061 盾勇者と銃勇者
一 十は対峙する。
四天王の一人、アバドンを前にしても動じずにしっかりと立っている様は大人しい彼女には珍しいものだった。
「お前……殺す。……命令……だから」
アバドンは大きかった。
ただひたすらに大きなアバドンが、人間の言語を得意としないことは言葉を選びながらに喋る様が物語っている。
身長差は5倍じゃ効かないだろうその圧倒的切迫感に対し、十は落ち着いたいた。
「わ、私は貴方を倒します。命令じゃなく、じ、自分の意思で」
「……やって、みろ」
アバドンが繰り出すのは“ただの”蹴り。
アバドンは十との間にあった距離を綺麗なフォームで走って距離を縮めると、その走った勢いのままに蹴りを繰り出した。
そんな、ただの初撃は途中大理石の床を抉り、石礫と共に十を襲う。
「っ『シールド:剣』!」
十が発動させたのは、円錐の盾。
その性質は剣。飛んできた蹴りに円錐の盾は斬撃で返す。
攻撃は最大の防御と、そう言わんばかりに。
しかし。
「……あ、れ。攻撃……通ってない」
アバドンの固い皮に遮られ足へ行くダメージはゼロ。
だが十は、盾を名乗る魔法を支えるのに体力を削がれる。
大理石の石礫は円錐の形から反れるように横へずれて防いだというよりは受け流したに近い形になる。
「今度……こそ……殺す」
アバドンは両手で礫を作り、しっかりとした動きでそれを振り下す。
その巨体から生み出される攻撃は一々大振りで、その見た目に合った力任せの戦闘を得意とすることは十にも分かったし、その攻撃は防げない訳じゃないことも分かった。
「『バリア:光』!」
透き通った光の半球が十の周りを囲い、アバドンの攻撃を再度防ぐ。
バリア系の魔法はシールド系の魔法と違い、術者自身への負担は消費魔力のみである。
アバドンの思い一撃を受けるのに、自己能力も必要とするシールド系だと十の身体能力ではすぐに限界が来てしまう。
その為にバリア系へ変えた十だが、バリア系は融通が利かない。
シールド系は自己の能力を必要とする分方向転換や微調整などと言った戦闘を有利に働かせる行動を可能とするが、バリア系は一度魔力を注いでバリアを作り出した後は自己の手から離れた一個体になる。
シールドに触れれば魔力を分散させて消すことも出来るが、それ以外は何も受け付けなくなる魔法なのだ。
「……面倒……臭い」
アバドンは強い。
ただ体が大きいだけの木偶の棒では決してなく、力任せにしか行動できない筋肉馬鹿でも決してない。
生きてきた歳月は200年をゆうに超え、戦いに身を置いたことは数知れず。
それ故にこの世で誰よりも体が大きいことの有利な点を知っているのはアバドンなのだ。
アバドンの次にとった行動は、全体重をシールドの攻撃へ回す踏み付けであり、十を軽く覆える大きさの半球を石ころでも踏む様な動作で足を下したアバドンを下から見た生物の持つ恐怖は、計り知れない。
自分が虫けらだと、錯覚する。
魔族に対し、光属性のバリアを展開したことは模範通りにいえば正解である。
何処の世界に住んでいようとも、闇に生きる生物が光を得意とする訳も無く、アバドンもそれは例外では無い。
ただイレギェラーが起こるが戦闘である。
アバドンはシャボン玉でも割るかのような気軽さで、光のバリアを踏み砕き、その巨大な足は十を襲う。
「『シールド:石』!!」
アバドンの足と大理石の床との距離がゼロになる。
そして十はアバドンの足を回避できた訳は無い。
しかし十は生きている。
「『マグナム:石』ィ!!」
次の瞬間、アバロンの巨体が下からの衝撃でひっくり返される。
巨体に似合わぬバランス感覚からアバロンは転ぶことはおろか膝をつく事も無く、アバドンにとっては少し足が押し戻されただけである。
