006 末路と進む先
取り敢えず、考えても分からない袋のことは後回しにして硬貨を入れられるだけ入れることにしたのだが、結局その全てが小さな袋の中へと納まった。
銅貨374枚銀貨210枚金貨106枚。
貨幣価値によっては身の回りの物を揃えるだけで消えそうな額だが、今それは後回しにし、他のお宝類の見極めに入る。
金属、貴金属といった物はこの国の金属採掘量による。
金貨が純金であったところを見るとそれなりに採れる場所であることは予想出来るが、細かい事までは分からない。
「む、ナイフか」
実用性抜群ナイフが見つからず、金製の宝石が鏤められたナイフは見つかるなんてなんという皮肉だろうか。
代わりが見つかるまではこれを使おうと、ベルトにナイフを付ける。
刃を見てみたが、未使用にも関わらず長持ちするとは到底思えない観賞用であろう鈍だ。
出来る限り早く人里に下りた方が良いだろう。
まさか剣で料理をする訳にもいかない。
お宝は、硬貨を除くと宝石が主流だった。
加工技術が発展していない地なのか、宝石が上物でも加工がお粗末な物が多々ある。
これなら別途に商談した方が上手く行くんじゃないだろうか。
真面なのは小物や指輪位だろうか。
宝石だけというのも多々あったが、保存方法を考えろと言いたくなる粗暴な扱い振りだ。
最上級レベルの物が無かったから良かったものの、宝石の中では素手で触るのも駄目な物もあるんだぞ。
俺は、恐らくこの場に持ってくる際に使われ、そのまま投げ捨てられていたであろう大きな袋を見つけ、その中にお宝を入れていく。
粗暴な扱いは今更だ。
ただ、価値のありそうな一部の物だけは鞄に入れ、安全を重視する。
全ての宝を収めるのには、10分も時間を要さなかった。
開けてみればスカスカな内容のお宝様だったが、重量だけは一人前。
リュックを背負ってなければ背中に刺さりながら持ち運ぶことになったであろう持ち難さMAXなでこぼこな袋。
リュックをの上から更に背負う様にして持ち、無くなった筋力を恨めしく思うような重量感で体を痛み付けつつ、空っぽの宝物庫を後にする。
もっと深く探してみたい気がしないでもないが、これ以上の重量を持って下山する力が今の俺にあるとは思えなかった。
重い足を引きずって暗い道を歩きながら、途中調理場の中を覗いてみたが、女の姿は無かった。
不意打ちを警戒すべきか、なんて考え始めた瞬間に、後ろから甲高い女の悲鳴が響き渡って来た。
「……愚かな」
どうやってあの火の海を消し、外に出たかは知らないが、半時は待てと言ったその言い付けを守らず、女は外に出たらしい。
アベルが食事後すぐにその場から離れるという保証は何処にも無いというのに。
もしも神が居るとしたらという前提でだが、あの女も何らかの罪を償ったのだろうか。
自分の死を糧として。
だとすれば愚かだ。
罪なんてのは、人間が生きていれば間違いなく背負うものだ。
それは善人悪人関係ない。
いや、無自覚に罪を背負うのが善人で、自発的に罪を背負うのが悪人なのだ。
まあ、罪を償ったのは無自覚的に、なんだろうが。
こういう見方をすれば、俺を信じず、言いつけを守らなかった罪を償った。という形になるのだろうか。
だが、俺はその考えを否定しよう。
何もしない神に、人を捌く権利などありはしない。
それを求める権利すらも、ありはしないのだ。
俺は洞窟の奥へと進んでいく。
暗い視界の中、水の落ちる音が耳をくすぐる。
そこまで湿っぽい洞窟でなかったにも関わらず、水の音。
近々、いや、人間の感覚では無い星の感覚で言う近々、この洞窟は洞窟の上にあるであろう川の水によって欠落するだろうな。
人間の手によってそれを促進させることも出来るだろうが、まあするメリットはないか。
