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111Affronta  作者: 白米
第二部 Mondiale del RPG Eroe
69/73

069 巨人の友達

 アバドンは立ち塞がった。

 その俺達を殺す筈だったドス黒い光線を背で受け、光線を受けたアバドンの背は所々焦げて煙が上がっている。

 その様子はそれ程ダメージを受けたモノではないが、それでも確かに確実にダメージを受けているモノだった。


「……除け、貴様は死にたいのか」


 メシアの憎悪に染まった重い声色の声が、焦がしたアバドンの背に届く。

 しかしアバドンは、その声に対し聞こえはしたが恐れる事無くその場にとどまり立ち塞がり続けて、此方側から見えるアバドンの表情には、確かな決意の色が見える。


「久遠…………を、守る……」


「そうか、傲慢にも貴様は俺を裏切るのだな」


「…………俺、は! 久遠、の……友達、だ!」


 アバドンはメシアに顔を向けることさえせず、盾として壁としてそこに立ち塞がったまま動こうとしない。

 俺は声が出なかった。

 体が動かないことに続き、今度は声が出せないだなんて一体全体何だというのだ。

 まるで、そうまるで、体が俺のある行動をさせんとしている様だ。


「……嫉妬するぞ、パルプンテ」


 メシアはそう呟いた後、再度魔剣ヴァナルガンドを振るう。

 まるで指揮棒を振るうような手軽さで振るわれた魔剣、その刀身からは例外無く光線が放たれ、アバドンの背中を焼く。

 何故俺の体は動かないのか、と自分の体へ憎悪する。

 友に体を張って守らせるだなんてそんな真似をしてしまっている自分がどうしようもなく、惨めで嫌いだった。

 脳が全身全霊を込めて全神経へ信号を送り続けているというのに動く気配を見せぬ俺の体は、まるで人形の体だった。



「魔王律第二百七十九条:嫉妬せざるを得ぬ、魔王を裏切りし家臣を石化の刑に処す」


 アバドンはその時初めて動いた。

 その動きは速く、その巨体からは想像も出来ぬ俊敏さでメシアへ振り返り、見惚れる程の綺麗なフォームでメシアへ踏み込むと流れるままに振り上げたその拳をメシアへ落とす。

 雷鳴のような爆音を奏でながらに衝撃波だけで周囲の大理石を抉ったそれは、俺の両肩を脱臼させた時とは威力の次元が違い、アバドンはそんな攻撃を止める事無く降り注ぐメテオの様にメシアへ落とし続ける。



「オオオオ゛オオ゛オオオオオオオ゛オオオオオ゛オ゛オオオオオオ゛オオオオオオ゛オ!!!!」


 叫ぶアバドンに全員圧倒させられる。

 ただ一人、俺を除いて。

 アバドン……? その雄叫びは何だ? それはまるで…………死期を悟りながらも突き進まんとする決意のようだぞ……?

 急に、その圧倒されるべき拳が諸刃の剣へと早変わりしたように俺の視界へ写り出す。

 俺は動かぬ体を気功によって無理矢理にでも動かし、遠くで拳を落とすアバドンへ、届かぬと分かりながらも手を伸ばす。

 行くなと、頭の中に浮かんだ言葉を口にしたいのに、口にしようとしても口がパクパクと動くだけで喉が震えず、声が出ない。

 アバドンは一秒でも早くその場を、いやこの場を離れるべきであると、野生の勘が告げたのを伝えたいのに、声が出ない。




 …………俺は一体何をしている? 何故動けず、喋れない?

 友が戦う今も壁に寄り掛かってエゼリアの治癒魔法を受けながらにただ見ているだけで何もしない?