「オラァ! デカブツゥ! 散々やってくれやがって! これからは俺様のターンだぜ!」
人格の変化。十は人が変わったように石の弾丸をアバドンに向けて放ちまくる。
自然属性の魔法は、無から有を生み出すよりある物を引用して使う方がより強力な魔法を作り出すことを可能にする。
無論、使用された元々そこに有ったものは使用した分削られて、魔法の中へ取り込まれる。
十は振ってくる巨大な足を回避するのにそれを利用した。
床に広がる大理石の床を石属性の盾に取り込ませ、自分が床の中に納まれる位の穴を作り出してその下へ入り、石属性大理石のシールドで蓋をし、アバドンの足から回避してみせたのだ。
もし、取り込ませる速度が後数秒遅かった場合、十は圧死していた。
二年にも及ぶの訓練が実を結んだ瞬間である。
「……鬱陶、しい」
「ヒャハハハ! そうかいそうかい、ならこいつはどうかな! 『ミサイル:石』!!」
構成されたのは、形だけで見るとミサイルとは程遠い円柱の石。
当然の様に使われていく大理石の床が大きく抉られて、十を中心としたクレーターが出来上がる。
そのクレーターは、あの大きさの円柱を作り出すのに必要になるであろう量より遥かに多い。
「……どんなに硬くても、所詮……石」
確かにアバドンの攻撃の勢いを利用した鋭い円錐刺戟でも傷一つつかなかった皮膚に固いだけの石をぶつけても致命傷を与えることは叶わないだろう。
「ハッ! それはどうかな! 喰らえ!」
放たれた石の円柱を、アバドンは避けない。
避ける必要すら無いと感じる攻撃は避けず、むしろ前進して攻撃した際に一瞬怯むその瞬間を狙って攻撃するのがアバドンである。
小さいモノを攻撃する場合において攻撃を当てることが一番面倒であることを、アバドンは知っているのだ。
「ドッカーンッ!!」
「!?」
アバドンの顔面に石の円柱が当たった次の瞬間、円柱は耐え切れなくなったように爆散。
全方向へ飛び散る大理石の礫は、アバドンの顔面を中心に腕や肩といった上半身に打撃を与える。
「『シールド:石』」
自分の方にも飛んできた礫を、十はシールドの糧とする形で回避。
元の人格へ戻って居る事は、目を見れば分かる。
「……駄目、倒せてない」
派手な攻撃をしたが外でない為に砂埃が舞うことは無く、視界はクリアなままですぐに攻撃の結果は目に写ったが、アバドンが傷付いた様子は無い。
「……驚いた。……しかも…………少し、痛かった」
「少し……あの魔法で……!?」
「人間……頑張った。……欠陥だらけ、なのに……けどもう……死んどけ」
「キャァ!?」
アバドンが繰り出したのは、踵落としだ。
本気でやれば大理石の床をいとも簡単に割り砕くことも簡単だったろうに、主君の住む城を大破させぬよう手加減して放った為にひびが入る程度で留まる。
多少速度は落ちるが、それでも人間は死ぬ。
死ぬなら、本気でやる必要は何処にも無い。
だがその多少下がった速度のお蔭で、十は魔法を発動する暇は無きにせよ、ギリギリ回避することが叶った。
女児らしい声を上げながらの回避は、その風圧に吹き飛ばされて床を転がる結果を生む。
「お前……攻撃……防御……同時に、出来てない。……そんなんじゃ……無理」
大人しい十が防御魔法を形成し、粗暴な十が攻撃魔法を形成する。
一見適材適所のように思えるこれだが、これは二つの体があって初めて適材適所と呼べるものになるのであって、一つの体でそれをやっても数秒のタイムラグが生まれ、そのせいで死ぬ可能性が出てくる。
「……なら、やります。攻撃と防御を……一緒に」
「……どうやって」
「『自己像幻視』」
十の手足からどす黒い霧が噴き出し、十を、周囲を、黒で塗りつぶしで隠す。
