064 光勇者は真勇者
沖田 優人は対峙する。
その髪から体から瞳からその全身が赤く、燃え盛る炎を身に纏う異形の女と。
存在そのものが炎と言っても遜色無き火の鳥と。
「貴方、中々に美男子ですね。お名前は?」
「……沖田優人」
「私はサトゥルヌスという。此方はフェニックス」
「……サトゥルヌス?」
何処かで聞いたような名だと、優人は思う。
そんな優人を見たサトゥルヌスは苦虫を噛み潰したような顔をしながらに言う。
「あぁ、貴方は私を殺してくれやがった奴の御仲間でしたね」
「!! お前は……久遠さんと戦って……!」
「えぇ死にました。死にましたとも? ただ私はちょっと不死でして。死んでも復活するの」
「不……死?」
「貴方、フェニックスの……不死鳥の伝承をご存じ?」
フェニックス……その涙は、癒しを齎し、血を口にすると不老不死の命を授かると云われている不死鳥……数百年に一度、自ら香木を積み重ねて火をつけた中に飛び込んで焼死し、その灰の中から再び幼鳥となって現れるって本で読んだことがある。
こっちの世界に来てから見た書物の中にあったものだから、こっちでも伝説なんだと思い込んでいたけど……その口振りから察するに実在してたんだね。
つまりサトゥルヌスは……。
「そこの人の血を飲んだ。そういうこと?」
フェニックスの不老不死へ誘う血を口にしていた。
それ故に久遠さんとの戦いで敗れようとも死に絶えることなくこの場に存在している。
あの久遠さんがミスミス敵を逃すだなんて考えられないし、生き返って……いやそもそも死んでないのかもしれないけど、瀕死になりつつも死んだふりをしてやり過ごしたんだと思う。
「クフフ、残念、ハズレ」
「え……?」
「不死鳥の血を飲めば不老不死になる? そんな都合の良いことがあるわけないでしょう」
「じゃあ、どうして……」
「不死鳥はその名の通り不死。私はその原力たる『不死の炎』を取り込んだんですよ」
不死の炎……?
炎は元々生き物では無いにも関わらず、不死を語っている。優人はその意味を理解出来ない。
「不死の炎はフェニックスが転生を繰り返すのに必要な炎。今この鳥が死んでも蘇れない。代わりに私が蘇るのです」
「……奪った、てこと?」
「奪っただなんて人聞きの悪い。少々借りているだけです。返す気は無いですけど」
「それを奪ったって言うんだよ」
「……まあ良いじゃないですか。そんなこと」
……そんなこと?
優人は目の前に居るサトゥルヌスの思想が全く理解出来ずに困惑した。
フェニックスは仲間じゃないのか、そしてその仲間から平然と力を奪うサトゥルヌスは一体何を考えているのか、こんな奴を、どうやって更生させればいいのか、皆目見当がつかなかった。
「……人間」
「!?」
フェニックスの口から、人の言葉が漏れる。
その姿が鳥類であった故に人間の言語で意思疎通できるとは思っていなんだ優人は驚いたし、サトゥルヌスはフェニックスが声を出したことに驚いているようだった。
そして、優人の驚いたことはフェニックスが話したことだけでは無かった。
フェニックスの使った言語。それはこの国で使われているものではなく、『日本語』であったからだ。
「何故……」
「人間、お前さっき、久遠といったか?」
「う、うん」
「それは人間でありながら人間でないと言われればあぁと納得できるような化物人間でなかったか?」
「うーん? ……確かに久遠さんはとても強いけど」
フェニックスが何を確認したいのか、優人には分からない。
「黒髪で、気配が我らと何等代わりない人間なのだが」
「あ、多分それ久遠さんだ。……何故、そんなことを?」
考えられる可能性としてはサトゥルヌスから聞いていたということ位だが、口振りから察するにそんなことも無いように思える。
現在フェニックスの使っている言語はサトゥルヌスには理解出来ないようで、話に着いて行けず不快そうな顔をしているが、そんなサトゥルヌスにフェニックスは配慮を向ける気は微塵も無いらしい。
「その久遠は、私の友だ」
その言葉に、優人は言葉が出なかった。
フェニックスの言った言葉の意味が瞬時に出てこなかったというのもあるが、それよりもなによりもフェニックスが懐かしむ様に目を細め、その表情がとても優しいものであったことが衝撃だったのだ。
フェニックスは魔王の手先。サトゥルヌスに力を奪われはしても、純然たる悪であることは変わりないと考えていた優人の考えが一気に崩れ落ちたのだ。
「と、も……?」
「久遠は元気にしているか。人生を謳歌する事においてアイツに勝る奴は居ない。故に楽しんでいることは分かるが、体を壊してはいないか」
「元気だよ。今もここに向かってる」
「……久遠が、来るのか?」
「来る! 友達なら会いに行くと良いよ! 久遠さんも喜ぶ!」
優人はフェニックスの言葉を疑う事を止めた。
フェニックスは信ずるに値する人であるという結論に至り、ならば久遠さんと会わせてあげたいと思い、速く久遠さん追い付いて来ないかな、なんて考える。
「残念だが、それは無理だ」
「どうして!?」
「いや、実をいうと今の私に久遠の友である資格はないんだよ」
「友達に資格なんていらないよ! 久遠さんなら尚更!」
「…………」
「……久遠さんが そんなのを求めたら、対等であるだけでも人間には不可能だよ」
「……人間なら、そうだろうな」
前々から薄々分かっていた事だ。
久遠さんは同じ人間である筈なのに生物として全くの別種であることは。
だから、そんなのを気にし出したら久遠さんと友達になんてなれないんだよ。
久遠さんはそんなこと思ってないかもだし、そもそもそんな思考がある事自体驚いてしまうかもしれない。
そんな久遠さんが旧友に資格なんて求める筈ない。
「だが、私は駄目だ」
「何でさ! 人間も不死鳥も関係ないよ!」
フェニックスは心苦しげに言う。
「今の私には、久遠が綺麗だと褒めてくれた炎が無い。こんな無様な姿を晒すなぞ、有り得ない」
「……炎?」
「今の私は無様にも残った命の残骸。不死の炎を失った不死鳥はもう死んでいると変わらぬのだ」
……サトゥルヌスのせいで、フェニックスは友達にも顔を見せられなくなったってこと?