俺は洞窟のもう一つのゴールに向けて足を運ぶ。
下に向かっているところをみると、下山も同時に出来ているかもしれない。
まあ登山慣れしていない人間には分からないレベルの斜面だし、そこまでの距離短縮は期待出来ないだろうが。
兎も角、俺は歩き続ける。
そして、10分位歩き続けただろうか。
風が通っているから出口はあるんだろうが、現在の俺のステータスを考慮に入れることを忘れていたせいで、重い荷物を背負いながらの道のりは、予想外に疲労を強いられた。
しかし、太陽の光が射してきたことで、その疲れは吹っ飛んだといっても良い。
植物か俺は。なんて、太陽との再会の喜びを茶化しつつ、自然と足を進める速度が上がる。
洞窟を抜け、全身に日の光を浴び、心地良い風が俺を撫でた時、俺は生きていると実感する。
暗闇は人を不安にさせる。
その程度の精神攻撃には50年以上前に克服したつもりだったが、心地の良いものでないことは変わりない。
太陽の有り難さを噛み締めて、俺は深呼吸する。
一時間も潜伏していなかった筈の洞窟でここまで疲れさせられるとは、老いたなと思う。
いや、若いのか。なんて思って笑う。
俺は休憩がてら水筒に入れておいた水に口を付けて、噴き出す。
「……間違った」
水を入れたつもりが、俺は酒を入れてきてしまったようだ。
色々な世界を旅して、酒を嗜むのは必須だった為か、女の味は知らずとも、酒の味は知っている。
……いや、女は知ってても美味とは感じなかっただけか。
色気より食い気。
花より団子だったか。
まあ兎も角、疲れた体に酒は良いものだが、水と思って口に含んだ物が酒だったら、誰でも驚く。
それだけじゃなく、この酒クソ不味い。
エールか? いやこれじゃエールに失礼だ。
アルコールをそのまま飲んでも酔える分これより上手いだろ。
……早く人里に下りて酒場にでも繰り出すか。
ここまで不味い酒は飲めたものでは無い。
本気で水不足になるまで飲むのは止めておこう。
水不足になるのが先か、人里に辿り着くのが先か。
水場を知っているというのにその場所まで行けない状況とは、何とも世知辛い。
ため息が漏れる。
過去の大冒険に置いて、自分がどれ程自身の身体能力に依存してきていたが嫌と言う程に分かる。
盗賊の相手にしても、最初俺は全員薙ぎ倒そうなんていう考えが無かったわけじゃない。
というか、実行した作戦よりもそっちの方が考えとして強かった。
武道を極めようという人間が、それでは駄目だ。
知らない土地ということは、この土地独自の武術も有る筈だ。
学ばねば。
強くなるのだ。
強く、強く、強く!
神よりも、強く!
俺は休憩を止め、歩き出した。
視覚的には、斜面通りに下山すればそのまま山を抜けられそうだ。
洞窟内を彷徨っている間に山の麓近くまで来ていたようだし、近くに人里が有るかは分からないが、取り敢えずは一気に下りてしまおう。
道が有ればそれを辿れば何時かは人里に辿り着くだろうし、人が通れば道を聞ける。
何よりもまず、下山が最優先なのだ。
山道は、固い洞窟内より草木があったり地面がぬかるんでいたりと、足元に気を掛けながら移動する分歩き難い。
ただ、太陽の光が有るというだけで感じるストレスの差は段違い。
いくら歩きやすくとも、洞窟内を歩くより草木の生い茂る山道の方が楽だった。
此方側は、人が通ることもあるのだろうか。
歩いていて思ったのは、野生の獣が少ないという事だった。
例え肉食の獣であったとしても、わざわざ人の通る場所に住処を造りはしない。
それが親なら尚更だ。
餌に我が子を脅かされる可能性なんて最小限にするものだ。
まあ、専門家でも無ければ余程大きな住処でも無い限り見つけ出すことなんて出来ないんだが。
獣にはその違いも分からないし、人間は皆、同じ危険性を持つ生物に違いない。