 俺なら、例えその体が朽ちようとも、傀儡になろうとも友が為に動き出しても不思議じゃない筈なのだ。

 それが俺の筈だった。千壌土 久遠の筈だった。



 そこで俺は思いだす。

 ここへ来て得た力を。

 自分でもあまり理解出来てはいない夢だったのではと疑わない気持ちが無くも無いその力を。

 声を出せ。

 喉を震わせて、声を絞り出すのだ。

 そうすればアバドンを救うことが叶うかもしれない。




「────……【我が元に集え】」



 『死霊使い(ネクロマンサー)』、だったか。

 気付くと俺の周りには様々な笑い声が飛び交っていた。

 前に聞き覚えのあるこえがあれば、そうでない声も、すべてをごっちゃにしたようなそいつらは全て、死霊の声。

 その名に恥じぬ力を持った『死霊使い(ネクロマンサー)』の言葉は、前に出会った者共だけじゃない、今現在始まって居る戦場で死した者共の魂をも呼び寄せていた。


『久しいか? 我が主様』


『……よう、状況を理解出来てないのは分かる』


『理解出来てたら怖いのう、儂らは主様に呼ばれるまでこの場に居なかったからの』


 俺へこの力を与えた老人の声が聞こえる。

 この場に居る死霊の中にこの戦で死んだ者以外の、この戦いに無関係の魂がどれ程存在しているか、またそんな魂共にこれからやらせようとしていることは人としてやってはいけない事だと理解はしている。



『……だが、働いてもらう』


『この残り少ない魂に賭けてその主命、我ら必ずや成し遂げてみせましょう』


 老人の亡霊は言う。

 本来であれば俺が、俺こそが戦うべきだというのに体が動かぬせいでどうする事も出来ない。

 故に他者の、それももう既に死した者の力までも借りようとする俺は多分、メシアが言う所の傲慢な者に部類させられるだろうし、そうまでして友を守らんとするその執念を強欲というだろう。