優人の中で沸々と怒りが込みあがってくる。
不老不死なんてくだらないものの為に、サトゥルヌスはフェニックスから炎を奪った。
しかもそれは、力を失っただけでは飽き足らず、フェニックスんにとって大切なものまで奪い取って行ったのだ。
……許せない。
「僕がサトゥルヌスから炎を取り返す」
「どうやって?」
「逆に、サトゥルヌスがフェニックスから奪う時、どうしてた?」
「……纏う炎を根こそぎ取られた。それと同時に取り込んだのだと思う」
「じゃあそれだよ。僕がアイツから炎を取り返す。だからフェニックスは炎を取り込んで」
優人の眼差しは、フェニックスに有無を言わさなかった。
といっても、本来の誇り高き不死鳥であったなら人間の言う事なぞ聞く耳を持つはずも無かったが、今のフェニックスにはフェニックスとしての大切なものが欠落している故にそういう抵抗がない。
フェニックスは頷いた。
「分かっ……」
「いい加減、喧しいわ」
サトゥルヌスが、フェニックスを貫いた。
間違えなく致命傷たり得る部位に風穴が空いたフェニックスを優人はただ見ている事しか出来なかった。
それは反撃を決意したフェニックスが死ぬという現実を受け止められない故か、それとも心の何処かであった甘さが目の前で人が死ぬはずないと考えているのか。
しかし、フェニックスの燃える血が床を濡らしていくのを見て初めて、状況を理解する。
「不死にして貰ったのだから、多少は目を瞑ろうと思っていたのだけれど、いい加減鬱陶しいわ」
その言葉に優人はキレた。
昨日十と言い争った際に出た更生の話し。アレは自分が間違っていたのだと、優人は結論付ける。
世の中には更生出来る奴も確かに、絶対、必ずいるけれど、それと同時に絶対許してはいけない、悪が居るんだと。
「『ヒーロー・タイム』」
優人のスキル、ヒーロータイムは30分間ことが正義の味方に有利な方へ向くよう世界そのものに干渉し確率や現象を操作する。
正義という不確定な定義は優人の揺るぎ無い正義感から決定される。
それ故、優人が自分の正義を貫き続ける内優人が何かに負けることはほぼ無いと言える。
ただ、『ヒーロー・タイム』には大きな穴がある。
「あら、たった今であった鳥が死んだことで怒れるのね」
「……うるさい」
優人はサトゥルヌスを許せない。
どんな人間にも正義はあると思っていた優人の思想は崩れ、明確な悪を認識したことにより、『ヒーロー・タイム』は本来の力を発揮する。
『ヒーロータイムは』正義の味方であり、悪に対してはとことん敵なのだ。
それ故に、今サトゥルヌスは世界を敵に回す。
「でも無駄。私は不死。貴方が何をしようが無駄」
「ほぉほぉ成程成程? ところでそいつはお前の身体構造的に言っているのか?」
「っ!?」
「『現実主義』。お前は今、本当に不死か?」
何時の間にかそこに居た結城の周囲に振り撒く現実が、サトゥルヌスの不死性を掻き消す。
不死の炎は元々フェニックスの体の一部であり、サトゥルヌスの体の一部では無い。
故にそれで得られる不死性はある種まがい物であり、そんな不死性は現実的に有り得ないと否定される。
「な、嘘。私の不死性が……消えた?」
体の変化に気付いたサトゥルヌスはそんな言葉を洩らし、後ろへ後さずる。
「【動くな】……優人、今よ、結城ごとやってしまいなさい」
「ちょ、俺今カッコつけてたのに台無しなんですけど」
「な……!? 動けな……!」
そこまで言って、目の前にいる優人が聖剣アロンダイトを構える姿が視界に入る。
背には光の翼を携え、その瞳と髪は金色に光る。
その姿、まさに勇者。
「喰らえ、サンライトアーツ!!」
振り下された刃から放たれたのは閃光。
全てを飲み込むそれは、建造物である城内を微塵も傷付けず、サトゥルヌスのみを襲う。
周囲が、全てを照らす太陽の様な光に包まれた。