草木を掻き分け前に進み、やっと無くなったと思いきや、眼前にあったのは獣道などでは無い。
草の無い道が続いて行くそれは、れっきとした道。
人の作り出したそれを見てホッとしてしまったのは、俺が人間であったからか。
はたまた、歳を取ったせいで山道がキツかったからなのか。
前者が良いなと俺は思う。
俺は進めるだけ進みたかった。
世界のゴールと、自分の限界を見つけたのは、殆ど同時だったが自分の限界を見つけたのが少し早かった
。
俺はゴールの先も、走りつづけたかった。
だが、ゴールと同時に力尽きた自分が居た。
100年に亘って走って来た武道の道。
スタート地点に居た時ゴールは遠くにあった。
でもあんなにも早く、一度の人の人生ではたどり着ける筈も無かったゴールに、俺は辿り着いてしまった。
生き急いだ、と言うんだろな。
俺は生き急いだまま生き急ぎ続えて、結果生き急いだせいでゴールの先に進めなかった。
寿命ならざる寿命が、俺を終わらせた。
でも、それを悔しいと思える年齢は遠い昔に過ぎていた。
リトライ。
一度もやった事が無いが、童子がやるゲームには、やり直しが効くのだという。
retry。そんな言葉を良く使いながら、正しい発音でそう言える童子はどの位いるのやら。
俺のコレは、俺にやり直せという事なのだろうか。
ゴールにたどり着いた俺へ、その先を追い求めさせようとしているのだろうか。
了承しよう。
それは111年という人生をリセットせず、新たな体を得てまでやることだろうか。
肯定しよう。
俺は千壌土 久遠。強くなる為にそれ以外を切り捨てようとして、失敗した男だ。
100m先から、馬車がやってくる。
馬の歩く音と、車輪の回る音が同時にやってくるのだから、それ以外にないだろう。
今見つけた道を通って。
恐らくは町へ向かう最中のものだ。
馬車に乗っているのは老人だった。
老人の乗った馬車は、俺の近くで静止した。そして、老人が俺に尋ねる。
「町まで乗ってくかい?」
「お願いできるか。見ての通り大荷物で、既に疲労困憊なのだ」
良い人間が通ってくれたものだ。
俺は老人の指示に従って馬車の荷台に乗り込み、前から老人に声を掛けられる。
「門の所ではそこの荷物の中に隠れてなさい。見たところこの辺の人じゃないんだろう?」
ふむ、言葉から察するに、これから向かう先にあるのは門が聳え立つような大きな町であり、その町は余所者は町に入るのも困難らしいな。
しかし、このご時世に馬車とは、盗賊達の武器と言い随分とアナログだ。
の割に、他人を労わる余裕もあるのだから、ある程度裕福な地方であることは確かな筈なんだがな。
「あぁ、ご迷惑を掛ける」
「いいさ、困った時はお互い様だ。……全く、もう余所者は入れないだなんて馬鹿な条例、王は何を考えていらっしゃるのやら」
王政なのか。
「冒険者や傭兵は大変だろうな……」
「全くだよ。まあ兵士には金を握らせれば荷台なんて形だけの確認で通してくれるがね」
何て、当たり前の様に言う老人。
成程、賄賂は駄目だなんて言ったら俺は町に入る事すら叶わない訳か。
「ん、門が見えて来た。並んでるから急がなくても良いが隠れるんだ。多めに握らせとくが、見つかるなんて言うポカはしないでくれよ?」
「感謝する。金は後で支払おう」
「子供がそう言う事を気にするもんじゃない。ほら、兵士が来る前に隠れるんだ」
子供、か。
そう言われたのはリアルに何十年振りか。
俺はそう思いながら、荷物の中に紛れ来む。
気配を消し、中に入って良く調べなければ視覚的にも見付からぬ所で体を小さくする。
鎧や剣が邪魔ではあったが、その程度の事は俺の妨げになり得ない。
馬車が馬の足と共に揺れる。
俺は、旅をする。
まだ知らぬ世界を知る為に。
強く、なる為に。