 しかし傲慢も強欲も承知の上で俺は死霊達に言う。


『戦え』


『御意に』


『具現せよ』


『御意に』


 死霊達は俺の言葉の全てに肯定し、全てに従う、まるで兵隊の様だった。

 確かな上下関係があり、俺はそれを利用したのだ。

 俺は一体、どうなろうとしているのだろうな。


「…………何だ?」


 …………メシアが、言う。

 アバドンの攻撃をものともしない、ボロボロの床にただ一人無傷で立ち続け、今も尚続けるアバドンの猛攻を躱し続けるそれは、俺にとって死ぬほど笑えない現実だった。

 アバドンの行動の意味を否定するような現実が、笑えなく許せなかった。


 そして、そんな俺の周りを囲い始めた者達が居る。

 王宮で見たシーツで存在を保つ具現とは、天と地ほどに差のあるそれは、異形の化け物共だった。

 人型を保つ者も居れば四足歩行の者も、そもそも手足が無い者まで、その他様々な存在が大理石の床を突き破り、土塊より生まれていく。

 周囲を彷徨う死霊の数が極端に減り、その魂達は全て、その偽りの体へ収まって行く。

 土塊だったものは時間が経つにつれてまるで生物の皮膚の様に変化して行った。


 まるで時間と共に生物として確立されていくように。

 その進行速度はとても遅い。

 ただ、もし原材料が土塊などではなく元々が生物であったものであったならば、その変化は比べ物にならない程早いらしいことが、頭の中に知識として入ってくる。

 創り出されるのは、死霊達が元々の姿形を取ろうとして失敗し、その本質から来る姿。

 人型である体を使う者のほとんどは人間では無く、しっかりとした知能を持つことが叶った魔族一歩手前の魔物達のものだった。


「……パルプンテ、貴様人間としての禁忌に手を出したのか」


「…………ぁ……」


 霊と対話する為の霊力を使っての対話にはそもそも喉を使わぬ為に使うことが叶ったが、普通に声を出すことは今も叶わない。


「……どうした、何か言っ…………」


「オオオ゛オオ゛オオオオ゛オオオオオ゛オオ!!」


 アバドンの拳が、メシアへ炸裂した。

 始めて当たったその拳は、確かな手応えをアバドンに残し、アバドンは雄叫びを上げる。


 次の瞬間までは。



「……本当に、嫉妬するぞパルプンテ。どうすれば家臣をここまで狡猾に使うことが出来る」


 アバドンの腕が、足が、石へとその性質を変え始めていた。

 その進行速度は決して遅く無い、ただ、早くも無い。

 アバドンの巨体全てを石にするには数分の猶予が存在し、アバドンは自身の状況を理解すると攻撃することを止めた。

 そしてゆっくり、自身の体重で石となった足を壊さぬよう慎重に動き、俺の方へ歩き出した。



「……ァ…………バ……ド…………ン」


「裏切り者に、他者と別れの挨拶をさせてやる程俺は優しく無い」


 俺がどうにか声を出してアバドンの名を呼んだ次の瞬間、魔剣より放たれた黒い光線でアバドンの石となった両足、脛までを砕かれ、アバドンはその巨体を床へ叩きつけた。

 未だ石化の途中であったが為に死は免れたが、アバドンは両足を失った。

 それでも尚、アバドンは這ってでも俺の方へ向かって進む。


「……往生際の悪い」


「嫉妬に身を焦がす男よりはマシだと、儂は思うがの」


「っ、お前は……」


 再度、今度こそアバドンに止めを刺さんとしたメシアの手を、人型の……声を出せるまでにその借り物の体を造り替えた死霊は止めた。

 そして、それに続くように魂のみの兵隊達はメシアへ襲い掛かり始める。

 身体が完全でない者共の動きは遅くゾンビに等しい者もいれば、他より早くに土塊を身体に造り替え、生前の動きを再現しようとする者も居る。

 そんな死霊達に遮られたメシアは、アバドンへの攻撃を止めざるを得なかった。


「久遠…………」


 アバドンが、俺の名前を呼ぶ。

 俺は唯一何とか動く腕を使い、喉を殴りつける。


「カッ……ハ…………アバドン」


 声を出させんとする何かを殺す様に、今の俺の中で手加減なく殴りつけ、そこで漸く声が戻って来た。

 そしてそれに釣られる様に、未だボロボロではあれども俺の体が再起動し、動くことが叶った。

 俺の動きを封じやがった何かを、俺は一生許さない。


「俺…………は、久遠を……守、る」


「もう既に守ってくれた。友の背で何も出来なんだ俺は、俺を殺したいほど難い……!」


「……守る、から。…………久遠」


「…………アバドン……?」


 アバドンは、俺の傍へ辿り着いた。

 俺へ手を伸ばす。最早石となったその手を。

 そして最早、アバドンに俺の声は届かない。


 耳が、石化してしまっている。



「ずっと…………ずっと…………どんな時でも……守る、から」



 アバドンは言う。

 俺はアバドンの大きな手を全身で抱き締める。

 「あぁ…………あぁ……俺もお前を守りたかった」と返事を返しながらに。



「久遠…………俺の……最初で…………最後の…………友達」


「最後な、ものか……お前のような奴に友が出来ぬなど、有り得ぬ」



 アバドンはもう、頭以外を石へと変え、俺の振れている手に俺へ触れた感覚は無いだろう。




「……友達…………暖かい」




 そしてアバドンの言葉は、それで終わった。









 ────……俺の体が動かなんだのは、声が出せなんだのは、動ければ喋れれば、俺が絶対にやったであろうことがあり、それは体へ大きな負担が掛かるからだと思われる。

 それは本来体に大きな負担を掛けるものであるが、一時間という時間を使いそれを無かったことにするのを可能とした魔術を形成することによって体への負担無くそれを行使することが叶うのだ。

 そしてそれはなにも、一時間が経過しなければ必ず使えないという訳では決してない。ただ、体を使う上で絶対にやってはいけない次元に体を行使する結果となるだけで。

 ……友を守る為であるのなら、俺はその程度のデメリットはデメリットでも何でもない。惜しげも無く使うことだろう。



 ……体がそれを良しとしないのは別として。

 全身が、脳信号を拒絶したのは、俺が体の取り扱いを考えていなかったから。

 俺が俺をどう使おうが、勝手だろう。

 俺は今、そんなことを気にする次元の精神状況にはない。


 …………復讐は何も生まないというのは、魂という概念を否定したうえでしか成り立たない理論である。


 サンにアバドン。

 ……俺はここで失い過ぎた。



 ……分かっている。何故俺の体が動かなくなったのか。

 ……分かっている。何故俺の声が出なくなったのか。


 だけど…………俺は!!



「……『リミット・リワインド』…………!」



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