、そうなるわな。

 エウフラージアは俺から視線を逸らし、事務的な仕事へと走ってしまった。

 俺はばれないようにため息を吐きながら、その後に続く。



 一週間は間違いなくここで暮らすというのに……前途多難だな。


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