アバドンはその霧が毒である可能性を配慮し後に跳躍して霧から避ける。
自分を道連れにするつもりだったのなら無駄だと思わせる様にかなりの距離を取ったアバドン。
一見臆病に見えるその行動は、異質な気配を放つ黒い霧を回避しなければならないという経験からの行動だった。
アバドンの弱点は物理的な死ではなくそういった状態異常から来る死なのだから。
「「ほら、こうやって」」
そんなどす黒い霧は直ぐに分散して行き、その中から出て来たのは二人の十。
と言っても、片方は色が反転していてどちらが本物化は非を見るより明らかなのだが。
「……スキル……?」
「そう。「二重人格な俺様達がそれぞれの体を得る。それがスキル『自己像幻視』だ!」」
二人の十は散開。アバドンの方へ走りながら左右に別れ、同時に魔方陣を展開させる。
「『シールド:鏡』『シールド:鏡』『シールド:鏡』『シールド:鏡』!」
十の生み出した鏡の盾は十の手から離れて空を舞う。
「『マグナム:光』『マグナム:光』『マグナム:光』『マグナム:光』!」
そして、アバドン本体ではなくその鏡の盾を狙って放たれた光の弾丸は、光属性の特性から反射、空を縦横無尽に飛びまわる鏡の盾を伝ってアバロンを翻弄し、最終到達点であるアバドンの脛を貫き、浄化に近い形で焼く。
浄化とはいっても微弱で、所詮火傷程度のものだが、細い風穴は、確かに空いた。
「…………痛い」
一つは避けられるも片膝をついたアバドンの右腕、脇腹と続けて貫き、動きを鈍らせる。
「痛い……痛い……」
「見たか! これが「『リフレクションバレット』です。deathって下さい」」
十は宙を舞う鏡の盾を自由自在に操りながらに言う。
「…………痛いから……考えるの、止める」
「「え」」
次の瞬間、アバドンは色が反転した十を踏み潰していた。
いや、ギリギリのところで鏡の盾が一瞬攻撃を遅らせ、その隙に横へ逸れることにより逃れたが、片足は封じた筈で、さっきまでの戦いでもここまでの速度は出ていなかった。
なのに、今はとても避けれるモノでは無い攻撃が十を襲う。
アバドンの目が、先程とは明らかに違く怪しく光っているのを、十は見た。
「オオ゛オオオ゛オオオオ゛オオオ゛オオオ゛オオオオ゛オオオ」
アバドンが吠える。
獣の様に、化物の様に。
十の足が無意識の内に後退して行くが、そんなアバドンからしてみれば1㎜にも満たない移動で、どうにか出来る状況ではない。
だが恐怖で、体が勝手に動くのだ。
どうしようもなく体が震え、冷静に判断することが出来ればまだ戦えただろうが、頭を冷やすことは叶わない。
実戦不足。
魔王戦前に死ぬ事を恐れ、過保護過ぎる程に実戦経験を与えず、訓練のみをさせてきたことが裏目に出た。
十には恐怖に耐える勇気が、全く備わっていない。
『リフレクションバレット』は確かに有効だが、脚を撃っても動き続けるアバドンを見て全く効いていないと、十は錯覚したのだ。
『自己像幻視』によって生み出された反転した十が消える。
『リミット・リワインド』とは違い、時間制限なんていうものは存在しないスキルであるにも関わらず、十の心が折れると共に、もう一人の十は消えたのだ。
そして狙いは一点に絞られる。
光る眼が、ギョロリと十を睨む。
「弔ちゃん……だ、誰か……助けて……!」
次の瞬間にはその巨大すぎる拳が目前に迫る。
十は反射的に目を瞑り、次の瞬間に来る死を何も出来ぬままに待った。
無論、当然、必然的に、訪れないのだけれど。
「困った時の久遠さんをよろしく、だ」
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